異世界に呼ばれたら世界を救う守護者になりました

ノベルバユーザー21100

平穏の終わり


昼食時間で賑わう教室を、竜夜は机に頬杖ついて眺めていた。

うつろな頭で思い出すのは、通学路での夢のような出来事。

一体あれはなんだったのだろうか……。

ふとした瞬間に思い出す恐怖は、確実に心へと刻まれていた。

と、

「おいってば」

「!?」

突然肩へと手が乗せられ、驚きに身を跳ねさせた。思わず頭を抱えこむ。

「えっと、何してんだ?」

「え、あ……」

顔を上げると、そこには整った顔立ちの少年が立っていて。その見知った姿に胸を撫で下ろした。

「……なんだ和樹か。びっくりさせるなよ」
「おう、お前のびびり具合に俺のがビビったわ。昨日はホラー映画を観たんだな? ん?」
「別に。違うって」

弱々しくも反論はんろんする竜夜に、少年は今度こそ心配そうに顔を顰めた。

「おいおい、本当にどうしたんだよ。今日はちょっとおかしいぞ? 鬼山に怒られてる時もうわの空だったしよ」
「まぁ色々とあってさ」

和樹が言っているのは遅刻した時の事だろう。

予想通り担任の雷が落ちたが、その間も今朝の事だけを考えていたのだ。

余りの無反応さに逆に怒り疲れたらしく、あっさり解放してくれたのは御の字だったけど。

「んで、色々ってなんだよ」
「分からない」
「はぁ? 分からないってなんだそりゃ。言い辛いことか?」

神妙な顔をしてこれほど親身になってくれる彼は、竜夜の大の親友だ。

彼、藤山和樹ふじやまかずき姫白ひめしろヒカリと同じく幼馴染で、一緒に育ってきた仲だった。故に誰よりも先に異変に気づいてくれる。

喧嘩けんかなども沢山するが、それら含めて一番の友達といえた。

「そこまで言うなら……。ちょっと聞きたいんだけど、笑わないで聞いてくれるか」
「おう言ってみろ。受け止めてやるぜ」

親指を立ててキメ顔の和樹に絶妙な不安を感じつつ、深い息を吐き出した。

「じゃあさ、和樹は白昼夢とか幻って見たことある?」

「は? 白昼夢?」

目を瞬かせる和樹に頷きを返す。

「実は今日の朝、公園で変な体験をしたんだ。きりの化け物がミツケタって言ってきて……。でも非現実的だし、白昼夢でも見てたんじゃないかって思ってるけどーー」

「……ふ」

「なんだよ」

なにか堪えるように顔を逸らした和樹に、竜夜は瞳を細めた。

分かってた。分かってたとも。
睨みつける先、和樹は噴き出した。

「あっははははは!! り、竜夜お前さ、そんな事でこの世の終わりみたいに悩んでたのかよ! ひひひッ」

「だからお前に話したくなかったんだよ」

「ごめ……だってさ、だってあんな必死な顔で言うから! マジで怖い映画の見過ぎか!」
「そうかそうか、もう絶対に話さないからな。お前とは絶交だ!」

机を叩いて立ち上がる。早々に鞄を持ち、笑い続ける和樹を放置して教室を出た。

「……まぁ、そうなるよな」

喧騒けんそうに包まれた廊下を歩きつつ、竜夜はぽつりと呟く。

怒ってみたが、実際自分ですら信じきれないのだ。赤の他人が信じられる訳がない。

と、ポッケ内の携帯が振動した。

開くと、和樹からのふざけた謝罪メッセージが一件と、ヒカリからも一件入っていて。

そこには【屋上で待つね?】という一言が書かれていた。

「よし」

和樹の事は忘れよう、竜夜は高鳴る心臓を抑えて屋上へと足を伸ばした。

~~

だが歩き始めてしばらく、竜夜はあることに思い至った。

屋上に近づくにつれ、周りの生徒達が減っていくことに。

三階は三年が使用している筈だし、昼時の屋上なんてそれこそ場所取りが大変なぐらいなのだが。

違和感は追体験となって、嫌でも今朝の事を思い起こさせる。

やがて扉前に辿り着いた竜夜は、ドアノブに伸ばした手を一旦引っ込めた。

「……どう、する」

もはや誰の姿も無い階段を振り返り、思案する。

頭の中では早く帰るべきだと訴えているが、待っているヒカリを放置はできない。

「行こう」

決意を固め扉を押し開いた。

眩しさに一瞬目が眩むが、前方のフェンス側で背を向けて佇む少女を見つける。

二つに結んだ焦げ茶の髪を風になびかせ、身体を所在なさげに揺らしていた。

「ヒカリ!」

「え?」

大声で名前を呼ぶと、ヒカリはくるりと身体を回した。

遠方からでも分かる愛らしい顔立ちに、まん丸の瞳が竜夜を見て嬉しそうに輝く。

「竜夜君! 来てくれたんだね」

「あ、あぁ」

つい此方も嬉しくなるが、それよりと距離を詰めた。

竜夜の強張った顔に気づいたのか、不思議そうに首を傾げる。

「どうしたの? 怖い顔してるよ」

「ヒカリ、今すぐ此処から離れよう」

「……え? どうしたの?」

「ほ、ほら、今日は寒いだろ? 別に他の場所でも構わないんじゃないかな」

必死に言い聞かせてみるが、何故か視線を彷徨わせた。困ったように唸り声をあげる。

「うーん。でも、和樹君には聞かれたくないし……」

「それなら別に今日じゃなくてもーー」

「ううん、今日がいいの。私、いつまでもこのままっていうの耐えられなくて……ごめんね」

ヒカリは深く息を吸い、竜夜の目をひたと見据えた。

焦りながらも、好きな子に見つめられてどきりとしてしまう。

「言うね。私、実は……」

竜夜から視線を逸らさず、ゆっくりと言葉を放つヒカリ。

その顔が、突如として恐怖に彩られていった。

「ヒカリ?」

「危ない!」

叫んだヒカリは、小さな両手で竜夜を突き飛ばした。

「痛ッ」

尻餅をつき、痛みに顔を顰める。

何故突き飛ばしたのかと問おうとして、

「ぁ、いやあああぁぁぁあ!?」

甲高い悲鳴が耳朶を打った。見上げ、息を呑む。

「……ぁ?」

視線の先、黒いもやがヒカリの身体をおおっていたのだ。

信じきれず何度も何度も目を擦る。だが現実はなにも変わらなくて。

「……そんな、嘘だろ?」 

「あああぁぁあああア」

消え入りそうな声は、ヒカリの悲痛な声に掻き消された。
身体を仰け反らせ、常に笑顔を浮かべていた顔が苦悶くもんに歪んでいる。

黒いもや侵食しんしょくしてゆくその身体には、気味の悪い模様が浮かび上がっていた。

「どうして、なんで……」

一体、ヒカリの身に何が起きてしまったのか。疑問符だけが頭の中を永遠と回っていて。
何か行動を起こす前に、何も出来ぬままに

それは呆気なく終わりを迎えた。

「あぁあああ……ぁ」

ヒカリの頭が力無く垂れ、悲鳴が途絶えたのだ。
そこには、黒いもやや紋様が消え失せ、常日頃と変わらない少女の姿があった。

「……ヒカリ?」

淡い期待を込めて震える手を伸ばす。その時、

「んあぁ、失敗失敗」

「!?」

顔を伏せたヒカリから、場違いな調子で軽快な声が紡がれた。
髪の隙間から覗く濁った瞳が、竜夜を捉えて歪む。

「今度こそ、逃がさないよ」

唇が吊り上がった。

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