異世界に呼ばれたら世界を救う守護者になりました
平穏の終わり
昼食時間で賑わう教室を、竜夜は机に頬杖ついて眺めていた。
虚ろな頭で思い出すのは、通学路での夢のような出来事。
一体あれはなんだったのだろうか……。
ふとした瞬間に思い出す恐怖は、確実に心へと刻まれていた。
と、
「おいってば」
「!?」
突然肩へと手が乗せられ、驚きに身を跳ねさせた。思わず頭を抱えこむ。
「えっと、何してんだ?」
「え、あ……」
顔を上げると、そこには整った顔立ちの少年が立っていて。その見知った姿に胸を撫で下ろした。
「……なんだ和樹か。びっくりさせるなよ」
「おう、お前のびびり具合に俺のがビビったわ。昨日はホラー映画を観たんだな? ん?」
「別に。違うって」
弱々しくも反論する竜夜に、少年は今度こそ心配そうに顔を顰めた。
「おいおい、本当にどうしたんだよ。今日はちょっとおかしいぞ? 鬼山に怒られてる時もうわの空だったしよ」
「まぁ色々とあってさ」
和樹が言っているのは遅刻した時の事だろう。
予想通り担任の雷が落ちたが、その間も今朝の事だけを考えていたのだ。
余りの無反応さに逆に怒り疲れたらしく、あっさり解放してくれたのは御の字だったけど。
「んで、色々ってなんだよ」
「分からない」
「はぁ? 分からないってなんだそりゃ。言い辛いことか?」
神妙な顔をしてこれほど親身になってくれる彼は、竜夜の大の親友だ。
彼、藤山和樹は姫白ヒカリと同じく幼馴染で、一緒に育ってきた仲だった。故に誰よりも先に異変に気づいてくれる。
喧嘩なども沢山するが、それら含めて一番の友達といえた。
「そこまで言うなら……。ちょっと聞きたいんだけど、笑わないで聞いてくれるか」
「おう言ってみろ。受け止めてやるぜ」
親指を立ててキメ顔の和樹に絶妙な不安を感じつつ、深い息を吐き出した。
「じゃあさ、和樹は白昼夢とか幻って見たことある?」
「は? 白昼夢?」
目を瞬かせる和樹に頷きを返す。
「実は今日の朝、公園で変な体験をしたんだ。霧の化け物がミツケタって言ってきて……。でも非現実的だし、白昼夢でも見てたんじゃないかって思ってるけどーー」
「……ふ」
「なんだよ」
なにか堪えるように顔を逸らした和樹に、竜夜は瞳を細めた。
分かってた。分かってたとも。
睨みつける先、和樹は噴き出した。
「あっははははは!! り、竜夜お前さ、そんな事でこの世の終わりみたいに悩んでたのかよ! ひひひッ」
「だからお前に話したくなかったんだよ」
「ごめ……だってさ、だってあんな必死な顔で言うから! マジで怖い映画の見過ぎか!」
「そうかそうか、もう絶対に話さないからな。お前とは絶交だ!」
机を叩いて立ち上がる。早々に鞄を持ち、笑い続ける和樹を放置して教室を出た。
「……まぁ、そうなるよな」
喧騒に包まれた廊下を歩きつつ、竜夜はぽつりと呟く。
怒ってみたが、実際自分ですら信じきれないのだ。赤の他人が信じられる訳がない。
と、ポッケ内の携帯が振動した。
開くと、和樹からのふざけた謝罪メッセージが一件と、ヒカリからも一件入っていて。
そこには【屋上で待つね?】という一言が書かれていた。
「よし」
和樹の事は忘れよう、竜夜は高鳴る心臓を抑えて屋上へと足を伸ばした。
~~
だが歩き始めてしばらく、竜夜はあることに思い至った。
屋上に近づくにつれ、周りの生徒達が減っていくことに。
三階は三年が使用している筈だし、昼時の屋上なんてそれこそ場所取りが大変なぐらいなのだが。
違和感は追体験となって、嫌でも今朝の事を思い起こさせる。
やがて扉前に辿り着いた竜夜は、ドアノブに伸ばした手を一旦引っ込めた。
「……どう、する」
もはや誰の姿も無い階段を振り返り、思案する。
頭の中では早く帰るべきだと訴えているが、待っているヒカリを放置はできない。
「行こう」
決意を固め扉を押し開いた。
眩しさに一瞬目が眩むが、前方のフェンス側で背を向けて佇む少女を見つける。
二つに結んだ焦げ茶の髪を風になびかせ、身体を所在なさげに揺らしていた。
「ヒカリ!」
「え?」
大声で名前を呼ぶと、ヒカリはくるりと身体を回した。
遠方からでも分かる愛らしい顔立ちに、まん丸の瞳が竜夜を見て嬉しそうに輝く。
「竜夜君! 来てくれたんだね」
「あ、あぁ」
つい此方も嬉しくなるが、それよりと距離を詰めた。
竜夜の強張った顔に気づいたのか、不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの? 怖い顔してるよ」
「ヒカリ、今すぐ此処から離れよう」
「……え? どうしたの?」
「ほ、ほら、今日は寒いだろ? 別に他の場所でも構わないんじゃないかな」
必死に言い聞かせてみるが、何故か視線を彷徨わせた。困ったように唸り声をあげる。
「うーん。でも、和樹君には聞かれたくないし……」
「それなら別に今日じゃなくてもーー」
「ううん、今日がいいの。私、いつまでもこのままっていうの耐えられなくて……ごめんね」
ヒカリは深く息を吸い、竜夜の目をひたと見据えた。
焦りながらも、好きな子に見つめられてどきりとしてしまう。
「言うね。私、実は……」
竜夜から視線を逸らさず、ゆっくりと言葉を放つヒカリ。
その顔が、突如として恐怖に彩られていった。
「ヒカリ?」
「危ない!」
叫んだヒカリは、小さな両手で竜夜を突き飛ばした。
「痛ッ」
尻餅をつき、痛みに顔を顰める。
何故突き飛ばしたのかと問おうとして、
「ぁ、いやあああぁぁぁあ!?」
甲高い悲鳴が耳朶を打った。見上げ、息を呑む。
「……ぁ?」
視線の先、黒い靄がヒカリの身体を覆っていたのだ。
信じきれず何度も何度も目を擦る。だが現実はなにも変わらなくて。
「……そんな、嘘だろ?」
「あああぁぁあああア」
消え入りそうな声は、ヒカリの悲痛な声に掻き消された。
身体を仰け反らせ、常に笑顔を浮かべていた顔が苦悶に歪んでいる。
黒い靄が侵食してゆくその身体には、気味の悪い模様が浮かび上がっていた。
「どうして、なんで……」
一体、ヒカリの身に何が起きてしまったのか。疑問符だけが頭の中を永遠と回っていて。
何か行動を起こす前に、何も出来ぬままに
それは呆気なく終わりを迎えた。
「あぁあああ……ぁ」
ヒカリの頭が力無く垂れ、悲鳴が途絶えたのだ。
そこには、黒い靄や紋様が消え失せ、常日頃と変わらない少女の姿があった。
「……ヒカリ?」
淡い期待を込めて震える手を伸ばす。その時、
「んあぁ、失敗失敗」
「!?」
顔を伏せたヒカリから、場違いな調子で軽快な声が紡がれた。
髪の隙間から覗く濁った瞳が、竜夜を捉えて歪む。
「今度こそ、逃がさないよ」
唇が吊り上がった。
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