外道魔術師転生から始まる異世界動物のお医者さん

穴の空いた靴下

48話 隻腕

「説明しなくてもわかると思うが、俺はこの腕だ……」

------------ワース------------
種族 犬型獣人
年齢 41歳
主訴 右腕肘関節から先の欠損
   幻肢痛
------------------------

「俺は闘士をやっていた。
 この怪我は、試合中の事故だ」

「切断面がガタガタですね……」

「闘士に良い医師などつかんからな、ずたずたになった腕からの血を止めるために縛って、それで終わりだ。結局腕は落ちちまったがな」

「これは回復魔法、部位欠損を回復させる程の魔法の領域になるなぁ……」

「ダイゴローは魔法使いじゃないのか?」

「うーん、魔力は利用してるんだけど、あくまで医学で治しているんだよね」

「そうか……そんな高名な治癒魔法を受けられるはずもないからな……痛みだけでもなんとかなってくれればと思ったが」

「無いはずの腕が痛む、幻肢痛だね……とりあえず診てみよう」

 俺は腕の付け根に手を添えて診察を開始する。
 闘士、闘技場で戦うことで観客を喜ばせる。
 基本的には肉体に自信のある奴隷がなることが多い職業だと聞いている。
 フェリカ王国も闘技場はあるが、希望者が安全面も考えられたルールの上で戦うが、この国はほぼ殺し合いだそうだ。診察中にワースさんが話してくれた。
 幻肢痛……正直興味があって読んだくらいの知識しかない。
 獣医師にとってはあまり馴染みがない病気だからだ。
 なんか鏡を使って治療したような……

「俺が魔法を使えればなぁ……」

「いや、こうしてきちんと見てもらえるだけでありがたい」

「……治癒魔法ってどうやって治しているんだろう……」

「俺はそんな知識はない……」

「詳しく話が聞ければヒントが……ん?
 ネズラース、治癒魔法の原理って知ってる?」

「うん? その個体の魂の記憶に従って魔力による受肉を体現する魔法だな」

 いたよ、詳しい人。

「魂の記憶?」

「俺も治癒魔法は得意ではないが、術式によって情報を引き出してあるべき形を取らせる。としかわからんな」

「俺が術式を唱えたら使えるもの?」

「いや、治癒魔法は完全な素質だ。ユキミのように素質がないとダメだ。
 ただ、あいつは術式を用いずに使っていたから、神の奇跡に近いかもしれんがな」

 もしも、ユキミが行っているのが、科学知識に基づいた再構成だとすれば……
 俺は反対の腕を丹念に診察、すでに解析に近いのかもしれない、をする。
 細かな構造まで把握しようとすると久しぶりの感覚に襲われる。
 知恵熱だ……

「大丈夫か? すごい汗だぞ……?」

「大丈夫、ちょっと静かに……」

 腕全てを再現するのは無理だ! 頭が焼ききれそうだ……
 ならば少しづつならどうだ……
 肘部分の構造を頭に焼き付けて、それを魔力で構成するように紡いでいく……

「あ、熱い!」

「ちょっと、だけ、我慢して!!」

 関節構造って複雑なんだよな、筋肉、神経血管、あ……ヤバイ……気絶しそう……
 閉じるんだ、皮膚をループさせて筋肉で包んで、閉じろ閉じろ閉じろ!!

 ブツン

「……か……!」

「……い……りし……!」

「……丈夫か!?」

 うっすらと目を開けると皆が覗き込んでいる。

「あ……っつつつつつ……頭……痛い……」

「目を覚ましたか! 良かった……」

 頭痛は激しいが、意識を取り戻せたので魔力を回して和らげる。
 また、気絶したみたいだ……

「ごめん、心配かけた……」

「何を言っている! 見ろ! 腕が伸びたんだぞ! 奇跡だぞ!」

 ワースが嬉しそうに肘から先が少し伸びて無理やり皮膚で覆った腕を見せてくれる。

「おお、理論は合ってたか……しばらくちょっとずつにしよう……思ったより大変だった……」

「いやいや、そこまで危険に晒してダイゴローがやる必要はない。俺はここまでやってくれた気持ちだけで十分だ!」

「いや、俺がやりたいんだ。頼む。治療を続けさせてくれ!
 次からは無理はしない、大丈夫感じは掴んだ。余裕を持って次はできる!」

「……な、なんか頼むのが逆だが、それなら……ダイゴローお前に全てを任せる!」

「俺どれくらい気を失ってたの?」

「そんなに長くはないぞ、今、日暮れ時くらいだ」

 ネズラースが頭上から答えてくれる。
 フィーは首に巻き付きながらほっぺたをペロペロと舐めている。
 心配かけたんだなと優しくなでなでしておく。

「もう、大丈夫。それに、日暮れ前にやらないといけないことが出来た」

「そうだな」

 ネズラースも気がついている。

「なんだ? やらないといけないことってのは?」

「このままだと日が暮れたらこの村は襲われる」

「な、なんだって?」

「周囲を視察するような気配が数体出入りしている。
 たぶん、狼の群れだ。この様子だと夜、日が暮れたら襲うつもりだと思う」

「森の悪魔たちかもしれん……賢い集団で、この森に住む者なら常にその存在に怯えて生きている」

「武器とかってあるのかな?」

「少しなら、ただちゃんとした武装は俺の鉄剣が一本だ」

 ワースが家に戻り鉄の剣を持ってきてくれる。
 でも、これがあるなら、いろいろ出来る!

「助かった。石斧だけだったら苦労したところだ。借りるよコレ」

「ああ、利き手もまだ使えないからな」

「それを治すためにも、今狼の餌になるわけには行かないね!」

 俺は小屋から外に出る。それだけでも周囲の偵察は距離を開けていくのがわかる。
 優秀な偵察兵だ。
 その存在が消えていった逆側の森に向かい一本の木に狙いを定める。
 万が一にも村側に倒れないように気をつける。
 鉄剣に強化をかける。そして覆う魔力を刃の位置で超高速で振動させるイメージ。
 感じとしては超音波メス。
 ヌッ と、気色が悪い感覚で木に剣が入る。
 別の角度からくさび状に斬る。

「よいっしょー!」

 △に切った部分を蹴っ飛ばせばベキベキと木が倒れていく。

「石でやると石が砕けちゃうんだよねー、鉄は偉大だ」

「相変わらず無茶苦茶をする。さっきぶっ倒れたばかりだと言うのに……」

「こういう力技は平気なんだけど細かいことのほうがきついよ」

「まぁ、あまり無茶はしすぎないようにな」

 ネズラースは心配してくれているんだな。
 切り倒した木をそのまま剣で細い板を大量に作っていく。
 長さは3m程だ。先は尖らせておく。
 同じ要領でさっさと大量生産する。

「とりあえず今晩を乗り越えるためだからこんなのでも役に立つだろ」

 俺の作業をまるでおばけでも見たかのように口を半開きで見ている村の人達にも協力を仰ぐ。

「これを斜めに村の外に向かって地面に突き刺して簡易的な槍衾を作ろうと思うんだ」

「やりぶすま?」

「ここに作って見るからそのやり方を真似して」

 俺は数本の板を角度を変えて地面に刺していく。
 大型犬が通れないくらいの幅で形成した槍衾。
 板を立てただけの壁よりは牽制になるだろう。
 上からの襲撃対策に周囲の木を切り開いておいた。
 理想はこの槍衾の外に堀を掘れれば良いんだけど、今日はもう時間がない。
 すでに日がくれ始めているから急がないと……
 皆が苦労しながらも地面に突き立てていく。
 でも、遅々として進まない。そりゃそうか……

 結局俺が強化で一気に植え込んでいく。
 村がまるで鳥の巣のように槍衾で囲まれた。
 皆には篝火を焚いてもらって夜襲への備えを急ぐ。
 人が動いている間は多分襲ってこない。
 もしかしたら、今日は襲ってこないかもしれない。
 明らかに対策を取っている間は賢い狼が襲ってくるとは思い難い。
 皆が疲れ切ってから、もしくは単独行動などを取っている時に襲ってくるだろう。

「根本的に代えていかないと、結局安心は出来ないんだよね……」

 なんとか日が落ちる前に準備が完成する。
 空を見上げれば少し開けて開放感が増している。
 しかし、横を見ると乱雑に立ち並ぶ大量の杭……

「美しくないなぁ……」

 俺的には非常に不満だ。
 やっつけ仕事だから仕方ないが、まぁおいおいやっていこう。
 予想通り敵さんは近づいてこないからな。

「ご苦労様、お茶淹れてきたぜ」

 トットが真新しい木製のコップでお茶を差し入れしてくれる。
 切り出した木材で作った物だ。その他食器類も作れて皆喜んでくれた。

「たった一日で変化がありすぎて混乱してるよ」

「確かにね、でも、明日からは毎日驚くよたぶん」

「だろうな、ダイゴローは凄い男だからな」

 ちょっと照れくさい。

「そう言えば、帝国はこの森の中の生活を黙認しているのかい?」

「そうだな、一応森の調査という形で入るが、あくまでかなり手前の部分だけだ。
 メリットもないからな、ここに居るのは奴隷上がりの獣人と人間くらい、危険な森に入ってまで捕らえてもな……」

「そうなのか……ん? 人間は森に来るのか?」

「ああ、帝国の人間は全て奴隷だからな」

「え?」

「そうか、フェリカ王国は違うのだな」

「ああ、人も獣人も立場は同じだ。奴隷も禁止だしな。
 てか、なんで人間は奴隷なんだ?」

「ああ、先代に意見したのが人間の文官だったからってだけだ。
 本当にたまたまだ、それが犬型獣人なら犬型獣人すべてが奴隷になっただろうし、皇帝にとっては自分以外は等しく無価値だからな」

「なんてこったい、そしたら俺は益々森から出られないじゃないか?」

「ん? なぜだ? ダイゴロウは手長猿族だろ?」

「俺は人間だ」

「……は? またまたぁー。普通の人間があんな腕力、え? 本当に?」

「人間だ!」

 村人全員が俺のことを手長猿族だと思っていた事実は、大猿族とどっちが良いのか悩ましかった。








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