外道魔術師転生から始まる異世界動物のお医者さん

穴の空いた靴下

1話 大鳥 大五郎


 俺の名前は大鳥おおとり 大五郎だいごろう

 元、獣医師だ。
 そんな俺が今何をしているかというと……

「頼む!! そのを助けさせてくれ!!」

 土下座の世界大会があったら結構いいところまで行けるのではないか? 
 そう思わせるほど、綺麗な正座から二つ手をついて、額を地面に打ちつける。
 今の俺にできることは誠心誠意頼むことだけだ。

 相手は大柄な身体、ふさふさと豊かな、いや豊かすぎる被毛に覆われた獣人。
 長い鼻と口、鋭い目つき、そして怒りに歪む口元から見えるするどいキバ、ピンとたった耳。
 犬型獣人だった。

 そしてその腕には小さな子犬が抱かれている。
 息も絶え絶えで意識もなく、苦しそうに唸っている。
 俺は、どうしてもその子を助けたかった。
 今、その子を助けられるのは俺しかいない!

「誰が貴様などに!! 俺が知らぬとでも思ったか!! 
 獣人の敵!! 害悪の魔術師 ベグラース!!」

 土下座をする俺を噛み殺さんばかりの怒声だ。
 しかし、俺はこう言われても仕方がない、『この人間の身体の本当の持ち主』としての記憶もある。
 『害悪の魔術師 ベグラース』、獣人にとってこの名は最も忌み嫌われる名だ。

 人間と獣人の両方から忌避されるその名前。

 人間からは変わり者、持って生まれた技術を人のために使わない裏切り者。
 自らの知的探究心にのみ従い、たとえ同族であろうと邪魔をすれば冷酷に処分する。
 獣人からは、獣人を実験に使う残虐非道な悪人。
 人間と動物の混じったような獣人への異常な執着心、そのくせ個体に対する興味はない。
 獣人を構成している仕組みとその理論にしか興味がない、彼にとってはおもちゃでしかなかったのだ。

 あまりの非道な行いの末、獣人の神である獣神の一人から、この男の『ベグラースの霊魂たましい』は消滅させられた。
 そして何の因果かそんないわくつきの身体に俺、『大鳥 大五郎 の霊魂』が入り込んでしまったんだ。

 そして、何故か今は全力の土下座をしている。
 苦しそうにしているその小さな犬を助けるために。

「頼む、俺ならその子を助けてやれる!!
 もし助けられなかったら俺を殺してくれて構わない!!
 お願いだ! もうその子には時間が残されていないんだ!!」

「な、何を言うか!! ララは、これからも元気に育つんだ!! 
 俺の娘は村一番の美人に育つんだ!!
 誰が貴様の言うことなど聞くものか!!」

 全く俺の言うことを聞いてくれない。
 しかし、俺の過去の人格がやったことを考えれば、当然とも言える反応なんだ。

 この男、ベグラースは最低のやつだ。
 獣人を人間以下の存在と考え、自身の、なんでこんなやつにこんな才能があるのかわからんが、規格外な魔法能力を使用してありとあらゆる実験に……獣人を利用した……
 魔道で伸ばした何百年という寿命の中で、数え切れないほどの獣人を『実験おもちゃに』した。

 その記憶が俺の中にあるだけで俺は気が狂いそうになった。
 なんで自分がそんな目に会わなければいけないか、天を呪った。

 俺は本当に昔からついていなかった……

□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■

 まだ赤ん坊の頃、突然大暴れしてその拳で母親の顎をかすめノックダウンさせた。
 顎にはヒビが入っていたそうだ。
 幼稚園の頃、くしゃみをしたら前にいた子に頭突きをしてしまった。
 頭蓋骨にヒビを入れた。
 小学生の頃、階段から足を滑らせて下にいる上級生にフライングヘッドバッドを華麗に決めた。
 頭蓋骨にヒビを入れた。
 中学の時、体育の授業の徒競走でゴールと同時に転倒し一回転した時に見事に胴回し回転蹴りが同級生に当たり。
 上腕骨完全骨折をさせた。
 どの事件も故意ではなく、怪我も大怪我ではあるが後遺症など残さない形だったので、腫れ物に扱うように隔離されていった。

 俺は影でボーンクラッシャー大五郎と呼ばれ恐れられていた。
 無駄に恵まれた身体のせいでいじめられなかったが、そのせいで完全に距離を取られ無視をされた。

 自分は人間とは触れ合ってはいけないと思うようになって、飼っていたペットに依存した。
 すぐにその対象は目に入る動物全てへと移行していく。
 小学も中学も生き物係で過ごした。
 不思議なことに動物と触れ合っていても不幸な事件は全く起こらなかった。
 動物も不思議と俺のことを好んでくれた。
 動物といるときだけが俺の幸せだった。

 高校に上がっても相変わらず無視をされていた。
 俺はこのときにはすでに自分の人生、この有り余る力を人間に向けて使うと危険なので、動物のために生きると決めていた。
 夢は獣医師だった。
 高校生活は完全ぼっちではあるものの、順調に過ごすことが出来た。
 勉強も頑張った。
 身体はどんどん成長して190cm88kgなんの運動もやっていないのに勝手に筋肉がつき、運動をすれば人外な成績を修めるようになった。
 どんなに優れた身体能力を持っていようと、個人競技だろうが団体競技だろうが他人を巻き込む『事故』が起きてしまう。
 最初は熱心に勧誘してきた部活の人間や先生たちも数回の『事故』を経て、他の人と同じように腫れ物を扱うように俺に接するようになった。
 この世界に俺の居場所がないような気持ちになっていた。 

 孤立した。それが逆に順調な生活を与えてくれていた。

 次は骨じゃすまない。
 触れると死ぬ。
 あだ名は死神大五郎へとレベルアップしていた。
 飼育委員を3年務めた。
 一緒に仕事をしてくれる人もいないので全ての学校の動物の世話を一人で行った。
 世話する姿を見て、死神なんてあだ名は誤解かもと思ってくれた人もいたが、俺がうっかり頭をぶつけて、鶏舎を粉砕した姿を見て誰も近寄らなくなった。

 静かな学生生活のお陰で勉学にも集中することができ、念願の獣医学科へも無事に合格することが出来た。
 大学生活6年間においてもぼっちを貫いた。
 始めはもちろん知らぬ顔ばかりだったので近づいてきてくれる人もいた。
 新歓コンパでラグビー部の先輩とアメリカンフットボール部の先輩が、

「おお、いい体だなぁ! 是非うちの部活に!」

 と誘ってくれたが、ふざけてタックルしたエース候補の新入生経験者の肩甲骨が割れて、それ以来誰も近寄らなくなった。
 それから俺を調べた人間からの情報は大学中に知れ渡り、再びボーンクラッシャーの名前を拝名した。

 勉強に打ち込んだ6年間を過ごし、主席で卒業することが出来た。
 俺の破壊の力はなぜか動物と動物が絡む人間関係には適応されないようで、獣医師として生きていっても動物を癒やすことが出来るし、他の人間を破壊することもない。
 実習なんかもそのせいで人と触れ合えた。
 相手からしたら恐怖以外の何物でもなかったようだが、自分なりにまとめたノートなどをコピーしてなんとかしてもらった。余談だけど、このノートは卒業した後も教科書代わりに使われるほどになっていた。

 職場でも過去の話をして診療だけに打ち込ませてくれた院長には今でも感謝しか無い。
 やり手の院長で外科的な手技、内科的な知識を叩き込まれた。
 あっという間に5年の月日が流れて俺は30になろうとしていた。
 それでも未だに動物がかかわらない人間関係は皆無だった。
 俺の人生において動物の存在がどんどん大きくなっていったのは仕方がないことだった。

 ボランティアで参加した野良猫の避妊手術の準備中にそれは起きた。
 興奮した野良猫が手術室から脱走して、裏口から抜け出してしまった。

「大丈夫だよー……ほらほら……落ち着いてー……」

 シャーシャーと威嚇してくる猫は非常階段の手すりに乗っていた。
 ここは4階だ……落ちたらただ事ではすまない。
 逃げてもいい、お願いだから降りてくれ。
 俺の祈りも通じず、突風が吹き子ネコの身体が外に放り出されてしまう。
 俺の目に映るスローモーションの映像。

 俺は、考えるよりも早く飛び出して空中の猫を捕まえていた。
 もちろん下に地面はない。
 そこからは何も覚えていない。

 猫は無事だった。
 しっかりと抱きしめて頭から血を流しながら、手を暴れる子ネコによって傷だらけにしながらもがっしりと抱きかかえていて、薄れ行く意識の中、しっかりと子ネコを別のスタッフの持ってきてくれたキャリーに入れた。

 そこで大鳥 大五郎としての意識は途切れた。

 俺は……頭から真っ逆さまに落ちたにも関わらず、頭蓋骨にヒビが入っただけで済んだそうだ。
 ただ、意識は戻らなかった。
 中身である霊魂が飛び出して異次元に猫を通して紛れ込んでしまったらしい。
 猫には特殊な力があるそうだ。
 人神はそのイレギュラーすぎる事態に焦って俺の霊魂を回収しに行ってくれた。

 ……そこで、あんなことが起きるなんて、誰にも予想ができなかったんだ。

□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■

 自分の意識がふたたび戻ったときには、目の前で土下座の世界大会があったら、結構いいところまで行けるのではないか? 
 そう思わせるほど、綺麗な正座から二つ手をついて、額を地面にこすりつけている女性がいる。

「ん……? ここは……?」

 意識を取り戻すと目の前には土下座した女性。
 周りはどこまでも真っ白な空間。自分が地面に立っているんだろうけど全てが白く浮いているようだ。
 ふと自分の体を見ても真っ白で光っている。

「なんだこれ!?」【申し訳ございません!!】

 被し気味で土下座している女性が謝ってくる。
 少し落ち着いて見てみると現代の日本では見ることがないようなローブ? のような真っ白いドレスとも言えるような変わった服装だ。

「えーっと、どういう状況か説明してもらえると助かるのですが……」

【大変申し訳ございません!!】

 よくみると体全体が微かに震えている。
 しかし、謝られても状況はわからない。

「あの、怒っていないので、というか何が起きているのかも解らないので説明してもらえると助かるのですが……」

【申し訳ございまぜん……】

 泣き出してしまった……
 これは埒があかない、そう思った時もう一人の声がする。

【俺が説明しよう】

 雄々しい声とともに新しい人物がその空間に現れる。

「……え……?」

 その人物を見て驚いた。
 フサフサのたてがみ、ピンとたった耳、見慣れた鼻に髭、つり上がった目、どう見ても猫だ。
 被り物ではない。生きている気配がしっかりとする。
 猫の顔したスラットした男性が、良くギリシャとかの話で出てくるような布みたいな服を着ている。
 裸足の足は猫のそれだった。モコモコだ。肉球があるかたしかめたい。

【人の子よ、俺は獣人の神の一人アラセス。そこで土下座しているものも人の神ラーニャだ】

「え……? 神さま……?」

 思わずその場に正座してしまう。神と聞いて思わず突っ立っていてはいけないような気がした。

【ほほう、この状態ですぐに神を敬う気持ちを持つとは……
 これは悪いことをしてしまったのう……】

 バツが悪そうに頬をポリポリと掻いているアラセス様、その時俺は、手が人間と一緒で肉球がない……と脳天気なことでがっかりしていた。

【お主の魂はある人物の中に、間違えて入ってしまったのだ】

「はい?」

 あまりに突飛な話で頭がついてこない……今の現状もまるで理解できないが、もう何が何だか……

【もうじわげございまぜん……】

【ラーニャ、いい加減お前からも少しは説明しろ!】

 ラーニャと呼ばれた女性が顔を上げる。
 かわいい。そう形容するのが一番しっくりくるだろう。
 中学生くらいのヨーロッパあたりの将来が楽しみな美少女。
 金髪に青い瞳、今は泣き腫らしてまぁグチャグチャだが、それでも彼女の持つ可愛らしさを損なうことは無い。

【す、すみません……わた、私のミスなんです。
 回収した魂が急に引っ張られて、ああ元の身体へ戻るんだなーって手を離したら……】

それからラーニャ様はアラセス様にフォローしてもらいながら事の概要を説明してくれた。

□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■

 異世界に飛ばされてしまった大鳥 大五郎の魂。
 つまり俺の魂は助けた猫の魂の波動と干渉してこの獣人が溢れる世界 アニモルト へと飛ばされてしまった。
 そして何よりも不幸だったのが、偶然その場で魂を砕かれ滅びようとする肉体があったのだ。

 害悪の魔術師 ベグラース

 獣人たちの敵、忌むべき存在。
 それが俺の身体の持ち主の生前の評判だった。
 アラセス様の手によって魂を輪廻の軛から引剥し、永劫の苦しみを受ける。
 獣人のために傀儡として動かされる予定だった肉体自身が持つ魔力が暴走して、付近を脳天気に女神に回収されていた俺の魂が吸い込まれてしまったのだ。

 そして、更に不幸は続く。

 俺の魂がべグラースの肉体に入り込むと、隷属の仮初の魂と勘違いしたアラセス様によって肉体と魂の楔、この場合呪いに近いものを打ち込まれてしまったのだ。
 生涯に渡り、獣人たちを救うことを運命づけられる隷属、まぁ、呪いに近い。
 見習い女神であるラーニャが額から血を流しながらそう説明していた。

 元の世界の肉体はしっかりと保護するし、時間軸のズレもラーニャがなんとかしてくれるそうだ。
 アラセス様自身でもその契約は簡単には解除することは出来ないらしく、具体的には1万体の獣人の命を救うことで初めて解放できる……かも、ということらしい。
 これはべグラースが抱えていた業に比例する。
 どれだけの者を手にかけていたかによって変わるそうだ。

□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■

【すまんなぁ、お主はなんにも悪くないのに、強いて言えば運が悪かったの……】

【すみません、すみません、すみません……】

「いや、なんか最近普通に生きてしまっていたので忘れてましたが、俺の人生こっちだなぁって思い出しました……」

【なんだ、随分と達観しているな。
 しかし、それよりもお主の魂、それにその力……本当に前の世界の人間か?
 どちらかと言えば我らの世界の人間のソレに近いぞ?】

 アラセスがうっすらと輝いている俺の身体をまじまじと見つめる。

【ふぇ……?】

【お主、前の世界で普通に暮らしているだけで他の者との違いを感じなかったか?】

「な、なんでそのことを……?」

【ああ、お主はもともと『はぐれ』だったんだな。
 いくら眷属がいたからと言って、この世界に迷い込むってのに無理があると思ったんだが、そういうことか……】

「はぐれ……?」

【え、えっと……『はぐれ』っていうのは、本来の世界ではないところに生まれてしまう魂のことで、その世界が前の世界よりも弱い世界なんかに生まれたりすると異質な能力を持ってしまったりします。
 明らかに説明ができない能力を持っているため、場合によっては天才とか呼ばれたりする人はこの『はぐれ』であることがあります。もちろん、逆なこともあるんですけど……】

「俺がその、はぐれだと……?」

【そうだ、この世界の人間はお主らの世界よりも強靭だ。
 まぁ、その中でもお主は強い力を持っているな、前の世界ではそれはもう持て余しただろう……
 安心しろ、この世界ならお主は少し強い人間程度だ!
 まぁ、その体の持ち主の力と合わさると、まぁどうなるかわからんがな……】

 何とも言えない表情になるアラセス様。魔術師と言っていたっけ俺が入る身体……
 魔術師、魔法を使えるのかこの世界は……?

【さて、ラーニャそろそろ時間だ。俺は先に戻る。
 ええと、中身の方はなんと言ったっけ?】

「大五郎、大鳥 大五郎です」

【ふむ……ダイゴロー、俺も少しは責任を感じている。
 お主が功徳を積み開放された時、なにか願いを叶えてやろう。頑張ってくれ】

【大五郎様、本当に申し訳ありません。
 私程度の力だとお手伝いできることは少ないですが、出来る限りのことはさせていただきます!
 もちろん試練を超えた暁には元の世界でのサポートも最大限努力します。
 どうか、頑張ってください!】

 二人の神に奨励されてしまったが、なぜか俺は驚くほど落ち着いてしまっていた。
 あまりにもスケールが違いすぎる話に頭が機能不全を起こしていたのかもしれなかったが、何故か、落ち着いていた。

 こうなるべくして、こうなった。

 俺は本当に不思議だが、自然とそう考えていた。
 そのまま、俺の意識は光に飲み込まれていくことになる。

□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■

 再び俺が目を覚ますと、見慣れない部屋で椅子に腰掛けていた。

「ここは……どこだ……」

 俺は席を立とうとするが、その瞬間に猛烈な頭痛に襲われる。そして身体が焼けるように疼き出す。
 思わず地面に突っ伏してしまう。

「ぐ、ぐあ……頭が、割れる……身体が、熱い……」

 この身体の元の持ち主の知識、記憶と、大鳥 大五郎の記憶と知識が混ざりあってその衝撃で脳が引きちぎられんばかりに傷んだ。
 魂の力と肉体の力がバランスを取るために変化していくために身体が焼けるように熱くなる。
 しかし、俺を最も苦しめたのはその記憶の内容だった。
 獣人を用いた様々な実験の数々、それが鮮明に俺の頭を駆け抜けていく。

「糞が!! ふざけんな!! こんなもの、見たくない!!」

 叩きつけた拳が床に石材を破壊する。
 のたうち回りながらこの記憶を消したかった。
 実験で得た知識を吐き出したかった。

 それでもこの記憶の奔流はすべての知識を統合するまで収まることはなかった……

 どれくらいの時間が経っただろう……
 自身の涙と吐瀉物でぐちゃぐちゃになった顔で俺は立ち上がる。

「酷すぎるだろ……不幸とか、そんなレベルじゃねぇ……」

 握りしめた拳から血が流れる。
 自分ではない自分の行動は想像を絶していた。
 何よりも動物が好きな俺が、獣人にあんなことをした。それがたまらなく許せなかった。

「10000程度の功徳で報えるかよこんなもの!!」

 俺は自然と魔法を使って部屋の惨劇を回復させ自身の酷い状態も回復させる。
 魔法の行使に関しても問題なく、むしろ以前よりも精密に行えるようになっていた。
 統合した知識からここはベグラースの異次元に作られた館であることがわかった。
 獣神の怒りに触れ、為す術なく魂を永劫の苦しみの輪廻に放り込まれ、俺の魂がこの肉体に引き寄せられた場所。
 よく片付けられた室内は、質の高い、日本で言うところの西洋アンティークな家具が並んでいる。
 俺にとっては許せない人格の魔術師は、獣人に対する態度以外はそれなりにセンスのいい男だった。

「なんでこんな人間にこんな力があるんだ……」

 自分の頭にインプットされた魔法の知識、それはこの世界をよく知らない俺からしても凄まじいと思えるものだった。
 現代知識を持つからこそ魔法のより深い、凄さを身にしみて理解した。
 同時に現代社会で培ってきた様々な知識が、混ざり合い、融合し、この世界でも、そして前の世界においてさえも異質なほど高度な知識になっていることに、この時の俺は全く気がついていなかった。

「俺はどうすればいいんだ……」

 自分の頭の中の消すことの出来ない非道の数々が俺を攻める……
 獣人のために功徳をつもうにも、右も左も方法がわからない。

「私が貴方を導くニャ」

「誰だ!?」

 誰も居ないはずのこの館で自分以外の声がしたことに思ったよりも大きな声がでてしまった。

「そんなに警戒しなくても大丈夫ニャ、私はラーニャ様とアラセス様によって作られた使い魔ニャ」

 目の前の机の上に真っ白い猫が飛び乗ってくる。
 美しい白銀の瞳と黄金の瞳を持つヘテロクロミア、完全な純白の被毛。
 芸術品のようなその姿から神々しいオーラさえ感じてしまう。

「私はユキミ、貴方をサポートするニャ。
 何の罪もないご主人様には厳しすぎる呪いがかけられているから、少しでもお手伝い出来るように頑張ります。
 よろしくニャご主人様」

 真っ白な猫がウインクをしている。

「か……」

「か?」

 ユキミと名乗った猫は頭をかしげる。その姿がたまらなく可愛くて、ついつい暴走してしまう。

「うお~~~かわいいーーーユキミちゃんって言うの? よろしくにゃ~」

 ユキミを抱きかかえ頬ずりをしながらクンカクンカと匂い嗅ぐ。
 完全に変態です。本当に有難うございました。

「ちょ、ちょっとご主人様いきなり、距離感縮め過ぎだから!」

「あ、ごめん……」

 抱き上げてもみくちゃにしてしまったユキミを机に戻す。

「ん、もう。一応レディーなんだから気をつけてくださいニャ」

 ほんの少し不機嫌になりながらボサボサにされた身体を毛づくろいしている。
 そのかわいい姿にまたもみくちゃにしたくなる衝動を必死に抑える。

「そしたらユキミちゃん、俺はこれからどうすればいいのかにゃ?」

「んーと、まずはその気持ち悪い話し方を辞めましょうかニャ!」

 俺はショックを受けた。そんな俺を気にすること無くユキミちゃんは話を続ける。

「ご主人様には獣神であるアラセス様の呪いがかかってしまっていますにゃ。
 効果は10000の功徳を積むまで魂を縛られる。
 獣人・動物から猛烈に嫌われる。
 どんなに変装しようが獣人、動物には、貴方がべグラースであることがわかってしまう。
 例外を除いて魔獣を除く獣人、動物を害することが出来ない。となっているにゃ」

「猛烈に……ってどれくらい?」

「そうですニャー、わかりやすく言えば、自分が何か食べていると必ず一口頂戴と寄ってきて残り全部を食べてしまうくせに、そいつが何か食べているときに一口頂戴って言うと、なんなの乞食なの? みっともない。って言ってきて、次に一口頂戴って言われたときにそれを言うと、うわ、心狭い、最低だよねちっさい人間だねぇ~って言ってくるような奴とかクチャラーとかゴキブリ並みに嫌われますニャ」

「あんまりわかりやすくはなかったけど、妙に理解できた……」

 動物に嫌われることは俺にとって死活問題だ。
 俺にとってまともに触れ合えるのは動物だけだったのだ。
 我が人生、動物が全てなのだ!

「早いとこ功徳を積んで、そして獣人への罪滅ぼしをしないと……
 どれだけ獣人をしても許されることはないかもしれないけど、それでも、それでも俺はそれを成し遂げたい!!」

「素敵な心がけなのニャ。筋金入りの動物好きなのニャ!」

「普通に人と触れ合える世界に来たんだ、まっとうな人間として生きてやる!」

「ニャンというか……苦労してきたんだねご主人様……」

 こうして俺の普通の(?)人間らしい生き方が初めて始まったのであった。

 べグラースの館でユキミと出会った俺はユキミの持つ能力を教えてもらった。

「私には困っている獣人や動物の呼び声が聞こえたり、魔獣以外なら動物の言葉がわかるニャ」

「おお、夢のような能力、流石ユキミちゃん!」

「ふっふーん。もっと褒めてもいいのニャ、っと。
さっそく困っている気配がするニャ、特に切迫している気配がするニャ! 
ご主人様はこの世界のあらゆるところに転移できる鏡を持ってるニャ。
それですぐに移動するニャ!」

 ユキミは机から音もなく降り立つと迷いなく奥にある姿見へと移動する。
 姿見にユキミが手を当てると、鏡の向こうの景色が変化する。
 これでこの先へと移動できるようになった。
 この館へ戻るのはどこからだろうが俺の魔法で帰還可能だ。

「さぁ、急ぐニャ! 生まれ変わったベグラースの初仕事ニャ!」

「おう!」

 俺は鏡へと一歩踏み出す。
 浮いたような、天地が回転したような不思議な気配がすると鏡に写った森の中へと降り立つ。

「おお、ほんとに移動できた……」

 知識としてはわかっていても、現代日本で生きていた俺にとっては驚くべきシステムだ。

「この先ニャ!」

 ユキミが俺の肩に乗ってくる。
 俺は今ローブに杖、まさに魔法使いというカッコをしている。
 さらに肩に純白の猫、おとぎ話の中の魔法使いになったような少し楽しい気分になる。

「ひぃー!! 殺される、助けてー!! ママー!! パパー!!」

 楽しい気分も獣人の少女の悲鳴で地獄の底に叩き落される……。
 わかってはいたが、俺の姿をひと目見ただけでその少女は泣き叫び、おもらしをしながら逃げ出した……。
 獣人の少女はヒクヒクと動くプリティな鼻、すっかりと倒れて怯えがひと目で分かる耳、恐怖でつぶってしまっている瞳……うん。よくわかんないけど、たぶんコリーっぽい顔つきなんだと思う。
 先程まで苦しそうにうずくまっていたのに、無理に動くから更に顔色が悪化する。
 俺にあった恐怖だけではない気持ち悪さがこみ上げてきて、その場で嘔吐してしまう。

「落ち着くニャ、仕方がないことだけど、この魔法使いは君の敵じゃないニャ」

 ユキミが間に入って話をしてくれる。
 俺との距離はしっかりと開けているが、少しは話しを聞いてくれる状態に落ち着いていく。

 それにしても、俺は失禁した尿を眺めていた。
 地面に落ちた尿はわかりにくいが、衣服についた尿は妙に黄色い。
 それによく見ればあの犬型の獣人の娘の皮膚や目が黄色いのがわかる。
 間違いなく黄疸を起こしている。

「あ、あ、貴方は……誰? 私……殺されるの?」

「なぁ、聞きたいことが……」

「ひぃーーーーー!! 怖いーーーーーー!!!」

 俺が声を発するだけでこの怯えようだ。
 今後獣人からのヒアリングは全てユキミを通そう。
 俺はそう心に誓った。
 ちょいちょいとユキミを手招きして聞きたいことを伝える。

「あなたのお名前は?」

 ユキミが問いかけるとその子はゆっくりと口を開く。

「ララ……」

「私はユキミ、あっちのはダイゴロー」

「嘘……私わかるもん。あの人はベグラース、悪い悪い魔法使い。
 私達を捕まえて殺しに来たんだわ!」

 目の前で言われると結構傷つくなこれ、でも、めげてられない。
 これからもきっとこういうことは続くんだ。
 俺はいちいちユキミを呼び寄せて話すのは止めて魔法で解決する。

「ユキミ、聞こえるか? 今魔法で話しかけている。ユキミもそのまま心で思えば俺と話せる」

「おお、流石稀代の魔法使い! それで、この子に後は何を聞けばいいかニャ?」

 それから俺はいつも仕事で問診しているように話を聞き出していく。

---症例 No1 ララ---

年齢 7歳 (この世界の獣人はほぼ人間と同じ寿命なので現実世界の犬に当てはめると半年くらい)
性別 女性
人種 犬型獣人

主訴 幼少の頃からの慢性的な運動不耐性、少し動くとすぐに疲れてしまう。
   食後のだるさ、嘔吐、体つきも非常に細くガリガリ。
   白目などの可視粘膜は黄色に変色しており、皮膚なども黄色みが強い。
   めまいなどの症状も出ており、最近は出歩くこともままならないほどしんどい。

--------------

 ふむ、まぁこの年令でこの症状。
 一番可能性が高いのは門脈シャントだろう。
 門脈シャントとは胃や腸から栄養を肝臓に運ぶ血管である門脈から大静脈という全身の血液を心臓へと送る大きな血管に本来無いはずの血管がつながってしまうことで起きる病気だ。
 肝臓で処理するはずの血液が未処理のまま全身をめぐり悪さをしたり、肝臓への十分な栄養供給がされないために肝機能が低下してしまう病気だ。
 先天的にそういった血管を持って生まれてしまった可能性が高い。
 治療方法は傷ついた肝臓の回復と、余計な血管をなくすことだ。
 現代の日本においてはCTや血管造影によって異常血管を把握して、コイルによるカテーテル手術、もしくは開腹しての血管の結紮というのが一般的な治療になる。

「便利だよなぁ……」

 俺は既にララの体内の状態を手に取るように理解していた。
 忌まわしき記憶と、獣医師としての記憶、そして魔法を用いれば最先端の検査機器など無くても容易に患者の状態を把握することが出来る。
 問題となる場所はわかった。ただ、その問題を解決するのは流石に遠隔操作では無理だ。
 ララを説得して直接身体に触れさせてもらわないと治療はできない。

「ユキミ、その子に……」

 ユキミに指示を出そうとした時、脇の草むらから飛び出してきた影がララを抱え凄まじいスピードで走り去ってしまう。

 突然のことに俺とユキミは虚を突かれてしまうが、今診療した結果ララの状態は思った以上に深刻なことがわかっている。

「追うぞユキミ!」

 俺は走り去った影を追って走り出す。


 冒頭の土下座まで、……あと少し。

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