ぼっちの俺、居候の彼女

川島晴斗

act.24/覆水盆に返らず

 俺と揚羽が夜の街を並んで歩き、その一歩後ろを美頭姫が続いていた。
 母さんの見舞いは、本人があの状態だと殆ど意味がない。
 一目見させて揚羽も満足したようで、俺たちはポツポツと狭い住宅街を歩いていた。

「……ふーん。そうなんだ。兄さんは随分と大きな買い物をしたんだね」

 美頭姫がうちに来た事情を話すと、揚羽はニヤニヤと笑いながらそう言った。
 揚羽が俺と美頭姫が出会った経緯を知りたいと言うから最後まで話したんだが、恩を仇で返す妹には頭が下がらない。

「でもさ……」

 俺は誰に言うでもなく空を見て呟く。
 満天に輝く月は美しく、優しい光を俺たちに返していた。

「……もう、全部終わるんだ」

 終わる。
 母さんが死んで、揚羽に今までの事を謝罪して、漸く家族が元に戻る。
 その時、俺は少し家を開けるかも知れないけれど、美頭姫の居る今の家には戻る。
 テレビまで買ったんだ、コイツとはもう少し過ごさないといけない。

 そんなこれからを思い描く俺の耳に、揚羽はクスリと笑って呟いた。

「終わらないよ……」

 真っ向から俺の言葉を否定して来た。
 終わらない――それは、この関係が、だろうか。
 俺と揚羽はずっとこのままの関係でいるということだろうか。
 揚羽の口ぶりや態度からは、俺の演技やしている事に気付いてないように見えるし、俺を憎むからこそ終わらないと、そう言ってるのだろうか。

 揚羽の言葉は、どこかわからないところがある。
 そして、次の一言もそうだった。

「これから始まるんだよ。でも、終わるのは一瞬。……そして、これで本当に最後だから」
「……揚羽、何言ってるんだ。遅過ぎる中二に掛かったのか?」
「…………」

 揚羽は笑顔で俺の鳩尾を殴ってくる。
 思ったより強い力を前に、俺は倒れ伏すのだった。

「……バカな兄さんはそのままでいれば良い。そのまま何も気付かず呑まれてしまえばいいんだ」

 プイッとそっぽを向き、実家のある方に揚羽は歩いて行ってしまう。
 闇に消え行く妹を追うことはなかった。

 呑まれてしまえ? 俺は何に呑まれるんだ?
 わからない、しかしアイツは言ったな。
 何も気付かずに――。

 何か、俺は見落としているのか?
 それを知らなきゃ、終わらないのか?

 そういえば1つ、俺は美頭姫に聞きたい事があったはずだ。
 内容は確か――

「美頭姫。お前さ、誰に俺のことを教えてもらったんだ?」

 平常心で俺は聞いた。
 これはまさか、揚羽が仕組んだのか?
 揚羽なら津月が戻ってくることも知ってるし、中学の時のことも知っている。
 俺に2人をぶつけて苦しめようとしたのか?

「……なんで今そんなこと聞くの?」

 嫌そうに眉をひそめて美頭姫は問い返す。
 確かに夜道で聞くような事じゃない。
 でも、とても重要な事の筈だ。

「なんでもいいだろ。一体誰なんだ?」
「……まぁいいけど。知ったのはメールだよ? 知らないアドレスからだったけど、文末に名前が書いてあった」
「まどろっこしいな。誰なんだよソイツ」
「…………」

 美頭姫は一度口を塞ぎ、一呼吸置いてから答えた。

「その人の名前は――秋宮輝流だよ」

 信じられない名前が彼女の口から飛び出し、俺の両腕はダラリと下がった。
 あぁ、そうか。
 揚羽、お前は……




 輝流と繋がってたんだな――。



 ×××××



 家に帰り、暗い家の電気をつける。
 もはやパソコンを見る事もしなかった。
 全て終わりだ。
 俺に恨みを持つ輝流と揚羽が繋がり、さらに津月まで俺の敵に回っている。

 でも、俺が自分を犠牲にさえすればきっと、美頭姫だけは助けてもらえるだろう。
 大丈夫、俺は今まで辛い思いを受けてきた。
 輝流に身を任せたって、死ぬほど嫌でも辛くても、生きてはいけるから。

「ねぇ、利明」

 リビングで無気力に立つ俺の肩を、美頭姫が掴んだ。
 俺は振り返り、彼女の話を聞く。

「秋宮輝流って人、利明とどんな関係なの?」

 確かな意志の宿った目で聞いてくる。
 もはやその名を隠す意味はないし、きっと母親が死ねば、美頭姫も無関係ではなくなるだろう。

「今からじっくり話してやる。座れ」

 指示を出すと、少女は黙してローテーブルの前に座った。
 俺もいつものように、美頭姫の前に座る。

「……秋宮輝流あきみやてるる。アイツと俺、そしてこの前家に来た一弥、3人でよく話して、一緒に帰って……。友達だったんだろうな。小学校の頃は津月と、中学校ではその2人と一緒に過ごしたんだ」
「お友だち……?」
「ああ、そうだった」

 中学3年の春――

 輝流が人を殺すまでは――



 *****



 中学2年の春、俺はPC無しでも鳴るハードシンセを1人で弄るぼっちだった。
 いや、一弥がよくつきまとってたから、ギリギリぼっちではなかったかもしれない。
 それでも1人で机に座る時間は多くて、俺は音作りと、作った音のダイヤルの位置をメモするのに勤しんでいた。

「何これー! 見た事なーい!」

 そんな俺の前に、バカみたいに声を張って騒ぐ、1人の男がいた。
 女みたいな顔をして、肩にギリギリつかない黒髪、声も高くて男とはいえない。
 でも履いてるのはスカートではなくスラックスだし、変な男だった。

 クラス替えで何を間違えたのか、変な意味で有名な男と同じクラスになってしまった――そう悲嘆に暮れる生徒は多かっただろう。
 俺もそのクチで、人と関わらない俺でもコイツの名前は知っていたし、嫌いだった。

 秋宮輝流――彼は何度注意されても教室にノートパソコンを持ってくる奴だった。
 授業はサボるし、パソコンは持ってくるし、怒られることは多い――去年の春だけは。

 彼のPCを没収した先生が居た。
 当たり前だ、公立の中学校だと、スマートフォンはおろか、ノートパソコンなんてもっと持って来ちゃダメだろう。
 しかし、そのPCは3日で帰って来た。
 3日後に、その教師が辞職したからだ。

 彼のPCを没収した先生は3人、その全員が辞職している。
 父親がIT企業の社長とか、彼自身とんでもないハッカーでスキャンダルを流出したとか、有る事無い事噂され、今では彼がPCを持って来ても、誰も咎めない。
 俺も、秋宮と関わりたい人間ではなかった。

「……ねぇねぇ、無視しないでよ。これ変なの〜。ツマミがいっぱいあるけど、なんなの?」
「……シンセサイザーだよ。音を作ってんだ」
「シン、セ? 何それ聞いたことない。音を作ってどうするの?」
「……作曲」
「へー! 中学生なのにご苦労だね? 曲売ってるの? 大変じゃない?」
「…………」

 なんだコイツは……グイグイと人の事を聞いて来やがって。
 いや、でも……聞いてた印象よりは、結構いい奴だぞ?

「曲売ってるつっても、まだまだ全然だけどな。今は技術が足らん。中学生ってこんなもんだなーって、思い知らされてるよ」
「あー、ボクもそうなんだよね。ハッカーなんだけど、なかなかデミゴッド級になれなくってさー……。お金で買えたら技術買いたいよね」
「……悪いけど、そっちの専門用語わからんから、なんとも言えねーよ。でもお前、やっぱりハッカーなのか。へー」
「ハックなんてパソコン技術の断片に過ぎないよ。HTMLとかJavaScriptとか、パソコンにはいろいろ言語はある。ソフトやアプリ作るのだって言語を覚えてプログラムを作ればいいだけさ」
「……よくわからん」

 顔をしぼめる俺を見て、輝流は苦笑した。
 そっちの分野の話は俺にわからないし、コイツは俺の分野がわからない。
 やってることが違うから当たり前だが、輝流は楽しそうだった。

「君、吉田だっけ?」
「……明星みょうじょうだけど?」
「あはは、ごめんごめん。クラスメイトってバカしか居ないから名前覚えるの苦手で。下の名前は?」
利明としあき。別に覚えなくていいぞ、秋宮輝流。俺とお前じゃやる事も分野もちげーし、話すこともないだろ」
「うわっ、ひどーい。ボクは結構、君に興味あるのになー?」
「うるせぇよ男女おとこおんな。俺なんて大した人間じゃねぇんだ、興味持ったって仕方ねぇよ」

 カチカチとダイヤルを動かし、音を鳴らす。
 ストリングス――弦楽器を重ねたような音が鳴った。
 輝流は何がおかしいのか、クツクツと肩を揺らして笑い、バシバシ俺の肩を叩いてくる。
 なんなんだマジで。

「……ふふ、あははははっ。君は本当に面白いね? 普通ならボクに向かってそんな口きかないんだよ? だって、みんなボクが怖いんだからさ。なのに、どーして君はボクに暴言が吐けるの?」
「俺とお前は対等だ。確かに、お前がその気になれば俺のパソコンのデータを全部消したりできるんだろうよ。遠隔操作とかよく知らんがな。でもそれで俺の技術が消えるわけじゃない。俺がお前からパソコンを奪ったって、お前の技術も消えない。俺たちは同じだけのものを持っている、そういう意味では変わらないから、対等なんだ。暴言を吐く権利もあるし、笑い合ったりしてもいいだろ」
「…………」

 輝流は俺の言葉を反芻するように、縄宿も頷いて、優しく微笑んだ。

「……ねぇ、明星くん。人はそれを、一般的に普遍的に、当たり前のように……友達って、呼ぶのかな?」
「まぁそうなるんじゃね? 俺はほぼぼっちだけど、お前もぼっちだし、ぼっち同士仲良くするか?」
「……。いいよ。友達になろう」

 スッと彼は右手を差し出してきた。
 なんだこの手は、白くて綺麗だな。

「……ビジネスマナー。握手だよ。握って?」
「友達同士にマナーも何もねぇよ。でも、そうか。握って欲しそうだから握ってやる」
「うんっ」

 俺が彼の手を握り返すと、輝流ははにかんで笑うのだった。
 中学2年の春――これが俺と輝流の、初めての会話だった。

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