ぼっちの俺、居候の彼女

川島晴斗

act.14/負けないキモチ

「はぁっ……」

 利明が出て行くと、私は手を止めてテーブルに顔を伏せた。
 今日は酷く落ち込んでいる。
 理由は簡単だ、強力なライバルが現れたから。

 南野津月、利明とは小学生の頃まで一緒で、アイドルとして名を馳せた美少女。
 ルックスがいいのは勿論のこと、使ってなければ稼いだお金も溜まっていることだろう。
 そして、絶対に処女だ。

 私なんかに勝ち目はない――借金だけが彼との繋がりの、私なんかじゃ。
 音楽は聴いてて楽しいけど、私は作ることができない。
 利明は曲を作れて、ツッキーは作詞と歌を歌うことができる。
 しかも、"幸せの音程"っていう、人を幸せにする声も出せるようだ。

「……どうしたら良いのかなぁ」

 何もできない私じゃ、利明を籠絡することができない。
 だから何か特技を身につけて、ツッキーに追い付かないと。

「……とりあえず、彼のためにお風呂沸かしとこう」

 今日は目標を立てるだけで良い。
 大丈夫、利明はそんな簡単に女の子を好きになったりしないから、焦らずに行動して行こう――。



 ○



 ピッ……ピッ……。

「……随分買うよな」
「俺の勝手だろ」

 友人にして高身長店員の一弥は、ちまちまとグミやチョコ菓子をビニール袋に詰めていた。
 レジに映し出される金額が3000円を超えていたが、コンビニでこんなに買うのは久しぶりだった。

「ポイントカードやるよ。登録してなくても、ポイントだけつくからさ。もったいねぇぞ?」
「ん、じゃあ貰っとくわ」

 俺が承諾すると、一弥はレジの引き出しからカードのついた紙を出し、ピッとスキャンしてから俺に渡す。
 袋に入れろや。

「3469円になります。お前、居候に甘過ぎだろ」
「仕方ねぇだろ、俺普段こんなの食わねぇし、どれが美味いのかわかんねぇもん」
「そんなんだと、いつか破産するぞ?」
「問題ない、近々また投資するからな。俺も協力してるし、あの会社は100%伸びる」
「その会社を教えて欲しいね」
「おう。……チッ、1円足りねぇ。5000円からで」

 パパッとレジを操作し、一弥は慣れた手付きで釣銭を俺に返してくる。
 俺がお菓子でいっぱいの袋を手に持つと、別れ際にこう言った。

「週末、お前んち行くわ。居候がどんなのか見てやる」
「じゃあ予定空けとくわ」

 それだけ返事を返すと、ピロリロリローンという電子音を背にコンビニを後にする。
 この辺りは住宅街だから夜は人通りが少なく、あのコンビニは客が少なくて話をする余裕もある。

 一弥は頼りになるし、一度俺の今後とかを相談してみるのもいいかもしれない。
 それに、彼から美頭姫に何か為になることを言ってくれるかもしれない。

 美頭姫は今、さなぎなんだ。
 家を飛び出す決断力と実行力があり、勉強には熱心に取り組む。
 彼女が何かを真剣に始めたら、凄いものができるかもしれない――なんて。

 僅かにある期待は直接彼女に告げず、胸の中にしまっておく。
 マンションに着くとエレベーターに乗り、すぐに我が家へ足を踏み入れた。

「帰ったぞー。……お、風呂沸かしてんのか」

 風呂場から何やら音が聞こえ、美頭姫が沸かしているのだと理解する。
 美頭姫にしては気が利くな、今日何かしら心境の変化があったのだろう。

 リビングに向かうと、また美頭姫は勉強していた。
 彼女の視界に俺が入ると、彼女は顔を上げてヘッドホンを首に掛ける。

「おかえり――って、何その量……」
「味の指定なかったから、適当に買ってきた。あって損はしないだろ?」

 ドサリと彼女の目の前に袋を置いてやる。美頭姫は言葉と裏腹に、目を光らせながら中身を物色していた。
 笑顔で感嘆する少女、そのあどけない姿を見ていると、既に俺の中で損した気持ちは消えていた。

「利明、全部貰っていい?」
「無論だ。俺がそんなファンシーなもん食うかよ」
「わーいっ。ふふっ、最近良い事なかったし、嬉しいなぁー♪」
「…………」

 お菓子程度で喜んでくれるのは何よりだが、今の言葉が気になった。
 良い事がなかった――と言うわけではないと思うが、美頭姫のストレス解消になるような物はこの家に無いと思うし、発散するものが無い。
 テレビを買うって提案、そのうち本気で考えないとな。

「……利明、はい」
「ん」

 美頭姫からパックに入った豚生姜焼き弁当を渡される。
 これを買いに行ったんだった。
 部屋で食っても良いが、机を汚す可能性もあるし、リビングで食べていこう。
 俺が美頭姫のまん前に座ると、彼女は目を伏せて口元が優しい三日月を描いた。

「……利明、お弁当温めた方が美味しいよ?」
「もう夏だぜ?暑いもんなんか食えるか」
「それでも利明は、美頭姫ちゃんと暑い夜を過ごすのでした」
「完」

 漢字一文字で話を終わらせ、割り箸を2つに割る。
 豚生姜焼き弁当のご飯に乗った梅干しを真っ先に食べた。
 うむ、すっぱい。

「人生の味がする」
「梅干し食べただけでしょ……。リアクションがオーバーなんだから……」
「わかんねーぞ。この先すっぱい思いをしながら、こうやって身を縮こませるような人生が待ってるかもしれない。曲が全く売れなくなって自分が作品を作る意味も見出せず、バイト生活に明け暮れるかもしれない。あぁ、怖い話だ」
「いいから食べなよ……」

 ウザそうだったので黙って食べる事にする。
 しかし、俺が無言だとかえって気まずくなったのか、美頭姫から声を掛けてきた。

「利明から私にちょっかいかけてくるなんて、何か用があるんじゃないの?」
「用などない。そんな日もある」
「……ふーん。じゃあ、寂しくなったんだ。だから私と同じ空間に居る」
「寂しくなどない。例え寂しくてもお前なんかに癒してもらうものか」
「はいはい、照れない照れない」

 小馬鹿にしたようにあしらって、彼女は弁当を食う俺の顔を見ていた。
 食い辛い……やっぱ部屋で食えばよかった。

「ガリ勉は勉強してろよ。こっち見んな、シャーペン持て」
「いいじゃん。私もグミ食べてるからそれでおあいこ」
「よし、だったらジャンケンで負けた方が部屋に行くってのでいいな。今あいこ、さぁ手を出せ」
「利明こそ手を出してよ。グミあげるから」
「そういう意味じゃないんだが」

 俺の意見は馬耳東風らしい。
 慣れると新聞を取ってくる犬ですらお利口と言われるのに、この女はまったくお利口じゃない。

 とかなんとか言ってるうちに食い終わってしまい、ゴミをゴミ箱に突っ込んだ。
 食うもんも食った、風呂はまだ沸いてないだろう。
 風呂の準備ができるまで暇だし、作業をしよう。
 俺は席を立ち、スタスタと自室の方へ向かった。

 しかし、がっしりと足を掴まれて動きを封じられる。
 誰が掴んだかは言葉にする必要もないだろう。

「なんだ美頭姫。話でもあるのか?」
「…………」

 俺の問いに、彼女は答えなかった。
 艶やかな黒髪をフローリングにまで垂らし、すがるように俺の足を掴みながら、彼女は上目遣いで、たった一言を口にした。

「今日は……寝るまで、ずっと一緒にいよ?」

 触れれば壊れそうな、儚い声で問われてしまう。
 なんでか、胸がドキドキした。
 最初から知ってはいたが、美頭姫は可愛い。
 おそらく学校でもかなり男子から人気の高い女の子だろう。
 そんな彼女が上目遣いで、必死になって、一緒に居てと懇願してくるのだ。

 少し無言になり、考える。
 落ち着けと自分に言い聞かせながら、前にも何度かこうしてドキドキさせられたな、なんて思い返していた。
 今の美頭姫には俺を籠絡する必要はないだろうし、こうやって俺をドキドキさせたいわけでもないだろう。

 きっと、コイツは寂しいだけなんだ。
 俺に寂しいだろうと言ってきたのは自分が寂しいという言葉の裏返しだったんだ。
 うん、そうに違いない、そう思おう、そうじゃないと落ち着けない。

「……利明?」

 ゆっくりと、下から名前を呼ばれる。
 流されるな、落ち着いて対処すれば大丈夫なはずだ。
 俺はゆっくりと屈んで彼女の手を取り、握り返して彼女の目を見ながら言う。

「結局、寂しいのはお前の方じゃないか」
「……寂しいのもそうだけど、利明じゃないとダメなの」
「そうはいっても、寝るまで一緒はダメだ。風呂は別だし、俺は作業したいし……わかってくれるな?」
「……お風呂は、水着着ればいいんだよね?」

 そんなことは言ってない。
 ……あれ、似たようなことを言ってた気がするが、いつだ……?
 ああ、水姫が風呂場に突撃してきた頃か。

「お前そんなこと言ってると、本当に襲うぞ? 俺だって健全な男子高校生だぜ?」
「その時は、その時だよ。利明なら私の事大切にしてくれるし、私は構わないよ?」
「俺が構うから」

 美頭姫の言うことはつまり、襲ったら付き合うってことになるだろ。
 今はまだ依頼がなくて平和だが、俺は普段忙しい。
 とても女に構ってる時間なんてないんだ。
 それに、津月の気持ちも考えないといけないし。

「ほら、邪魔だから勉強でもしてろ」
「むー……。じゃあ利明の部屋でやる」
「……別に、それは構わねぇけどさ」

 俺はヘッドホンをするし、美頭姫も勉強するなら集中するだろう。
 俺は彼女の手を取って立ち上がらせる。
 彼女が黙って勉強道具を取ると、俺も無言で部屋の中へと入るのだった。

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