終わりゆく世界の代英雄

福部誌是

恐怖 ★

「どうしたんですか?」

涙を流すハルトに対してアデルータが心配そうな表情で訊ねてくる。


「ん?いや、なんでもない」

ハルトは指で涙を拭って答える。

何故涙を流したのか、自分でも理解出来ない。

「きっと、アデルータを救えたのが嬉しかったんだと思う」  

自分で自分に答えを出して立ち上がる。

「・・・・・」

「んじゃあ、もうそろそろ行くか」

アデルータは何も言わずにハルトのことを見上げていた。


その後、宿の前に戻ってアデルータと別れた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その日の夜〈オルティネシア王国〉の奥に建つ大きな城。

その城の中にある大浴場のお湯につかりながらリゼッタは今日見たハルトの涙を思い出していた。

「なんで涙を・・・・・」

あの時、アデルータとどんなことを話していたのか分からない。ハルトの涙の理由を知りたい。アデルータと2人で出かけるなんて・・・・・アデルータずるい!

「私も一緒に出かけたいなー」

と独り言を呟きながら、ハルトと並んで歩く光景を想像して我に返る。

「・・・・・恥ずかしい」

恥ずかしさで顔が更に熱くなる。のぼせる前に湯から出ようとして立ち上がる。


お湯から出て、大浴場の中を歩いて出入口まで移動して扉を開く。用意されているタオルで身体の水を拭き取ってピンクの花柄の下着を身に付ける。

リゼッタは自分の少し控えめな胸を見る。

ハルトも胸が大きい方がいいのかな?

とアデルータやラメトリア、マレートに嫉妬する。


スカイブルーの中世風のドレスを着て廊下を歩く。

「こんばんは」

「こんばんはリゼッタ様」

赤いカーペットの敷かれた廊下の上をホウキで掃除する茶髪のセミロングのメイド服の使用人と挨拶をする。

そのまま自分の部屋へと向かう。角を曲がって少し歩き続けると、前から赤のドレスを着こなした金髪のロングヘアの女性――第一王女である姉、アマリエが使用人を3人連れて歩いてくる。

「傭兵なんてやっていて楽しいの?リゼッタ」

「・・・・・アマリエお姉様」

「それにしても、お母様はともかくお父様がよく許したわね」

「・・・・・ええ、マレートが話を付けてくれたんですよ」

「マレート・・・・・あの若い騎士がお父様になんて言ったのか分からないけど、せいぜい今を楽しんで置く事ね」

そう言ったアマリエはリゼッタを見下ろすかのような視線を送った後、歩いて行った。

国王――お父様は緑の髪をしていて、とても厳しい人だ。姉であるアマリエは子供の頃、お父様の教育と周りの重圧によって性格が変わってしまった。

お父様はアマリエの性格が変わった後、アマリエを失敗作と呼び見限った。そして次はリゼッタにも手を出そうとした。

お父様からリゼッタを守ったのはお母様だった。お母様は綺麗な金髪の髪をしていて、とても美人で優しい人だ。リゼッタが最も尊敬する人で、子供の頃、使用人達からお母様に似ていると言われる事が嬉しかった。

リゼッタはお父様と姉が苦手だ。だけど更に苦手な人物がこの城にいる。

お父様はリゼッタをも見限り使用人の女性と男女の関係を持ち、新たな後継者を産ませた。

「お姉様」

自分の部屋の前に着いて部屋の中に入ろうと思った時、リゼッタを呼ぶ声が後ろから聞こえた。

そこには藍色の髪の少年、リゼッタの義弟が立っていた。リゼッタが最も苦手としている人物で嫌いな人間だ。

「何の用?フリュス」

リゼッタは少年の名前を呼ぶ。姉であるアマリエは22歳で、フリュスは13歳。

「今日も可愛いねお姉様。今日こそはお姉様と一緒に寝たいんだけど?」

「・・・・・自分の部屋に戻って」

一年前
リゼッタはフリュスに抱かれそうになった事がある。裸にされて唇も奪われた。その時は使用人を呼んで助かった。

その事は城で噂になり当然お父様の耳にも入る。だが、お父様はフリュスを怒る事もせず、リゼッタの護衛を強化することもなかった。

それどころかフリュスの頼みにより、お父様はリゼッタのことを助けた使用人をクビにした。

更にフリュスがリゼッタに近づける環境をも作ろうとした最悪な父親だ。

「別にいいじゃん。もう使用人は飽きたんだよね。毎日が退屈さ。この気持ちが分かる?お姉様?だから俺と寝ようよ」

フリュスの気持ちなど分かりたくもないし、知りたくもない。

「戻って!これ以上近付いたら助けを呼ぶわ」

「・・・・・怖いなぁ・・・・・まあ今夜は諦めてあげるよ。でも必ずお姉様を手に入れてみせるから」

そう言ってフリュスは去っていった。

リゼッタは部屋の中に入って、しっかりと鍵を閉める。

そしてベッドの上に寝転がる。すぐに眠気が襲って来て・・・・・眠ってしまった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アデルータとリゼッタと3人で魔獣の討伐に数回出かけて5日が経つ。
武器と防具を揃える。武器屋と防具屋は品物が少なくなっていた。店主によると、ある傭兵団が大量に購入して行ったらしい。


マレートの傷も癒えて久しぶりに5人で魔獣討伐に出かける。


どの依頼にしようか迷っていると新しい依頼が入って来た。

『ホーンバダク1匹の討伐』

報酬は75ゴールド

と報酬がいいのでこの依頼になった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

〈オルティネシア王国〉の南の平原に突如現れた魔獣。南平原より更に南に行くと、巨大な森が見えて来る。その森には人族と敵対しているエルフ族が住み着いている。

南平原を歩いて進みながらホーンバダクを捜す。 

「見つからないですね」

と辺りを警戒しながらリゼッタが口を開く。

「そうだな」

と返す。

「アデルータ。レーダーの加護に反応は?」

とラメトリアがアデルータに聞く。

「ないですね。というより、私が姿形を知っていないとレーダーは反応しません。あとは私が敵意を感じているものなどにしか反応しないので・・・・・」

「それではレーダーの加護は期待出来ないと言うことですね」

とマレートも口を開く。


1時間は経過しただろうか・・・・・気温が暑くて熱中症になりそうだ。
と考えながら歩き続ける。すると、リゼッタが急に立ち止まる。

「・・・・・何か聞こえませんか?」

「・・・・・なにかって?」

とリゼッタに返事をする。

「私はなにも聞こえませんけど」

とアデルータが言う。

「なんか・・・・・地鳴り?」

そう言われて見れば地面から振動が伝わって来るような・・・・・

「皆さん!あれを」

ラメトリアがそう言って指を指した方向に視線をやる。

すると、その方向から土煙が舞っていた。

――ドドドドドド 
 
続いて確かな振動音。それは段々と大きくなって・・・・・

「・・・・・まさか!」

「どうやらそのようですね」

とハルトの驚きを含んだ言葉にマレートが返事をする。

土煙が迫って来る。ホーンバダクだ。

その姿がようやく視認出来るようになる。容姿はサイに酷似している。色はグレーで大きさは現実のサイよりもすこし大きい。鼻の上から伸びている長い角には血がこびり付いている。

ホーンバダクの直線上の地面の上に爆弾を置いて・・・・・


その場から一旦退避する。さっきまでハルトたちが立っていた場所をホーンバダクが通り過ぎようとした時

ドォォォォン! 

と爆発か起こって辺りを吹き飛ばす。土煙が舞って、ホーンバダクの体も吹き飛ぶ。少し離れた場所に転がり落ちて、すぐに立ち上がった。



<a href="//22882.mitemin.net/i267259/" target="_blank"><img src="//22882.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i267259/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>
(イラスト:危険な友人)


ブォォォォォォ


とホーンバダクは吼える。ホーンバダクが体の向きを変えてハルトに向く。ハルトは剣を抜いて構える。ホーンバダクは少し身を低くして、地面を蹴った。

ホーンバダクが近付いて来る。右に避けようと体を動かそうとする。
・・・・・?

動かない。・・・・・体に力が入らない。・・・・・嘘だろ?

足が動かない。迫って来るホーンバダクに気圧されて、ギガントサウルスに肩を喰われかけたときのことを思い出す。

なんでこんなときに・・・・・クソ!

体に力を入れようと必死になるがどういう訳かハルトの体が動くことはない。

動けよ、動けよ動けよ動けよ動けよ動け!動け!

心の中で叫んでも体が反応することはない。

・・・・・俺はここで死ぬのか?

ホーンバダクとの距離が20メートルをきる。ハルトが死を感じて動けないなか、ホーンバダクとハルトの間に入って来る人影。

マレートが盾を前に構えてホーンバダクの突進を正面から受ける。
 
金属音が辺りに鳴り響く。

ハルトの元へリゼッタとアデルータが走り寄ってくる。

「大丈夫ですか?」  

「ハルトさん?」

心配する2人の顔を見て自分が情なく思えてくる。

これが魔獣の恐怖なのか?

とレーヴの言葉を思い出す。

「魔獣の恐怖は平和な世界の人間が耐えられるものではない。簡単に克服出来るものでもない」


・・・・・クソ!

「・・・・・俺は大丈夫だから」

「でも!」

とアデルータが返して来る。

「大丈夫だって言ってるだろ!」

と思わず怒鳴ってしまった。本当は強がってるだけなのに・・・・・弱い自分をリゼッタにもアデルータにも・・・・・誰にも見られたくない。

「・・・・・分かりました」

とアデルータが走って距離を取る。

「・・・・・ごめん」
 
と独り言を小さく呟いた。

リゼッタもそんなハルトを見て、ハルトから視線を外す。そして走ってホーンバダクに向かっていく。


マジで最悪だな俺は

と心の中で呟く。


マレートがホーンバダクの突進を止めて、ラメトリアが連続で剣を振るう。

ホーンバダクは地面を蹴って後ろに飛んだ。その後、体の向きを変えてラメトリアに向き直る。

ホーンバダクの突進を左に飛んで避ける。

「くっ」

と声が漏れて地面に着地する。


ホーンバダクに銃弾が発射されるが、その銃弾は貫通せずに潰れた。


「皮膚が硬すぎる」

とアデルータが言う。

「雷鳴斬!」

とマレートが言い放って、距離を詰める。そして雷を纏わせた剣を振り下ろす。剣はホーンバダクに直撃するが怯むこともなく立ち続ける。

ブォォォォォォ

と吼えて体当たりをラメトリアに向かってする。

ラメトリアは直撃を受けて体を後ろに吹き飛ばす。

「きゃぁぁぁぁ」

と悲鳴をあげて地面に体を打ち付ける。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ」

とリゼッタが短剣を握ってホーンバダクに走って近付いて斬る。

刃は簡単に通ることもなく、切り傷を少し付けた程度。ホーンバダクはリゼッタにも体当たりをしてリゼッタの体はほんの数メートル吹き飛んだ。

アデルータは銃弾に火の魔力を込めて発射した。

飛んで行く銃弾はホーンバダクの右脚に直撃してホーンバダクは少し怯んだ。

ホーンバダクは体の向きを変えるとアデルータ目掛けて突進を始める。アデルータは軽々と右に避ける。が、ホーンバダクは突進しながら進行方向を直角に左に曲がる。


「嘘でしょ?!」

と驚いたアデルータは突進を喰らって数メートル吹き飛んだ後地面を転がる。

ホーンバダクはそのまま勢いを殺すことなく、ハルト目掛けて突進して来る。

マレートはリゼッタの身を心配してそっちの方へ走って行ったから今、ハルトのことを守れる者はいない。ハルトは動く事が出来ずにその場に立ち続ける。

脚が震えている。・・・・・いや、全身が震えている。

ホーンバダクは物凄い加速する突進で角をハルトの左腹に突き刺す。

角がハルトの体を貫通して・・・・・

物凄く痛い。激痛が走り、口から血を吐く。心が折れる。心が壊される様な痛み。傷口から血が大量に溢れて、角を伝っていく。全身が痛覚に支配されて何も出来ない。何も考えられない。

痛い痛い痛い痛い痛い

激痛。

「あぁぁぁぁぁぁ」  

声が漏れる。気絶しそうになるのを必死に堪える。体が焼けるような痛みにこれ以上耐えられないと思った時、ホーンバダクは勢いよく頭を振ってハルトを投げ飛ばす。

突き刺さった角を勢いよく引き抜かれて、気が遠くなる。

ハルトの体は地面に転がり落ちて更に衝撃を受ける。

ホーンバダクは足踏みを2、3回してマレートとリゼッタの方向に体の向きを変える。

ホーンバダクの突進にマレートは再び盾を構える。

ホーンバダクの突進の衝撃を正面から受け止める。土を抉って後方に下げられる。

ここに来て左腕が麻痺してきていることに気が付く。

「クソッ!」
 
と吐き捨てる。

アデルータもラメトリアも体を起こそうとするが、全身に走る痛みで立ち上がれない。


リゼッタは上半身だけ起こして体に力を入れようと痛みに耐える。

マレートは突進の後の連続体当たりを全部盾で防ぐが、左手の感覚がない。更に右脚を地面に着いてしまう。

ハルトは動かない体に力を入れようと必死にもがいていた。

ホーンバダクは距離を取って、再び突進のモーションひ入る。狙いはリゼッタだ。


ハルトは必死にもがく。

このままではリゼッタが死んでしまう。

ラメトリアもアデルータもまだ動けないはずだ。

マレートは動けても恐らく間に合わない。恐らく骨折していた左腕になにかしらの損傷が現れたのだと考える。


「リゼッタ」

ハルトは小さく呟く。

リゼッタ、リゼッタ、リゼッタ、リゼッタ、リゼッタ

と心の中で何回も名前を呼ぶ。

・・・・・このままリゼッタが死んでいくのを黙って見てるしかないのか?

・・・・・なにが英雄だ。
・・・・・たった1人。仲間の命すら守れずに英雄なんて名乗れるはずがない。

恐怖に縛られた体に力を入れようとする。

全てはリゼッタを守る為に。


・・・・・だが最悪な事態が起こる。

急に全身に痛みが走る。前の痛みとは全く異なる痛み。呼吸が荒くなって、心拍数が上がる。

心臓が苦しい。

・・・・・なんでこのタイミングなんだよ

左腹から流れ出る血の量はハルトの下に小さな池を作っていた。

視界が狭まる。その中でハルトはリゼッタを見ていた。

完全に視界が暗くなる


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 

少しすると視界が開けてくる。

眼の前には玲奈先輩がいる。

そして、左腹を中心に体中に痛みが走る。

「がはっぁ」

と声が漏れてしまう。

「陽人君?大丈夫?」

と心配そうな先輩の声。

少しすると痛みが引いていく。呼吸を整えようと小さく深呼吸をする。

「大丈夫ですよ」

陽人は再び現実世界に戻って来た。

「・・・・・」

先輩の顔を見る。驚いている表情。なにか怖いものを見る様な・・・・・そんな表情をしていた。


どうしたんだろう?

もしかしてヤバイ奴って思われたのかな?

「・・・・・・・・陽人君?」 

声が震えていた。

「・・・・・はい」 

訳も分からず返事をする。

「・・・・・さっきまでボロボロだったのに、なんで傷がないの?」

その言葉を聞いて全て納得した。

陽人は絶対絶命の苦境に追い込まれた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品