終わりゆく世界の代英雄

福部誌是

3回目の経験

泣いた・・・・・

玲奈先輩の腕の中で陽人は静かに泣いた。

声に出さずに泣いた
先輩の温もりを感じた
優しさに包まれた
無音とも思える世界で先輩だけの声が陽人の耳に響く
崩れそうな心を必死に支える力を感じる。

優しい・・・・・美人で清楚で陽人にとって一生関わることのない、すごく遠い人物だと思っていた。手を伸ばしても届くはずのない距離。高く飛んでも追いつけない背中。

この学校で玲奈先輩より美人な人はいないだろう。笑顔が可愛らしくてスタイルもいい。完璧な人だ。ずっと無縁の存在だと・・・・・思っていた。

どうして?どうして先輩はこんなにも陽人に優しく接してくれるのだろうか・・・・・

初めて先輩と話したのはいつだっただろうか?

あの屋上で話すよりも前・・・・・校門でコンビニ袋を拾ってくれるよりも前・・・・・

陽人は自分の記憶を探る。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あれは

入学式から1週間後―――

窓の外は曇っているなか桜の花びらが風に乗り、ひらひらと舞っている。

授業中、好きでも嫌いでもない小説を教師にバレないようにこっそりと読んでいた。退屈な世界が少しでも面白くなればいいと思って読んでいるだけだ。


つまらない授業を受けるよりはましだ。この世界のどこにも陽人が夢中になれるほどの物はなかった。

小説の中の主人公と入れ替わりたい。そうすれば毎日が面白くなるのだろうか?

そんなことを思いながら小説を読み進める。


授業終了を告げるチャイムが教室の中に鳴り響く。そのチャイムの音を聞き、手をグッと前に伸ばす者、眠りから覚める者・・・・・

小説を閉じて机の中の奥に入れる。

「起立、礼」

クラス委員長の声に従い、席を立って頭を下げる。解散の合図が出されて教室内を歩き回る同級生達。陽人は自分の席について次の授業の用意を机の上に出して窓の外に目をやる。空は雨が降り出しそうな位に曇っている。

「・・・・・雨か」

陽人は基本、毎日折り畳み傘を鞄の中に入れているのでいつ雨が降っても問題はない。時間が経って授業開始を告げるチャイムが鳴る。

窓の外で雨が降り出した。


学校が終わって部活の時間になる。帰宅部の陽人は誰とも話すことなく下駄箱に向かう。靴に履き替えて鞄の中から傘を取り出す。

「最悪!今日傘持ってこれば良かった」

と女子の声が聞こえた。長い綺麗な髪を後ろで一つで縛っている。

綺麗な人だなと内心で思う。傘・・・・・傘。ポニーテールの女子生徒と傘を交互に見る。

「・・・・・あの」

一瞬声をかけようか迷ったけど、なんとか勇気を出して声をかけて女子生徒が振り向く。

本当に美人だった。陽人が今まで会ってきた人の中で恐らく1番美人。そんな美人な女子生徒と目が合ってしまう。そりゃあ声をかければ目が合うに決まっている。 

・・・・・・・でも、何故かその視線を逸らすことが出来なかった。その人が美人過ぎて見惚れてしまった訳ではない。理由は分からないが視線を逸らすことが出来なかった。

その女子生徒の頬を1滴の雫が通る。

「えっ?」

涙?なんで?

急に鼓動が速くなるのを感じた。

「あの、傘使います?」

早くここから立ち去りたかった。そんな思いもあってか傘を女子生徒に差し出す。

「え?あ、うん」

女子生徒の返事を聞き取り、傘を強引に女子生徒に渡して、早足で下駄箱から出る。いつの間にか足は走り出していた。陽人は雨に降られながらも走って校門を出る。

家に着くと制服はビショビショに濡れていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

会話をしたわけではない。ただ傘を渡しただけ。翌日、傘は机の上に置いてあった。

陽人が話しかけただけ。ただ強引に・・・・・・・・それでも

「あのとき、傘ありがとう」

「・・・・・いえ、先輩が濡れなくて良かったです」

先輩は腕を解いて陽人から離れる。陽人も立ち上がり先輩の方を向く。先輩の顔は赤みを帯びていた。

「ありがとうございました」

なんて言おうか迷ったけど・・・・・聞きたいこともあったけど・・・・・今はその言葉だけでいいと思ったから。

「誰にだって悩みはあると思う。その中には1人じゃ抱えきれないものもあると思う。そんな時は私を頼ってよね」

玲奈先輩は笑ってそう言ってくれた。

「はい!」

笑顔で答えた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


先輩と別れて教室に戻る。

優しさに救われた。例え居場所がなくても先輩がいればここで頑張っていけるだろう。

確かな自信と少しの勇気

教室に俺の居場所はない。先生に言えばそれで解決するかもしれない。それでも・・・・・

「居場所がないなら自分で作ってやるぜ!」

自分に言い聞かせるように呟く。教室に戻る途中、1時間目終了のチャイムが鳴る。廊下は人通りが多くなり、混雑してくる。人を避けながら教室に近づいていく。

ドクン!
心臓の音がうるさい。歩き続けて教室の前で止まる。目を閉じてゆっくりと深呼吸をする。玲奈先輩の顔が浮かぶ。

・・・・・大丈夫だ。俺ならいける

陽人は目を開いて教室の扉を勢いよく開ける。教室内の視線が一気に集まる。教室の中で壺坂の姿を見つける。1歩踏み出す。もう1歩。更にもう1歩。

並べられた机と椅子を避けながら、立ち止まる人を避けながら1歩1歩壺坂に近づく。追ってくる視線。その中には大峯奈津と平井浩太のものも含まれている。壺坂の前まで辿り着く。

「もし俺がお前に喧嘩で勝ったらもうイジメはしないと誓え!」

怖かったけど、恐ろしかったけど両手に力を入れて壺坂に宣戦布告をする。

「・・・・・分かった。だが、俺が勝ったらお前は俺のペットになれ!一生俺に服従しろ!」

賭けが成立する。壺坂の条件には正直驚いた。でももう引けないから・・・・・

「放課後、屋上で待ってる」

それだけ言い残し、陽人は教室から出ていく。
雨は上がり、雲の隙間から太陽の光が地上を照らしていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


放課後。学校の校舎の屋上で向かい合う2人の男子生徒。2人の間は2mもない。それを見守る壺坂側の男子生徒4人と女子生徒2人。

「ちゃんと逃げずに待っていたな」
と壺坂が口を開く。

「・・・・・・・・・」

高鳴る心臓の音。追い風が吹き、背中を押されているように感じる。

「行くぞ!」

壺坂が走り出して迫ってくる。右腕を後ろに引いてグーパンチ。壺坂の拳を右に避けてから壺坂の顔面に素早く拳を撃ち込む。壺坂の体は後ろに倒れて後頭部を強く地面に打つ。

「痛てぇ!」

少しの沈黙の後、壺坂が沈黙を破って起き上がる。


ちゃんと見える。反応出来る。異世界で得た経験、魔獣の攻撃を避ける為に体に染み込ませた動き。

異世界で死にかけたことは無駄ではない!

「はぁぁぁぁぁ」

陽人は右脚を上げて蹴りの姿勢に入る。陽人の右脚蹴りを壺坂は左腕を立てて防ぐ。瞬間、壺坂の右腕が伸びて来て胸ぐらを掴まれて引き寄せられる。そして壺坂の頭突きを食らう。


痛い。目眩がする。頭痛を感じる。真っ直ぐ立てない。左膝を地面に着く。

「おらぁ!」

と壺坂の声をが聞こえた瞬間顎に衝撃を感じる。体制が崩れて後ろに倒れる。脳が揺れるのを感じる。感覚から顎を蹴られたのだと推定出来る。

徐々に焦点が合ってくる。

「ヒュー」

「いいねー」

壺坂の仲間の声と壺坂の息遣いが聞こえてくる。

「もう降参かよ」

と壺坂の声が耳に響く。


・・・・・情けない。俺は自分の居場所すら自分で作ることが出来ないのか・・・・・・・悔しい。

・・・・・・・・でも、最初から結果は決まってたのかもしれない。

だって俺なんかがアイツに勝てる訳ない。・・・・・図体が違う。アイツのが喧嘩慣れしてるに決まってる。俺は拳ダメだし。


逆らうことなく、自分がイジメられることを肯定すれば良かったのだ。

・・・・・このまま諦めたい

そう心の中で呟いて、陽人の心が折れる・・・・・・・・・


その寸前
仲間達の顔が浮かぶ。
玲奈先輩の笑った顔が浮かぶ。


――まだだ。

諦めるなよ!言い訳して、目の前の現実から逃げるなよ!体全身に力を入れて立ち上がる。地面に右拳を着いて、右腕を支えにして体を起こす。

自分が間違っていると思う事を簡単に肯定していい訳がない!

自分に言い聞かせる。

勝つんだ!絶対に。

壺坂にはなくて、俺にある力――それは・・・・・・「魔法」だ!

「うおおおおおお」

陽人は左脚を1歩、力強く踏み出す。体重を前へ、右手を強く握り直す。そして、拳に「気」を纏う。

「うおおおおおお」

壺坂も負けずと左脚を踏み出す。右拳に力を入れて、陽人の顔面を狙ってグーパンチ。


左手・・・・・・・

互いの右手が相手の顔面に迫っていくなか、両者の左手はどんな役目をするのだろうか?

もし、左手を使うとしたら・・・・・

自分の右手、壺坂の右手に意識する陽人は左手の使い道を考えつく。

壺坂の左手は完全に流れている。

もし、左手に使い道があるとしたらそれは・・・・・・

・・・・・ここだ!


互いの右拳が互いの顔面直前まで迫るなか、陽人は左拳にも「気」を纏う。そして、左拳を一気に上へ。

上方向にグーパンチ、壺坂の右腕の側面と衝突。

「なっ!?」 

壺坂の驚きの声が漏れる。

「はぁぁぁぁぁ」

そのまま右腕を真上に伸ばしきって壺坂の右腕を弾く。

壺坂の驚きの表情を両眼で確認する。――勝ちを確信した


体を捻って右拳を壺坂の顔面に直撃させる。

壺坂の体は真後ろに吹き飛び、背中から地面に落ちて数メートル地面の上を滑る。

切れた息を整える。

「壺坂!」

「修也!」

と他の生徒が倒れたままの壺坂に駆け寄る。

「気絶してるだろ?これで俺の勝ちだな。約束は守れよ」

陽人はそう言い捨てて屋上の扉を開けて屋上から出る。フラフラの体。手すりに体重を預けながら1段、1段ゆっくりと下りていく。


階段を全段下り終わる。

「陽人君」

その声に顔を上げて正面を見る。そこには玲奈先輩の姿があった。

「・・・・・玲奈先輩」

掠れた声で愛しい人の名前を呼ぶ。

「お疲れ様」

と玲奈先輩が歩き寄ってきて発した言葉。その言葉に全身の力が抜けて倒れそうになるのを玲奈先輩に支えられてなんとか倒れずに済む。


――体中に痛みが走る。胸が苦しくなり、咄嗟に右手を左胸に持って行く。過呼吸になり・・・・・

「クソ!・・・・・またかよ」

3回目の経験。

視界が狭くなって、意識が暗くなる。徐々に玲奈先輩の顔が見えなくなっていく・・・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


体中に走る痛みに耐えかねて飛び起きる。

「がはっ!」

痛い

喧嘩で壺坂に頭突きされた額。蹴られた顎・・・・・痛みは直ぐに引いていく。


ハルトのいる場所は自分の宿だ。時間は朝6時。

「俺は、またここに・・・・・」


3回目の異世界転移でハルトは異世界に戻ってきた。

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