終わりゆく世界の代英雄

福部誌是

考え事と迷い

「―――あの世界を救ってほしい」

レーヴにそう言われて、最初は理解出来なかった。

「はっ?」

「どうかね?」

「いや、どうして俺が?」

「・・・・・それは、あの世界の危機に気づいている者が私だけかもしれないのだ。そしてあの世界で私と接触出来るのが君だけなのだ」

理由には納得出来る。だけど・・・・・

「・・・・・すみません。無理です」
少し考え込んでから口を開く。


「何故だい?」

「俺にはそんな力なんて有りません。俺よりも適任者がいると思います。俺がもう1度あの世界に行ってその事を伝えて対策を考えれば・・・・・」


「・・・・・・・・そうするとして、誰がその事を信じる?」


「それは・・・・・・・・・・」

また、考え込む。仲間?リゼッタ?ラメトリア?マレート?アデルータ?傭兵ギルドの人達?エリナさん?ナルハさん?

みんなの顔が心に浮かぶ。

「・・・・・正直に言ったらどうだ?怖くなったのだろう?自分自身が傷つくのが」

「そんなことっ・・・・・」

ハルトは怒鳴りながら立ち上がる。

ハルトはあの世界が本当に好きだったのだろうか?何故、前回現実に戻って来たときにあれほどあの世界に戻りたいと思ったのか。もし誰かに「あの世界に戻りたいか」と聞かれた時、ハルトは間違いなく戻りたくないと答えるだろう。

ハルトは勘違いをしていた。あの世界には現実には無いものが沢山あるのだと思っていた。

胸踊るなにか―――でも、それは違った。あの世界には恐怖しかない。


肩を食われかけた。手に火傷を負った。熱かった。皮膚が垂れ下がることは無かったが痛かった。ギガントサウルスの恐怖は今思い出しても身が震える。ハルトの心を折るのに充分なものだった。

「・・・・・突然異世界転移して、初めて人を殺したのだろう?平和な世界の住人だ。罪悪感があるのだろう?」

「・・・・・・・・・・」

「あと何人殺さないといけないのか。自分は何によって殺されるのか」 

「・・・・・・・・・・」

「魔獣の恐怖は平和な世界の人間が耐えられるものではない。簡単に克服出来るものでもない」

「・・・・・・・・・・」

「だが、それを越えてあの世界を救ってほしい」

「・・・・・なんで・・・・・・・・更に傷を負えと?痛みに耐えろと言うのか?!魔獣に殺されに行けと?!自ら危険な場所に向かえと?俺は充分頑張った!仲間を守る為に、少女を救う為に、体中ボロボロになりながら、血を流して・・・・・なんで俺なんだよ?!なんで、なんで、なんで、俺ばっかり傷つかなきゃいけないんだよ?!」

醜い。そんなこと分かっている。ハルトの裏の心がダダ漏れだ。この世界に裏がない人間などいない。心に、性格に表があれば、必ず裏もある。

ハルトは口から唾が飛ぶ程叫んだ。あの1戦で溜め込んだものを全て吐き出すかのように。乱れた呼吸を整える。

そうだよ。俺は頑張った。傷付くのが怖い。死ぬのが怖くて何がいけないんだ?

「では君はもうあの世界には戻りたくないと言うのか?」

「当たり前だ!」
レーヴの問に怒鳴って答える。

「君は・・・・・・・・・忘れてしまったんだね?」
レーヴは悲しそうに言った。

はぁ?!

意味が分かんない。

「何を?」

「そうか・・・・・・・・・残念だな。・・・・・反論させて貰うよ。君はあっちに戻らなければならない。危険な世界だからこそ君にはやらないといけない事がある。君は後悔をするだろう・・・・・世界を救え、仲間を守れ、同じ過ちを繰り返すな!・・・・・すまない、私が言えるのはここまでだ」

目の前の男性は何を言っている?

「ぇ?ぁ」
困惑して何も言えなかった。そのとき、頭が痛んだ。


「そろそろ時間だね」
司会全体が白くなる。視界の端から徐々に白い何かが広がる。・・・・・そう、霧だ。視界に霧がかかる。


意識が遠くなる中でレーヴの声が響いた。

「目の前の現実と向き合え。結果から、痛みから逃げるな。君はまた、あの世界に戻るだろう・・・・・昔、少女と交わした約束をおも―――」

霧が広がり、視界を完全に塞いだ。

意味が分からない。約束?誰との?少女?耳が遠くなり、何も聞こえなくなる。・・・・・・・急に視界が闇に包まれ暗くなる。まるで世界そのものに置いていかれた感覚に襲われる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ハルトがいなくなった後の夢の中の世界でレーヴはポツリと1人立っていた。

「・・・・・レーナ・・・・・彼は元気だったよ・・・・お前にも・・・・お前にも会わせてやりたいよ」

レーヴはそう呟いたのだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「陽人!」 

「がぁっ!」

名前を呼ばれて起き上がる。まず最初に陽人の視界に入ったのは自分の母親の姿だった。

「晩ご飯出来上がったから」

「あ、うん。ありがとう」

自分の部屋にある机の上の時計で現時刻を確認する。デジタル時計は17:24を示していた。部屋から出て扉を閉める。そして、階段を下ってリビングに入り、そのままダイニングへ。机の上にらカレーライスとサラダとお茶が用意されていた。椅子を引いて腰をかける。両手を合わせて

「いただきます」

と声を出してスプーンを右手に持つ。カレーライスをスプーンで口に運ぶ。

――うまい!

本当に美味い。カレーライスとサラダを食べ終わり、お茶を飲み干す。自分の皿を台所に運んでダイニングからリビングへ移動して更にリビングから出る。階段を上って自分の部屋に入り、引き出しから小さい頃のアルバムを取り出す。

レーヴの最後の言葉―――少女と交わした約束―――がどうしても気になり、アルバムを開く。

懐かしい思い出を甦らせながら、ページを進めていく。

!!!?
気になるページが目に留まり、そのページで進みを止める。

「僕の夢。それは英雄になることです!」  
冒頭にそう書かれたそれは小さい頃、小4の10歳のときに将来の夢について書いた作文である。


「えい・・・・・ゆう」   

陽人はその作文を最初から最後まで読んでみた。

そうか・・・・・俺は・・・・・英雄になりたかったんだな・・・・・・・・

その後、宿題を終わらせて風呂に入った。異世界でもお湯に浸かったから2回目の風呂ということで変な感覚があったが、体もしっかり洗った。

風呂から出た後は自分の部屋に向かった。ベッドに横になる。今日はよく眠る日だな・・・・・

そんなことを思いながら目を閉じた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

朝。

目が覚める。起き上がり、1階に向かう。ダイニングの机で朝食のバターを塗った食パンを食べる。歯を磨き、制服に着替える。また、1階に戻る。

「そこに今日のお金置いといたから」

母親の声が少し離れた洗面所から聞こえた。

「うん。ありがとう」

用意されたお金――昼食代を財布に入れて、財布をカバンの中に入れる。靴を履いて玄関のドアを開ける。

「行ってきます!」

「行ってらっしゃい」

そんなやり取りをして家を出た。徒歩30分。歩く。後ろから陽人のことを抜いていく自転車通学者。道端にある桜の木の葉っぱはほぼ緑に変わり、少しピンク色が残っている。

俺はどうすればいい?

陽人は考えながら歩き続けて、気が付けば高校の隣のコンビニの真ん前に着いていた。コンビニに入る。中は陽人と同じ高校の生徒など、社会人で賑わっている。陽人は人を避けてサンドイッチ売り場までたどり着く。タマゴサンドとハムとレタスとチーズの挟まったサンドイッチを1袋ずつ右手に持つ。

「あ、陽人君」
女子の声が聞こえた。

ん?今声をかけられたのか?この俺が?誰に?

振り返るとそこには大峯奈津がいた。

「おはよっ」

「う、うん、おはよう」 
慌てて答える。何故こっちの世界だと普通に話せないんだろう。つい緊張してしまう・・・・・

「何その慌てよう。面白いね」

「そうかな?」

「うん!今日寝坊しちゃって弁当作れなかったからコンビニなんだよね。それで、陽人君っていつもサンドイッチ食べてるからさオススメあるかなって・・・・・・・・・」

「あ、それならこのハムとレタスとチーズのやつが美味しいよ」

「そうなの?買ってみるね」

そう言って奈津は陽人と同じサンドイッチを手に取る。

「ありがとね」

そう言って奈津はレジの方へ歩いて行く。陽人は飲み物売り場に行って緑茶を手に取り、レジに向かう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


学校に着き、教室に向かう。3つある3階建て校舎の内、陽人のクラスは1番左の1番上の階の1番奥だ。

教室に着き、自分の席に向かう。陽人の席は窓際の列の真ん中だ。席の横にカバンを下ろす。横の席は黒髪の短い髪の男子。大峯奈津の席は廊下側の1番前の席だ。


1時間目は化学、2時間目は英語、3時間目は数学。この学校は3時間目の後に昼食の時間がある。

陽人はノートも取らずに窓の外をずっと眺めていた。

俺は・・・・・どうしたいんだろう?
自分のことが分からない。何故だろう?レーヴに出会ったから?・・・・・違う。

時間はあっという間に過ぎて昼食の時間になる。陽人はコンビニ袋を持って教室を出る。異世界のこと、自分のことについて考えたい。

教室での昼食は周りがうるさい。そうだ屋上に向かおう。校舎の中を歩いて屋上に続く階段の前に着く。階段を上ってドアを開ける。

「ごめんなさい。あなたとは付き合えません」

そんな女子の声が聞こえた。風が強く吹き、陽人は咄嗟に両腕で顔を覆い隠す。腕を下に下ろすと男子生徒が陽人の横を速い速度で通り過ぎて行く。そして屋上に取り残された弁当箱を手に持つ髪の長い女子生徒―――高杉玲奈先輩。

先輩は陽人に気付く。

「君はコンビニ袋の・・・・・・・・・」
玲奈先輩は口を開いた。

そんな風に覚えられているのか・・・・・まあ、覚えられているだけ嬉しい方だ。

状況から察するにさっきの男子生徒は玲奈先輩に振られたということか。

「こんにちは」
陽人は挨拶をして屋上の端まで歩いて移動した。腰を下ろしてコンビニ袋からサンドイッチを取り出す。玲奈先輩は陽人の傍まで歩いてくる。

「御一緒していいかな?」

へ?

今、なんて?

「はい、別に大丈夫ですけど・・・・・」

いや、待て。こんな美人な人と一緒に昼食?!緊張して考え事も出来ない。心臓の音がうるさい。


「君はなんで屋上に来たの?」

そんなことをいきなり問われる。

「少し考え事があって・・・・・」 

「そうなんだ。・・・・・その、考え事って?もし私でいいなら相談乗ってあげようか?」

はっ?なんで?

「いや、大丈夫です。自分で解決したいので」

「ふーん・・・・・・・・・君、名前は何て言うの?」

「え!あー紅月陽人です」

「ハルト、陽人君か。私は高杉玲奈。よろしくね」

「知ってますよ。この学校の有名人ですから」

「そうだね。私は嬉しくないけどね」

「・・・・・・・・・・大変そうですよね。色んな人に告られて」

「ふふふ。君、面白いね」
笑った顔を見た。可愛い。その可愛さに心を奪われそうになる。


幸福とも呼べる時間はあっという間に過ぎて予鈴が鳴る。

陽人と玲奈先輩は立ち上がり、ドアの方へ歩いて行く。ドアを開けて校舎の中に入る。階段を下って校舎の中を無言のまま一緒に歩く。そして、別れ道。1年と2年の教室は少し離れている。

「今日は楽しかったです。それじゃあ」

そう言い残して歩き出そうとした時

「ちょっと待って」
呼び止められて、先輩の方を振り返る。

「・・・・・・・・これからも昼食の時間に屋上に来て欲しい」

え?なんで?

「・・・・・・・・・・はい、いいですよ」
陽人は何となく、笑って答えた。


教室に戻る。もしかして、玲奈先輩って俺のこと・・・・・そんな事を想像しながら歩いて、教室に着いた。教室のドアを開けて、目の前の光景に驚く。

その光景を一言で現すなら・・・・・そう、イジメだ。ある男子生徒が机を、椅子を蹴られて、筆箱の中の物をゴミ箱に捨てられ・・・・・

イジメられている男子生徒は窓際の席の1番後の席だ。イジメているのは全員で5人。全員男子生徒だ。そのグループと仲のいい女子生徒2人が笑いながらその光景を見ている。周囲は・・・・・ただ傍観しているだけ。本気で笑う者。苦笑いの者。待てよ。どうして誰も止めないのか・・・・・それは相手に敵わないから。イジメているグループの主犯はクラスの中で1番体格がいい。それに不良でよく他校の生徒と喧嘩をしている奴だ。


このまま、ただ傍観するだけでいいのか?陽人の心は揺れている。――いいはずがない!以前の陽人なら絶対に傍観しているだけだった。周りに流されるだけだった。ここで歯向かえば次のイジメの標的が自分に変わる。誰でも分かる事だ。

でも、幼き頃の陽人ならどうしただろうか?英雄に憧れた少年なら・・・・・・・・・こんな事で昔の自分を否定してはいけない。目の前の現実から目を背けるな!向き合え!

そう。きっと君なら・・・・・・・・

頭に金髪の少女。リゼッタの顔が浮かぶ。

そして、自分に言い聞かせる。闘え!と。

「やめろー!」
腹の底から声を出す。

「ぁあ?!なんでテメェ?」
主犯の男子生徒がこっちを向き、歩いて来る。

「やめろよ」

「お前馬鹿だろ?俺に敵うと思ってんの?」

そう言って男子生徒が拳を振り上げる。顔面を殴られて体重が後ろに偏る。尻餅を着いて、机と椅子が倒れる。並べられていたはずの机と椅子が規則性無く、バラバラになっている。

「痛てぇ・・・・・でも」
陽人は立ち上がり男子生徒を殴り返す。男子生徒も後ろに倒れる。

「痛ーな!」

「痛いだと?イジメを受けているこの方が痛みを感じてるよ。それになこんな痛み、肩を食われかけるより痛くねーんだよ!」

男子生徒が立ち上がり、殴りかかって来る。それを避けて脚を掛けて男子生徒を転ばせる。

「ぐはっ」

直ぐに男子生徒は起き上がる。そこに勢いよく教室の扉が開く音が響く。

「お前ら、なにしてる?」
教師だ。救われた。

「くそっ!」

主犯の男子生徒とイジメてた男子生徒グループは教室から逃げるように出ていった。

俺の高校生活がめちゃくちゃだ。
陽人はそんな事を思いながらゴミ箱の前まで移動して筆記用具を拾い上げる。筆記用具をイジメを受けていた男子生徒の元まで運ぶ。

「ありがとう」

「いや、当然のことだよ」

その光景を見つめる大峯奈津。


その後、この喧嘩事件は学校中の噂になった。

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