終わりゆく世界の代英雄

福部誌是

救い

「はぁ」
溜息を付く。高校からの帰り道を1人で歩く少年、平井浩太。身長163cm、黒髪でおかっぱ頭の男子高校生。時間は18時を越えていて、辺りは暗い。浩太の歩いている道を他に歩く人は居なく、言葉通り孤独だ。

浩太に友達と呼べる相手はいない。学校ではイジメにあっていた。椅子を蹴られ、机をひっくり返され、お茶を頭からかけられて、殴られて・・・・・

もう学校なんてうんざりだ!

そう思っていた。親には心配をかけたくない。父親は浩太が産まれて直ぐに家を出ていった。今は母親と2人で暮らしている。幼い時からずっと浩太のことを守ってくれた。15年間育ててきてくれた。

そんな母親に心配はかけたくない。誰にも相談出来ずにずっと自分で何とかしようと考えて来た。

それなのに・・・・・

浩太は今日も昼の時間に教室でイジメられていた。我慢しようと思っていた。どんな事をされても自分の心の中に閉じ込めようと・・・・・

出来るだけ問題にはしたくなかった。犠牲が自分1人で収まるならそれでよかった。

それなのに・・・・・

救われた。ある男子生徒に。

浩太の席は教室の窓際の1番後ろだ。浩太を助けた男子生徒は同じ列の真ん中の席だ。その子は浩太と同じで暗い。決して誰かに暴力を振るうような性格ではなかったはずだ。だからその男子生徒が浩太の事をイジメていた主犯の奴に殴りかかったときは内心驚いていた。

「まぁ、人間誰でも表があれば裏があるよな・・・・・」

と独り言を呟き、暗い道を1人で歩き続ける。

今頃家では母親が心配して帰りを待っているだろう。学校から家に連絡が行っているからだ。

角を曲がり、あと3分もすれば家に着くだろう。浩太は帰路を歩き続けた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


陽人は家のダイニングの机で母親と見つめ合っていた。理由は学校でイジメを行っていた男子生徒を殴ったことである。

あの後教師に呼び出された陽人とイジメられていた被害者である平井浩太は教師から色々と質問され、それに答えていた。

家に着いたのはつい先頃、19時である。

「あなたはその平井君を助ける為に壺坂君を殴ったのね?」

「うん」

壺坂というのは、主犯の男子生徒である。父親が地域の偉い人で親の金や権力を使ってやりたい放題である。

本当にクソ人間だろ!

「なら、母さんは何も心配しなくていいのね?」

「うん。大丈夫だよ」

「それにしても、あなたがクラスメイトを殴るなんて・・・・・ちゃんと男らしく成長してるじゃない」

と目を輝かせて肩を叩かれる。

「う、うん。それはまあ、男だから・・・・・それよりお腹空いたんだけど・・・・・」

なんて答えていいのか分からないので適当に流す。 

「そうね。晩ご飯にしようか」

今日の晩ご飯は牛丼だった。牛丼を食べた後、適当にスマホを触り、風呂に入って、ベッドに横たわった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

翌日。学校前。

・・・・・・・・・・痛い。
物凄く痛い。

周りの視線が痛い。明らかにこっちを見ている。

ネットの発達でSNSが広まった現代。スマホ1つあればどこでもやり取りが出来る。

昨日の出来事が学校中に広まっているだろう。
 
どんな噂が広まっているのか興味があるが、こんな状態で話しかける勇気は残念ながら持ち合わせていない。

「はぁ」
溜息を付く。

「おはよう」

突然後ろから声をかけられ、背中がゾクッとする。振り返るとそこには大峯奈津が立っていた。

「おはよう」

と返してから周りを見る。

更に視線が強くなった気がするのは気のせいだろうか?

奈津がなんであんな奴と?

なんで気軽に話しかけてるの?

とそんな陰口が聞こえてくる。てか話しかけたの俺じゃないし。

心の中に愚痴をしまい込んでから大峯奈津と教室に向かった。


教室でもクラスメイトの視線が痛かった。昨日事件を起こした奴がクラスのアイドル的な存在と一緒に教室に入ってきたらそうなるだろう。

クラス内に平井浩太の姿はなかった。壺坂をリーダーとした5人の姿もなかった。壺坂と仲のいい2人の女子がこっちを見て、何かを言い合っていた。

陽人は自分の席に座った。

1時間目の国語。2時間目の体育は男女別でバスケットボール。3時間目は社会だった。

そして、昼食の時間。

昨日の玲奈先輩の言葉を思い出す。

「これからも昼食の時間に屋上に来て欲しい」

だっただろうか?
 
迷った。

昨日の事は玲奈先輩も知っているはずだ。恐らく屋上には来ないだろう。

陽人は教室の自分の席で昼食を食べることにした。

4、5時間目は数学の連続で精神が殺される様な感覚がした。

6時間目は英語である。

「そう言えば、向こうの世界の魔法名は英語が使われていることが多かったな」

と異世界の事を考える。

6時間目も終わり、陽人は荷物をまとめて席を立つ。教室から出ようと扉に向かった時、教室から十数人も男子が廊下を覗く光景が目に入った。あれでは教室から出ることが出来ないん。

廊下に有名人でもいるのかよ。内心思う。

陽人は人混みを避けながら教室から出ようとした。教室から出るのに40秒もかかってしまい、ようやく廊下に出ることが出来た陽人は数メートル先に立つ上級生の姿を見て驚いた。

そう。男子が教室から廊下を覗いていたのはこの学校の有名人がそこに立っていたからだ。

玲奈先輩は陽人を見つけると、陽人の方へ歩いて来て陽人の手首を掴む。そして、そのまま陽人を連れて廊下を歩いた。

男子の視線や女子の陰口に目と耳を塞ぎたい欲求に駆られる。耳を塞ぐことは出来なかったが、目を閉じた。何度か躓いて転びそうになったが、5分位歩くと先輩の歩みが止まる。


陽人はゆっくり目を開く。
そこは屋上だった。



「どうして?」

「え? 」

「今日の昼、ここに来てくれなかった・・・・・」

「まさか先輩、待ってたんですか?」

「うん・・・・・」

「・・・・・・・・だって・・・・・その、俺の噂知ってますよね?」


「うん、知ってるよ。でも私はあんな噂で陽人君を避けたりはしないよ」

優しすぎる。俺なんかがこんなに報われてもいいのだろうか?

「あ、ありがとうございます」

「私は君の優しさを知ってるから」

「俺の優しさ?」

「うん!昨日、私と話してくれたよね?その後に男子生徒を救う為にイジメを行っていた男子生徒を殴ったんでしょ?」

「なんでその事を?噂って悪い噂なんじゃ・・・・・」

「うん、そうだね。皆に流れてる噂はそうだろうね。でも私は事実を教えて貰ったから」

教えて貰った?誰にだろう?
陽人にそれを聞くことは出来なかった。

「先輩」

「ん?」

「・・・・・その」

言葉にするのが難しい。でも

「俺、先輩がいてくれれば誰に何と言われようと大丈夫です」

玲奈先輩が目を見開く。

「だから、これから毎日絶対にここに来ます。毎日先輩に会いに来ます。今日はすみませんでした」

陽人は玲奈先輩に頭を下げた。

「え、あ、いいよ。気にしてないから」
少し戸惑ってから先輩は笑って返してくれた。

「じゃあ、また明日」

そう言って先輩は屋上から出て行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


どうしよう。高杉玲奈は屋上からの階段をゆっくり下りながら小さく深呼吸をして高鳴った胸の鼓動を落ち着かせようとする。

気付かれてないよね?
 
私が想いを寄せていること・・・・・

階段を全て下ると、早足で廊下を歩いた。下駄箱で靴を履き替えて、下駄箱で待ち合わせをしていた親友のセミロングの女子、加藤有紗と肩を並べて歩く。

「ごめん、待った?」

「ううん、別に」

と言葉を交わして、校門を目指す。

校門で待ち構えている複数の男子生徒。「高杉玲奈ファンクラブ」や「高杉玲奈親衛隊」などと名付けられたそれに参加する男子生徒たちには他校の生徒も含まれている。

その男子生徒たちを避けて校門を抜け、家までの帰路を歩く。

後ろから付いてくる男子達は言わばストーカーだ。

「玲奈さん。僕と付き合ってください」

「俺と遊ばない?」

「今夜暇?」

などと誘いの言葉が聞こえてくるが、無視して歩き続ける。

その後も告白や、誘いの言葉は続き、あっという間に家のすぐ側の公園の前に着く。

「あの!ここから先に付いてくるなら警察呼ぶけど?!」

と有紗が叫ぶ。

有紗と再び歩き出すが、後ろの男子達は付いてこない。

「いつもありがとう」

「気にしないで」

角を右に曲がり、少し歩き続ける。4分位歩いて有紗の家に着く。

「じゃあ、また明日ね」

「うん」

そう言葉を交わして有紗と別れる。そのまま自分の家に向かう。

自分の家は有紗の家から徒歩2分位の所にある。

自分の家に着いて、鍵を開けて、扉を開いて、家に入る。



制服を脱いで、ピンクの下着姿になる。それから「love」と赤で書かれた白の半袖にベージュのショートパンツの私服を着る。

そして自分の部屋にあるベッドに飛び込む。

「あーどうしよー」
と枕に顔を沈めながら足をバタバタと交互にベッドに叩きつける。

「これから毎日、陽人君が喋りに来るなんて・・・・・」 

と陽人君の事を想像して顔が一気に赤くなる。

「恥ずかしくて死にそう・・・・・」 

とボソッと言った。

 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


翌日。雨。

陽人は雨の降る中、傘を差して早足で学校に向かう。

学校に着いて、傘を閉じて教室に向かう。教室に入り、自分の席に向かう・・・・・・・・・・

席がない。

え?

声を出して驚いた。

いや、普通朝教室に入ってもし、自分の席がなかったら誰でも驚くと思うが・・・・・

周りからの哀れみの視線に気が付く。

「おい!」

と声をかけられ振り向く。そこには壺坂が立っていた。

「お前の居場所はこの教室にはねぇよ。出てけ」

壺坂は笑いながら陽人にそう言い捨てた。


陽人は静かに教室から出て行った。向かう場所なんてない。校舎の中をゆっくり歩き続ける。

イジメの標的が俺に移ったのだ。そんなのすぐに考えれば分かる事だ。

クソ!

と大声を発して壁に拳を打ち付ける。誰も助けてくれない。そんなの分かっていた。

周りの大きな流れに逆らえる人間などこの世にどれ位いるだろうか?

大きな権力に立ち向かえる人間がどれほどいるか・・・・・・・・・・

そんなの・・・・・・・

分かっていた。壺坂を殴った時から。次は俺がイジメを受けることになるって事が。

まだあいつが親に頼らなくてよかった。

あいつの父親によってこの地域から抹消されることがなくて・・・・・

陽人は歩き続けた。中身の抜けた人間の様に・・・・・現実から逃げるかの様に。


なにも考えたくなかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ねぇ?あそこまでする必要あったの?」

大峯奈津は壺坂修也に向かって口を開く。

「ぁあ?なんだよテメェ?」

「答えてよ」

壺坂のことが怖いが拳を強く握って言う。

「あいつのせいで恥をかいたからな。そうだな・・・・・あいつが追い込まれて、自殺するまでやるつもりだぜ」
 
その言葉を聞いて目を見開く。

「そんなこと!・・・・・許されると思ってるの?」

「許される?俺は罪には問われないんだよ。てかお前うぜえよ」

と言われて胸を押されて突き飛ばされる。

奈津は床に尻を付く。


「はは、お前結構胸デカイな。顔も可愛いし、俺の女にならね?」

「冗談やめてよ。私達がいるじゃない」

と、いつも壺坂と一緒にいる女子2人組が近づいてくる。

「分かってないなーこういう真面目そうな奴ほどいい身体してんだよ」

「いいねーあの大峯と遊べるなんて」
壺坂と仲のいい男子が集まって来る。

奈津は立ち上がると走って教室を出て行った。

悔しい。なにも言い返せなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


陽人は訳も分からず校舎を歩き続けた。頭の中が真っ白だ

なにも考えたくない。現実から逃げたい。

逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい

ゆっくり、力なく歩き続ける。

逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい

「目の前の現実と向き合え」

男性の声が頭の中に響く。

それが誰の声なのかも認識出来ない。

「うるせぇよ」
独り言を呟いて歩き続ける。

今までずっと孤独だった。

でもイジメられたことはこれが最初だった。

イジメ?

いや、ただ壺坂1人から恨みを買っただけだ。

それでも・・・・・・・・・・

思い出すのは周りの哀れみの目。

ただ、怯えてるだけの人間が・・・・・周りに流されないと生きて行けない奴らなんか・・・・・・・


歩き続けて、陽人はある場所に着いたのに気が付く。別にどこか目的地があった訳ではない。

そこは屋上へと続く階段だった。

階段を1段上る。ゆっくり。そして2段目・・・・・・・・・


最後の階段を上って屋上の扉の前に着く。

ここに来れば救われるとでも思ったのか? 

違う!・・・・・・・・・・いや、違わないのかもしれない。

誰かに救ってもらいたかった。

1時間目の始まりを告げるチャイムが校舎に鳴り響く。

陽人はその場に崩れた。膝立ちになり、頭を垂れる。


その時

後ろで音が聞こえた。
その音が段々近づいて来るのが分かる。

廊下を走る音、息遣い、服が擦れる音。

それらの音は階段を上る音に変わる。

その音は陽人のすぐ後ろで止まる。微かな息遣いだけが耳に響く。

「陽人君」

その声に少しだけ涙が含まれているのを感じた。彼女の顔を見たわけではないのに何故か彼女が泣いているのが分かった。

後ろから優しさに包み込まれる。

細い彼女の腕が陽人の前に回される。細い腕なのに・・・・・力強さを感じる。 背中に柔らかい感触を感じる。

女性に抱き締められるのはこれが初めてだろう。


何故彼女が此処にいるのだろう?

もう1時間目は始まっているのに・・・・・

本当に彼女には救われてばかりだ。

「玲奈先輩・・・・・」

目から涙を零して玲奈先輩の制服の袖を掴んだ。

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