終わりゆく世界の代英雄

福部誌是

夢の中で

〈グロース森林〉からの帰路、魔獣に出くわすことなく〈オルティネシア王国〉に着いた。


ハルトは右肩損傷、右手火傷に他にも全身傷だらけ。
リゼッタは全身の損傷が激しく、しばらく安静にしてなければならない。

ラメトリアとアデルータは全身損傷しているも深い傷はない。

マレートは左腕骨折に全身傷だらけ。左腕が完治するまで仕事中止。

ギガントサウルスの討伐成功の事は瞬く間に国中に広がった。エリナさんやナルハさんは笑顔で迎えてくれた。アデルータとエリナさんはお互いに抱き合い、大声で泣いた。あの2人の泣き顔は今後忘れる事はないだろう。

ウーキパの討伐報酬は60シルバー
ギガントサウルス討伐の報酬は100ゴールド!

全員の治療費を払っても余裕でお釣りが来る。そう、ハルトたちはちょっとした小金持ちになった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ハルトはゆっくり風呂の湯に浸かる。今日1日の疲れを取るかのように。右肩から斜め下に包帯を巻き、右手にも包帯をしている。お湯が傷口に滲みる。風呂から出ると寝室のベッドに飛び込む。


目を閉じる。それから3分もしない内に深い眠りにつく。


夢を見た。・・・・・あれは、夢なのだろうか・・・・・?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

気付くと玄関にいた。現実世界――ハルトが本来いるべき世界の自分の家の玄関に立っていた。

へっ?!

「痛っ!がぁはっ!」

急激に体中に痛みが走る。特に右肩がかなり痛い。急いで左手を右肩の上に持っていく。

あれ?――ない。

傷が無かった。右手を急いで確認する。右手に火傷の後は無かった。痛みが徐々に薄れていく。


どうなっているんだ?

確か前回の時も異世界で受けた傷は現実世界に帰ってきた時には無かった。そう、ただ一瞬痛むだけなんだ。 

「もしかして、異世界の傷は現実世界では影響されないのか?ただ痛むだけなのか?」

独り言をブツブツと呟いている陽人の意識を戻す一言が陽人から少し離れた場所で発せられた。

「玄関でなに独り言を呟いているの?早く家の中に入りなさい」
それは陽人の母親の声だった。

ここは夢の中なのだろうか、それとも・・・・・

陽人は靴を揃えて脱いで家の中に上がる。それから廊下を歩いてリビングに入る。そのまま奥まで歩いて行き、ダイニングに入る。ダイニングに隣接している台所では黒色の長い髪をだんごにまとめた40代後半の女性――母親が今日の晩ご飯を作っているところだった。

カバンをダイニングにある大きな机の上に置く。普段は朝ごはん晩ご飯をこの机で食べていた。

「俺はあの世界に4日も居たんだな・・・・・」

「なにか言った?」

「いや・・・・・」

カバンを持って、それから廊下に戻り、リビングの手前にある2階へと続く階段を登る。階段の終わりからまた廊下が続いている。左右に4つ部屋がある。その内右側の奥の部屋の扉を開けて中に入る。

カバンを床に置き、制服から部屋着に着替える。それからベッドに寝転がる。そして目を閉じた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


――ハルトくん・・・・・

誰かに呼ばれた気がして目を見開く。

――そこは何もない空間だった。

辺りは白くて何もない。

「ここは何処だ?俺は何故こんな所にいるんだ?俺は確か・・・・・」

直前の記憶を思い出そうと額に人差し指を当てて考え込む。

「そうだ!俺は部屋のベッドに寝転んで・・・・・」

その後の記憶が無い。

「やあ、こんにちは」

突然背後から声が聞こえて飛び退く。

「うわっ!びっくりした!」
つい声が出てしまった。そこには浮いた椅子に腰を掛けたスーツを着ていて黒いシルクハットを頭に乗せてちょび髭を生やした茶髪で細い目の上から眼鏡をかけた60代位の男がいた。

そう。椅子が浮いて・・・・・・・・

えっ!?

「あのー椅子が浮いているんですけど!?」

「ん?ああ、そうだね。なんせここは夢の中の世界なのだからね」

「夢の中?」

聞き慣れない言葉に困惑する。

「それで、貴方は?」

「あーこれは自己紹介が遅れて済まない。私の名前はレーヴ。夢の管理人だよ。それでハルト君。あの世界はどうだったかな?」

「え?!どうして俺の名前を?あの世界?」

目の前の男――レーヴと名乗った男は何故かハルトの名前を知っている。更にはハルトが異世界に転移していることすらも知っているのだ。

「君の質問には1つずつ答えていこう。その前に」

レーヴは右手で指を鳴らす。すると、椅子とテーブルと紅茶の入ったカップが2つ煙と共に出現する。


「紅茶は苦手かな?」

「いや、大丈夫です」
レーヴの質問に答えたハルトは椅子に腰を下ろしてカップを手に取る。


「まず、君の名前だが私は他人の夢に入り込む事が出来る。誰かの夢に入った際、その人物の名前を知ることが出来るのさ。まあ、正確に言うと頭の中に流れ込んで来る感じかな」

「じゃあ、貴方は今まで侵入した夢の人物全員の名前を覚えているんですか?」

「それは無いね。だって、つまらない人の事を覚えても意味は無いからね。私が覚えているのは私自身が面白いと感じた人だけだね」

「・・・・・そうですか」

「それで異世界のことだが、私は元々あの世界の住人だ。君があの世界で活躍するのをこっちの世界から覗いていた」


「俺を覗いていた?なんの為にですか?」

「んー・・・・・まあ暇潰しだよ。なんせ昼間はやることが少ないからね」

「レーヴさんは夢の世界で何をしているんですか?」

「主に悪夢退治だね。悪い夢はときに人の精神を蝕む」

「そんで俺の夢に入り込んで来たのも暇潰しですか?」

「そうだね。まあ、それだけじゃないんだけど・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

少しの沈黙が続く。レーヴとハルトは共に紅茶を口に含む。

「・・・・・・・・・・君に頼みたい事がある」
そう言ってレーヴは軽くなったカップをテーブルに置く。

「頼みたい事?」
ハルトもカップをテーブルに戻す。


「その前に少し話を聞いて貰いたい。大丈夫かな?」

「はい。俺の質問にも答えてくれましたし」

「私は昔、罪を犯した。決して償う事の出来ない大きな罪だ。私は犯罪者として各地を転々とした。何かから逃れるかのように。・・・・・ある時、ある方に出会った。その人は私に人を救えと言った。それで、その人は私に力を与えた。その時に与えられた力が夢に干渉する能力だ」

「その話と俺への頼み事になんの関係があるんだ?」


「・・・・・・・・」

レーヴはカップを手に取り口に運ぶ。そして一息着いてからもう1度口を開いた。


「与えられた力を使って私は夢の中の世界を行き来する空間を創った。そこで暮らすようになってもう20年が過ぎる・・・・・・・・・・私はこの空間から出れないのだよ。」


レーヴの言葉を聞いて驚く。

「ちょっといいか。それならレーヴさんは20年間もこんな何も無いところで生きてるんですか?!」

前傾姿勢になり、レーヴさんに問う。


「そうだね。1つだけ訂正がある。ここは夢の中だ。想像力さえあれば何でも出来る」

そう言ってレーヴさんは両手を静かに合わせる。すると、レーヴさんの帽子の上に煙が発生して小鳥が飛び出してくる。


「と、まあ、こんな風に想像するだけで生物だって創り出せるのさ」

それでもこの世界が退屈なのは変わらない。いくら何でも出来るとはいえ、1人というのは辛いことだ。ハルト自信中学3年間ずっと1人だった。高校に入ってからも1ヶ月以上経つのにまだ1人も友達が出来てない。別に孤独を好んだ訳ではない。ただ友達が出来ないのだ。

中学3年間、いつも辛かった。苦しかった。学校で話すことのできる人はいなく、家では親に心配をかけないように嘘で誤魔化して来た。

ハルトの高校での目標1つ目は学校で友達を1人以上つくることだ。

3年間だけでも、あんなに苦しかったのに20年間も・・・・・もしこれがハルトなら耐えられないだろう。

なんとか落ち着きを戻して冷静になる。


「・・・・・違和感に気づいたのはこの世界に来てから2年後だ。私はあの世界に干渉する事が出来なくなっていた。元の世界に帰れず、私は隔離されてしまった・・・・・・・・・それから18年間、私は原因を探った。そして、つい最近私は見つけたのだ。原因をね」  


レーヴは紅茶を再び口に運ぶ。


「ハルトくん。あの世界は少しずつ侵食されている。別次元の何かにだ。」

「別次元?」

「そう。人間の手が届かない領域さ。あの世界は確実に滅びの運命を辿っている」

滅びの運命?

「なんですかそれ?」


「まだ詳しい事は分からないが、これだけは言える・・・・・・・・そう遠くない未来にあの世界は滅びる」

言葉を失った。滅びる?何が?――異世界が?!
分からなかった。理解出来なかった。

続いてレーヴさんの口から発せられた言葉を聞いて耳を疑った。

「ハルト君、君に頼みたい。―――あの世界を救ってほしい」

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