終わりゆく世界の代英雄

福部誌是

後ろ姿

〈グロース森林〉

銃使いの少女、アデルータは自身の加護【レーダーの加護】に反応する敵影を感じ取りながら森の中を進んだ。途中で数匹のウーキパと遭遇したが銃で撃ち殺した。

アデルータは足を止めてポーチからパンを取り出して続いて水の入った皮袋を取り出して飲み口を口で咥えて水でパンを流し込む。

少しの休息の後、再び歩き出す。今年は失敗するつもりはない。もし失敗すれば死ぬだけだ。アデルータはギガントサウルスを討伐するまで〈オルティネシア〉に帰還するつもりはない。

「今年こそロン爺の仇をとり、あの頃より強くなったのだと証明して見せる」心の中で再び決意する。

少し歩いた所で加護に反応する大きな敵影を見つける。

恐らくギガントサウルスだろう。ギガントサウルスは毎年この時期に〈グロース森林〉を中心にオルティネシア周辺に現れる。アデルータは自身の気配を限りなく消して足音を殺しながら歩く。

落ち葉の敷かれた地面の上をゆっくりと踏みながら進む。

パキ!と枝木を踏んだ音が森の中に響く。アデルータは足を止めて銃を構えて辺りを警戒する。風が吹き木々の葉同士が擦れ合う。アデルータは再び足を動かす。

――いる。

そう感じて足を止める。1回深呼吸をする。そして気配を殺して木々の陰から向こう側を覗く。数十メートル先にそいつはいた。暗灰色の皮膚。爬虫類の様な体。足は長く、手は短い。手足の爪と牙は鋭い。尻尾も長く、頭の位置は人3人分と言ったところだろうか...

とにかくデカイ。

あの牙でなら人を簡単に噛み殺せるだろう。ギガントサウルスはまだこちらには気付いてないだろう。ゆっくり体の向きを変えて辺りの匂いを嗅いでいるようだ。アデルータは銃口をギガントサウルスに向ける。

そして引金を引いた。

ドン!

銃声が鳴り響いて銃弾が発射される。銃弾はギガントサウルスの脚の付け根に命中した。

アデルータの持ち弾は軽い弾43発。重い弾36発。今撃ったのが軽い弾なので残りは軽い弾42発と重い弾36発だ。ギガントサウルスの脚の付け根からは少量の血が噴き出る。

アデルータはギガントサウルスとの距離を取りながら次の弾をセットする。ギガントサウルスは地面を震動させながら近づいてくる。アデルータは土を蹴って地面を滑り込みながら体の向きを変えて銃口をギガントサウルスに再び向ける。

銃口から発射された銃弾はギガントサウルスに一直線に飛んでいく。銃弾はギガントサウルスの鼻に炸裂する。ギガントサウルスは身体をよろめかせて体制を立て直した。

アデルータは立ち上がって左斜め方向に走る。ギガントサウルスは体の向きを変えて吼えた。

グワァァァァァァァァァァ


あまりの声量に耳を防ぎたい衝動に駆られるが何とか抑えて走る。

ギガントサウルスはアデルータに狙いを定めて突進して来る。

バキバキ――!

木々を倒しながら迫って来る巨大な魔獣。ギガントサウルスの突進を右側に前転して避けて重い弾をセットする。そして銃口をギガントサウルスに向ける。

ドン――!

弾はギガントサウルスの横っ腹に命中した。ギガントサウルスの体重が左に傾く。ギガントサウルスは左足で倒れる体を支えてこちらに体の向きを変える。アデルータは更に重い弾をセットする。そして銃弾に「火属性の気」を纏わせて引金を引いた。

銃弾は左顎に命中する。ギガントサウルスの顎から血が飛び散る。ギガントサウルスは少しよろけるが、口を開いて走り寄って来る。

ギガントサウルスの口を地面を蹴って横に飛んで避ける。ギガントサウルスの牙が空気を噛む。


アデルータ空中で重い弾をセットして銃を構える。更に「火属性の気」を銃弾に纏わせて引金を引いた。空中で放たれた銃弾はギガントサウルスの右眼に命中してギガントサウルスの右側の眼球を吹き飛ばす。右眼から血が飛び散り大きく仰け反る。

アデルータは上手く着地して走り出す。ギガントサウルスは体を横に回転させる。長い尻尾がムチのように風を切って木片を飛ばす。飛んで来た木片で右腕を切る。腕の切り傷から血が流れる。


数時間が経過する――
木に背中を預けて座りながら切れた息を整えて残りの銃弾を数える。軽い弾19発。重い弾12発。薬草の数も残り少ない。足に力を入れて立ち上がる。

バキ、バキバキバキ!

森の木が根元から折れる。

グワァァァァァァァァァァ


アデルータは軽い弾をセットして銃弾を撃つ。弾はギガントサウルスの皮膚を擦り後ろの木に直撃する。


「外した。チッ」
ひとり言を呟いて舌打ちをする。走り出そうとするがギガントサウルスの体当たりを食らってしまう。数メートル吹き飛ばされて背中から木に直撃する。

グワァァァァァァァァァァァァァァァ

勝ちを確信したかのように吼える。アデルータは立とうとするが足に力が入らない。ギガントサウルスは足を踏み込んで突進して来る。

巨体が迫って来る――

ギガントサウルスの突進が直撃して更に吹き飛ばされる。

「きゃあぁぁぁ」
アデルータは悲鳴をあげる。

痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い――

勢いよく地面に顔面を打つ。

「血が止まらない。痛い」そう思いながら顔をあげる。ギガントサウルスがゆっくりと近づいてくる。
「失敗しちゃったな・・・」目に涙を浮かべてそう思いながらその時を待った。

自分が死ぬ、その瞬間を―――


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

〈グロース森林〉の中を木々を避けながら全力疾走する影があった。

俺はこの世界の言葉が日本語だと知っていた?

最初にシルーベに話しかけた時やリゼッタと一緒に酒場に入った時にメニューを注文する時も...

今思えば不思議だ。

何故日本語であることに疑問を抱かなかったのか

「俺は昔ここに来たことがあるのではないか」ハルトはそんな事を考えながら森の中を走った。ハルトの視界に不思議な映像が浮かぶ。

右手に熊のぬいぐるみを持った金髪のショートの女の子の左手を引っ張りながら森の中を走る黒髪の短髪の男の子。

懐かしいその光景はすぐに消え去る。

ハルトは剣を力強く握りしめる。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


アデルータは死を覚悟した。

ギガントサウルスの口から赤い火が溢れる。アデルータは目を閉じて顔を逸らす。ギガントサウルスは口を大きく開いて炎を吐き出す。

――私は今から焼かれて死ぬのだ...

そう思った。だが、誰かがアデルータの右側を走り抜ける。アデルータは目を開けて顔を正面に戻す。

そこには1人の男性が立っていた。ギルドでエリナと話していた男性だ。

迫り来る炎とアデルータの間に立つ男は剣を構えた。

「だめ、逃げて・・・」 

名前も知らないその男に向けて言葉がこぼれた。アデルータの視界にあの光景が蘇る。

炎に焼かれるロン爺の姿。

男性の後ろ姿がロン爺の後ろ姿と重なる。
それは「私の前から去っていく人の後ろ姿だ」アデルータは涙を流しながら叫んだ。

「ダメぇぇぇぇぇー」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ハルトは何故か落ち着いていた。迫る炎に焼かれるかもしれないのに...

ハルトは剣を素早く回転させて盾を作る。炎から自分と後ろの少女――アデルータを守るために。

魔獣が吐く炎などはこの世界では魔法に数えられるらしい。魔法は魔法でしか防げない。

なのにハルトは剣に「気」を纏うことなく炎と向き合った。剣を回転させることだけに全神経を費やす。

剣圧により、炎はハルトに届くことなく消えた。周りの落ち葉や木々に炎が燃え移る。

「ハルトー!」
リゼッタが名前を呼びながら走って来る。マレートとラメトリアも後ろに居る。

マレートやラメトリア曰くハルトは魔法の才能が全く無いらしい。魔法を使うどころか剣に「気」を纏うことすら難しいらしい。そのせいで魔法耐性がなく、どの属性の魔法も食らえば重症になるらしい。

この世界で魔法は絶対な力であり、剣術だけでは超えることの出来ない壁。無属性の魔法を「気」と呼んでいる。

ギガントサウルスの炎を剣技だけで防いだハルトを見てラメトリアが驚いた顔をする。

マレートはハルトの前に立ち、盾を構えてギガントサウルスを警戒する。

「アデルータさん、大丈夫ですか?」
リゼッタがアデルータに駆け寄り、薬草を食べさせる。

「ここは一旦引きましょう」
ラメトリアがそう支持を出した。リゼッタがアデルータを誘導する。

ギガントサウルスの突進をマレートが盾で受け止める。ギガントサウルスの突進に脚が地面をえぐって体ごと後方まで下げられる。

「くっ・・・・・・・・・」
マレートの口から息が溢れる。

ハルトはギガントサウルスの左側面に回って、水平斬り、斬り上げ、払い斬りの3連撃を叩き込む。

「グワァァァァ」

ギガントサウルスがよろめく。

「アイスボム!」
ラメトリアが掌に氷の球体を作り出してギガントサウルスの足元に投げる。氷の球体はギガントサウルスの足元で破裂して周りの気温が急に下がる。ギガントサウルスの足場が凍りついてギガントサウルスの足と地面が固定される。

「逃げるぞ!」
ハルトはマレートの手を引っ張ってその場から離脱した。



森の中を走ってギガントサウルスから逃げ切った所で足を止める。少しの間沈黙が続いた。


「どうして!」
アデルータがハルトに寄ってきた。

「どうして助けたりなんかしたのよっ!」

「助けなかったら死んでただろ」
アデルータの力強い問にハルトが答える。

「別に助けてなんか欲しく無かった・・・」

「・・・どうしてそんなにソロにこだわるんだよ


「貴方には関係ないわ・・・」
アデルータとハルトのやり取りが続き、次にマレートが口を開いた。

「それよりハルト、あなたのあの技は何?」

「あーあれな。剣術だけで炎を防いだだけだよ」
マレートの問にハルトが答える。

「剣術だけで魔法を防ぐなんて、奇跡ですよ」
リゼッタも口を開く。

「俺は魔法が使えないからな。まぁ1発で成功したのはまぐれだ」

「へ?あなたは失敗するとは思わなかったの?」
ラメトリアが驚きながら質問する。

「ゼロじゃない可能性を信じただけさ」

「信じられない・・・」
アデルータが再び口を開く。

「アデルータ。協力しよう」
ハルトがアデルータに問う。

「嫌よ」

「死にたいのか?」

「貴方になにがわかるの?別に私が死んだって誰も悲しまないわよ!」

「そうか?少なくともエリナは悲しむと思うぞ」

アデルータの脳裏にエリナの顔が浮かぶ。

「それに、俺も悲しむさ」

「ほっといてよ!これは私がやらないといけないの・・・仇なの師匠の」

「お前の師匠はお前が1人になる事を望んでいたのか?」  

そんな事を言われてアデルータは優しかったロン爺の顔を思い出す。

「お前の師匠はお前に死んで欲しくなかったからお前を守ったんだろ!エリナさんに聞いたよ」

男の言葉にアデルータは目に涙を浮かべてロン爺との思い出を思い出す。

昔の日々が甦る。

「人は1人じゃ生きられませんよ」
リゼッタがアデルータに寄り添う。

アデルータは声を出して泣いた。今まで溜め込んだものを全て吐き出す様に...

「アデルータ・・・協力しよう」
ハルトはアデルータの顔を見つめて返事を待った。


私は・・・・・どうすればいいの?1人じゃ生きられない。知っている。ロン爺がいなかったら、今の私は存在していない。ロン爺の――人の優しさをずっと忘れてた気がする・・・・・

これは私の問題だ。それでも、もし誰かに頼っていいとしたら?

答えは最初から決まっていたのかもしれない。苦しかった・・・・・寂しかった・・・・・

「・・・・・うん。お願いします」

これでいい。私は弱いのだから。ありがとう・・・・・・・・・・

お互いに自己紹介と休息を済ませて立ち上がる。

ハルトの背中を見てアデルータは思った。

大きな背中...私とは全然違う。

でも、私も1人じゃないのなら...

「見ててロン爺。私の成長を、私の今の仲間を」

あの日の小さな後ろ姿が幻影となってアデルータと重なり、消える。

あの少女の後ろ姿はこれまでと違い大きく頼りがいのあるものだった。

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