負け組だった俺と制限されたチートスキル

根宮光拓

第四十八話 エルフの戦士長

 ある建物の前に着いた。
 さっきリーンドが出てきた建物も相当なものだったが、今目の前にある建物もそれに負けず劣らずといったような大きさだ。

 しかし、本当にここが木の上だと言うことを忘れさせられるな。
 しかもそれに当たり前のように順応している俺自身にも驚きだ。
 なんというか、俺も成長したんだな、ということをしみじみと感じたのもつかの間、リーフの足が止まる。

「ここです」

 やはりそうだったか。
 あのリーンドと並びお偉いさんであろうリーフの父の職場はそれなりに大きかった。もしかしたら家かもしれないが、まあその辺はどうでも良いか。

 リーフがその建物へと入っていく。
 俺とリーフは少しの間待ちぼうけだ。
 リーフに言われたからではなく、ただお偉いさんに会うというのにアポも何も持っていないからだ。いくら息子のコネでもいきなり押しかけるのは少々無礼にあたるだろうし、俺はミリルと大人しくその建物の前で待った。
 しかしリーフから告げられる。

「あ、あの、何でそこで立ち止まっているんですか?」
「ん? アポなしで良いのか?」
「あぽなし?」

 流石にこの言葉は通じないか。

「あー……約束をしてなくてもいいのか?」
「えっと……多分大丈夫だと思いますけど」

 リーフは何故俺がそんな質問をしているのかをそもそも分かっていないようだった。
 つまりあれだ。
 戦士長という偉い地位に就いている人でも、この里では基本暇なのだ。なんてそんなワケはないだろう。
 ただ単に向こう、つまり日本的な常識がここでも当然であるわけがない。何せ向こうとここではかなり情勢が違うのだから。
 日本には魔法もないし、木の上に町もない。それにエルフもいない。
 改めて考えると違うことばかりで、そりゃあ事情が違うのもむしろ当たり前、同じな方がおかしい。

「分かった、じゃあ失礼する」

 俺はリーフに従いその大きな建物へと入る。
 そこで一つリーフへと聞いてみた。

「この建物はお前の家なのか?」
「いえ、基本的に住居があるのは二層以下です」
「二層?」

 聞き覚えのない言葉をさらりと言われた。

「あ、そうですね……」

 リーフは俺がよそ者であることを思い出したように、顔をハッとさせ考え込む。つまりそれはこの里では当たり前に使われる言葉なのだ。

 ふむ、少し予想でもしてみるとしようか。
 二層、言葉通りの意味なら、二つ目の層という意味。
 そしてここでは当たり前のように使われる言葉。この里と二層。
 この二つを結びつける鍵は何だろうか。
 層といえば、下と上がある。
 下と上……ここはでかい木の上。

 何となく分かってきた。

 それと同時にリーフもどう説明してよいかをまとめたようで、口を開いた。

「この里は一番地面に近い一層から一番高い五層まであるんです」
「へえ」

 なら今いるここはどこなのだろうか。
 俺たちは、突然ここへ転移してきたので、登ったという感じはまるでないので、判別は不可能だ。

「そして今いるここが行政層と言われる四層です」
「なるほど」

 だからここには個人の自宅はないのか。
 それは良い知らせだ。
 なぜなら、俺がここへ来るまでほとんどの建物がでかかった。
 それを知らないままだと、エルフ族の家は皆あんなにでかい家を持っているということになる。
 もちろん国によって家の大きさの基準なんてバラつきがあるだろうが、それにしても今いる土地の面積にしては大きいな、と思っていたのだ。
 つまり土地の面積には限りがあるにも関わらずあんなにでかい家を建てられる。イコールただの考えなしか、人口が極めて少ないかの二択だったのだ。
 しかし実態は五層に分かれる里だった。
 つまりそのどちらの予想も外れ。
 正直自分にメリットがあるかないかで言われると、ほとんど影響はないが、やはりこれからお世話になる種族が考えなしの愚か者ばかりなのはごめんだし、人口が極端に少ないのも、それはそれで何か勿体無い気がした。
 これから恩を売る相手は多いほうがいい、というただの打算である。

 その建物に入るなり、リーフはトトトとどこかへ走り去ってしまった。
 走れるほどの大きさだということだけは再認識させられたところで、俺はじっくりとその建物内を見渡す。
 一言で表わすなら、広い。
 以上である。

 もう少し説明するなら、やはり現代の日本的な要素があまり感じられないというところだろうか。
 電化製品は当たり前だが見当たらず、当然木造。そして何よりそこら辺に書かれている文字が何一つ読めないこと。
 ここが異世界である時から思っていた。
 俺は何でこの世界の文字が読めているんだろうと。
 そんなこと神が何かした、としか考えられない。そうでもしないと答えが出ない。

 なのにここにある文字は何一つ読めなかった。
 言うならカタカナをぐにゃぐにゃにしたような……漢字のなりそこないのような。
 とりあえず表現不可能な文字である。

「ミリル、あの文字読めるか?」

 もしミリルが読めたなら、俺のご都合翻訳機が故障したと考える方が良い。

 しかしミリルは首を振った。

「だよな」

 ホッと息を吐く。
 つまりその文字が少なくとも平人族のものではないということが判明したのだから。
 ……いや、待て。

「その前にミリル、お前、文字読めるのか?」

 今まで文字を読む機会などなかった。いや、地図を読んだ時くらいか。
 だがそれは俺が読んだ、だからミリルが実際文字を読めるのかは分からない。

 するとミリルは不服そうに目を細めながら俺を見る。
 どう考えたって、不機嫌な表情である。

「そ、そうだよな、すまん」

 いくらなんでも読めるか。
 ことは素早く済ませる。
 俺は謝った。
 ミリルは小さく頷く。
 まだ不服そうではあるものの、これでこれ以上のフラストレーションは溜まることはないだろう。
 そんな小さな危機を乗り切ったところへリーフがやってきた。

「お待たせしました」

 そういう彼の後ろには、リーフの身長の二倍ほどある男がいる。
 間違いなくあの人が、リーフの父親、そしてこの里の戦士長だろう。

 まずは礼儀。
 俺は頭を下げた。
 すると声がかかる。
 その声は低く、まだ声変わりのしていないリーフとはえらい違いだ。

「よい、リーフの客人なのだろう? 客人ならば楽にしてくれて構わない」
「では」

 頭を上げる。
 目が合い、改めてその男の姿が目に飛び込んでくる。
 先ほど会ったアービスや共に行動しているリーフとはまるで異なったエルフ族だ。強いて言うなら、あの時勇人に殺されてしまったエルフ族たちに装いは似ているだろうか。
 しかし屈強さで言えば、俺が今まで見てきたエルフ族の中で一番だ。
 流石、戦士長というだけはある。
 エルフ族だからといって、魔法に頼ってばかりではないようだ。

 その戦士長から視線で腰を下ろすように促された。
 俺はそれに従い、木製の椅子へと腰掛ける。それに続いてミリルも腰を下ろす。リーフは父の隣で立ったままだ。

「それで? 私に何の用だ?」
「父上、先ほども……」
「リーフよ本人の口から聞くことも大事なのだ」

 恐らく用件はリーフが告げている。
 それはその会話から分かった。
 なら、後は俺の人柄を見るということか。
 何だか面接みたいな雰囲気だな。

 まあ追い詰められているわけではないので、緊張するほどではないはずだが。

「まず名を名乗ってもらおうか」

 本当に面接みたいだ。

「コウスケ・タカツキと申します、そっちはミリル・ホシロワトです」

 俺はミリルに目線を向ける。
 その意味は「合ってるよな?」である。
 少しの間の後、ミリルは頷いた。
 良かった、ミリルの姓なんて初めて鑑定した時以来気にしたことなかったからな。本当、覚えておいて良かった。
 俺は肩の力を抜いた。
 まさか初めの質問でこうも不安になるとは、先行きが思いやられるな。
 内心苦笑した。

「ではコウスケ殿、まず初めに礼を言っておく」

 思わず「え?」と言いかけたが飲み込む。
 そういえば俺はリーフを助けたんだった。

「この度は私の息子を国外の不届き者から守っていただき感謝する」
「は、はい」

 深々と頭を下げる戦士長に俺は苦々しい表情を浮かべた。
 こんな場には慣れていないのだ。どうしてよいかまるで分からない。
 謙遜するのも何だか失礼だし、尊大な態度を取るのも当たり前だが失礼。
 本当、こういう時はどうすれば良いのだろうか。

「これは私からの気持ち、是非とも受け取って欲しい」
「え、ええ?」

 突然の贈り物にとうとう情けない声を出す。
 出されたのは、綺麗な宝石のような石。見るからに高価そうなものである。
 つまりまたしても社交力が試される瞬間だった。

「え、えっと……こ、これは?」
「これは森魔石、森から取れる魔石の一つで魔法を封じる力を持っている」
「魔法を封じる?」

 その言葉に俺の好奇心がそそられ、動揺が吹き飛んだ。

「ああ、そのままの意味だが、魔石が持つ容量分の魔法を封じられる」
「へえ、随分と便利なものが……あ」

 俺は慌てて口を閉じる。
 思わず素が出てしまっていた。

 しかし戦士長は不機嫌な様子を醸し出すことなく、加えてこう言った。

「いや、構わない、リーフの命の恩人なのだ、むしろ畏まるのはこちらの方だ」
「それは……」

 かなりやりにくい。

 するとそんな俺の内心が読めたのか、戦士長はフッと頬を緩ませながらこう言った。

「はは、冗談だ、お互いそれなりの距離と言うものがあるのだ、急に砕けた態度と言うわけにもいくまい」
「で、ですよね……」

 あはは、と苦笑い。
 しかしこれで幾分かやりやすくなったことには変わりない。
 今のところ、この人が良い人だと判断できたからだ。
 では早速本題に入りたいが、この雰囲気ではどうも切り出しにくい。
 俺は引き攣った笑みでその時を待った。
 しかし一向にその時は来ない。
 するとリーフが、

「父上、そろそろ本題を」

 見事な助け舟を出してくれた。

「そうだったな、すまんな、コウスケ殿」
「い、いえ」
「では本題に移ろうか」
「はい」

 ここで言う本題とは、リーフを助けたことによるお礼ではない。それはもう魔石というものを貰ったので良しとした。
 本題はお姫様誘拐事件の方だ。

「犯人が魔人の男と言うのは?」
「本当だ」
「ではいつ頃に?」
「一昨日の昼頃だったか」

 一昨日。
 つまり勇人たちの犯行ではない。まあそれは犯人が魔人の時点で分かっているが。

「ではどこへ逃げたかなどは分かりますか?」
「そうだな……大雑把にしか分からんな」
「それでいいので」
「西、それだけしか分からん」
「西ですか」

 思った以上に大雑把だ。
 だが固有名詞を出されるよりは断然良い。
 それに人探しは俺の強化スキルが結構役立ちそうだ。
 方向さえ分かれば、後は強化した五感で何とかなるだろう。

「では――」


 その後、結構質問をしながら、情報を得ていき、ミリルとの約束である善行、その犯人探しが始まった。

「負け組だった俺と制限されたチートスキル」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く