負け組だった俺と制限されたチートスキル
第四十三話 たどり着くべきではない場所
「まさか守人が出てくるとはね」
そう言ったのは敦だ。その声音から若干の戸惑いを感じる。初めて感じた動揺の色だった。
しかしその内容にはまるで聞き覚えがない単語が出されている。
敦はその男を守人と言った。だが俺には一体何のことかまるで分からない。
「消えろというのが聞こえないのか?」
守人と呼ばれた男はなおも敦に強く出る。
警告、まさにそういった類の言葉だ。
あの敦にそう言いのける言葉。
ただの命知らずか、それとも知り合いか、俺には分からない。しかし彼の登場が俺を救ったことだけは確かなことだけは分かっていた。
悔しいが俺ではあの化け物には勝てない。
「嫌だといったら?」
敦が挑発めいた言葉を発する。
敦はこの守人のことを知っているような口ぶりだ。
そして守人という者の強気な態度。
そこから察するにこの二人は赤の他人というわけではなさそうだった。
「消す」
とごく簡潔に守人は言い放った。
あの化け物に対して言い放つような言葉ではない。
それもあの化け物の力を知っていたらなおさらだ。
俺は成り行きを見守った。
ここでどうなるかによって、俺がどうなるかが決まるのだから当然だ。
もし敦がキレて暴れたら俺の命はない。
流石に俺は、この守人という者があの化け物じみた力を持った敦に敵うとは思っていなかった。
「……そうだなぁ、ここで君と戦うのは避けたいかな」
「なら消えろ」
交渉は上手く行ったようだ。
あの敦はその物言いに何一つ文句を言わずそれを呑んだのだ。
正直に言って驚きだった。多少希望としてそうなることを望んでいたものの、どうせ無理だろうと高を括っていたのだから。
だが現実は良い意味で俺の予想を裏切った。
敦はその命令に近い提案を呑んだのだから。
「一つだけいいかな?」
敦の提案。
それに守人は何も答えない。
それが無言の肯定であることは俺でも分かった。
「どうして君が現れたんだい? 確か君には捕捉されないようになっていたはずだけど?」
またしても分からない内容。
それは俺とははるか別次元の話をしているかのように感じた。
「偶然だ」
男の答えは簡単なものだった。
「本当に?」
「ああ」
「……そういうことにしておいてあげるよ、それじゃあ俺はここで消えるとするかな……あ、でも彼らは連れて行くから」
敦が思い出したように呟いた。
彼ら、それを指すのはきっとあいつらのことだろう。
美月と勇人、敦と同じ異世界人。
「……好きにしろ」
初めて男が言いよどんだ。
何か思うところがあったのだろうか。
だが最終的には否定はせずに頷いた。
「はぁ、折角良い所だったってのになぁ」
ため息交じりの敦の声。
その声を向けている対象はあの男でもあり、俺に向けた言葉でもあっただろう。
きっとあいつはこちらへ向けてにやついていることが軽く想像できた。
あいつの価値観とは噛み合うわけがない。
あいつは良い所だったといった。
だが俺にとっては何も良いところではなかった。むしろ最悪だった。
そしてそう思う俺を見越してまた笑みを浮かべるのだろう。
その態度、正確に腹が立つ。
今にも言い返してやりたいが、残念ながら俺にはもうそんな力も何も残っていなかった。
しかし一つだけ幸運だと思うことがあった。
それはあいつの口ぶりからして本当にこの場から去るみたいだということ。
それは間違いなく俺にとっての朗報だった。
「じゃあね、タカツキ君」
最後にそう言い残して敦の声が聞こえなくなった。
さっきの言葉通りこの場からいなくなったのだろう。
思わぬ形で俺は助かったのだ。
まさに天運が味方したといえる状況だった。
俺は息を大きく吐いた。
今まで張っていた気を緩めた。
今まで経験したことのないほどの強敵が去ったのだ。
もうこの緊張感は解きたかった。
するとあの守人と言われていた男がいつの間にか俺の目の前に来ていた。
気づかなかったのか、気づかないほどの速度で来たのか、それは分からない。もし後者なら俺の心は折れてしまうだろう。
まだまだ上がいるという事実と、そこにたどり着くには並大抵の道ではないという二つの事実が、俺を苦しめるのだ。
もちろん努力して身につくのであれば良い、だが敦、あの化け物は違う。
あれは努力では絶対にたどり着けない領域にいる存在だ。きっと俺が何十年努力しても遠く及ばない。
こうして勇人という怨敵の力を借りてまでも、俺はあいつを倒しきることが出来なかったのだ。
俺は偶然にも今時分が出来る最高の戦力であいつと戦ったのだ。
だが倒せなかった。
あいつの本気さえ見ることが出来なかった。
その事実が、俺の心を苦しめていた。
近づいていた男が怪訝そうな顔で俺に告げた。
「貴様……どっちだ?」
「……どっち?」
言っている意味が分からない。
さっきの敦との会話もそうだった。
この男の会話に俺が分かることなど何もない。それが良いことなのか悪いことなのかさえも分からないのだ。
力も足りないというのに、俺には知識すら足りていない。
「いや……混ざっているならば貴様もこちら側か」
最初から最後までまるで言っていることが分からないまま、男は勝手に納得して再び口を閉じる。
当然俺の気持ちは晴れなかった。こうもワケの分からないこと、それも俺自身のことについて自己完結されたらモヤモヤが残るのは当たり前だ。
それとも俺には知る権利すらないというのか。
俺は歯がゆい気持ちに包まれた。
圧倒的に足りないのだ。
力が。
知識が。
経験が。
知りたいことがたくさんあった。
その「混じっている」という言葉の意味はもちろんだが、あの敦との関係性、守人と呼ばれた男本人、全てが謎なのだ。しかもその謎を解決するための鍵もない。
少しだけでもその謎を解くヒントだけでも欲しかった。
だが俺の体は限界を迎えていた。
言葉を投げかけるだけでもキツイことを俺自身が一番知っていた。
瞼が重くなる。
意識が遠くなる。
だけどこれは死へ向かうものではなく、ただの疲労。
特別拒みたいものではなかった。
むしろその極楽へと今すぐへと至りたい。
だけど目の前の興味が俺を思い留まらせている。
少しでも知りたい。あの化け物と対話で渡り合ったこの男ことを。
「早く落ちれば楽になれるだろうに、何故落ちない?」
「……知りたいから」
その言葉からこの男の根は敦とは違い、優しいのだと知った。
何しろ、見ず知らずの男にわざわざそんなことを投げかけても何もメリットなどないのだ。なのにこの男はわざわざ言ってきた。まるで俺に休めといわんばかりに。
だが精一杯の力を振り絞り告げた。
俺はあなたについて知りたいのだという意思を。
長い長い沈黙。
それを乗り越えた後の男からの返答は、否定だった。
「……それは出来ない」
「な、何で……」
断られたことに動揺を隠せない。
何で、何で教えてくれないんだ、と心の中で反芻していた。
だけど思い至る。
いや、それは当たり前だと。
俺は自分自身が自分でも驚くほど動揺していることに気が付いた。
――そうだ、誰が見ず知らずの死にかけに自分の身分を教えるものか。少し考えれば分かることなんだ。なのに俺はあんなに動揺した。
あぁ、体が弱ったから、心までも弱ってしまったのか……情けない。
俺には精神でさえ足りないところがあるみたいだ。
これじゃあまだまだ乗り越えられない苦難も多くあるだろうな。
「知っても貴様には何も出来ないからだ」
しかし男の返答はそんなちんけな理由ではなかった。
面倒くさいから教えたくない、怪しいから教えたくない。といった自分都合の理由ではなく、ただ教えても無駄だと判断したという俺自身の問題だから教えない、男はそう言ったのだ。
俺が思っていた理由よりはマシな回答だった。
だがすんなりと頷くわけにもいかない。
それはつまり俺に素質がないといっていると同義なのだから、認めるわけにはいかない。
「……ぁ」
だが肝心の言葉が出なかった。
体力の限界だった。
言葉が発せられなければ会話は終わりだ。
そんな俺を見て男が言った。
「……貴様はここへは来ない、否、来るべきではない」
何を……?
言っている意味が相変わらず分からない。
だけどその時の男の顔を見たら、感情だけは分かった。
悲しいような、寂しいような、そんな顔。
その顔からは孤独を感じた。
その言葉、表情の真意を知ることなく、俺は成す術なく意識を手放した。
そう言ったのは敦だ。その声音から若干の戸惑いを感じる。初めて感じた動揺の色だった。
しかしその内容にはまるで聞き覚えがない単語が出されている。
敦はその男を守人と言った。だが俺には一体何のことかまるで分からない。
「消えろというのが聞こえないのか?」
守人と呼ばれた男はなおも敦に強く出る。
警告、まさにそういった類の言葉だ。
あの敦にそう言いのける言葉。
ただの命知らずか、それとも知り合いか、俺には分からない。しかし彼の登場が俺を救ったことだけは確かなことだけは分かっていた。
悔しいが俺ではあの化け物には勝てない。
「嫌だといったら?」
敦が挑発めいた言葉を発する。
敦はこの守人のことを知っているような口ぶりだ。
そして守人という者の強気な態度。
そこから察するにこの二人は赤の他人というわけではなさそうだった。
「消す」
とごく簡潔に守人は言い放った。
あの化け物に対して言い放つような言葉ではない。
それもあの化け物の力を知っていたらなおさらだ。
俺は成り行きを見守った。
ここでどうなるかによって、俺がどうなるかが決まるのだから当然だ。
もし敦がキレて暴れたら俺の命はない。
流石に俺は、この守人という者があの化け物じみた力を持った敦に敵うとは思っていなかった。
「……そうだなぁ、ここで君と戦うのは避けたいかな」
「なら消えろ」
交渉は上手く行ったようだ。
あの敦はその物言いに何一つ文句を言わずそれを呑んだのだ。
正直に言って驚きだった。多少希望としてそうなることを望んでいたものの、どうせ無理だろうと高を括っていたのだから。
だが現実は良い意味で俺の予想を裏切った。
敦はその命令に近い提案を呑んだのだから。
「一つだけいいかな?」
敦の提案。
それに守人は何も答えない。
それが無言の肯定であることは俺でも分かった。
「どうして君が現れたんだい? 確か君には捕捉されないようになっていたはずだけど?」
またしても分からない内容。
それは俺とははるか別次元の話をしているかのように感じた。
「偶然だ」
男の答えは簡単なものだった。
「本当に?」
「ああ」
「……そういうことにしておいてあげるよ、それじゃあ俺はここで消えるとするかな……あ、でも彼らは連れて行くから」
敦が思い出したように呟いた。
彼ら、それを指すのはきっとあいつらのことだろう。
美月と勇人、敦と同じ異世界人。
「……好きにしろ」
初めて男が言いよどんだ。
何か思うところがあったのだろうか。
だが最終的には否定はせずに頷いた。
「はぁ、折角良い所だったってのになぁ」
ため息交じりの敦の声。
その声を向けている対象はあの男でもあり、俺に向けた言葉でもあっただろう。
きっとあいつはこちらへ向けてにやついていることが軽く想像できた。
あいつの価値観とは噛み合うわけがない。
あいつは良い所だったといった。
だが俺にとっては何も良いところではなかった。むしろ最悪だった。
そしてそう思う俺を見越してまた笑みを浮かべるのだろう。
その態度、正確に腹が立つ。
今にも言い返してやりたいが、残念ながら俺にはもうそんな力も何も残っていなかった。
しかし一つだけ幸運だと思うことがあった。
それはあいつの口ぶりからして本当にこの場から去るみたいだということ。
それは間違いなく俺にとっての朗報だった。
「じゃあね、タカツキ君」
最後にそう言い残して敦の声が聞こえなくなった。
さっきの言葉通りこの場からいなくなったのだろう。
思わぬ形で俺は助かったのだ。
まさに天運が味方したといえる状況だった。
俺は息を大きく吐いた。
今まで張っていた気を緩めた。
今まで経験したことのないほどの強敵が去ったのだ。
もうこの緊張感は解きたかった。
するとあの守人と言われていた男がいつの間にか俺の目の前に来ていた。
気づかなかったのか、気づかないほどの速度で来たのか、それは分からない。もし後者なら俺の心は折れてしまうだろう。
まだまだ上がいるという事実と、そこにたどり着くには並大抵の道ではないという二つの事実が、俺を苦しめるのだ。
もちろん努力して身につくのであれば良い、だが敦、あの化け物は違う。
あれは努力では絶対にたどり着けない領域にいる存在だ。きっと俺が何十年努力しても遠く及ばない。
こうして勇人という怨敵の力を借りてまでも、俺はあいつを倒しきることが出来なかったのだ。
俺は偶然にも今時分が出来る最高の戦力であいつと戦ったのだ。
だが倒せなかった。
あいつの本気さえ見ることが出来なかった。
その事実が、俺の心を苦しめていた。
近づいていた男が怪訝そうな顔で俺に告げた。
「貴様……どっちだ?」
「……どっち?」
言っている意味が分からない。
さっきの敦との会話もそうだった。
この男の会話に俺が分かることなど何もない。それが良いことなのか悪いことなのかさえも分からないのだ。
力も足りないというのに、俺には知識すら足りていない。
「いや……混ざっているならば貴様もこちら側か」
最初から最後までまるで言っていることが分からないまま、男は勝手に納得して再び口を閉じる。
当然俺の気持ちは晴れなかった。こうもワケの分からないこと、それも俺自身のことについて自己完結されたらモヤモヤが残るのは当たり前だ。
それとも俺には知る権利すらないというのか。
俺は歯がゆい気持ちに包まれた。
圧倒的に足りないのだ。
力が。
知識が。
経験が。
知りたいことがたくさんあった。
その「混じっている」という言葉の意味はもちろんだが、あの敦との関係性、守人と呼ばれた男本人、全てが謎なのだ。しかもその謎を解決するための鍵もない。
少しだけでもその謎を解くヒントだけでも欲しかった。
だが俺の体は限界を迎えていた。
言葉を投げかけるだけでもキツイことを俺自身が一番知っていた。
瞼が重くなる。
意識が遠くなる。
だけどこれは死へ向かうものではなく、ただの疲労。
特別拒みたいものではなかった。
むしろその極楽へと今すぐへと至りたい。
だけど目の前の興味が俺を思い留まらせている。
少しでも知りたい。あの化け物と対話で渡り合ったこの男ことを。
「早く落ちれば楽になれるだろうに、何故落ちない?」
「……知りたいから」
その言葉からこの男の根は敦とは違い、優しいのだと知った。
何しろ、見ず知らずの男にわざわざそんなことを投げかけても何もメリットなどないのだ。なのにこの男はわざわざ言ってきた。まるで俺に休めといわんばかりに。
だが精一杯の力を振り絞り告げた。
俺はあなたについて知りたいのだという意思を。
長い長い沈黙。
それを乗り越えた後の男からの返答は、否定だった。
「……それは出来ない」
「な、何で……」
断られたことに動揺を隠せない。
何で、何で教えてくれないんだ、と心の中で反芻していた。
だけど思い至る。
いや、それは当たり前だと。
俺は自分自身が自分でも驚くほど動揺していることに気が付いた。
――そうだ、誰が見ず知らずの死にかけに自分の身分を教えるものか。少し考えれば分かることなんだ。なのに俺はあんなに動揺した。
あぁ、体が弱ったから、心までも弱ってしまったのか……情けない。
俺には精神でさえ足りないところがあるみたいだ。
これじゃあまだまだ乗り越えられない苦難も多くあるだろうな。
「知っても貴様には何も出来ないからだ」
しかし男の返答はそんなちんけな理由ではなかった。
面倒くさいから教えたくない、怪しいから教えたくない。といった自分都合の理由ではなく、ただ教えても無駄だと判断したという俺自身の問題だから教えない、男はそう言ったのだ。
俺が思っていた理由よりはマシな回答だった。
だがすんなりと頷くわけにもいかない。
それはつまり俺に素質がないといっていると同義なのだから、認めるわけにはいかない。
「……ぁ」
だが肝心の言葉が出なかった。
体力の限界だった。
言葉が発せられなければ会話は終わりだ。
そんな俺を見て男が言った。
「……貴様はここへは来ない、否、来るべきではない」
何を……?
言っている意味が相変わらず分からない。
だけどその時の男の顔を見たら、感情だけは分かった。
悲しいような、寂しいような、そんな顔。
その顔からは孤独を感じた。
その言葉、表情の真意を知ることなく、俺は成す術なく意識を手放した。
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