負け組だった俺と制限されたチートスキル

根宮光拓

第四十二話 立ち上がれ

「――――よ」

 誰かがしゃべっているのが聞こえた。
 どうやらまた誰かが敦と対峙している様だ。

 本来敦は俺の相手だ。

 なのに俺は何をしている?
 寝そべってその勝負がつくのを待つのか?
 冗談じゃない。

 起き上がれ。

 痛みごときで甘えるな。
 苦しみごときで諦めるな。

 お前は前を向き続けなければいけないんだ。
 復讐という目標に向かって。

 目を開けた。

 状況を把握しろ。
 今誰が戦っているのか。
 どういう状態なのか。
 敦はどうなっているのか。

「はは……」

 俺のすぐ近くで空笑いを上げている者がいた。
 その人物は……勇人だったか。
 そいつだった。

 どういうことだ?
 何故こいつがここにいる?

 お前は早々に退場したはずではないのか。

 事情が読めない。
 俺が倒れた頃と比べると色々変わっていることが多過ぎた。
 勇人はもちろんのことだが、ミリルの位置、敦のふくらはぎ。
 色々な予想外が重なっている。
 一体何があったというのか、俺にはまるで分からなかった。

 ――だからどうした。

 今そんなことは俺には関係がない。
 立ち上がるんだ。
 全身が壊れそうなほど痛くても。
 立ち上がってあいつを殺せ。

「はぁはぁ……」

 俺は立ち上がった。

 敦が俺を見ていた。
 その視線は冷め切ったものだった。

「……混ざったか」

 またしても意味の分からないこと。

「じゃあそろそろ終わらせようか、勇人君」

 敦がニコッと笑顔を勇人へ向けた。
 勇人の傷の具合はひどいものだった。
 よくあれで戦えているな、と思えるほどに。

「ふざけんな、お前は俺が倒すんだよ!」

 威勢の良い勇人。
 そこだけは変わりがない。

「そう? ならやってごらんよ」
「言われなくてもな!」

 勇人が敦に急接近し、剣を振りぬく。
 しかし届かない。
 決して遅い一撃ではなかったが、敦はそれをいとも簡単に腕で捌く。

「じゃ、終わりにしよう」

 敦の一言。
 直後、腕を勇人の腹に突き刺した。

「が、はっ……」
「きゃああ!」

 美月の叫び声。
 勇人の胴体を敦の腕が貫いていた。
 致命傷だ。
 勝負はもうついた。
 あれではもう勇人は戦えない。

「お待たせ、タカツキ君」

 俺は答えない。
 彼がやられたことに悲しんでいるわけでもない。
 むしろ俺にして見れば復讐対象が脱落したのだ。悲しむことはなくとも、喜ばしいことである。

 だが残念ながらこの場に至っては違った。
 例外中の例外。
 まさか復讐対象に脱落されては困ると思うとは考えもしなかった。
 しかしそう思わされる程に目の前の化け物は異常すぎるのだ。
 俺一人で勝てる気がまるでしない。

「無視かい?」

 敦が大げさに表情を変えて俺に近づいてくる。
 恐らくこいつはずっと楽しみながら戦っている。このコロコロ変わる表情も演技なのだろう。
 しかしその演技が崩れ、敦の顔が顰められた。

「……何だ、しつこいな」

 勇人が敦の足を掴んでいた。
 あの状態でなお立ち向かうことが出来るのは素直に感心した。
 その気合は賞賛に値するものであると、怨敵ながらに思った。

 怨敵のその行動、十分に利用する他ない。

 俺を差し置いて敦はまず勇人を仕留めることにしたようだ。
 あいつは勇人へ向けて腕を振り上げていた。

 最後のチャンス。

 俺は美月を見る。
 言葉は交わせない。だが彼女ならやるはずだ。
 今は彼女の性格を信じるしかなかった。

 敦の腕が勇人へ迫る。
 その時、信じていた声が聞こえた。

「聖域!」

 俺は走り出す。
 その言葉が発せられるのと同時に。

「……また君か」

 敦は聖域を一度手を振るうだけで壊す。相変わらず規格外の化け物。
 しかしそれが、最初で最後の奴ら勇者二人が生んだ、敦の隙だった。

「はああっ!」

 俺は黒剣を振るう。
 敦は動かない。
 知っている、何しろ勇人の敦を掴んでいるあの腕は強化スキルによって強化されている。つまり動かないではなく動けないのだ。
 それを脱するにはいくら敦とは言えど、足を大きく動かさなくてはならない。しかしそんな時間は与えない。

「終わりだあああああ!」

 剣を下から上へと振り上げる。
 俺の剣が敦の体に当たる。
 敦の顔が痛みに歪む。
 そして、

「はあああああああああああ!」

 今出せる精一杯の力を剣に込め、振り上げた。

 ボトリと落ちる音。
 敦の右腕だ。

「はぁはぁはぁ」

 敦はギリギリのところで体を逸らした。
 本来なら上半身を真っ二つにするつもりだったが、その行動のせいで腕しか取れなかった。
 希望はあった。だが知っていた。
 この化け物がそんな簡単に殺せるわけがないことを。

「は、は、やってくれたね」

 敦の乾いた笑み。
 その表情を見る限り、それは演技ではなく本心からきているように見えた。
 それはすなわち、怒っていながらも未だに笑う余裕があるということ。
 その事実に俺は何も言えなくなる。

 しかし敦は俺を見たまま動こうとはしなかった。
 その行動の意味は分からない。
 それにもう俺には攻撃手段もなにもない。
 正真正銘、さっきの攻撃が最後の一撃だった。

 美月も無理だろう。
 勇人は当たり前だが動くことも出来ないはずだ。
 勇者二人の脱落。
 そして残るのは俺ただ一人。
 最悪な状況になっていることだけは確かだった。

 そんな時、勇人と目が合った。

「まさか腕を一本取られるとは、予想外だったなぁ」

 敦が口を開く。

「あ、呪いを期待しているのなら無駄だよ」

 そんなことを敦が口にすると同時に驚くべき行動に出た。
 俺に斬られた右腕。
 そこに付着していた黒い呪いを切り離すかのごとく、残った右腕を肩から自分で切り落としたのだ。

「な……」

 あり得ない。
 この行動には開いた口が塞がらなかった。
 自分で自分の腕を斬るなんて普通出来るわけがない。

「はは、これで大丈夫」

 痛いことくらい見なくても分かる。
 実際表情は歪んでいた。

「美月!」

 声。
 そんな声を上げたのは瀕死の勇人だった。

「勇人……聖域!」

 美月は再び聖域を張る。多分彼女の最後の力ともいえるもののはずだ。
 迫り来る光のベール。
 それは俺を通り越し敦に接触する。

「ちっ」

 敦は舌打ちをしてバックステップ。
 流石にさっきと同じ状況で、俺に隙を見せるのは好ましくないと判断したのだろう。
 それに片腕だとますます隙が大きくなる。

「コウスケ!」

 次に勇人が叫んで言った言葉は俺の名だった。
 呼び捨てである事にムッとする余裕もなく、俺は勇人へ近づく。
 すると勇人に腕を掴まれた。
 その事実に一瞬焦るが、その手には俺を掴まえるだけの力は無い。

「何のつもりだ?」

 俺は問う。
 勇人は俺の目を見ているだけ。言葉は発さなかった。
 途端に俺の体に力という力が込み上げてくる。
 これはあの憎しみによって得られる力に似ている。似ているが明確に違うことがある。
 それは俺を呑みこもうとしないということ。
 呑みこもうというどころか、俺という存在を強く、そして確立させていくように感じた。
 これは……間違いなく。

「強化」

 勇人のスキルである強化。
 間違いなくそれだ。
 俺は勇人の顔を見る。
 しかし勇人は目を伏せた。
 こいつも俺と同じで本意ではないのだろう。
 俺なんかに頼らないといけない自分を情けなく思っているのだ。
 そうか……なら俺があいつを倒せばお前は無力感に打ちひしがれるということになる。
 ならやってやろう。
 それもお前を苦しめるということなら、復讐になるのだから。

 自分でも何を言っているのか分からない解釈をして立ち上がった。

 直後聖域が破られる音がした。
 敦がこちらを無表情で見ている。
 あれは完全にキレている顔だ。

「もういい」

 敦はそう一言。

「奇遇だな、俺も丁度そう思っていたところだ」

 勇人の威勢の良さが思わず口から出たことは不本意だが仕方ない。
 俺はあいつの恩恵を受けているのだ。少しだけリスペクトしてしまったことくらい許そう。

 足に力が入る。
 腕に力が入る。
 全身に力が漲る。
 全ての感覚が研ぎ澄まされているような感覚だ。

 これが強化の力。
 随分と便利な力のようだ。

「その力……」

 敦が目を細めた。
 流石と言ったところか。
 見ただけで俺に何が起きているか分かったらしく、勇人にチラリと視線を移して呟いた。

「そうか」

 ただそれだけ。
 悲しそうに顔を伏せながら。

「残念だ、君は絶望に身を染めている時が一番良いんだけど」
「お前に良いと思われても何も嬉しくないんだけどな」

 むしろ気持ちが悪い。

「そうか、残念だ」

 そういう敦は全く残念そうではない。

 まあ良い、そろそろ決着をつけよう。
 この不毛な戦いの。

 俺は拳を握り、膝を曲げる。
 全身の感覚を研ぎ澄ます。
 敦の体をじっくりと見る。
 隙を見逃すな。
 一度で良い。
 一度直撃できれば、この力を持って倒せる。

 俺は口を開いた。

「前蹴りだな?」
「急にどうしたんだい?」
「なに、少しお前がこれから起こす行動を予想しようと思ってな」
「はは、それを口に出してどうするんだい」
「これも一興だろ?」
「そうだね……」

 敦は顔は笑い、口ではそう言っているものの、目だけはその行為の真意を見極めるべく俺を見ていた。
 そんな敦に向かって再び口を開く。

「瞬時に近づいて左腕で攻撃、違うか?」
「……違うね【偽】」

 俺はニヤリと口角を上げた。
 直後敦が目の前に現れる。

 しかし俺はもう行動に移していた。
 左腕の拳を握りしめ、右腕で剣を前に突き出す。

 敦の顔が驚愕に染まる。
 強化によって増した筋力で俺の剣は鋭く突き出される。

「くっ」

 敦はまたしても体を捻りそれを脇腹に掠めるだけで済ます。
 だがそれも予想の内だ。

 俺は敦が体を逸らす前から用意していた左腕の拳を敦の顔目掛けて振るった。
 直撃。
 確かな感触だ。
 後はこれに全力を込めるだけ。

「はああああああ!」

 痛い。
 左腕が痛い。
 なるほど、強化は感覚増強も含まれる。
 ということは痛覚も増すのか。

 俺はその痛みに顔を顰めながら拳を振りぬいた。

 敦が吹き飛ぶ、地面に落ちた。

「はあはあ」

 じんじんと痛む左拳。
 あいつ、このこと言ってなかっただろ。

 勇人を軽く睨みつける。
 ただ勇人が意識を保っているかどうか、見ただけでは分からなかった。
 だがこの強化状態が続いているということは、まだ死んでいないのだろう。

 俺は歩む。
 前には地面に倒れた敦。
 胸が上下に動いていた。

「ははははははははは」

 敦の声だ。
 まだこいつは……

「俺がやられるとは、はぁ、本当に人間と言うものは分からないな」

 敦の一人語り。

「本来なら見逃すつもりだったんだけど、どうしようかな。俺をここまでやったんだ、少しぐらいその借りを返しても良いよね」

 全て一人言だ。
 俺に言っているものではない。
 ただその言葉は不穏だった。

 俺は走る。
 もしあいつの言っていることが本当なら、まだ奥の手があるということなのだから。

 だが俺は弾かれた。
 何かの力によって。
 美月の聖域に似た力によって。 

 敦が立ち上がる。
 化け物だ。

 俺は地面に座り込んだまま立ち上がれない。
 もう精神が持たなかった。
 いくらダメージを与えてもこいつは倒れないのだ。その先の見えない勝利を諦めたくなるのは当然だった。

 気が付いたときには、目の前に人影。
 不味いっ!
 そう直感し、顔を逸らすが、代わりに聞こえてきたのは、

「お前は……」

 敦の戸惑った声と、

「消えろ」

 聞いたことのない男の声だった。
 

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