負け組だった俺と制限されたチートスキル
第四十話 どうして助けてくれなかった
それはどこかで聞いたようなノイズ交じりの声だった。
そう、確か瀕死の時に聞こえた声。
俺の復讐の始まりを告げた声だ。
全身に力が漲ってくる。
あの時と同じだ。
それと同時に思考が黒く濁っていく。
これもあの時と同じだ。
俺じゃない思考が別にあるような感覚。
俺じゃない何かが体を支配しているような感覚。
それが俺本来の力でないことくらい分かっている。
だから生命としての本能がそれを拒否している。
その異物を受け入れてはならない、排除しなければならないと。
そしてこれもやはりあの時と同じだった。
俺じゃない何かが侵食してくる感覚だ。
「が、あ、ああああ!」
言葉に出来ない痛み。
苦しい。
心が、体が壊れてしまいそうだ。
俺を別の何かへと変える異物はそれでも侵食を止めない。
俺はあの時はどうやってこれを乗り越えたのか、本当にこの苦痛を耐え切ったのか。甚だ疑問を抱くほどに辛かった。
――そうかこれは。
痛みの中で見出した答え。
受け入れれば楽になれる。
拒んでいるから苦痛が襲うのだ。
ならば受け入れれば良い。
その何かを。
そうすれば苦痛から逃れられるだけじゃなく、努力では到底手に入れることが出来ない力も得られるという確信があった。
だが怖い事も確かだ。
受け入れれば取り返しのつかないことになることくらい何となく分かる。
それに前回の経験も踏まえると、それは確信へと変わる。
これを抵抗なしに受け入れれば力の代わりに何かを失う。
前回失ったものは、弱い自分。
間違いなくそれはもう取り戻せないものである。
取り戻すつもりもない。
だがあの時はそれだけで済んだのが奇跡なのだ。
恐らくこれは俺の人格を蝕むもの。
もし呑まれきったら……?
それは考えなくても分かる事だ。
「ぐ、ぁああ、あぁぁ!」
考えている暇などなかった。
痛みが思考を鈍らせる。
早く受け入れろと、この憎悪に身を任せろと告げていた。
だけど嫌だ。
これを受け入れるなんて到底出来ない。
これに呑み込まれた俺はもはや俺じゃない。
俺は自分の力で、復讐を……するんだ。
「はぁはぁはぁ」
呑み込んだ。
憎悪を、力を、その何かを、体の奥底に無理やり押し込んだ。
ただし全て押し込めるほど、その何かは弱くはなかった。
「あれ、どうしたの?」
敦が問いかけてくる。
今までニヤニヤと俺の様子を観察していたと言うのに、今になって途端に無表情になって俺を見ていた。
その表情はまさに不快感を表わしている。
「……うるせえ」
まだ苦しみは続いている。
呑み込んだとはいえ、完全ではないのだ。
まだ確かに出てこようと暴れている。
これを、この蓋を開けてしまえば、呑み込まれるのは俺の方だ。
「正直予想外だな、きっと君なら憎しみに任せて呑まれると思ってたんだけど」
こいつは何を言っているんだ。
その言い方は、間違いなく俺のこの状態を知っているかようだった。
あり得ない。
こいつは一体何者なんだ。
「苦しいんだろ? どうして我慢するんだい?」
「黙れ……」
その物言いからして、俺があの何かに呑まれることもこいつの織込み済みだったということ。
ならますます呑まれてはならない。
こいつの思い通りになどなってたまるか。
「分からないな、力を目の前にして、復讐相手を目の前にしてどうしてその選択が取れる?」
敦の声は先ほどまでの飄々とした調子とは打って変わって、苛立っているように聞こえた。
それだけでも我慢した甲斐があるというものだ。
「はぁ……ガッカリだよ、タカツキ君」
「お前を絶望させたんなら十分だよ」
「……もういいよ」
「――っ!」
目の前に敦が現れた。
手に持っているのはナイフ。
明確に死を感じた。
こいつの攻撃を見てきたから分かってしまう。
もうどうやっても間に合わないということを。
敦の腕がぶれた。
直後だ。
「――聖域!」
美月の声、何かが割れる音。
そして衝撃波。
俺は弾き飛ばされた。
幸い怪我は負っていない。
「タカツキ先輩!」
「美月……」
またか。
またお前は俺を助けるのか。
もう憎しみを通り越して呆れも感じていた。
どうしてこいつはそこまで俺を助ける。
俺なんていなくなったってこいつには何の害もないはずだ。
なのにどうして助けるんだ。
「大丈夫ですか?」
「……何故だ」
奥歯を噛み締めながら問う。
どうしてだ。
どうして俺を助ける。
俺はお前のことなんて嫌いだと言うのに。
「何が……ですか?」
「何で俺を助ける?」
「それは……」
口ごもる美月。
やはり善意とは別の感情があるのだ。
何かやましい事があるのだ。
そうでなければあり得ない。
「タカツキ先輩を助けたいと思ったからです」
「……は?」
何を言っているんだこいつは。
俺を助けたいと思ったから?
何だそれは。
それが人を救う理由になるというのか。
「私は誰も見捨てません」
……違う。
お前は見捨ててきた。
俺を。
あの世界で。
「だからタカツキ先輩を……」
「ふざけるな」
「えっ……」
「お前は俺に対して償いたい、そう言いたいんだろ?」
美月の言いたいこと、本音を言えばそうだ。
「ち、ちが――」
「そして償う事で俺じゃなく、自分自身を救いたい、そうだろ?」
こいつは俺を見捨ててきた自分が嫌いだったのだろう。
それは立派だ。
あの世界の連中の中では幾分かマシな部類である。
「違う!」
「なら、なんで!」
俺は心の底から叫んだ。
「助けてくれなかったんだ!」
俺が苛められている事くらい知っていたはずだ。
俺が勇者になれなかったときだってそうだ。
誰も助けてくれる者はいなかった。
誰も手を差し出してくれる者はいなかった。
誰も俺を救ってくれるものはいなかった。
美月は口を噤んだ。
彼女も知っているのだ。
俺を救わなかった理由を。
自分の身可愛さで何もしなかった、出来なかった事を。
「別に今更お前らが俺に対してどう思おうがどうでもいい」
そうだ。
今更変わることはない。
俺はお前ら全てに復讐をするのだ。
俺を見捨てた、俺を蔑んだ、俺を助けなかったお前らを。
「お前らを地獄に落とすことに変わりはないんだからな」
美月は顔を絶望に染め俺を見上げる。
なんて顔をしてるんだ。
俺にそう言われるのがよっぽどショックだったのか?
俺を助ける事でお礼でも言われたかったのか?
全て自分のためじゃないか。
下らない。
優しさ、慈しみ、そんなものは全て嘘だ。偽善だ。
あの世界にもこの世界にもそんなものは存在しない。
俺はゆっくりと美月に近づく。
もう分かっただろ。
お前のそれは綺麗な感情じゃないって事は。
しかし美月との決着はならなかった。
奴の邪魔が入ったのだ。
「ははは、いいじゃないか、それでこそタカツキ君だ」
またしても上機嫌。
つまりこいつの思惑に事が運んでいるということだ。
俺は舌打ちをした。
あの顔を見るだけで苛立ちが増すからだ。
「美月さんも結構役に立つんだね、ありがとう」
「な、なにが……」
美月が困惑して敦と俺の二人に視線を左右させる。
俺だって何が何だか分からない。
きっと全てを理解しているのはこの場においては、敦しかいないだろう。
「さあ見せてくれ、タカツキ君」
「……何の話だ」
「その内に宿る憎悪の炎だよ」
やはり話が通じない。
こいつ自身に話すつもりがないのか、それとも会話をしているつもりでそんな返事をしているのか。
もし後者なら相当いかれている。
「もうそろそろ我慢の限界なんじゃない?」
俺は答えない。
図星だったのだ。
先ほどの美月との問答で、随分と憎悪が漏れた。
そのため、それを糧とするあの何かがあふれ出してきていたのだ。
「そうだな……」
もういい。
こいつら全てを殺せるのなら何にだってなろう。
それに呑まれる気などさらさらない。
俺はそれさえも支配してみせる。
復讐のために俺は俺を捨てずに力を得る。
俺は目を閉じ、力を抜いた。
聞こえた。
あのノイズ交じりの声の後に続く言葉を。
【狂化】
思考が真っ黒に染まった。
そう、確か瀕死の時に聞こえた声。
俺の復讐の始まりを告げた声だ。
全身に力が漲ってくる。
あの時と同じだ。
それと同時に思考が黒く濁っていく。
これもあの時と同じだ。
俺じゃない思考が別にあるような感覚。
俺じゃない何かが体を支配しているような感覚。
それが俺本来の力でないことくらい分かっている。
だから生命としての本能がそれを拒否している。
その異物を受け入れてはならない、排除しなければならないと。
そしてこれもやはりあの時と同じだった。
俺じゃない何かが侵食してくる感覚だ。
「が、あ、ああああ!」
言葉に出来ない痛み。
苦しい。
心が、体が壊れてしまいそうだ。
俺を別の何かへと変える異物はそれでも侵食を止めない。
俺はあの時はどうやってこれを乗り越えたのか、本当にこの苦痛を耐え切ったのか。甚だ疑問を抱くほどに辛かった。
――そうかこれは。
痛みの中で見出した答え。
受け入れれば楽になれる。
拒んでいるから苦痛が襲うのだ。
ならば受け入れれば良い。
その何かを。
そうすれば苦痛から逃れられるだけじゃなく、努力では到底手に入れることが出来ない力も得られるという確信があった。
だが怖い事も確かだ。
受け入れれば取り返しのつかないことになることくらい何となく分かる。
それに前回の経験も踏まえると、それは確信へと変わる。
これを抵抗なしに受け入れれば力の代わりに何かを失う。
前回失ったものは、弱い自分。
間違いなくそれはもう取り戻せないものである。
取り戻すつもりもない。
だがあの時はそれだけで済んだのが奇跡なのだ。
恐らくこれは俺の人格を蝕むもの。
もし呑まれきったら……?
それは考えなくても分かる事だ。
「ぐ、ぁああ、あぁぁ!」
考えている暇などなかった。
痛みが思考を鈍らせる。
早く受け入れろと、この憎悪に身を任せろと告げていた。
だけど嫌だ。
これを受け入れるなんて到底出来ない。
これに呑み込まれた俺はもはや俺じゃない。
俺は自分の力で、復讐を……するんだ。
「はぁはぁはぁ」
呑み込んだ。
憎悪を、力を、その何かを、体の奥底に無理やり押し込んだ。
ただし全て押し込めるほど、その何かは弱くはなかった。
「あれ、どうしたの?」
敦が問いかけてくる。
今までニヤニヤと俺の様子を観察していたと言うのに、今になって途端に無表情になって俺を見ていた。
その表情はまさに不快感を表わしている。
「……うるせえ」
まだ苦しみは続いている。
呑み込んだとはいえ、完全ではないのだ。
まだ確かに出てこようと暴れている。
これを、この蓋を開けてしまえば、呑み込まれるのは俺の方だ。
「正直予想外だな、きっと君なら憎しみに任せて呑まれると思ってたんだけど」
こいつは何を言っているんだ。
その言い方は、間違いなく俺のこの状態を知っているかようだった。
あり得ない。
こいつは一体何者なんだ。
「苦しいんだろ? どうして我慢するんだい?」
「黙れ……」
その物言いからして、俺があの何かに呑まれることもこいつの織込み済みだったということ。
ならますます呑まれてはならない。
こいつの思い通りになどなってたまるか。
「分からないな、力を目の前にして、復讐相手を目の前にしてどうしてその選択が取れる?」
敦の声は先ほどまでの飄々とした調子とは打って変わって、苛立っているように聞こえた。
それだけでも我慢した甲斐があるというものだ。
「はぁ……ガッカリだよ、タカツキ君」
「お前を絶望させたんなら十分だよ」
「……もういいよ」
「――っ!」
目の前に敦が現れた。
手に持っているのはナイフ。
明確に死を感じた。
こいつの攻撃を見てきたから分かってしまう。
もうどうやっても間に合わないということを。
敦の腕がぶれた。
直後だ。
「――聖域!」
美月の声、何かが割れる音。
そして衝撃波。
俺は弾き飛ばされた。
幸い怪我は負っていない。
「タカツキ先輩!」
「美月……」
またか。
またお前は俺を助けるのか。
もう憎しみを通り越して呆れも感じていた。
どうしてこいつはそこまで俺を助ける。
俺なんていなくなったってこいつには何の害もないはずだ。
なのにどうして助けるんだ。
「大丈夫ですか?」
「……何故だ」
奥歯を噛み締めながら問う。
どうしてだ。
どうして俺を助ける。
俺はお前のことなんて嫌いだと言うのに。
「何が……ですか?」
「何で俺を助ける?」
「それは……」
口ごもる美月。
やはり善意とは別の感情があるのだ。
何かやましい事があるのだ。
そうでなければあり得ない。
「タカツキ先輩を助けたいと思ったからです」
「……は?」
何を言っているんだこいつは。
俺を助けたいと思ったから?
何だそれは。
それが人を救う理由になるというのか。
「私は誰も見捨てません」
……違う。
お前は見捨ててきた。
俺を。
あの世界で。
「だからタカツキ先輩を……」
「ふざけるな」
「えっ……」
「お前は俺に対して償いたい、そう言いたいんだろ?」
美月の言いたいこと、本音を言えばそうだ。
「ち、ちが――」
「そして償う事で俺じゃなく、自分自身を救いたい、そうだろ?」
こいつは俺を見捨ててきた自分が嫌いだったのだろう。
それは立派だ。
あの世界の連中の中では幾分かマシな部類である。
「違う!」
「なら、なんで!」
俺は心の底から叫んだ。
「助けてくれなかったんだ!」
俺が苛められている事くらい知っていたはずだ。
俺が勇者になれなかったときだってそうだ。
誰も助けてくれる者はいなかった。
誰も手を差し出してくれる者はいなかった。
誰も俺を救ってくれるものはいなかった。
美月は口を噤んだ。
彼女も知っているのだ。
俺を救わなかった理由を。
自分の身可愛さで何もしなかった、出来なかった事を。
「別に今更お前らが俺に対してどう思おうがどうでもいい」
そうだ。
今更変わることはない。
俺はお前ら全てに復讐をするのだ。
俺を見捨てた、俺を蔑んだ、俺を助けなかったお前らを。
「お前らを地獄に落とすことに変わりはないんだからな」
美月は顔を絶望に染め俺を見上げる。
なんて顔をしてるんだ。
俺にそう言われるのがよっぽどショックだったのか?
俺を助ける事でお礼でも言われたかったのか?
全て自分のためじゃないか。
下らない。
優しさ、慈しみ、そんなものは全て嘘だ。偽善だ。
あの世界にもこの世界にもそんなものは存在しない。
俺はゆっくりと美月に近づく。
もう分かっただろ。
お前のそれは綺麗な感情じゃないって事は。
しかし美月との決着はならなかった。
奴の邪魔が入ったのだ。
「ははは、いいじゃないか、それでこそタカツキ君だ」
またしても上機嫌。
つまりこいつの思惑に事が運んでいるということだ。
俺は舌打ちをした。
あの顔を見るだけで苛立ちが増すからだ。
「美月さんも結構役に立つんだね、ありがとう」
「な、なにが……」
美月が困惑して敦と俺の二人に視線を左右させる。
俺だって何が何だか分からない。
きっと全てを理解しているのはこの場においては、敦しかいないだろう。
「さあ見せてくれ、タカツキ君」
「……何の話だ」
「その内に宿る憎悪の炎だよ」
やはり話が通じない。
こいつ自身に話すつもりがないのか、それとも会話をしているつもりでそんな返事をしているのか。
もし後者なら相当いかれている。
「もうそろそろ我慢の限界なんじゃない?」
俺は答えない。
図星だったのだ。
先ほどの美月との問答で、随分と憎悪が漏れた。
そのため、それを糧とするあの何かがあふれ出してきていたのだ。
「そうだな……」
もういい。
こいつら全てを殺せるのなら何にだってなろう。
それに呑まれる気などさらさらない。
俺はそれさえも支配してみせる。
復讐のために俺は俺を捨てずに力を得る。
俺は目を閉じ、力を抜いた。
聞こえた。
あのノイズ交じりの声の後に続く言葉を。
【狂化】
思考が真っ黒に染まった。
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