負け組だった俺と制限されたチートスキル

根宮光拓

第四十一話 狂戦士

「ああああああああ!」

 コウスケが突然叫び声を上げた。
 美月はそれを悲しそうにただ眺めているだけ。
 対して敦は嬉しそうにコウスケを眺めていた。

 この状況を理解できているのは敦だけ。
 当事者であるコウスケにもきっと分かっていない。

「さあ来なよ」

 敦が両手を広げてコウスケに挑発行為をした。
 コウスケはいつも以上の憎しみに満ちた顔で唸り声をあげ、膝を曲げる。

 コウスケが動いた。
 その速度は美月でさえも捉える事が出来ないほどだ。
 美月が気づいた頃にはもう二人はぶつかっていた。

 その時確かにコウスケの拳が敦の頬を掠めていた。

 勇人でも美月でもさっきまでのコウスケでも、この場の誰もが出来なかったことだ。
 それをこの短時間の間にコウスケはやってのけた。
 しかしただ掠めただけ、何もダメージは入っていない。

「ははは、やっぱり早いな」

 それを表わすかのように敦は満面の笑みでそう言った。
 化け物だ、美月はそう思った。
 こんな奴に勝てる人なんて、同じ化け物じゃなければ無理だと。

 伴ってコウスケを見る。
 先ほどのコウスケとはどこか違う。
 ただでさえ真っ赤な瞳が、怒りを表わしてギラギラと輝いていた。
 ただでさえ真っ赤な髪が、まるで怒りを表わすかのように燃え盛る炎のように見えた。

 美月は同時に思う。
 敦という男も化け物だが、コウスケと言う男ももうその領域に踏み入れてしまったのだと。

「……タカツキ先輩」

 美月は噛み締めるようにその名を呼んだ。
 先ほどまで話していた彼女だから分かるのだ。
 彼はずっと助けを待っていた。
 なのに誰も助けてくれなかった。
 それなのに災難が次々と襲い掛かってくるのだ。

 正気でいられるわけがない。
 世界を憎まないわけがない。

 美月は心が張り裂けそうだった。
 もし自分があの世界で、彼を助けていれば、と切実に思っていた。

 ただその考えはコウスケにとってみれば下らないことだと一蹴されるのは目に見えて分かる。

 戦況は芳しくなかった。
 初めこそ敦の頬を掠めたコウスケの拳だったが、それ以降一度も敦の体を捉えることはなくなっていたのだ。

 それでもコウスケは攻撃の手を止めない。
 怒りに満ちた顔で、憎悪に満ちた顔で、苦しみに満ちた顔で。
 コウスケはずっと拳を振るい続けていた。

 次第に息が切れ始めているのに、攻撃の手を休めなかった。

 まさに異常だった。

「タカツキ君、君、まだ呑まれきってないでしょ」

 そんな時敦がそう口にした。
 美月には当然あの人が何を言っているのか分からない。

「うる……せえ」

 そこで初めてコウスケが言葉を発した。
 その声はとても苦しそうで、話すこと自体を苦痛に感じている。そんな声音だった。

「俺を殺したいんでしょ? なら完全に呑まれればいいじゃないか」
「黙れ……」
「完全に呑まれればきっと俺なんかあっという間に倒せると思うよ?」
「黙れ」

 敦の言う事にコウスケは始終拒否した。
 彼の言う事が正しいという証拠はない。
 それに呑み込まれたら最後どうなるか、そんなこと蚊帳の外である美月でも何となく察していた。
 きっとあの力は身を滅ぼすものだと。
 それくらい恐ろしい力だと。

 その直後。
 美月の視界から敦が消えた。

「いい加減にしてくれないかな」
「なっ!?」

 声のする方。
 コウスケの懐に敦が入り込んでいた。
 そしてそのまま拳をコウスケの鳩尾にめり込ませる。

「がはっ……!」

 急所への直撃。
 コウスケは苦しそうなうめき声を上げ、その場に膝をつく。

「痛いかい? 憎いかい? ならそれを力に変えればいい」

 追撃はしない。
 しかし敦はなおもコウスケに対し何かを促す。

「……うるせえんだよ」

 だがコウスケは顔を顰めながらも拒否をした。

 敦の表情が消える。
 その顔はさきほどコウスケを殺そうとした時と全く同じ顔だった。

「強情だな、それは君の罪でもないくせに」

 唐突に意味の分からないことをいう。
 コウスケも美月も何の事か分からないため、何もいえなかった。

 沈黙。

 敦が剣を抜いた。
 間違いなくコウスケを殺しにかかっていた。

「タカツキ先輩!」

 美月は咄嗟に聖域を張る。
 もう後悔するのは嫌だった。
 全ては自分のため。
 美月はそう思いながら聖域を張った。

「また君か」

 敦の感情のない声に、美月は竦み上がる。
 あんな化け物と今まで行動、対峙していたのかと思うと、恐怖を覚えた。
 勝てない、直感的に告げていたのだ。

「君はタカツキ君の中にあるものを目覚めさしてくれたお礼に生かしてあげようと思ったんだけど……」

 その後の言葉を聞く前に美月は耳を塞ぎ、目を閉じた。
 聞きたくなかったのだ。
 その死の宣告を。

 美月は感じた。
 自分が張った聖域が割られるのを。
 死をすぐ傍まで感じていた。

「いやっ!」

 声を上げる。
 この世界に来て初めて感じる死の恐怖。
 美月は耐えられなかった。

 しかしいつまで経ってもそれはやってこない。
 美月は恐る恐る目を開いた。

「……何で?」

 そこには敦が立っている。
 しかし問題はそこではなかった。

 敦のふくらはぎに白く輝く短剣が突き刺さっていたのだ。
 敦は顔を顰めていた。
 それも初めて見る敦の表情だ。

「君も邪魔をするんだね、ミリル」

 見るとミリルが遠くの木に寄りかかっている。
 美月は把握した。
 あの少女がこれをやってのだということを。

 ミリルは敦の問いに答えない。
 ただその視線は地面に横たわるコウスケを見ていた。

「それにまさか白和の短剣を持っていたとはね」

 敦はそう言って自らのふくらはぎに刺さる短剣を引き抜いた。

「……まあいいか、それにしてもこうも選べると悩んじゃうな」

 敦は辺りを見渡してそう言った。
 美月は未だ怯えた表情でそれを見る。
 彼の言っている意味が分かっていたからだ。
 自分、タカツキ先輩、あの少女、エルフの少年、どれから殺そうか。そう言っているということが。

 そうして敦の顔がこちらを向いた。

「ひっ!」

 美月は震え上がる。

「い、いや!」

 美月の言葉に、敦は満面の笑みを浮かべ口を開く。

「もう決めたんだ」

 死神。
 美月はその笑顔をそう感じた。

「聖域!」

 死にたくない、その一心でこの世界に来て身につけたスキルをまた使う。
 敦は顔色一つ変えずにそれを打ち破り、一歩また一歩と踏みしめてくる。

「いやぁ」

 もう懇願するしかなかった。
 美月にはもう何もする事が出来なかった。

「神にでも祈っているのかい? ははは、君たちがこの大陸の神に好かれているとでも思っているのかい?」

 敦は再びワケの分からない事を言う。

「君たちは異世界の人間だ、そんな者たちをこの世界の神が助けるとでも?」

 言っている意味は分からなかったが、妙に納得できる言葉。
 確かにそうだ、と美月は思ってしまった。

「ということだ、神でも神に会えず彷徨い続けると良い」

 敦はそう笑顔で言った。
 もう美月の目の前にいた。

 そして剣を振り上げる。

 美月は顔を伏せた。
 もう怖いのは嫌だったのだ。

 しかし直後に敦が距離をとった。
 続いて聞こえる敦の憎しみの篭った声。

「……君もか」

 美月は顔を上げる。
 そこにいたのは、

「勇人……?」

 戦闘の初めに敦に破れたはずの勇人だった。
 その体は見るに耐えない傷が多く出来ている。
 美月は彼のスキルを知っているからこそ、驚いた。

 あれだけ勇人が傷ついた姿を美月は見たことがなかったのだ。
 勇人のスキルは強化。
 その効力は骨も筋肉も、皮膚さえも及ぶ。
 それゆえ滅多な事では傷など負わない。

 なのに今の勇人は、左腕からおびただしいほどの出血、左足首は変な方向に曲がっていた。

「戻ってきてやったぞ、敦先輩!」
「へえ少しは勇者らしく、そして後輩らしくなったね」
「はっ、お前に褒められても嬉しくねえよ!」

 いくら勇人でも勝てない。
 美月はそう思っていた。
 だけど少しでもその希望を信じたかった。

 勇人と敦、運命を決める勇者二人がぶつかり合った。

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