負け組だった俺と制限されたチートスキル

根宮光拓

第三十五話 終わらぬ混沌

 黒髪。
 俺の元の髪色。
 そして奴ら勇者も黒髪だ。

 ――落ち着け、まだこいつらが勇者だと決まったわけじゃない。

 無意識に力が入る体を必死に宥める。
 そうだ、この世界に黒髪がいないなんていう確証はない。
 とはいえ俺はこの世界で黒髪の人を見たことがなかったが。

 とりあえず言える事は、声には聞き覚えがないということだ。
 つまりクラスメイトの可能性はゼロに等しい。
 後は異世界人か現地人か見分けられれば良いのだが。

「っち、いつまでも森ばっかじゃねえか!」

 一向に顔を見せてくれない。
 少しでも振り向いてくれれば、顔が拝めるのだが。

 そうか、そのきっかけを作ればいいのだ。

 俺はひとまず辺りを見渡した。
 手頃な石か木の枝か、または小動物か。
 それのどれでも良いので探す。 

 そして見つけた。
 小さな石ころを。

 後は音を鳴らすだけだ。
 もちろんこの場所でじゃない。
 そんな事をしたら、最悪見つかってしまうからな。

 俺は石ころを俺の位置から少し離れた茂みへと投げた。
 位置的に俺のいる場所の右斜め前。これなら多分大丈夫のはずだ。
 それに顔をバッチリ見れる。

「なんだ?」

 男の一人が声を発し、振り向いた。
 あのいけ好かない奴だ。

「――っ!」

 唇を噛み締める。

「動物じゃない?」
「見て来いよ」
「え、私が?」
「お前以外に誰がいるんだよ」
「わ、分かった……」

 実際のところ顔に見覚えはなかった。
 あの三人の中に俺の見知った顔はない。
 だがやはり日本人にしか見せない顔立ちだったのだ。
 それだけで俺の体に力が入り、心が震える。

 飛び出さないで済んでいるのは、ただ単に顔に見覚えがなかったからだ。
 しかしそれでも感情を抑えてようやくと言った所。
 俺の憎悪は、異世界人と確定せずとも、似た顔というだけで湧き上がるらしい。

 我ながら随分と狂ってしまっている。
 だからといってこの気持ちを忘れるつもりは毛頭ないが。

 そんな俺の憎悪に、あの男が追い打ちをかけるような一言を発した。

「何か見つかったか? 美月・・
「なにも、ないと思う」

 正確にはその名前に覚えはない。
 だがどう聞いたってそれは日本人の名にしか聞こえない。

 まだこれでも現地人の可能性がないわけではないのが歯がゆかった。
 この世界にも日本と似た国があってもおかしくないのだから。

 ただこれ以上の類似は憎悪を制御できない自信がある。

 見た目だけならまだしも名まで日本人寄り。
 加えて年齢も俺と同じくらい。
 これだけ材料が揃っていると言うのに、俺は未だ踏みとどまれている。
 これは自画自賛しても良い功績だ。

 だがあの連中に日本人としてはおかしな点が一つだけあった。
 それは瞳。
 日本人なら黒か茶が一般的であったのだが、あいつらの瞳は共通して黄金の瞳を持っていた。
 あれさえなければ俺はきっと襲い掛かっていた事だろう。

「本当か?」
「本当だって」
「久坂、お前はどう思う?」

 男が今まで一言も話していなかった男の名を告げた。
 またしても日本的な名である。

「知らん」

 と一言。

「……まあいい、美月戻って来い」
「う、うん」

 驚いた。
 きっとあの高慢ちきの男はその無愛想な態度に憤ると思ったからだ。
 あの態度をとっても怒らないというのは、それなりの信頼関係があるからなのだろうか。
 俺には知るわけがないが。

 さあどうする。
 俺に残された選択肢は二つ。
 このまま去るか、見つかる覚悟で鑑定をかけるか。
 前者はノーリスクノーリターンだが、後者はリスクはあるが情報という見返りがある。
 選ぶのは比較的簡単だ。
 後者しか考えられないからだ。

 こんなに動いて何も成果が無いなんてあり得ない。
 それなら多少の危険があろうとも、俺は実行する。

 そうして俺はあの三人の中で、比較的害の低そうなあの女を鑑定すると決めた、その時――

「な、なに!?」

 女が声を上げた。
 俺がバレたワケではない。
 あの三人は俺がいる位置とは全く関係ない方向を向いていた。

 三人とも上に顔を向けている。
 詳しく言えば木の上。
 俺の位置からは見えないが、何かが木の上にいるのだろう。

「平人、我らの国に何か用か?」

 声が響いた。
 あの三人のどの声でもない。
 恐らくはあの三人の視線の先、木の上にいる何者かの声だろう。

 その発言と状況を考えて、大方予想はつく。
 この声の主の身分が。

「ああ? お前に関係ねえだろ?」

 こんな状況でも男は威勢のよい言葉を発した。
 愚かとしか言えない。

「こちらが質問している、それに聞く権利はあるはずだが?」
「うるせえなぁ」

 苛立った声を発する男。

「直ぐに立ち去れば見逃してやる、さあどうする」

 声はそう言った。
 だがこんな提案を、

「は? 誰に口きいてやがるんだ」

 あの男が飲むわけがなかった。
 ピリつく空気。
 ちなみに女ともう一人の男は何も言わずただ立ち尽くしているだけだ。

「すまない、我らは君たちのことを存じていないのでね」
「そりゃあ勉強不足ってやつだ」
「そうか、では勉強不足の我らに君の身元を教えてはくれないか?」

 あくまで声は冷静だった。
 そうでもなければこの会話が成り立つわけがない。
 あの男の性格に難がありすぎるのだ。

「いいぜ、よく聞け」

 男が誇らしげに口を開いた。

「勇者だ」

 その言葉を瞬時に理解できなかった。
 こいつは今、何て言ったんだ?

「勇者だと?」

 声が俺の気持ちを代弁するかのようにそう言った。

「そう言ってんじゃねえか、何だ信じられねえってのか?」

 男はニヤッと笑って、腰から剣を抜いた。
 途端に、男の目の前の木が揺らぎ、しばらくして倒れた。

「……その力」
「はっ、ようやく分かったか」
「……ではその勇者様が我らの国に何の用でしょうか」
「女を寄越せ」
「は?」
「え?」

 声とあの女の声が重なった。
 あの女にも知らされてなかったことなのだろう。

 ゲスだ。
 ゴミだ。
 何が勇者だ。

「二度は言わねえぞ」

 男の言葉に声はとうとう返事をしなくなった。
 そりゃあそうだ。
 いくらなんでもそんな提案を聞けるものなんていない。
 まともに会話をするだけ無駄だと悟ったのだろう。

「何言ってるの!?」

 静まっていた空気を壊したのは、あの女だ。

「あ? なんだよ」
「女を寄越せって……」
「そんなん俺の勝手だろ?」
「でも、それって……」

 あの女にはまだ日本での道徳が残っていたのだろう。

「何だよ、お前が俺の相手になってくれんのか?」
「……それは」

 クソ詰まらない言い合いをしているあいつらの周囲に、数人の男達が現れた。
 どれも金髪で耳が長い。
 エルフだ。

「やっと姿を現したか」
「お引取り願います」
「さっきも聞いたが?」
「では我々はあなた方勇者様を処分しなければなりません」

 エルフ数人があいつらに向けて手を向けた。

「ライジン!」

 途端に閃光が走る。
 それは魔法だった。
 だが、

「っつ、眩しいなぁ」

 あいつらの体に傷一つつけることは出来なかった。
 見ればあいつらの周囲に何か膜のようなものが覆っている。
 女が手を前に出しているところを見ると、あの女がこのバリアのようなものを張ったと予想できる。

「な、我々の魔法が……!」
「は? 今の攻撃だったの? ただの目くらましだと思ってたわ」
「っく、なめた口を」

 次にエルフたちがやったことは物理的な攻撃。
 懐に忍ばしていたのだろう。
 短剣を持って、あいつらに襲い掛かっていた。
 だがあの話さない男によって全て捌かれる。

「良くやった久坂」

 数では勝るエルフだが、これを見る限り彼らでは勝てそうになかった。

「女をくれんなら見逃してやってもいいぜ?」

 まだあの男はそんな事をのたまう。

「誰が……お前たちのようなゴミに……!」
「ほぇー、勇者をゴミって言ったな?」

 男の声が低くなり、目が据わった。

「なっ」

 途端にそのエルフを除いて他のエルフが血を吹き上げ倒れる。

「で? まだこれでも強がる気?」
「……悪魔が」
「え? 良く聞こえなかったんだけど?」
「何が勇者だ! お前らなんて悪魔だ!」

 さっきまでの冷静なエルフの面影はない。
 それもそうだ。
 こんな仕打ち、悪魔の所業である。

「ひっで、俺らそんな悪い事した?」

 男は二人に問う。
 だが女は口を噤んだまま。
 久坂という男は興味もなさそうに空を見ていた。

「ま、いっか、じゃあお前、エルフの村に案内してくれよ」
「誰が!」
「えー、案内してくれないの?」
「誰がするものか!」
「じゃ、ちょーっと痛い思いしてもらおっと」

 それからあのエルフの声が響き渡っていた。


 俺はそれをただ黙ってみる。
 今はあの男を助けることが目的じゃない。

 それに今飛び出しても勝てない。
 少なくともあの女の力を紐解かないと形勢は不利のままなのだ。
 そのためにも、もう少しあのエルフたちに粘って欲しかったのだが荷が重かったか。

 そんな時だった。
 俺の近くの茂みがガサガサと揺れた。

「誰だ?」

 案の定男に気付かれる。

「美月、見て来い」

 男の言葉に美月という女は動かない。

「美月!」
「……う、うん」

 そうして女が向かった先には――

 リーフと、ミリルがいた。

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