負け組だった俺と制限されたチートスキル

根宮光拓

第三十八話 最悪の決断

「いつつ……」

 流石に木の下敷きになるのは、幹がない上部分でも結構痛かった。
 ただでさえ切り傷があったのに加え、擦り傷も増えた。
 とりあえず剣を拾おうか。

「勇人!」

 そう叫んだのは美月だ。
 ああ、そうだった、殺さない約束だったか。
 だがこの程度で勇者が死ぬとは思えないんだが。

「くそっ、何でこんな……」

 ほら生きてた。
 ただ顔は痛みに歪んでいる。

「チェックメイトだ」

 俺は勇人の首元に先ほど拾ったばかりの剣を突きつけた。

「……クソッ」

 俺の勝ちだ。
 ここから逆転はあり得ない。

「解放すればいいんだろっ」

 勇人が憤りながら良く分からない事を言った。

「解放……?」
「……は?」

 ああそうだった。
 さっきも言ってたな。

「さっきも言ったが俺は助けることが本来の目的じゃない」

 お前を殺すことが目的だ。
 そう言いたかったが、美月がこちらを不安げな顔で見ている。
 ここでそう言ってしまえば、間違いなく彼女との協力関係が消える。だがそれはあまりにも不利である。
 そのため俺は口を閉じた。

「そうかよ」

 それにまだこいつは戦う気力も体力も残っている。
 ここで見逃せば間違いなく襲い掛かってくることは見え見えである。

 戦闘不能にさせない限りこいつは止まらないだろうから。

 俺は剣を動かした。
 切っ先が奴の首元に当たる。

「待って!」

 予想通り美月が声を発してきた。
 だけどもう遅い。
 この剣が触れたものは劇毒のように黒色が体を侵食するのだから。

 俺は剣を放した。
 まるで美月の言う事を聞いて引いたかのように。

「何のつもりだ?」

 勇人が声を発する。
 こいつは中々肝が据わっているな。
 今殺されていたというところなのに。

「彼女を敵に回すのは止めておきたくてね」

 真実である。
 ただお前の命はもう終わる。

 見れば剣が触れた首元に黒子のようなものが付着していた。
 間違いなくあれがこの剣の黒い呪いである。
 時間の経過と共に彼を蝕む呪いだ。

「……俺たちをどうする気だ?」
「そうだな……」

 勇人が口を開いた。
 本当なら殺しておくところだ。
 ただ今、美月を敵に回すことになるのは厄介。
 あの美月が作り出す不可思議な結界のようなものを破る手段が分からないのだから。

 最高の結果は三人同時に殺せることだが、そう上手くいくわけもない。

 それにだ。
 この勇人とか言う男、俺が隙を見せようものなら間違いなく襲い掛かってくる。

 こいつはまだ諦めていない。
 恐らく現在進行形で強化スキルを使っている。
 さっき剣を触れただけにしたのもそれが原因、何しろ剣が奴の皮膚に入らなかったのだ。
 強化の特性で皮膚の強度も硬く出来るのだろう。
 本当、流石は勇者だ、利便性の高いスキルを持っている。

 ――決めた。

 やはりこいつを残す事は危険だ。
 この際美月が敵になっても仕方がない。
 こいつにはここで死んでもらおう。

 俺がそう思って剣を再び振り上げると、

「そろそろ良いかな」

 どこからか声が聞こえた。
 その声音は一番声を放つ可能性のある美月のものではない。
 勇人のものでも、もちろんミリル、リーフのものでもない。

 直後何かが割れる音が聞こえた。

「う、うそ……」

 美月の声からして、彼女の結界が壊れた音だろう。
 つまりこの結界に妨げられていた男が起こしたアクションということだ。

「見ていないうちに随分と逞しくみたいだね、タカツキ・・・・君」

 その声は確かにそう言った。

「は?」
「え?」
「あ?」

 この場にいる全ての人が戸惑った瞬間である。
 美月、勇人、俺の三人。
 ミリルとリーフは未だ固まったままなので反応はしていないが。

 つまりこの声の主は、

「おいおい無視しないでくれるかい?」

 あの無口の久坂とか言う男だった。

 その口調はさっきまでの無口だった男が発しているものとは到底思えない。
 まるでミリルの人格が変わったときと同じである。

 いやそれよりもあいつは今なんて……?

「君に言っているんだ、タカツキコウスケ君」

 聞き間違いではなかった。
 あいつは俺の正体に気が付いていた。

「え、タカツキコウスケって……」

 美月が驚いた顔で俺を見る。

 これは……不味いな。

「お前急に何言ってんだ?」

 そう言ったのは勇人。
 俺に剣を向けられているというのに、威勢の良いことだ。

「ははっ、先輩・・に向かってその口調はないんじゃないかな?」
「寝惚けてんのか?」

 その会話はどうにも噛み合っているとは思えない。
 状況がまるで読めなかった。
 一緒に行動していたはずの勇人も戸惑っているのだ。
 俺に分かるわけもない。

 すると久坂という男がハッとした様子で口を開いた。

「あ、そうだった、今は久坂君だったね」

 こいつは一体何を言っているんだ。

「おい、どうしたんだよ」

 なおも勇人が声を発する。

「あーあ、タカツキ君のせいで人形の一つを壊さなきゃいけなくなっちゃったよ」

 そう言った直後だ。
 久坂の胸から腕が飛び出した。

「……は?」
「きゃっ!」

 勇者二人が動揺し声を発する。
 もちろん俺も目を疑った。
 こんなワケの分からない光景をどう信じろというのか。

「よいしょっと……」

 久坂という男の体は物言わぬ肉片と化した。
 非現実的な光景に言葉も出ない。

 そしてその内側からその体を突き破り、代わりに現れたものがいた。
 しかもその人物に俺は心当たりがあったのだ。

「上本敦……!」

 大将グループの一人。
 その中では特に目立つことのなかった男の名だ。
 そのためあまり意識したことはなかったが、こうして目の前に現れると憎しみが溢れ出る。

「ははは、覚えていてくれて感激だよ」
「何でお前が……」

 意味が分からない。
 何故こいつがここにいるかという疑問はもっともだが、それよりもだ。
 何でお前はさも当たり前のように、その久坂という男の体の中から出てきたんだ。

「色々聞きたいって顔だね」

 当たり前だ。
 この状況は俺でなくてもたくさんの疑問に持つ。

「でも待ってね、今俺に殺気を飛ばしてくる生意気な後輩君がいるから」

 そう言ってあいつが見たのは、目の前いる勇人。
 彼はあいつに対して射殺さんばかりに睨みつけていた。

「おい、久坂はどうなった」
「先輩にその口の聞き方はどうなんだい?」
「いいから答えろ!」
「はぁ、そこに転がってるよ、はいこれでいい?」
「ふざけるな!」

 飄々と答えるその様は、どこかあの魔人の男と共通するところがある。
 まるで目の前のものを虫けらに思っているかのような。

「タカツキ君、貰っていい?」
「何をだ」

 不穏な物言い。
 俺は口ではそう言いつつ何となくこいつが言いたい事を分かっていた。

「はは、しらばっくてないでよ、分かっているんでしょ?」

 相変わらずケラケラと軽い調子で言葉を話す。
 不快だった。
 話し方もそうだが、何よりそれを話しているのがお前なのだから。

「黙れ」
「えぇ、ひどいじゃないか」

 いい加減飽き飽きだ。
 お前が現れた事で、俺の殺意の対象は勇人からお前に代わっているのだから。

「もしかして俺を殺したいのかな?」
「愚問だ」
「そうだよねぇ、直接的な因縁もあるんだし」

 本当に腹が立つ。
 こいつは俺をあえて挑発しているのだ。
 俺を怒らせたいかのように。

 だがここは奴の思い通りになってたまるか。

 俺は一つ息を吸う。
 その行為が予想外だったのか、奴は大げさに口を開いた。

「へえ! 見た目だけじゃなくて精神面も成長したんだ」

 これもまた俺を挑発するための言葉。

 俺はそんな奴の驚いた顔を尻目に、目の前の男に言葉を発した。

「勇人、お前を解放する代わりに言う事を一つ聞け」
「……なんだ」

 苦渋の選択だった。
 あの勇者と俺が協力するだなんて、考えただけで反吐が出る。
 だがこれはプライドなど捨てる場面、あいつは美月のあの結界を意図も簡単に破壊した。
 それだけでも十分不気味な存在である。

 今は、今だけは、合理的に動くために、効率よく復讐を遂げるために。
 我慢するときだ。

 俺はその苦い感情を奥に仕舞い込み、口を開いた。

「協力だ」
「……俺がそれを呑むとでも思ってんのか?」
「お前の友を躊躇なく殺した男だぞ?」
「……っ」

 勇人は顔を顰めた。
 もし俺がタカツキコウスケだと知られていなければもっと上手く事が進んだ事だろう。
 つまりそれもこれもあいつの掌の上だと言う事か。 

「……分かった」

 そして勇人が重々しく頷く。
 最悪だ。
 だが最善だ。

 俺は剣をあいつに向ける。
 少なくとも寝首をかかれるようなことはないはず。
 嘘は言っていなかったからだ。

「美月、来い」
「う、うん」

 勇人の声に美月が頷く。
 まさかこんな形になるとは予想もしなかった。


 人生最悪の日だ。

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