負け組だった俺と制限されたチートスキル
第十九話 人里への道
拍子抜けしてしまうほど簡単に森を抜けた。
そりゃあ、あんな魔物がうじゃうじゃいるような森を行き抜けたのだから、苦労するとは思ってなかったが、それにしても何もなさ過ぎた。ハッキリ言えば詰まらなかったのだ。
俺はこのように力が有り余っていたが、果たしてミリルはどうだろうか。
そう思い俺はミリルの様子を確認するために振り返った。
ミリルはいつものように無表情だが、その様子から辛そうな印象は受けない。
彼女が俺と同じようにあの森を経験したかどうかは分からないが、少なくとも彼女がこれまでに乗り越えてきた困難よりは簡単だったようだ。
俺はそんな彼女を見てホッと息を吐いた。
もし、この程度でへばるようなら間違いなく、お荷物として置いていく、という選択肢が実行せずとも頭の中によぎってしまうはずだから。
自覚があるほど彼女に甘いとはいえ、俺はそこまで彼女を甘やかすつもりは毛頭なかった。
なので、どこかで安心していた。
これで彼女に対して負の感情を抱かなくて済むということを。
ふとミリルが俺の視線に気づき、首をかしげた。
何か用? その顔にはそう書いてある。
「いやなんでもない」
苦笑してそう告げる。
我ながら彼女のことを甘く見すぎていたようだ。
「行こう」
森が開けた先は人里、ということはなかった。
ただ明らかに人工物であろう道が地平線まで連なっているのを見て確信する。
この道を辿っていけば人里にたどり着くことを。
何も目標がないまま歩くよりは、こうした道しるべがあったほうが断然やる気が出る。それに森のような足場が悪い場所を歩くより、こうした整備された道を歩くほうが何倍も疲労が軽減されるのは言うまでもないことだ。
ミリルと並んでその道を歩いた。
今まで施設内、森と言ったような見晴らしの悪い場所で生活してきたためか、何だか落ち着かない。地平線が広がるこの光景に感動を覚えるどころか、居心地の悪さを感じてしまうとは、俺の感性が随分と変わってしまったようだ。
だがそう感じているのは俺だけではなさそうだった。
見ればミリルも落ち着かない様子で辺りをキョロキョロと探っている。
初めは俺と同じ理由でそうしているのだと思い、微笑ましい気持ちだったが、少し経つとまた別の考えが浮かんだ。
ミリルはその赤い瞳のせいで蔑まれてきたことを思い出したのだ。
その経験を考慮すると先ほどの感想は全く見当違いである。
慣れてないから落ち着かないのではなく、身の危険を感じているから落ち着かないとでは随分意味合いが異なるからだ。
俺はもちろん前者、しかしそうした過去を持つミリルの場合は恐らく後者である可能性が高い。
人目につく場所は彼女にとってはトラウマのようなものがあるのかもしれない、と俺は思ったのだ。
「大丈夫か?」
とりあえず聞いてみる。
「うん……」
いつも通りの返事ではあったが、表情が芳しくないのは目に見えて分かった。やはりトラウマか何かがあるのかもしれない、と思わざるを得ない。
だからといって、今いるこの場所は平原といえるほど広々とした土地であるため、物陰といったような薄暗い場所はほとんどなかった。
確かに今思えば俺は無警戒過ぎたのかもしれない。
何しろ俺だって彼女と同じ赤い瞳を持ってしまったのだから。
「暗くなってから行動しようか」
俺はひとまず近くの岩陰にミリルを連れて行きそう言った。
夜ならば人目につくことはあっても、目の色までは認識されないだろうと思ったからだ。
ミリルは頷き、俺の隣で腰を下ろす。
食料はあの施設から頂戴しておいた。
腰にはあの剣が、懐には短剣もある。
ミリルだってあの白銀の短剣を持っている。
大丈夫だ、ちんけなチンピラくらいなら圧倒できる。
俺とミリルはそこで暗くなるまで休息した。
とはいえ二人とも好んで会話をするタイプではないため、ほぼ無言のまま時間が過ぎていった。
そうして辺りを照らすのは月の光だけの時間帯になった。
「よし、そろそろ」
俺は立ち上がり、その後にミリルが続く。
道に出た。
当然昼間に比べてかなり暗い。
街灯なんてあるわけがなく、かろうじて道の輪郭が見える程度だ。
これはこれで危ないかもしれない。
それでも進まなければ何も解決しない。
俺達は進んだ。
目指す場所、行き着く先なんて分からない。でも歩みを止めることはない。
進み続ければいつかは人里に着く、それを信じて。
それから長い間歩いた。
幸いにも人と遭遇することはなかったので、順調だ。
そして明け方には、遠い地平線にポツポツと明かりや建物の影が見え始めていた。
俺はどうするべきか悩んだ。
疲れは結構きているが、歩けないほどではない。ミリルもまだ大丈夫そうだ。
ここでまた晩が来るのを待つか、このままあの人里へと行くか。
それを俺は迷っていた。
いやあと一つ、懸念があった。
そもそも俺達が人里に入れるのかという懸念だ。
ミリルは痛いほど知っているだろうが、俺にはまだこの赤い瞳を持つ者がどれほど世間から疎まれているのか分からないのだ。
だがそれをミリルに聞くのは気が引けた。それは下手をすれば彼女の心の傷を抉りかねない。そして被害者としての意見だと、少しばかり情報に偏りが出てしまうと思ったからだ。
理由も分からず除け者にされていた可能性だってあるのだ。下手に聞くことは出来ない。
「あ……」
いつの間にかミリルに凝視されていた。
自分の世界に入り過ぎたかもしれない。
「少し考え事をな」
そう言ってもミリルは俺から視線を外さない。
その考えを答えろと言わんばかりに。
随分と主張するようになってきたな。
「今日の晩飯のことを……」
ミリルからの視線が強まったような気がする。
そうだよな、この程度の嘘は簡単にばれるよな。
「この剣について……」
今度はそれらしいことを言おうとしたのだが、それさえもミリルという名の人型嘘発見器は主張を緩めない。
「あー……このままあの里に入って良いのかと思って、な」
ついには嘘もつけず、ありのままのことを言ってしまった。
俺ってここまで嘘下手だったのか。
自分でも落ち込むレベルでひどいんだけど。
そのように落ち込む俺を置いたまま、ミリルはミリルでその俺が行った言葉について熟考しているようだった。
まあミリルが一番知っていることは間違いないし、ここはミリルの判断に任せたほうがいいのかもしれない。
俺はミリルの答えを待った。
ミリルはコクリと頷く。
……いや、流石に分からん。
なので、
「……何に対して頷いたんだ?」
と聞くしかなかった。
その質問に対してミリルは、
「里に行くこと」
と呟く。
つまり里に行った方が良いというのがミリルの判断なわけだ。
だが本当に良いのか?
俺はミリルの瞳を見つめた。
「行って見ないと分からないから」
ミリルからこう言われた。
確かに言って見ないと分からない。
なんか俺よりも男らしいな。
俺は思わず苦笑した。
ミリルの頭にポンと手を乗せる。もちろん義手じゃない右手でだ。
今更俺達にはやらないという選択肢なんてないのだ。
今まで以上に落ちることなんてそうないのだから。
「じゃあ行くか」
「うん」
俺とミリルは決意新たにその里へと歩みを進めた。
道中意外なことに魔物と出くわした。
それに旅人の人たちもセットで。
さて……どうしようか。
きっと前までの俺なら問答無用で助けていただろう。
しかし今は合理主義に近い考えで動く予定だ。
だからこそ今ここで俺が無駄に力を使うことは決してメリットにはならなかった。何しろ、魔物に無傷で勝てる保障すらないのだ。まだ里に着かないうちに怪我などしたくもない。
悩んだ。
その間にも魔物が旅人達へ襲い掛かっていようとも、俺は悩み続けた。
どうする……助けた方が良いのか?
そこで俺は心のどこかであの人たちを助けたいと思っていることに気が付いた。
俺にはまだ甘いところもあったのか……
まあいい。完全に失うよりは、そういう心も持って置けばいずれ役に立つかもしれないしな。
しかしだからといって無駄なことはしたくないのは事実だ。
そうだな……ならばメリットを探そうか。
あの旅人を助けることによって得るメリット。
一つ、恩を売れる。これは返ってくるかが分からない。
二つ、魔物との戦闘経験。これはもう結構経験済みである。
三つ、気分が良くなる。これは一番薄いメリット。それに今の俺がそうなるかは少し怪しい。
結論、助けるメリットはあまりない。
「だ、誰か……!」
旅人の一人が声を上げた。
ミリルが俺を見た。
俺は息を吐いた。
ミリルのその赤い瞳は「助けないの?」と告げていたからだ。
彼女だって人に恨みを持っていても可笑しくない経験をしてきたというのに、そんな顔が出来るというのは素直に驚きだった。
そしてそんな彼女の綺麗な気持ちを尊重したくなった。
「はぁ」
もう一つ息を吐く。
「分かった、助けてくる」
メリットなどほとんどない。
だがデメリットも正直言ってあまりないのだ。
強いて言えば怪我をする可能性があるくらい。しかしこれはミリルのスキルによって治せるし、同化スキルもある。つまり実質デメリットはゼロだった。
そうだな、よくよく考えれば助ける方がいいかもな。
俺は無理やりそう結論付け走り出す。
そして剣を思い切り投げた。
「えっ……」
旅人の情けない声。
それも仕方がない。
何しろ、今にも旅人は食われる寸前だったから。そこへ俺が剣を投げたことで、魔物の眉間に剣が突き刺さり、魔物は停止したのだ。
「まだ死なないか」
流石は魔物。
生命力は動物の比ではない。
俺は魔物に近づき、剣を掴んで、上へ引き上げた。
魔物の眉間から頭頂部まで切り裂かれる。
結構重かったが、全体重を乗せることで何とか成し遂げられた。これで少しは格好もついただろう。
「後は……」
それでもまだ生きている魔物。
トドメだ。
俺は魔物の脳天から剣を突き刺した。
相当弱っていたから結構簡単だった。
「終わりか」
地面へ着地し呟く。
思いのほか呆気なかった。
もしかしなくても、あの施設にいた魔物よりかなり弱い。
そんな物思いに耽っていると、旅人から声がかけられた。
「あ、ありがとうございます」
感謝の言葉だ。
ただし、それだけなら俺は何も嬉しくない。
「通りかかったついでだ」
だが物をせびるのはみっともない。
相手側から何かくれないのであれば、俺はわざわざ何かを言う気はなかった。
なのでそれだけ言って立ち去ろうとする。
だが、
「ま、待ってください!」
「……何だ?」
旅人に止められた。
「お礼をさせてください」
「お礼?」
怪訝そうな顔を演技で作る。
内心は結構思い通りに言って喜んでいた。
「はい、あまり良いものではないんですけど……」
そう言ってゆっくり差し出した来たのは、使い込まれたブレスレット? だった。
「これは?」
「私の故郷のお守りなんですけど……いりませんよね」
「……一応貰っておこう」
正直何に使えるか分からない、いや正直日本だったら受け取っていないが、この世界では何に不思議な力が宿っているか分からない。
なので一応は貰っておくことにした。
そして形式上、直ぐに腕に通す。
「きっと私の村の者に見せたらよくしてくれると思います」
「そ、そうか」
「では、この度はありがとうございました!」
綺麗なお辞儀。
俺は苦笑いを堪えながら立ち去った。
あまり人助けをするものではないな、と思いながら。
「終わったぞ」
ミリルへ報告。
ミリルは満足気に頷いていた。
お気に召して何よりである。
そうして俺たちは再び道を進む。
そしてたどり着いた里の入り口。
もう辺りの空は薄明るくなっている。
まあ暗かろうと、近距離で顔を合わせてしまえば確実に赤い瞳であることが分かってしまうので今更明るさなんて関係ない、といいたいところだが、もう少し遅く到着していれば人々が起き始める時間帯だ。この瞳が見られてしまうことを前提にしているが、それでも最善としては見られるのは少人数であることが好ましい。大人数ではそれだけ赤目を嫌う人がいる確率も増えてしまうし、何より集団相手では分が悪い。
なのでギリギリ間に合ったといえるだろう。
俺は一つ息を吐いて、その里の入り口である関所のような場所に足を踏み入れた。
一人の門番と思われる男が現れる。
流石に緊張した。
これから天国か地獄か決まるのだから仕方ない。
男が訝しげな表情を浮かべてこちらを見ていた。
ちなみに俺とミリルは顔をあまり見られないようにフードを被っていた。確かに怪しさは十分である。
「旅人か?」
男が一つ言葉を発する。
「はい」
間違ってはいない。
「そうか……」
しばしの沈黙。
迂闊に目を合わせられないこちらとしては、その時間が物凄く長く感じた。
緊張で冷や汗はもちろん鼓動も早くなっている。
まさか早速あの施設で鍛えた精神が揺さぶられるとは。
内心苦笑してしまう。
そうして運命を決めるかのように男の口がゆっくりと開いた。
そりゃあ、あんな魔物がうじゃうじゃいるような森を行き抜けたのだから、苦労するとは思ってなかったが、それにしても何もなさ過ぎた。ハッキリ言えば詰まらなかったのだ。
俺はこのように力が有り余っていたが、果たしてミリルはどうだろうか。
そう思い俺はミリルの様子を確認するために振り返った。
ミリルはいつものように無表情だが、その様子から辛そうな印象は受けない。
彼女が俺と同じようにあの森を経験したかどうかは分からないが、少なくとも彼女がこれまでに乗り越えてきた困難よりは簡単だったようだ。
俺はそんな彼女を見てホッと息を吐いた。
もし、この程度でへばるようなら間違いなく、お荷物として置いていく、という選択肢が実行せずとも頭の中によぎってしまうはずだから。
自覚があるほど彼女に甘いとはいえ、俺はそこまで彼女を甘やかすつもりは毛頭なかった。
なので、どこかで安心していた。
これで彼女に対して負の感情を抱かなくて済むということを。
ふとミリルが俺の視線に気づき、首をかしげた。
何か用? その顔にはそう書いてある。
「いやなんでもない」
苦笑してそう告げる。
我ながら彼女のことを甘く見すぎていたようだ。
「行こう」
森が開けた先は人里、ということはなかった。
ただ明らかに人工物であろう道が地平線まで連なっているのを見て確信する。
この道を辿っていけば人里にたどり着くことを。
何も目標がないまま歩くよりは、こうした道しるべがあったほうが断然やる気が出る。それに森のような足場が悪い場所を歩くより、こうした整備された道を歩くほうが何倍も疲労が軽減されるのは言うまでもないことだ。
ミリルと並んでその道を歩いた。
今まで施設内、森と言ったような見晴らしの悪い場所で生活してきたためか、何だか落ち着かない。地平線が広がるこの光景に感動を覚えるどころか、居心地の悪さを感じてしまうとは、俺の感性が随分と変わってしまったようだ。
だがそう感じているのは俺だけではなさそうだった。
見ればミリルも落ち着かない様子で辺りをキョロキョロと探っている。
初めは俺と同じ理由でそうしているのだと思い、微笑ましい気持ちだったが、少し経つとまた別の考えが浮かんだ。
ミリルはその赤い瞳のせいで蔑まれてきたことを思い出したのだ。
その経験を考慮すると先ほどの感想は全く見当違いである。
慣れてないから落ち着かないのではなく、身の危険を感じているから落ち着かないとでは随分意味合いが異なるからだ。
俺はもちろん前者、しかしそうした過去を持つミリルの場合は恐らく後者である可能性が高い。
人目につく場所は彼女にとってはトラウマのようなものがあるのかもしれない、と俺は思ったのだ。
「大丈夫か?」
とりあえず聞いてみる。
「うん……」
いつも通りの返事ではあったが、表情が芳しくないのは目に見えて分かった。やはりトラウマか何かがあるのかもしれない、と思わざるを得ない。
だからといって、今いるこの場所は平原といえるほど広々とした土地であるため、物陰といったような薄暗い場所はほとんどなかった。
確かに今思えば俺は無警戒過ぎたのかもしれない。
何しろ俺だって彼女と同じ赤い瞳を持ってしまったのだから。
「暗くなってから行動しようか」
俺はひとまず近くの岩陰にミリルを連れて行きそう言った。
夜ならば人目につくことはあっても、目の色までは認識されないだろうと思ったからだ。
ミリルは頷き、俺の隣で腰を下ろす。
食料はあの施設から頂戴しておいた。
腰にはあの剣が、懐には短剣もある。
ミリルだってあの白銀の短剣を持っている。
大丈夫だ、ちんけなチンピラくらいなら圧倒できる。
俺とミリルはそこで暗くなるまで休息した。
とはいえ二人とも好んで会話をするタイプではないため、ほぼ無言のまま時間が過ぎていった。
そうして辺りを照らすのは月の光だけの時間帯になった。
「よし、そろそろ」
俺は立ち上がり、その後にミリルが続く。
道に出た。
当然昼間に比べてかなり暗い。
街灯なんてあるわけがなく、かろうじて道の輪郭が見える程度だ。
これはこれで危ないかもしれない。
それでも進まなければ何も解決しない。
俺達は進んだ。
目指す場所、行き着く先なんて分からない。でも歩みを止めることはない。
進み続ければいつかは人里に着く、それを信じて。
それから長い間歩いた。
幸いにも人と遭遇することはなかったので、順調だ。
そして明け方には、遠い地平線にポツポツと明かりや建物の影が見え始めていた。
俺はどうするべきか悩んだ。
疲れは結構きているが、歩けないほどではない。ミリルもまだ大丈夫そうだ。
ここでまた晩が来るのを待つか、このままあの人里へと行くか。
それを俺は迷っていた。
いやあと一つ、懸念があった。
そもそも俺達が人里に入れるのかという懸念だ。
ミリルは痛いほど知っているだろうが、俺にはまだこの赤い瞳を持つ者がどれほど世間から疎まれているのか分からないのだ。
だがそれをミリルに聞くのは気が引けた。それは下手をすれば彼女の心の傷を抉りかねない。そして被害者としての意見だと、少しばかり情報に偏りが出てしまうと思ったからだ。
理由も分からず除け者にされていた可能性だってあるのだ。下手に聞くことは出来ない。
「あ……」
いつの間にかミリルに凝視されていた。
自分の世界に入り過ぎたかもしれない。
「少し考え事をな」
そう言ってもミリルは俺から視線を外さない。
その考えを答えろと言わんばかりに。
随分と主張するようになってきたな。
「今日の晩飯のことを……」
ミリルからの視線が強まったような気がする。
そうだよな、この程度の嘘は簡単にばれるよな。
「この剣について……」
今度はそれらしいことを言おうとしたのだが、それさえもミリルという名の人型嘘発見器は主張を緩めない。
「あー……このままあの里に入って良いのかと思って、な」
ついには嘘もつけず、ありのままのことを言ってしまった。
俺ってここまで嘘下手だったのか。
自分でも落ち込むレベルでひどいんだけど。
そのように落ち込む俺を置いたまま、ミリルはミリルでその俺が行った言葉について熟考しているようだった。
まあミリルが一番知っていることは間違いないし、ここはミリルの判断に任せたほうがいいのかもしれない。
俺はミリルの答えを待った。
ミリルはコクリと頷く。
……いや、流石に分からん。
なので、
「……何に対して頷いたんだ?」
と聞くしかなかった。
その質問に対してミリルは、
「里に行くこと」
と呟く。
つまり里に行った方が良いというのがミリルの判断なわけだ。
だが本当に良いのか?
俺はミリルの瞳を見つめた。
「行って見ないと分からないから」
ミリルからこう言われた。
確かに言って見ないと分からない。
なんか俺よりも男らしいな。
俺は思わず苦笑した。
ミリルの頭にポンと手を乗せる。もちろん義手じゃない右手でだ。
今更俺達にはやらないという選択肢なんてないのだ。
今まで以上に落ちることなんてそうないのだから。
「じゃあ行くか」
「うん」
俺とミリルは決意新たにその里へと歩みを進めた。
道中意外なことに魔物と出くわした。
それに旅人の人たちもセットで。
さて……どうしようか。
きっと前までの俺なら問答無用で助けていただろう。
しかし今は合理主義に近い考えで動く予定だ。
だからこそ今ここで俺が無駄に力を使うことは決してメリットにはならなかった。何しろ、魔物に無傷で勝てる保障すらないのだ。まだ里に着かないうちに怪我などしたくもない。
悩んだ。
その間にも魔物が旅人達へ襲い掛かっていようとも、俺は悩み続けた。
どうする……助けた方が良いのか?
そこで俺は心のどこかであの人たちを助けたいと思っていることに気が付いた。
俺にはまだ甘いところもあったのか……
まあいい。完全に失うよりは、そういう心も持って置けばいずれ役に立つかもしれないしな。
しかしだからといって無駄なことはしたくないのは事実だ。
そうだな……ならばメリットを探そうか。
あの旅人を助けることによって得るメリット。
一つ、恩を売れる。これは返ってくるかが分からない。
二つ、魔物との戦闘経験。これはもう結構経験済みである。
三つ、気分が良くなる。これは一番薄いメリット。それに今の俺がそうなるかは少し怪しい。
結論、助けるメリットはあまりない。
「だ、誰か……!」
旅人の一人が声を上げた。
ミリルが俺を見た。
俺は息を吐いた。
ミリルのその赤い瞳は「助けないの?」と告げていたからだ。
彼女だって人に恨みを持っていても可笑しくない経験をしてきたというのに、そんな顔が出来るというのは素直に驚きだった。
そしてそんな彼女の綺麗な気持ちを尊重したくなった。
「はぁ」
もう一つ息を吐く。
「分かった、助けてくる」
メリットなどほとんどない。
だがデメリットも正直言ってあまりないのだ。
強いて言えば怪我をする可能性があるくらい。しかしこれはミリルのスキルによって治せるし、同化スキルもある。つまり実質デメリットはゼロだった。
そうだな、よくよく考えれば助ける方がいいかもな。
俺は無理やりそう結論付け走り出す。
そして剣を思い切り投げた。
「えっ……」
旅人の情けない声。
それも仕方がない。
何しろ、今にも旅人は食われる寸前だったから。そこへ俺が剣を投げたことで、魔物の眉間に剣が突き刺さり、魔物は停止したのだ。
「まだ死なないか」
流石は魔物。
生命力は動物の比ではない。
俺は魔物に近づき、剣を掴んで、上へ引き上げた。
魔物の眉間から頭頂部まで切り裂かれる。
結構重かったが、全体重を乗せることで何とか成し遂げられた。これで少しは格好もついただろう。
「後は……」
それでもまだ生きている魔物。
トドメだ。
俺は魔物の脳天から剣を突き刺した。
相当弱っていたから結構簡単だった。
「終わりか」
地面へ着地し呟く。
思いのほか呆気なかった。
もしかしなくても、あの施設にいた魔物よりかなり弱い。
そんな物思いに耽っていると、旅人から声がかけられた。
「あ、ありがとうございます」
感謝の言葉だ。
ただし、それだけなら俺は何も嬉しくない。
「通りかかったついでだ」
だが物をせびるのはみっともない。
相手側から何かくれないのであれば、俺はわざわざ何かを言う気はなかった。
なのでそれだけ言って立ち去ろうとする。
だが、
「ま、待ってください!」
「……何だ?」
旅人に止められた。
「お礼をさせてください」
「お礼?」
怪訝そうな顔を演技で作る。
内心は結構思い通りに言って喜んでいた。
「はい、あまり良いものではないんですけど……」
そう言ってゆっくり差し出した来たのは、使い込まれたブレスレット? だった。
「これは?」
「私の故郷のお守りなんですけど……いりませんよね」
「……一応貰っておこう」
正直何に使えるか分からない、いや正直日本だったら受け取っていないが、この世界では何に不思議な力が宿っているか分からない。
なので一応は貰っておくことにした。
そして形式上、直ぐに腕に通す。
「きっと私の村の者に見せたらよくしてくれると思います」
「そ、そうか」
「では、この度はありがとうございました!」
綺麗なお辞儀。
俺は苦笑いを堪えながら立ち去った。
あまり人助けをするものではないな、と思いながら。
「終わったぞ」
ミリルへ報告。
ミリルは満足気に頷いていた。
お気に召して何よりである。
そうして俺たちは再び道を進む。
そしてたどり着いた里の入り口。
もう辺りの空は薄明るくなっている。
まあ暗かろうと、近距離で顔を合わせてしまえば確実に赤い瞳であることが分かってしまうので今更明るさなんて関係ない、といいたいところだが、もう少し遅く到着していれば人々が起き始める時間帯だ。この瞳が見られてしまうことを前提にしているが、それでも最善としては見られるのは少人数であることが好ましい。大人数ではそれだけ赤目を嫌う人がいる確率も増えてしまうし、何より集団相手では分が悪い。
なのでギリギリ間に合ったといえるだろう。
俺は一つ息を吐いて、その里の入り口である関所のような場所に足を踏み入れた。
一人の門番と思われる男が現れる。
流石に緊張した。
これから天国か地獄か決まるのだから仕方ない。
男が訝しげな表情を浮かべてこちらを見ていた。
ちなみに俺とミリルは顔をあまり見られないようにフードを被っていた。確かに怪しさは十分である。
「旅人か?」
男が一つ言葉を発する。
「はい」
間違ってはいない。
「そうか……」
しばしの沈黙。
迂闊に目を合わせられないこちらとしては、その時間が物凄く長く感じた。
緊張で冷や汗はもちろん鼓動も早くなっている。
まさか早速あの施設で鍛えた精神が揺さぶられるとは。
内心苦笑してしまう。
そうして運命を決めるかのように男の口がゆっくりと開いた。
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