負け組だった俺と制限されたチートスキル
第十二話 白の少女
にしても誰が地下に施設をあるなんて考えるだろうか。
俺は長々と続く階段を下りながら文句交じりにそんな事を考えていた。誰もが思い浮かばないからこそ、身近にあっても気づかないという灯台下暗しを狙ったものなのだろうか。
答えは分からないが、まんまと俺がそれに引っかかった事実だけがそこに残ったのだった。
それにしてもあの地上の森は、施設の場所が分からず事実上絶対逃げ出せない。魔物が蔓延っているそこは地獄の庭園そのものだ。
本当に俺という人間が生き残れたのも奇跡に近いといえる、まあ後半の森探索期間は除くが。
俺は自分が今生きていることに変な感動を覚えながらも歩みを進めた。
にしても暗い。
電灯があるとははなから思ってはいなかったが、それの代替品なるものがあるとは思っていた。例えば魔法などを利用した何かが。
「これもそうなんだろうけど」
俺は左手を見て呟く。
いくら科学に魅入られ研究を重ねたといえど、地球ほどの科学力は無いはず。それは魔法の使える世の中では、科学という代物が発展するとは思えないからだ。加えてあの男は異世界人に話を聞いたといっていたことから、まだこの世界は、地球ほど科学は発展していないと推測されるのだ。
つまりこの左手の義手は純粋な科学力で作ったものではなく、魔法やスキルなどを駆使して造られた物である可能性が高い。まあどちらにせよ使えている俺にとっては構わないんだけど。
しばらく歩くと、ようやく明かりらしきものが見えてきた。
なるほど、ただ階段ごときに明かりをつけてやる必要はないという考えだったらしい。現に地下であるはずの、この空間には光が溢れていた。
「誰もいないか」
光に目を細めながらそう呟く。
こんな大きな施設に、カノスガと他数人だけが働いているなんて到底思えないが、少なくともこの部屋には誰もいないようだ。
とはいえ念には念をいれ、俺は物陰に隠れながら先へと進んでいった。
「はぁ」
結果として危惧したことは起こりえなかった。
本当にこの施設には誰もいなかったのである。
つまらない、まずそれが初めに思った気持ちだ。
だからといって交戦になると数で劣るこちらが不利なのは重々理解しているため、誰もいないというのはむしろ好都合でもある。だがそれでも何かしらのイベントが欲しかったというのが複雑な俺の感想だった。
自分でも不思議だ。平穏を望んでいたはずの俺が騒ぎを求めるなんて、以前と比べると考えられない。それもこれもあの時の何かが原因なのだろうか。今の俺には分からない。
施設の中を歩き続ける。
ただただ歩く、自分の足音だけがやけに響き、まるで他にも人がいるのではという錯覚に陥るほどにこの施設はもぬけの殻だった。
「おかしい」
流石にあの人数だけでこれほど大きな施設を運営できるとは思えない。まさか人工知能やロボットがあってそれに任せているというのなら話は別だが、その可能性はかなり低いはず。もしそうだとするなら無人だとしても警備ロボット辺りがいてもおかしくないからだ。
全てをふまえると、もうこの施設は使われていないということになる。
「参ったな」
つまらない以上に、ここが目的の場所ではないのかもしれないと知ると、一気にモチベーションが低下し始める。まあ明かりがまだ生きてるって事は、最近まで管理されて経ってことだろうけど。
その現実に嫌気がさし、頭を掻きながら歩いているその時だった。
「けほっけほっ」
と奥の部屋から子どもが咳き込むような音が聞こえて来たのだ。
確かに聞こえた。
だがその声が聞こえて来た部屋は、こことは違い真っ暗。ハッキリ言って怪しさが倍増していて不気味な雰囲気を醸し出しており、正気なら入らない。
しかし今の俺は違う。何かがあるなら喜んで行く、そんな気持ちを持ってしまっているのだ。
「誰かいるのか?」
俺は躊躇せずにその真っ暗な部屋の中へ入り、声を発する。
しばしの沈黙。
それが長い間続いた。
「おい、誰かいないのか?」
我慢できずにもう一度声をかける。
だが無音。
気のせいだったのか?
「はぁ、何もないか」
俺は結局何も獲るものがなかったため、肩を落としてその部屋から出ようとした。
しかしまたしても、
「けほっけほっ」
誰かの咳き込む音が聞こえた。
「やっぱり誰かいるのか?」
声をかけてもやはり何も反応が無い。
だが今のは間違いなく聞こえた。絶対ここに誰かがいる。
そう確信付けた俺は暗闇の中に脚を踏み入れ、手探りで歩を進める。さっきまでが明るかったためか、殆ど目は効かなかった。
そのため、
ゴンッ
「いたっ!」
「っ!」
何かに膝を打ち付けた。
そしてぶつけた膝を擦ろうと体勢を低くすると、
ガンッ
「うぐっ」
「っ!」
顎を何かにぶつけ、その拍子に尻餅をつく。
暗闇の中、膝と顎を擦りながら、確かに聞こえた誰かが息を呑んだ音を頼りに手を伸ばす。
カンッ
「ひっ!」
今度は左手の指が何かに触れて、甲高い音を上げた。
今回のは特に痛くも無いので声はあげない。だが代わりに声をあげた人がそこにいた。
「やっぱりいたか」
座り込みながら呆れたように俺は何者かに話しかける。どういうつもりか知らないが、お陰でこっちは三度体をぶつけるはめになった。と勝手に人のせいにしながら。
「ぁ……」
「ん? 女か?」
小さくて聞き取りにくい声だったが、確かに高い声は女性の声だ。加えて言うなら幼い少女のような高い声だったような気がする。
あまり刺激しないような意味合いを込めて、再び声が聞こえるのを待つが、向こうからの声は一向に聞こえてこなかった。
その間が煩わしく感じて、思わず口を開いた。
「おい、返事をくれないか?」
「っひ、ごめんなさぃ」
「あー、いや」
ダメだ。俺には扱えるだけのコミュニケーション能力が無い。
しかも何故か怯えられてる。ただでさえ社交性が無いってのに、これじゃあ話も出来やしない。
とりあえず策が見つからないため、俺は立ち上がった。明かりを点けようと思ったからだ。ひとますこの暗闇だけはどうにかしたいという思いからだった。
ゴンッガンッドンッ。
と色々なものにぶつかりようやく辿り着いた壁際。俺が何かにぶつかって音を上げるたびに小さな悲鳴が彼女から上がるのが少し面白かったのは内緒にしておく。
「……あった」
壁際をペタペタと触りながら進んでいくと、ようやくそれらしきものに手が触れた。スイッチさえも日本よりになっているのには、あのカノスガという男の執念には本当に感心を抱かずにはいられない。
とまあそんな気持ちは置いといて、早速スイッチを点けた。
「っ、まぶしっ」
暗闇から一転して明るい空間に様変わりする部屋。
目を細めながら俺はさっきの声が聞こえた場所へ進んだ。
「檻?」
見えてきたのは俺がここに来たときに入っていたような檻だ。そしてその中に声の主がいた。
雪のように真っ白な髪と肌、そして宝石のような赤い瞳を持った少女が、檻の中に入っていたのだ。
「……君は」
その美しさに俺は言葉を忘れそうになるも、何とかして口を開く。人にこんな感情を抱いたのは初めてだった。好きという気持ちとはまた別の感情。とても言葉で表現できるものではない。
俺は返答を待った。
だが彼女は怯えたようにこちらを見るだけで何も答えない。ただ真っ赤な瞳だけが俺の顔を、不思議そうにを見ていた。
しかしこうも警戒されるとは、もしかしてここの職員……カノスガに何かされたのだろうか。それともただ単に他人が怖いとか、男が怖いとか、そういうことなのだろうか。
ならば、
「安心してくれ、俺はここの職員じゃない」
まず言ったことはそれだった。誤解を受けるのは不味い。
だが少女は警戒の意図を緩めない。
なら……
「俺は人間じゃない」
と意味不明な言葉を言ってみる。
だが変わらない。
「俺は男じゃない」
ますます警戒される。
「君を助けに来た」
なんてくさいセリフを告げても変化なし。
そんな変な芝居を数分に渡って繰り返し、もうそろそろ心が折れそうな時に、ようやく少女に変化があった。
「……コウスケ」
「え?」
突然俺の名前を告げたのだ。
「どうして俺の名前を?」
その問いに、少女はポカンとした表情に変わり、首をコテンと傾けた。
俺をおちょくっているのか?
「あ、あのさ、どうして君はここに?」
その問いにも首を傾けるだけで会話が終わる。
無理だった。
俺に会話なんて高度な技術、無理だったのだ。
ガクッと肩を落とし、うな垂れる。
そこへ少女から声がかかる。
「さっき言ったこと……」
「さっき?」
「たすける?」
まさかの問いに困惑するが、ここで見捨てるほど俺は鬼じゃない。
「もちろん」
「……うん」
何が分かったのか分からないが、ひとまず警戒は解いてくれたように見え、ホッと息を吐いた。
するとそこへ先ほど無理をしたつけである頭痛が突如として襲ってきた。
「っ痛」
心配そうにこちらをみる少女に、なんでもないと手を振り、後ろを向いて頭を振った。思いのほかスキルというものは扱いが難しいようだ。
そこで何かが引っかかる。
スキル……鑑定、そうか。
鑑定か。
名前 ミリル・ホシロワト
スキル 鑑定 魅了 治療
俺は鑑定を少女にかけ、納得する。
なるほどだから俺の名前が分かったのか。それにしても魅了って……
俺はもしかしてその魅了とやらにかかっていたのでは……
そんな嫌な予想に頭を振って考えを切り替え、現状について考える。
彼女の様子からするに、この施設のことは何も知らないだろう。つまり出口を教えてもらおうと思った策は出来ない。ということは、また一からのスタートということだ。
「はぁ」
「?」
「いや、なんでもない」
すっかり意思疎通が出来るようになったことを喜ばしく……いかんいかん、これも魅了のせい、だと思いたい。
と雑念交じりで、俺は檻を壊すべく近づいていった。
「鍵の場所は?」
そう問いかけるも首を振って分からないというアピール。
「だよなぁ」
なら強引に開けるしかなくなる。
だが最後にあれを試してみよう。
俺が懐から取り出したのは、この施設に入るために使ったカノスガから奪った鍵だ。もしかするとマスターキーで全部に使えるかもしれないという希望を抱いて俺は檻の鍵穴を探し、そこに入れてみる。
「入った」
まさか本当に鍵が使えるとは。
そんな驚きと喜びを抱きながら、鍵を捻ると本当に檻は開いた。
驚く俺と少女。
いまさらになって少女の方は俺の方を警戒し始めたようだ。
それもそうだ、鍵を持っていたんだから。
「いや俺はここの職員じゃないから」
手を挙げて何もしないというアピールをする。
少女は少し戸惑いながらも、ゆっくりと檻から出てきた。
これから一人で復讐の旅に出るつもりだったが、ここでまさかのパーティーメンバーが一人加わった。
俺は長々と続く階段を下りながら文句交じりにそんな事を考えていた。誰もが思い浮かばないからこそ、身近にあっても気づかないという灯台下暗しを狙ったものなのだろうか。
答えは分からないが、まんまと俺がそれに引っかかった事実だけがそこに残ったのだった。
それにしてもあの地上の森は、施設の場所が分からず事実上絶対逃げ出せない。魔物が蔓延っているそこは地獄の庭園そのものだ。
本当に俺という人間が生き残れたのも奇跡に近いといえる、まあ後半の森探索期間は除くが。
俺は自分が今生きていることに変な感動を覚えながらも歩みを進めた。
にしても暗い。
電灯があるとははなから思ってはいなかったが、それの代替品なるものがあるとは思っていた。例えば魔法などを利用した何かが。
「これもそうなんだろうけど」
俺は左手を見て呟く。
いくら科学に魅入られ研究を重ねたといえど、地球ほどの科学力は無いはず。それは魔法の使える世の中では、科学という代物が発展するとは思えないからだ。加えてあの男は異世界人に話を聞いたといっていたことから、まだこの世界は、地球ほど科学は発展していないと推測されるのだ。
つまりこの左手の義手は純粋な科学力で作ったものではなく、魔法やスキルなどを駆使して造られた物である可能性が高い。まあどちらにせよ使えている俺にとっては構わないんだけど。
しばらく歩くと、ようやく明かりらしきものが見えてきた。
なるほど、ただ階段ごときに明かりをつけてやる必要はないという考えだったらしい。現に地下であるはずの、この空間には光が溢れていた。
「誰もいないか」
光に目を細めながらそう呟く。
こんな大きな施設に、カノスガと他数人だけが働いているなんて到底思えないが、少なくともこの部屋には誰もいないようだ。
とはいえ念には念をいれ、俺は物陰に隠れながら先へと進んでいった。
「はぁ」
結果として危惧したことは起こりえなかった。
本当にこの施設には誰もいなかったのである。
つまらない、まずそれが初めに思った気持ちだ。
だからといって交戦になると数で劣るこちらが不利なのは重々理解しているため、誰もいないというのはむしろ好都合でもある。だがそれでも何かしらのイベントが欲しかったというのが複雑な俺の感想だった。
自分でも不思議だ。平穏を望んでいたはずの俺が騒ぎを求めるなんて、以前と比べると考えられない。それもこれもあの時の何かが原因なのだろうか。今の俺には分からない。
施設の中を歩き続ける。
ただただ歩く、自分の足音だけがやけに響き、まるで他にも人がいるのではという錯覚に陥るほどにこの施設はもぬけの殻だった。
「おかしい」
流石にあの人数だけでこれほど大きな施設を運営できるとは思えない。まさか人工知能やロボットがあってそれに任せているというのなら話は別だが、その可能性はかなり低いはず。もしそうだとするなら無人だとしても警備ロボット辺りがいてもおかしくないからだ。
全てをふまえると、もうこの施設は使われていないということになる。
「参ったな」
つまらない以上に、ここが目的の場所ではないのかもしれないと知ると、一気にモチベーションが低下し始める。まあ明かりがまだ生きてるって事は、最近まで管理されて経ってことだろうけど。
その現実に嫌気がさし、頭を掻きながら歩いているその時だった。
「けほっけほっ」
と奥の部屋から子どもが咳き込むような音が聞こえて来たのだ。
確かに聞こえた。
だがその声が聞こえて来た部屋は、こことは違い真っ暗。ハッキリ言って怪しさが倍増していて不気味な雰囲気を醸し出しており、正気なら入らない。
しかし今の俺は違う。何かがあるなら喜んで行く、そんな気持ちを持ってしまっているのだ。
「誰かいるのか?」
俺は躊躇せずにその真っ暗な部屋の中へ入り、声を発する。
しばしの沈黙。
それが長い間続いた。
「おい、誰かいないのか?」
我慢できずにもう一度声をかける。
だが無音。
気のせいだったのか?
「はぁ、何もないか」
俺は結局何も獲るものがなかったため、肩を落としてその部屋から出ようとした。
しかしまたしても、
「けほっけほっ」
誰かの咳き込む音が聞こえた。
「やっぱり誰かいるのか?」
声をかけてもやはり何も反応が無い。
だが今のは間違いなく聞こえた。絶対ここに誰かがいる。
そう確信付けた俺は暗闇の中に脚を踏み入れ、手探りで歩を進める。さっきまでが明るかったためか、殆ど目は効かなかった。
そのため、
ゴンッ
「いたっ!」
「っ!」
何かに膝を打ち付けた。
そしてぶつけた膝を擦ろうと体勢を低くすると、
ガンッ
「うぐっ」
「っ!」
顎を何かにぶつけ、その拍子に尻餅をつく。
暗闇の中、膝と顎を擦りながら、確かに聞こえた誰かが息を呑んだ音を頼りに手を伸ばす。
カンッ
「ひっ!」
今度は左手の指が何かに触れて、甲高い音を上げた。
今回のは特に痛くも無いので声はあげない。だが代わりに声をあげた人がそこにいた。
「やっぱりいたか」
座り込みながら呆れたように俺は何者かに話しかける。どういうつもりか知らないが、お陰でこっちは三度体をぶつけるはめになった。と勝手に人のせいにしながら。
「ぁ……」
「ん? 女か?」
小さくて聞き取りにくい声だったが、確かに高い声は女性の声だ。加えて言うなら幼い少女のような高い声だったような気がする。
あまり刺激しないような意味合いを込めて、再び声が聞こえるのを待つが、向こうからの声は一向に聞こえてこなかった。
その間が煩わしく感じて、思わず口を開いた。
「おい、返事をくれないか?」
「っひ、ごめんなさぃ」
「あー、いや」
ダメだ。俺には扱えるだけのコミュニケーション能力が無い。
しかも何故か怯えられてる。ただでさえ社交性が無いってのに、これじゃあ話も出来やしない。
とりあえず策が見つからないため、俺は立ち上がった。明かりを点けようと思ったからだ。ひとますこの暗闇だけはどうにかしたいという思いからだった。
ゴンッガンッドンッ。
と色々なものにぶつかりようやく辿り着いた壁際。俺が何かにぶつかって音を上げるたびに小さな悲鳴が彼女から上がるのが少し面白かったのは内緒にしておく。
「……あった」
壁際をペタペタと触りながら進んでいくと、ようやくそれらしきものに手が触れた。スイッチさえも日本よりになっているのには、あのカノスガという男の執念には本当に感心を抱かずにはいられない。
とまあそんな気持ちは置いといて、早速スイッチを点けた。
「っ、まぶしっ」
暗闇から一転して明るい空間に様変わりする部屋。
目を細めながら俺はさっきの声が聞こえた場所へ進んだ。
「檻?」
見えてきたのは俺がここに来たときに入っていたような檻だ。そしてその中に声の主がいた。
雪のように真っ白な髪と肌、そして宝石のような赤い瞳を持った少女が、檻の中に入っていたのだ。
「……君は」
その美しさに俺は言葉を忘れそうになるも、何とかして口を開く。人にこんな感情を抱いたのは初めてだった。好きという気持ちとはまた別の感情。とても言葉で表現できるものではない。
俺は返答を待った。
だが彼女は怯えたようにこちらを見るだけで何も答えない。ただ真っ赤な瞳だけが俺の顔を、不思議そうにを見ていた。
しかしこうも警戒されるとは、もしかしてここの職員……カノスガに何かされたのだろうか。それともただ単に他人が怖いとか、男が怖いとか、そういうことなのだろうか。
ならば、
「安心してくれ、俺はここの職員じゃない」
まず言ったことはそれだった。誤解を受けるのは不味い。
だが少女は警戒の意図を緩めない。
なら……
「俺は人間じゃない」
と意味不明な言葉を言ってみる。
だが変わらない。
「俺は男じゃない」
ますます警戒される。
「君を助けに来た」
なんてくさいセリフを告げても変化なし。
そんな変な芝居を数分に渡って繰り返し、もうそろそろ心が折れそうな時に、ようやく少女に変化があった。
「……コウスケ」
「え?」
突然俺の名前を告げたのだ。
「どうして俺の名前を?」
その問いに、少女はポカンとした表情に変わり、首をコテンと傾けた。
俺をおちょくっているのか?
「あ、あのさ、どうして君はここに?」
その問いにも首を傾けるだけで会話が終わる。
無理だった。
俺に会話なんて高度な技術、無理だったのだ。
ガクッと肩を落とし、うな垂れる。
そこへ少女から声がかかる。
「さっき言ったこと……」
「さっき?」
「たすける?」
まさかの問いに困惑するが、ここで見捨てるほど俺は鬼じゃない。
「もちろん」
「……うん」
何が分かったのか分からないが、ひとまず警戒は解いてくれたように見え、ホッと息を吐いた。
するとそこへ先ほど無理をしたつけである頭痛が突如として襲ってきた。
「っ痛」
心配そうにこちらをみる少女に、なんでもないと手を振り、後ろを向いて頭を振った。思いのほかスキルというものは扱いが難しいようだ。
そこで何かが引っかかる。
スキル……鑑定、そうか。
鑑定か。
名前 ミリル・ホシロワト
スキル 鑑定 魅了 治療
俺は鑑定を少女にかけ、納得する。
なるほどだから俺の名前が分かったのか。それにしても魅了って……
俺はもしかしてその魅了とやらにかかっていたのでは……
そんな嫌な予想に頭を振って考えを切り替え、現状について考える。
彼女の様子からするに、この施設のことは何も知らないだろう。つまり出口を教えてもらおうと思った策は出来ない。ということは、また一からのスタートということだ。
「はぁ」
「?」
「いや、なんでもない」
すっかり意思疎通が出来るようになったことを喜ばしく……いかんいかん、これも魅了のせい、だと思いたい。
と雑念交じりで、俺は檻を壊すべく近づいていった。
「鍵の場所は?」
そう問いかけるも首を振って分からないというアピール。
「だよなぁ」
なら強引に開けるしかなくなる。
だが最後にあれを試してみよう。
俺が懐から取り出したのは、この施設に入るために使ったカノスガから奪った鍵だ。もしかするとマスターキーで全部に使えるかもしれないという希望を抱いて俺は檻の鍵穴を探し、そこに入れてみる。
「入った」
まさか本当に鍵が使えるとは。
そんな驚きと喜びを抱きながら、鍵を捻ると本当に檻は開いた。
驚く俺と少女。
いまさらになって少女の方は俺の方を警戒し始めたようだ。
それもそうだ、鍵を持っていたんだから。
「いや俺はここの職員じゃないから」
手を挙げて何もしないというアピールをする。
少女は少し戸惑いながらも、ゆっくりと檻から出てきた。
これから一人で復讐の旅に出るつもりだったが、ここでまさかのパーティーメンバーが一人加わった。
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