ドラグーンイストリアー白銀に照らされし灰の心ー

じんむ

その夜に

 熱く揺らめく紅蓮の中に倒れ伏す、はがれかけの白銀の鱗に覆われた巨躯の眼が静かにこちらを見上げる。

「何故、お前はそんな表情を……」

 口をついたのはそんな言葉だった。
 それと同時に、全身に鉛の鎖が這いずり回るような妙な感覚が襲い掛かる。
 気が付けば心臓が耳に聞こえるほど波打っていた。

「何故だ、何故お前は……ッ!」
 後ずさると、竜が穏やかな息吹と共に声を発する。

「すまなかった……。町を崩したばかりか、己が私欲の願望のため、過酷な運命まで強いた……」
「黙れ! 何を、何を今更ッ!」

 竜の声に胃の中で液体が渦巻きだす。

「やはり、そうか……。汝には、酷過ぎたか」
「黙れッ!」

 煩わしい、邪魔だ、消えろ。
 混沌と渦巻く何かが棘となり身体中を突き刺す。
 俺はそれらを全て振り払うかのように何度も剣を叩き込み続けた。何度も、何度も――――

「ッ!」

 全身の不快な汗と共に身体を起こすと、月の明かりが差し込む居間が広がっていた。真冬にこれとは最悪だ。

「あるふー?」

 ふと、どこからか穏やかで静かな声が聞こえたので見てみると、眠たそうに目をこする竜の姿があった。

「ラミア……」
「どしたの? なんだかしんどそうだよ」
「しんどい……まぁ、そうかもしれない」

 この寒い日に濡れれば当然しんどいだろう。

「大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
「ほんとかなー?」

 何か納得いかないのか、ラミアはこちらに近づくとすっとこちらに手を伸ばして――

「ッ!」

 ほぼ同時、反射的にその手から逃れるように身体がソファーから飛び退いていた。

「ア、アルフ……?」

 軽く声をつまらせ、うろたえた様子のラミアは傍目からみても困惑しているらしかった。

「わ、悪い。ちょっと怖い夢を見た後でつい、な」
「う、うん……」
「そんな事よりどうしたんだラミア? 夜遅いだろ? トイレとかか?」

 なんとなく気まずかったので明るめに聞いてみるが、ラミアは俯き加減で静かに答える。

「アルフの苦しそうな声が、聞こえたから……」

 苦しそうな声……扉一枚隔てた隣室にまで聞こえるとは、そんなにも俺はうなされていたのか。あるいは何か声を発してしまっていたのだろうか。
 
 先ほどの夢の内容が頭の中で断片的に再生されると、少しの間黙りこくってしまった事に気付き、すぐさま言葉をひねり出す。

「あ、ああー……それは悪いな、起こしちゃったみたいで。でもありがとう、ラミアが来てくれたおかげで怖いのも吹っ飛んだよ」
「ほんと?」
「ああ」
「ほんとにほんと?」
「本当だ。ありがとうラミア」

 感謝の意を伝えると、ラミアは頬を朱に染め、表情を綻ばせる。

「ふふっ」

 小さく笑うラミアには一片の濁りも見当たらない純真そのもの。この子も竜という事を除けば人間の子と何一つ変わらないのだろう。

「ともかく、起こして悪かったな。子供が夜更かしするのはよくない、もう寝て大丈夫だぞ」

 言うと、何か気に食わなかったのか、ラミアは少し頬を膨らます。

「どうしたラミア?」
「ラミアもう子供じゃないもん」
「あんなに楽しそうに雪玉作って遊んでたのにか?」
「うっ」

 返す言葉が思いつかなかったのだろう、ラミアはあからさまに顔を逸らす。
 竜は人より長い時間を経て成長するというが、これだけで言い淀むうちはまだまだ子供だな。

「ほら寝ろよ。付いて行ってやるから」
「むう……」


 小さな背中を押してやると、不服そうに呻りながらも、ラミアは寝床へと向かった。
 ラミアが布団に入ったのを確認すると、俺は滲んだ汗ですっかり冷たくなった服を着替えるために居間へと戻る。

 服を着替えていると、ふと先ほどの事が頭をよぎった。

「俺は、恐れたのか?」

 誰に言うでもなく呟くが、なんとなく馬鹿らしくなったのでさっさと寝ることにした。今は、何も考えずに暮らしていきたい。

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