オモテ男子とウラ彼女
第五十四話 『失意』
流石に夜十二時ともなれば、外を出歩く人は少ない。ヒカルはヒカリを連れ、マンションへと戻って来た。外はひんやりとし、暖房の効いた部屋が恋しくなる。ヒカルは彼女の手を握り、急かすように自分の部屋へと急いだ。
ドアを開けると、すぐに電気をつける。眩しい電球の光が目に刺さり、思わず目を細めた。彼女の方を見ると、とても寒そうにしている。
「……大丈夫か?」
ヒカルが声をかけると、ヒカリは小さく頷いた。彼女を外へ行こうと誘ったのはヒカルだ。そのため、少なからず責任を感じていた。しかし彼女は、そんな素振りは一切見せずに、靴を脱いで中へ上がっていった。
ヒカルは少し心配になったが、大丈夫だろうと自分もリビングへ向かった。そして少しでも体温を上げようと、ヒカリにシャワーを浴びるよう言った。ヒカリも、それを聞いて風呂場へ入った。
その間に、ヒカルも部屋の暖房をつけると上着をハンガーにかけた。そして、ゆっくりしようとソファーに腰かける。その時、何気に携帯を見ると通知が来ていた。良からだ。
『今日はお疲れ! どうだった? 今度、感想聞かせてくれよ』
相変わらず、その文面を見ただけで気が抜けるのを感じた。良のメールには、今まで張っていた気持ちを穏やかにさせる魔力でもあるのだろうか。ヒカルは適当に返信すると、画面を閉じた。
それから、しばらくウトウトしていると、やがてヒカリがシャワーから戻って来た。
「ヒカ君、お風呂空いたよ」
「俺、今日はいいよ」
ヒカルはその日、色々あったせいでとにかく寝たかった。しかし、ヒカリは言うのだ。
「ダメだよ、ちゃんと温まらないと」
ヒカリは強制的にヒカルを立たせると、無理やり風呂場に行かせた。ヒカリの言う通りだ、入らなければ風邪を引いてしまうかもしれないと、ヒカルは仕方なく入ることにした。
そして戻ってくると、すでにリビングの電気は消えていた。中に入ると案の定、すでにヒカリは眠っていた。ヒカルは彼女の隣に座り、彼女の寝顔を覗き込む。彼女の表情は、とても幸せそうだった。眠っている間は、誰しも現実のことを忘れられるものだ。ヒカリも、そのうちの一人だったのだろう。
それを見ているとヒカルも微笑ましくなり、しばらくヒカリの寝顔を見つめていたが、次第に自分も眠かったことを思い出し、一緒に寝ることにした。
布団の中に入ると、天井を見つめながらまた今日のことを思い出した。「誰かと恋をしたかった」、確かにヒカリはそう言った。ヒカルも元々、同じ願望を抱いていた。しかし結局は、今日に至るまで何も変わっていない。どうやったら、誰かとつき合えるのだろう。
ヒカルは、どこで間違ってしまったのか順に紐解いていった。まず、高校時代に好きな女子ができたが、告白する前に友人に抜け駆けされてしまった。それにより、その後しばらくは恋愛に対して消極的だったが、大学に入学すると同時に二十歳になるまでに彼女を作ろうと誓った。しかし、そこで出会った良によって変なサークルに勧誘されてしまった。そこは、恋愛することをすでに諦めた者たちの集まりだった。だが抜けるに抜けられず、一年間グダグダ過ごしてしまった。
そして一人焦っている時に、あの男に出会ったのだ。黒岩は、ヒカルが恋愛出来ないのは、女心を理解していないからだと言っていた。当時はそれを認めたくなかったが、実際その通りだった。ヒカルには、異性が何をされたら喜ぶのか、何を求めているのかよくわからなかった。そして黒岩から渡された薬を飲み、並行世界、つまりヒカルが女子として生まれたもう一つの世界線へ行き、異性としての生活を送った。そこでバイト、デート、色々やった。しかし、いまいちピンと来なかった。あの時間は、何だったのだろうか。
そんなことを考えていると、次第に目が冴えてきて、眠気がどこかへ行ってしまった。ヒカルは起き上がり、カレンダーを確認する。
今日は十一月十五日……。ちょうど二十四時間後には、ヒカルは二十歳になっている。結局、「二十歳までに彼女を作る」という目標は達成することが出来なかった。そう思うとヒカルは突然、全身から悔しさが滲み出てきた。そして、自分に対する強い怒りに襲われる。
自分はこれまで、一体何をしてきたのだろうか。自業自得だと言ってしまえばそれまでだが、それでも何もしてこなかった自分に対して苛立ちの気持ちがあった。その思いも、きっとヒカリも一緒だろうと悟った。本当は優しい異性と出会って、恋をしてみたかったはずだ。ヒカルから、不意に涙が零れ落ちる。
ずっと逃げ続けていたのは自分だ、そんな気持ちがどこかにあったのだろう。しかし、それを認めたくない自分がいた。それをズルズルと引きずっていたせいで、とうとう取り返しのつかないところまで来てしまったのだ。あれから、何も変化していない。最初から、自分には無理だったのだと割り切ろうとしても、何か違うような気がした。結局、それは逃げに値する。もう、これ以上逃げたくはない。ヒカルは、強くそう思うのだった。
それならば、変わる努力をするしかない。異性と楽しく会話出来る術を身につけなければならない。黒岩の言っていた「女心を理解していない」というよりは、理解しようとしてこなかったのが原因だろう。これからは、今まで以上に自分の弱さと向き合うしかない。そして、克服しよう。今までに、何度そう決心してきたか知れないが、今度こそ達成してやろうと、ヒカルは心に誓った。
ヒカルは再び布団に戻ると、またヒカリの寝顔が目に入った。やはり良い顔をしている。だらしなく伸びたその腕は、無意識にヒカルの方に伸びている。ヒカルは彼女の腕を布団の中に入れ、更に肩が少し出ていたので、掛布団をかけ直してあげた。その後、ヒカルも布団に潜った。今度は、数分しないうちにまた眠気が襲ってきた。そして、次第に意識も薄れ、ヒカルも束の間の幸せを手に入れた。
気がつき、ふと横を目にするとヒカリの姿はどこにもなかった。先に、バイトへ行ってしまったのだ。ヒカルは起き上がり、時計を見ると昼過ぎを指していた。だいぶ寝過ぎてしまったようだ。昨夜、目覚ましをかけるのを忘れてしまっていた。
スケジュール表を確認すると、今日はヒカルも夕方からバイトが入っている。前日の疲れがまだとれていないのか、あまり気が進まなかったが、オーナーや同僚に迷惑をかけるわけにもいかない。ヒカルはしぶしぶ起き上がると、布団を畳み、顔を洗い、出る準備をした。軽く昼食をとると、服を着てマンションを出た。
レストランではその日、洋食の作り方を教わった。ヒカルは一人暮らしを始めてから、卵焼き程度は作れるようになったが、本格的なものは何一つ作れない。オーナーが直々に作る様子を見せてくれるので、ヒカルはメモを取りながら観察していた。それから自分でも少し作ってみたが、やはり上手く作れない。とても、客に出せるような代物ではない。オーナーが言うには、
「バイトとはいえ、もっと練習を積めばお客さんに出せるようにはなるだろう」
とのことだ。ここのオーナーは、ともに働く仲間としてバイトも正社員も関係なく見てくれている。ヒカルのような素人にも、優しく接してくれているのだ。ヒカルにとっても、とても有り難いことだった。
その日のバイトが終わって帰る際、オーナーから声をかけられた。
「やぁ、もう仕事には慣れたか?」
「あ、はい。お陰様で」
「それ良かった。一つマスターすれば、作れる料理の幅も広がる。彼女ができた時に、色々作れたら好感度も上がるからな」
オーナーはそう言うと、ハハハッと笑った。「彼女ができた時に」というワードが、ヒカルにとっては余計だった。オーナーも、きっとヒカルは単独だと思っているのだろう。人は、そうやってすぐに他人を見た目で判断する。たとえそれが正解だったとしても、今のヒカルにとっては一番言われたくない言葉だ。ヒカルは苦笑いで誤魔化すと、オーナーに挨拶を言って店を出た。バイトの最中は、余計なことはあまり考えないようにしていた。それなのにあんなことを言われ、また思い出してしまった。いや、これで良かったのかもしれない。昨夜、もう逃げないと誓ったのだから。
ヒカルは心を改め、マンションへ足を進めた。その時、着信が鳴った。ヒカルは鞄から携帯を取り出すと、相手の名前を確認した。ヒカリのバイト先からだ。何かあったのかと、すぐにヒカルはその電話に出た。
「もしもし?」
そうしたら、こんな言葉が返ってきたのだ。
『あ、お兄さんですか? ちょっと、来てくれます? ヒカリちゃんが、業務中に倒れちゃったんですよー』
それを聞いた瞬間、ヒカルは言葉が出てこなかった。そして電話を切り、すぐにヒカリのバイト先である喫茶店に向けて走り出した。その時、とても嫌な予感がしていた。
ドアを開けると、すぐに電気をつける。眩しい電球の光が目に刺さり、思わず目を細めた。彼女の方を見ると、とても寒そうにしている。
「……大丈夫か?」
ヒカルが声をかけると、ヒカリは小さく頷いた。彼女を外へ行こうと誘ったのはヒカルだ。そのため、少なからず責任を感じていた。しかし彼女は、そんな素振りは一切見せずに、靴を脱いで中へ上がっていった。
ヒカルは少し心配になったが、大丈夫だろうと自分もリビングへ向かった。そして少しでも体温を上げようと、ヒカリにシャワーを浴びるよう言った。ヒカリも、それを聞いて風呂場へ入った。
その間に、ヒカルも部屋の暖房をつけると上着をハンガーにかけた。そして、ゆっくりしようとソファーに腰かける。その時、何気に携帯を見ると通知が来ていた。良からだ。
『今日はお疲れ! どうだった? 今度、感想聞かせてくれよ』
相変わらず、その文面を見ただけで気が抜けるのを感じた。良のメールには、今まで張っていた気持ちを穏やかにさせる魔力でもあるのだろうか。ヒカルは適当に返信すると、画面を閉じた。
それから、しばらくウトウトしていると、やがてヒカリがシャワーから戻って来た。
「ヒカ君、お風呂空いたよ」
「俺、今日はいいよ」
ヒカルはその日、色々あったせいでとにかく寝たかった。しかし、ヒカリは言うのだ。
「ダメだよ、ちゃんと温まらないと」
ヒカリは強制的にヒカルを立たせると、無理やり風呂場に行かせた。ヒカリの言う通りだ、入らなければ風邪を引いてしまうかもしれないと、ヒカルは仕方なく入ることにした。
そして戻ってくると、すでにリビングの電気は消えていた。中に入ると案の定、すでにヒカリは眠っていた。ヒカルは彼女の隣に座り、彼女の寝顔を覗き込む。彼女の表情は、とても幸せそうだった。眠っている間は、誰しも現実のことを忘れられるものだ。ヒカリも、そのうちの一人だったのだろう。
それを見ているとヒカルも微笑ましくなり、しばらくヒカリの寝顔を見つめていたが、次第に自分も眠かったことを思い出し、一緒に寝ることにした。
布団の中に入ると、天井を見つめながらまた今日のことを思い出した。「誰かと恋をしたかった」、確かにヒカリはそう言った。ヒカルも元々、同じ願望を抱いていた。しかし結局は、今日に至るまで何も変わっていない。どうやったら、誰かとつき合えるのだろう。
ヒカルは、どこで間違ってしまったのか順に紐解いていった。まず、高校時代に好きな女子ができたが、告白する前に友人に抜け駆けされてしまった。それにより、その後しばらくは恋愛に対して消極的だったが、大学に入学すると同時に二十歳になるまでに彼女を作ろうと誓った。しかし、そこで出会った良によって変なサークルに勧誘されてしまった。そこは、恋愛することをすでに諦めた者たちの集まりだった。だが抜けるに抜けられず、一年間グダグダ過ごしてしまった。
そして一人焦っている時に、あの男に出会ったのだ。黒岩は、ヒカルが恋愛出来ないのは、女心を理解していないからだと言っていた。当時はそれを認めたくなかったが、実際その通りだった。ヒカルには、異性が何をされたら喜ぶのか、何を求めているのかよくわからなかった。そして黒岩から渡された薬を飲み、並行世界、つまりヒカルが女子として生まれたもう一つの世界線へ行き、異性としての生活を送った。そこでバイト、デート、色々やった。しかし、いまいちピンと来なかった。あの時間は、何だったのだろうか。
そんなことを考えていると、次第に目が冴えてきて、眠気がどこかへ行ってしまった。ヒカルは起き上がり、カレンダーを確認する。
今日は十一月十五日……。ちょうど二十四時間後には、ヒカルは二十歳になっている。結局、「二十歳までに彼女を作る」という目標は達成することが出来なかった。そう思うとヒカルは突然、全身から悔しさが滲み出てきた。そして、自分に対する強い怒りに襲われる。
自分はこれまで、一体何をしてきたのだろうか。自業自得だと言ってしまえばそれまでだが、それでも何もしてこなかった自分に対して苛立ちの気持ちがあった。その思いも、きっとヒカリも一緒だろうと悟った。本当は優しい異性と出会って、恋をしてみたかったはずだ。ヒカルから、不意に涙が零れ落ちる。
ずっと逃げ続けていたのは自分だ、そんな気持ちがどこかにあったのだろう。しかし、それを認めたくない自分がいた。それをズルズルと引きずっていたせいで、とうとう取り返しのつかないところまで来てしまったのだ。あれから、何も変化していない。最初から、自分には無理だったのだと割り切ろうとしても、何か違うような気がした。結局、それは逃げに値する。もう、これ以上逃げたくはない。ヒカルは、強くそう思うのだった。
それならば、変わる努力をするしかない。異性と楽しく会話出来る術を身につけなければならない。黒岩の言っていた「女心を理解していない」というよりは、理解しようとしてこなかったのが原因だろう。これからは、今まで以上に自分の弱さと向き合うしかない。そして、克服しよう。今までに、何度そう決心してきたか知れないが、今度こそ達成してやろうと、ヒカルは心に誓った。
ヒカルは再び布団に戻ると、またヒカリの寝顔が目に入った。やはり良い顔をしている。だらしなく伸びたその腕は、無意識にヒカルの方に伸びている。ヒカルは彼女の腕を布団の中に入れ、更に肩が少し出ていたので、掛布団をかけ直してあげた。その後、ヒカルも布団に潜った。今度は、数分しないうちにまた眠気が襲ってきた。そして、次第に意識も薄れ、ヒカルも束の間の幸せを手に入れた。
気がつき、ふと横を目にするとヒカリの姿はどこにもなかった。先に、バイトへ行ってしまったのだ。ヒカルは起き上がり、時計を見ると昼過ぎを指していた。だいぶ寝過ぎてしまったようだ。昨夜、目覚ましをかけるのを忘れてしまっていた。
スケジュール表を確認すると、今日はヒカルも夕方からバイトが入っている。前日の疲れがまだとれていないのか、あまり気が進まなかったが、オーナーや同僚に迷惑をかけるわけにもいかない。ヒカルはしぶしぶ起き上がると、布団を畳み、顔を洗い、出る準備をした。軽く昼食をとると、服を着てマンションを出た。
レストランではその日、洋食の作り方を教わった。ヒカルは一人暮らしを始めてから、卵焼き程度は作れるようになったが、本格的なものは何一つ作れない。オーナーが直々に作る様子を見せてくれるので、ヒカルはメモを取りながら観察していた。それから自分でも少し作ってみたが、やはり上手く作れない。とても、客に出せるような代物ではない。オーナーが言うには、
「バイトとはいえ、もっと練習を積めばお客さんに出せるようにはなるだろう」
とのことだ。ここのオーナーは、ともに働く仲間としてバイトも正社員も関係なく見てくれている。ヒカルのような素人にも、優しく接してくれているのだ。ヒカルにとっても、とても有り難いことだった。
その日のバイトが終わって帰る際、オーナーから声をかけられた。
「やぁ、もう仕事には慣れたか?」
「あ、はい。お陰様で」
「それ良かった。一つマスターすれば、作れる料理の幅も広がる。彼女ができた時に、色々作れたら好感度も上がるからな」
オーナーはそう言うと、ハハハッと笑った。「彼女ができた時に」というワードが、ヒカルにとっては余計だった。オーナーも、きっとヒカルは単独だと思っているのだろう。人は、そうやってすぐに他人を見た目で判断する。たとえそれが正解だったとしても、今のヒカルにとっては一番言われたくない言葉だ。ヒカルは苦笑いで誤魔化すと、オーナーに挨拶を言って店を出た。バイトの最中は、余計なことはあまり考えないようにしていた。それなのにあんなことを言われ、また思い出してしまった。いや、これで良かったのかもしれない。昨夜、もう逃げないと誓ったのだから。
ヒカルは心を改め、マンションへ足を進めた。その時、着信が鳴った。ヒカルは鞄から携帯を取り出すと、相手の名前を確認した。ヒカリのバイト先からだ。何かあったのかと、すぐにヒカルはその電話に出た。
「もしもし?」
そうしたら、こんな言葉が返ってきたのだ。
『あ、お兄さんですか? ちょっと、来てくれます? ヒカリちゃんが、業務中に倒れちゃったんですよー』
それを聞いた瞬間、ヒカルは言葉が出てこなかった。そして電話を切り、すぐにヒカリのバイト先である喫茶店に向けて走り出した。その時、とても嫌な予感がしていた。
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