オモテ男子とウラ彼女
第五十五話 『決断』
ヒカリが倒れたという知らせを受け、ヒカルは喫茶店の中に駆け込んだ。夜八時ともなれば、中は数人の客と店員が二、三人いるだけだった。ヒカリはどこかと、店内を見渡していると声をかけてきた者がいた。
「よう、ヒカル」
「……なんでお前がいるんだ?」
そこには、席に座った良がいたのだ。話を聞くと、良が来店中にヒカリが品物を運んでいる最中、突然倒れてしまったのだという。それで、ヒカルが来るまでここで待っていたらしい。
すると、そこへ電話をかけてきた店員がヒカリを連れてきた。熱があって、今日はもう帰るようにとのことだった。ヒカリを一人で帰らせるのは不安だったため、ヒカルを店まで呼んだのだという。きっと昨晩、ともに外に出て話したのが災いしたのだろう。ヒカルは少なからず、罪悪感を覚えた。ヒカルは店員に礼を言うと、ヒカリを連れて帰ることにした。
店の外に出ると、良がこの近くに小さな内科病院があるのだと教えてくれた。しかし、この時間だとすでに閉まっている可能性があるため、ヒカルは行こうか迷った。それでも、このようになってしまったのは自分のせいなのだから、念のために行ってみることにした。
良の案内で、ヒカルはヒカリを連れて内科へやってきた。上を見上げると、看板には「品川医院」とある。まだ電気がついているということは、やっている証拠だろう。ヒカルは、病院の扉を開けた。そして受付を済ますと、三人は椅子に腰かけた。
空いていたため、すぐに名前を呼ばれた。良はその場に残って、ヒカルはヒカリを連れていった。看護婦に案内され、診察室に入った。ドアが開くと、若い男性の医師が椅子に座っていた。
「急に、すみません。お願いします」
ヒカルは医師に頭を下げた。
「いえいえ、どうぞ座ってください」
医師が言うので、ヒカルはヒカリを前の椅子に座らせた。その時、ヒカリを見た医師は表情を変えた。どこかで会ったことがある、といった顔をしている。ヒカルも気になり、ヒカリの表情を覗き込むが、彼女の顔にこれといった変化はない。その時、ヒカルはその医師の名札を見た。
―――『品川零』、とある。
それを見て、ヒカルは衝動的に思い出した。確かあの時、黒岩が言っていた。これは、真理子の本名だ。それを見て、真理子も無事にこの世界に帰って来られたのだと悟った。男性の姿になってしまっているが、優しそうな瞳はまさに真理子そのものだった。
「あの……、真理子さんですよね?」
思わず、ヒカルはきいてしまった。相手もヒカルのことがわかったのか、優しく笑った。
「そっか……、無事に帰って来られたんだ……」
真理子は、ヒカリのことを不思議そうな目で見ている。何故この世界にいるのか、それがわからないのだろう。ヒカルは簡潔に、送還される時に手違いでもう一人の自分がこの世界に留まってしまったのだということを伝えた。それを聞いた真理子は初め驚いていたが、次第に理解したのか、頷いてくれた。
「そうだったんだ、大変だったね」
「いえ……」
「それで、今日はどうしたの?」
真理子はもう一度ヒカリを見て、思い出したように本題に入った。そこでヒカルもここに来た目的を思い出し、それも真理子に伝えた。
「この子が、バイト中に熱を出して……。ただの風邪だと思うんですけど、心配で……」
「わかった」
真理子は、ヒカリの診察を始める。一通り診察が終わると、真理子は言った。
「大丈夫、風邪だから」
そして、ヒカリにも優しく声をかける。
「お薬出しとくから、毎食後に飲んでね」
これで一安心だ。ヒカルはヒカリを見ると、彼女も安心したような穏やかな表情をしている。それにしても、真理子がこの世界では医者だったなんて未だに信じ難かった。
待合室に戻ると、良が待っていた。
「どうだった?」
立ち上がって不安そうにきく良に、ヒカルは答える。
「普通の風邪だって」
「良かったぁ」
良もホッとしたように、再び椅子に腰を下ろす。ヒカルは看護婦から薬を受け取ると、三人は帰ることにした。
良とは駅で別れ、ヒカリを連れてマンションに戻った。帰る途中、ヒカリは無言だった。ヒカルも気まずくなり、彼女に話しかける。
「今日のあの先生、俺たちと同じ被験者だったんだ。俺も、向こうの世界線で女のあの人と会ったことあってさ。というか、バイト先の上司だったんだよ。これ、言ってなかったっけ。俺、ヒカリが暮らしてた世界にいた頃、メイドカフェでバイトしてたんだ」
それでも、ヒカリは何も答えてくれない。ヒカルは次第に恥ずかしくなり、全身の血が一箇所に集まったように、顔が熱くなった。
(何話してんだ、俺……)
その時、ヒカリが不意をつくようにヒカルの手を握ってきた。突然のことで、ヒカルはどうして良いかわからなかった。それでも、ヒカルはその手を握り返した。やはり、彼女の手は温かい。二人はそのまま、マンションまで手を繋いで帰った。
中に入ると速攻で暖房をつけ、部屋を暖める。彼女は、寝る用意を始めた。まだ、熱は下がっていないのだろう。ヒカルもシャワーを浴び、一緒に寝ることにした。
横で眠る彼女の寝息を聞きながら、ヒカルはまた思い出していた。あと二時間ほどで、二人の誕生日が来る。生まれてから、ちょうど二十年。しかしそれまでの間、誰とも恋をしたことがないのだ。このままでは、一生出来ないような気がしてならない。諦めるしかないのか、それすらもわからない。ふと横を見ると、幸せそうな彼女の顔が見える。それを見ていると、何故だか心が軽くなるのだ。そして、ヒカルもまた目を閉じて眠った。
目が覚めると、いつもと変わらぬ部屋の風景が見える。が、そこにはヒカリの姿はない。まさかと思い、ヒカルは飛び起きた。彼女は、今日もバイトに行ったのだろうか。昨日のことがあったから、ヒカルは心配でならない。念のため、ヒカルはヒカリの番号に電話をかける。しかし、繋がらない。バイト先にかけようか、しかし迷惑でないだろうか。そんなことを考えているうち、自分も今日バイトを入れていたことに気づく。それも、すぐに出なければならないのだ。
ヒカルは何から手をつけて良いかわからないまま、立ち上がって出かける準備を始めた。ヒカリは、本当に大丈夫なのだろうか。そのことが、どうにも頭から離れない。しかし、時間は待ってなどくれない。
ヒカルは急いで支度をすると、部屋を飛び出した。そして、急ぎ足でバイト先まで出かけていった。その日も、オーナーから作り方などを教わったが、全く頭に入って来ない。オーナーが心配そうに、
「どうした、具合でも悪いか?」
ときいてきたが、ヒカルは笑って誤魔化した。オーナーに話したところで、何も解決しない。まず、どうやって説明したら良いかわからない。とりあえず今は忘れるしかないと、ヒカルは目の前だけのことに集中しようと努めた。
夜になり、上がる時間になった。ヒカルは、オーナーや同僚に挨拶すると店を出た。歩きながら、携帯の着信履歴をチェックするが、ヒカリからの着信は一切なかった。ヒカルはそれを見て溜息をつき、もう一度ヒカリの携帯にかけてみることにした。すると数コール鳴ったのち、か細い声が聴こえた。
「もしもし……?」
ヒカリだ。ヒカルは声を確認すると、彼女に言った。
「おい、今どこにいるんだ?」
「部屋の中……」
「なんだ、帰ってきてたのか」
彼女の言葉を聞いて、ヒカルは安心した。彼女にもしものことがあったらと、想像するだけで怖くなる。
「飯、もう食ったか? まだだったら、何か買ってきてやるぞ」
ヒカルは尋ねるが、ヒカリは何故だか怯えているようだった。それは、電話越しでも伝わってきた。するとまた、ヒカルは不安に駆られる。
「どうした?」
「私ね……」
「何だ?」
ヒカルは足を止め、彼女の声が聴き取れるように耳を澄ました。すると、ヒカリがこう言うのだ。
「私、怖いの。すごく」
「な、何が?」
「これから、どうなっちゃうんだろうって考えただけで、寒気がして……」
「……帰りたいのか? 元の世界に」
ヒカルが尋ねると、急に彼女は黙ってしまった。数秒ほど沈黙が流れた後、再び彼女が話し始める。
「その気持ちもあるよ。でも私、このまま誰とも恋愛出来ないんじゃないかって、そう思ったら、何のために生まれてきたのかもわからなくなって……。私、ダメだね。人に気持ちを伝える勇気もなくて、マイナスな方向にばかり考えが行っちゃって……」
その話は、ヒカルにも理解出来た。嫌になるくらい、ヒカリの気持ちがわかったのだ。それでも、彼女を慰めようとする姿勢に出た。
「君が悪いんじゃないよ。人は、変わろうと思ったらいつでも変われる。だから、もっと勇気出してみろよ。俺が言えたことじゃないけど、君ならきっと……」
「……違うよ」
しかし、ヒカリによってその言葉は遮られた。
「人は、努力なんかじゃ変われない。ヒカ君だって、知ってるよね。性格は生まれつき。簡単に、変わるものじゃないよ。そうでなきゃ、こんなことにはなってないよ」
「で、でも、俺だっていつかは……」
「違う、絶対違う! もう、全部終わってるんだよ」
「終わってる……?」
「好きな人がいても、その人の前では言葉も出てこない。勇気も取柄もない。そんな人に、ふり向いてくれる人なんていないよ。そんな人は……、一生恋愛なんて出来ないよ!」
その瞬間、ヒカルはとどめを刺されたような気持ちになった。これは、自分でもずっと感じてきたことだ。それこそ、嫌になるくらいに。気がつけば、いつの間にかヒカリとの通話が切れている。
ますます彼女のことが心配になり、ヒカルは下宿に向けて走り出した。寄り道している余裕などない。ヒカリは、何故あんなことを言ったのだろうか。その理由は、ヒカルにはわかっていた。だからこそ、彼女の側にいてやりたいと思った。彼女に一番近い存在、それがヒカルなのだから。
今からでも遅くない、彼女に想いを伝えよう。彼女を守りたい、ヒカルがそう決心した瞬間だった。
「よう、ヒカル」
「……なんでお前がいるんだ?」
そこには、席に座った良がいたのだ。話を聞くと、良が来店中にヒカリが品物を運んでいる最中、突然倒れてしまったのだという。それで、ヒカルが来るまでここで待っていたらしい。
すると、そこへ電話をかけてきた店員がヒカリを連れてきた。熱があって、今日はもう帰るようにとのことだった。ヒカリを一人で帰らせるのは不安だったため、ヒカルを店まで呼んだのだという。きっと昨晩、ともに外に出て話したのが災いしたのだろう。ヒカルは少なからず、罪悪感を覚えた。ヒカルは店員に礼を言うと、ヒカリを連れて帰ることにした。
店の外に出ると、良がこの近くに小さな内科病院があるのだと教えてくれた。しかし、この時間だとすでに閉まっている可能性があるため、ヒカルは行こうか迷った。それでも、このようになってしまったのは自分のせいなのだから、念のために行ってみることにした。
良の案内で、ヒカルはヒカリを連れて内科へやってきた。上を見上げると、看板には「品川医院」とある。まだ電気がついているということは、やっている証拠だろう。ヒカルは、病院の扉を開けた。そして受付を済ますと、三人は椅子に腰かけた。
空いていたため、すぐに名前を呼ばれた。良はその場に残って、ヒカルはヒカリを連れていった。看護婦に案内され、診察室に入った。ドアが開くと、若い男性の医師が椅子に座っていた。
「急に、すみません。お願いします」
ヒカルは医師に頭を下げた。
「いえいえ、どうぞ座ってください」
医師が言うので、ヒカルはヒカリを前の椅子に座らせた。その時、ヒカリを見た医師は表情を変えた。どこかで会ったことがある、といった顔をしている。ヒカルも気になり、ヒカリの表情を覗き込むが、彼女の顔にこれといった変化はない。その時、ヒカルはその医師の名札を見た。
―――『品川零』、とある。
それを見て、ヒカルは衝動的に思い出した。確かあの時、黒岩が言っていた。これは、真理子の本名だ。それを見て、真理子も無事にこの世界に帰って来られたのだと悟った。男性の姿になってしまっているが、優しそうな瞳はまさに真理子そのものだった。
「あの……、真理子さんですよね?」
思わず、ヒカルはきいてしまった。相手もヒカルのことがわかったのか、優しく笑った。
「そっか……、無事に帰って来られたんだ……」
真理子は、ヒカリのことを不思議そうな目で見ている。何故この世界にいるのか、それがわからないのだろう。ヒカルは簡潔に、送還される時に手違いでもう一人の自分がこの世界に留まってしまったのだということを伝えた。それを聞いた真理子は初め驚いていたが、次第に理解したのか、頷いてくれた。
「そうだったんだ、大変だったね」
「いえ……」
「それで、今日はどうしたの?」
真理子はもう一度ヒカリを見て、思い出したように本題に入った。そこでヒカルもここに来た目的を思い出し、それも真理子に伝えた。
「この子が、バイト中に熱を出して……。ただの風邪だと思うんですけど、心配で……」
「わかった」
真理子は、ヒカリの診察を始める。一通り診察が終わると、真理子は言った。
「大丈夫、風邪だから」
そして、ヒカリにも優しく声をかける。
「お薬出しとくから、毎食後に飲んでね」
これで一安心だ。ヒカルはヒカリを見ると、彼女も安心したような穏やかな表情をしている。それにしても、真理子がこの世界では医者だったなんて未だに信じ難かった。
待合室に戻ると、良が待っていた。
「どうだった?」
立ち上がって不安そうにきく良に、ヒカルは答える。
「普通の風邪だって」
「良かったぁ」
良もホッとしたように、再び椅子に腰を下ろす。ヒカルは看護婦から薬を受け取ると、三人は帰ることにした。
良とは駅で別れ、ヒカリを連れてマンションに戻った。帰る途中、ヒカリは無言だった。ヒカルも気まずくなり、彼女に話しかける。
「今日のあの先生、俺たちと同じ被験者だったんだ。俺も、向こうの世界線で女のあの人と会ったことあってさ。というか、バイト先の上司だったんだよ。これ、言ってなかったっけ。俺、ヒカリが暮らしてた世界にいた頃、メイドカフェでバイトしてたんだ」
それでも、ヒカリは何も答えてくれない。ヒカルは次第に恥ずかしくなり、全身の血が一箇所に集まったように、顔が熱くなった。
(何話してんだ、俺……)
その時、ヒカリが不意をつくようにヒカルの手を握ってきた。突然のことで、ヒカルはどうして良いかわからなかった。それでも、ヒカルはその手を握り返した。やはり、彼女の手は温かい。二人はそのまま、マンションまで手を繋いで帰った。
中に入ると速攻で暖房をつけ、部屋を暖める。彼女は、寝る用意を始めた。まだ、熱は下がっていないのだろう。ヒカルもシャワーを浴び、一緒に寝ることにした。
横で眠る彼女の寝息を聞きながら、ヒカルはまた思い出していた。あと二時間ほどで、二人の誕生日が来る。生まれてから、ちょうど二十年。しかしそれまでの間、誰とも恋をしたことがないのだ。このままでは、一生出来ないような気がしてならない。諦めるしかないのか、それすらもわからない。ふと横を見ると、幸せそうな彼女の顔が見える。それを見ていると、何故だか心が軽くなるのだ。そして、ヒカルもまた目を閉じて眠った。
目が覚めると、いつもと変わらぬ部屋の風景が見える。が、そこにはヒカリの姿はない。まさかと思い、ヒカルは飛び起きた。彼女は、今日もバイトに行ったのだろうか。昨日のことがあったから、ヒカルは心配でならない。念のため、ヒカルはヒカリの番号に電話をかける。しかし、繋がらない。バイト先にかけようか、しかし迷惑でないだろうか。そんなことを考えているうち、自分も今日バイトを入れていたことに気づく。それも、すぐに出なければならないのだ。
ヒカルは何から手をつけて良いかわからないまま、立ち上がって出かける準備を始めた。ヒカリは、本当に大丈夫なのだろうか。そのことが、どうにも頭から離れない。しかし、時間は待ってなどくれない。
ヒカルは急いで支度をすると、部屋を飛び出した。そして、急ぎ足でバイト先まで出かけていった。その日も、オーナーから作り方などを教わったが、全く頭に入って来ない。オーナーが心配そうに、
「どうした、具合でも悪いか?」
ときいてきたが、ヒカルは笑って誤魔化した。オーナーに話したところで、何も解決しない。まず、どうやって説明したら良いかわからない。とりあえず今は忘れるしかないと、ヒカルは目の前だけのことに集中しようと努めた。
夜になり、上がる時間になった。ヒカルは、オーナーや同僚に挨拶すると店を出た。歩きながら、携帯の着信履歴をチェックするが、ヒカリからの着信は一切なかった。ヒカルはそれを見て溜息をつき、もう一度ヒカリの携帯にかけてみることにした。すると数コール鳴ったのち、か細い声が聴こえた。
「もしもし……?」
ヒカリだ。ヒカルは声を確認すると、彼女に言った。
「おい、今どこにいるんだ?」
「部屋の中……」
「なんだ、帰ってきてたのか」
彼女の言葉を聞いて、ヒカルは安心した。彼女にもしものことがあったらと、想像するだけで怖くなる。
「飯、もう食ったか? まだだったら、何か買ってきてやるぞ」
ヒカルは尋ねるが、ヒカリは何故だか怯えているようだった。それは、電話越しでも伝わってきた。するとまた、ヒカルは不安に駆られる。
「どうした?」
「私ね……」
「何だ?」
ヒカルは足を止め、彼女の声が聴き取れるように耳を澄ました。すると、ヒカリがこう言うのだ。
「私、怖いの。すごく」
「な、何が?」
「これから、どうなっちゃうんだろうって考えただけで、寒気がして……」
「……帰りたいのか? 元の世界に」
ヒカルが尋ねると、急に彼女は黙ってしまった。数秒ほど沈黙が流れた後、再び彼女が話し始める。
「その気持ちもあるよ。でも私、このまま誰とも恋愛出来ないんじゃないかって、そう思ったら、何のために生まれてきたのかもわからなくなって……。私、ダメだね。人に気持ちを伝える勇気もなくて、マイナスな方向にばかり考えが行っちゃって……」
その話は、ヒカルにも理解出来た。嫌になるくらい、ヒカリの気持ちがわかったのだ。それでも、彼女を慰めようとする姿勢に出た。
「君が悪いんじゃないよ。人は、変わろうと思ったらいつでも変われる。だから、もっと勇気出してみろよ。俺が言えたことじゃないけど、君ならきっと……」
「……違うよ」
しかし、ヒカリによってその言葉は遮られた。
「人は、努力なんかじゃ変われない。ヒカ君だって、知ってるよね。性格は生まれつき。簡単に、変わるものじゃないよ。そうでなきゃ、こんなことにはなってないよ」
「で、でも、俺だっていつかは……」
「違う、絶対違う! もう、全部終わってるんだよ」
「終わってる……?」
「好きな人がいても、その人の前では言葉も出てこない。勇気も取柄もない。そんな人に、ふり向いてくれる人なんていないよ。そんな人は……、一生恋愛なんて出来ないよ!」
その瞬間、ヒカルはとどめを刺されたような気持ちになった。これは、自分でもずっと感じてきたことだ。それこそ、嫌になるくらいに。気がつけば、いつの間にかヒカリとの通話が切れている。
ますます彼女のことが心配になり、ヒカルは下宿に向けて走り出した。寄り道している余裕などない。ヒカリは、何故あんなことを言ったのだろうか。その理由は、ヒカルにはわかっていた。だからこそ、彼女の側にいてやりたいと思った。彼女に一番近い存在、それがヒカルなのだから。
今からでも遅くない、彼女に想いを伝えよう。彼女を守りたい、ヒカルがそう決心した瞬間だった。
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