オモテ男子とウラ彼女

葉之和駆刃

第四十二話 『失踪』

 ヒカルは、ゆっくりと瞼を開けた。朝の光が、目に舞い込んでくる。昨日、良と喧嘩した後、自然に眠ってしまったようだ。どこからか、小鳥のさえずりが聴こえてくる。窓を開けると、向こうの電線に、鳥が二羽とまって鳴いているのが見える。それは時に、カップルのようにも思えた。
 ヒカルは窓を閉め、カーテンも閉めた。そして、昨日の出来事を思い出す。良の気持ちも考えずに、自分の言いたいことだけを言ってしまった。今までの我慢が限度を超えて、爆発してしまったのだろう。それでも、少し言い過ぎてしまった。ヒカルは反省した。良が今日、授業に来ていたら謝ろう、ヒカルはそう決心した。許してもらえるかは別として、そうするしかないという気さえした。

 ヒカルは部屋を出る前に、昨日風呂にも入らず寝てしまったため、シャワーを浴び、服を着替えた。そして部屋に鍵をかけ、マンションを出た。何故だか、その日は駅までの道のりが非常に長く感じられた。

 大学に着き、ヒカルは授業がある教室に向かう。良が来ていたら、真っ先に昨夜の言動について謝らなければならない。ドアの前に行くと、急に息苦しくなった。何と言われるかと思うと、想像しただけで怖くなる。それでも、ここまで来たのだからと自分に言い聞かせ、ヒカルは教室のドアを開ける。中を見渡すと、良の姿は見当たらなかった。
 ヒカルは席に着き、良が来るのを待ったが、来ないうちに授業が始まった。とうとう、最後まで良は現れなかった。同じ授業をとっているはずなのに、この日は来なかったのだ。きっと、昨夜のあれが原因だとヒカルにはわかった。

 昼の授業も終わり、ヒカルは部室を覗いてから帰ることにした。もしかしたら、サークルには来ているかもしれないと思ったのだ。ヒカルは、もうサークルには顔を出せない。しかし、良に会うために行くことにした。

 教室のドアを開けると、中には後輩の隼だけがいた。隼はヒカルを見ると、

「あ、先輩。今日の授業は終わったんすか」

 と、尋ねてきた。隼は、良から何も聞いていないのだろうか。

「うん。良、来てる?」
「いや、まだ来てないっす。というか、今朝から全然連絡取れなくて困ってるんすよ。部長なのに」
「部長……? それ、どういうこと?」

 良はあの時、ヒカルにサークルの部長を無理やり押し付けてきた。それ故、てっきり良が副部長で、自分が部長なのだとヒカルは思い込んでいた。隼の話を聞くに、届を提出する際、部長が良で副部長がヒカルとなっていたそうだ。これは、良が直前に書き換えたのだろう。ヒカルに気を遣ったのかはわからないが、自ら部長を買って出たのは確かだ。
 しかし、隼によると良とは今朝から連絡が取れないのだという。昨日の夕方までは電話で話をしたが、朝になると電話もつながらないらしい。その話を聞いて、ヒカルは冷汗が止まらなかった。何か、途轍もなく嫌な予感がヒカルの全身を襲った。

 ヒカルは部室を出ると、良に電話をかけた。すると、

『この番号は、現在使われておりません』

 という音声が耳に流れてくる。隼の言った通りだ。良は今どこにいるのか、それすらもわからない。探そうにも、電話もメールもつながらないのでは、話にならない。

 一旦家に戻り、時間をおいてかけ直すことにした。しかし、いつになっても連絡がつかない。そろそろ、本格的にまずいと感じてきた。まさか、こんなことになるなど思いもしなかった。しかし、後悔したところで問題は解決しない。こうなれば、朝までかかってもいい。自分の力で、良を探し出してみせる。ヒカルは決意し、コートを身に纏うと部屋を出た。

 やはり外は、風が頬を突きさすように吹いている。陽はすでに落ちていた。

 まず、ヒカルは良の下宿に足を運んだ。良の下宿に来るのは、一回生の時に一度来て以来だ。部屋の前まで来ると、インターホンを鳴らした。

(お願いだ、出てきてくれ……!)

 本当に、何故こんなにも悪い予想ばかり当たるのだろう。一向に出てくる気配がない。外に出て見上げてみると、やはり部屋の電気はついていなかった。

 その後、ヒカルは良の行きそうな場所を徹底的に探した。大学にも戻って探してみたが、やはりどこにもいない。スマホなしで人を探すのは、やはり無理があったようだ。ヒカルは街を歩きながら、良のことを思い出していた。

 入学式の日、最初に話しかけてきたのは他でもない、良だった。学科も一緒ということで、何故かすぐに意気投合した。ヒカルも、その当時は非常に話しやすいと感じた。その後、今のサークルに誘われ、入部することにしたのだ。そこで良の本性を知り、失望することになるのだが。それでも、内面は基本的に良く、試験前などは勉強を教えてくれたりした。行事などでも、自分から率先して色々なことをやってくれた。

 問題は、カップルにちょっかいを出しては破局に追い込んでいたことだ。あれのせいで、ヒカルは良という人間を徐々に信じられなくなっていった。高校で言うと、雪也と全く同じことをしていたのだ。皆で遊びに行った時も、人目も憚らず、リア充に罵声を浴びせていた。その度、ヒカルは他人のフリをしていた。

 この世界に来てからも、良は同じことをしていた。自分がここへ来た理由も知らず、元の世界にいた時と同様な振る舞いをしていたのだ。何故、そこまで幸せそうな人間を恨むのだろうと何度思ったか知れない。まるで、自分の夢を踏み躙られているかのような感覚を、ヒカルは何度も味わった。良のその行いを見る度、ヒカルは憤りを感じ続けていた。それでも言えなかった。また、友達を失うのが怖かったのだ。折角友達になっても、少しのきっかけで離れていってしまうのだ。あの時のように。

 それにしても、風が冷たい。良は今頃、どこにいるのだろうか。部屋にいなかったということは、カフェにでもいるのだろうか。もしかすると、あれからずっと外にいるのかもしれない。今くらいの季節になれば、夜はかなり冷え込む。そうなると、凍死してしまう危険性すらある。
 ヒカルは更に足を進めて、良を探し続けた。そして、名前を呼んだ。いくら罵られてもいい。今は、出てきてくれるだけでいい。だから、ヒカルは良を呼び続けた。

 歩道橋まで来ると、風が更に肌寒く感じた。横を見ると、駅のホームが見える。ヒカルは、また大声で呼んだ。

「りょー!」

 下を歩いていた人からは、不思議そうな目を向けられる。やはり、この近くにはいないらしい。ヒカルがその場から離れようとした時、後ろから誰かの声がかかった。

「誰か、探しているのですか?」

 聞き覚えのある声だ。それも、何度も聞いたことがある声だった。ヒカルは、もしやと思って声のした方をふり返る。そこには黒く、長身長の男の影があった。薄暗いが、目を凝らしてよく見てみると、それはやはり黒岩だった。

「どうしたんですか」

 黒岩はヒカルに対し、笑みを浮かべながらきいてきた。それは、何か知っているような顔にも見えた。ヒカルは、黒岩を見つめながら話した。

「良が、今朝から行方不明なんだ。電話も、メールもつながらない。何か知ってるなら、教えてくれないか」

 すると、黒岩からこんな言葉が返ってきた。

「彼なら、もうこの世界にいませんよ」
「は?」

 ヒカルは一瞬、黒岩が何を言っているのかさっぱり理解出来なかった。

「どういうことだよ……」
「彼は、わたくしどもで処理いたしましたから」

 それを聞いて、ヒカルは息を呑んだ。黒岩が言った「処理」とは、どういう意味なのかわからないが、それでも良い意味ではないことだけは明確だった。ヒカルはしばらくの間、固まったまま黒岩を見つめていた。

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