オモテ男子とウラ彼女
第三十七話 『訪問者』
朝、目覚ましが鳴る。ヒカルは布団から右腕だけを出し、それを止めた。ここ数日、朝の気温が急激に冷え込んでいるせいか、起き上がるのが辛い。それでも、無理して起きなければバイトには行けない。しかも、今日は良からの呼び出しまである。
昨日、寝る前に携帯のメールフォルダを確認したら、良からのメールが一通だけあった。中身を見ると、「大事な話がある」という内容が書かれていた。
良の言う「大事な話」とは、また例によってくだらない話だろうと思ったが、行かなければまた文句を言われそうだ。ヒカルは、仕方なく起きることにした。
いつものように出る支度を済ませ、良との待ち合わせ場所からバイト先まで直行出来る格好で行くことにした。
「やぁ、遅かったなぁ」
店に着くと、良がヒカルを見つけ、手を振った。ヒカルはまた呆れたような溜息を吐くと、良のいるところに行った。
「それで、話って何だよ」
「いやいや、まぁ座れって」
良は、向かいを指しながら言った。仕方なく、ヒカルも言われた通りに向かい側の席に腰を下ろした。
「最近、調子はどうなの?」
「べつに、話せる程のことなんてねえよ」
ヒカルは面倒臭そうに、頬杖をつきながら答える。それより、早く本題を言ってほしいという気持ちの方が、やや強かった。時間的には、あまり余裕がない。ここで多く時間を費やしてしまうと、仕事に遅れてしまいそうだ。
「で、大事な話って何だ?」
ヒカルは嫌な予感がしたが、早く用事を済ませたかったので、一応きいてみた。
「あぁ、悪い。前にも言ったと思うけど、もうすぐ先輩たち引退するじゃん? だから、どっちかが部長やらないといけないんだよな」
そら来た、とヒカルは思った。今のヒカルにとって、一番聞きたくなかった話題だった。
「それって、勝手に決めて大丈夫か?」
「何が?」
良は、ヒカルの言っていることをまるで理解していないようだ。あれから結構な月日が経っているから、忘れているのも無理はないが、ヒカルと良は別の世界線から来ているのだ。永遠に交わらない二つの世界線。それぞれに存在している自分の魂が、入れ替わっているという状態だ。つまり、ここには本来なら「別の心を持った自分」がいたのだ。その自分に許可なく、勝手に決めるのはどうかとヒカルは考えたのだ。
「でもさ、許可とるったってどうやってするんだ?」
良の疑問も尤もだ。ヒカルは、部長になることは絶対に嫌だった。だから、言い逃れのためにそのような話を持ち出したのだ。第一、もう一つの世界線にいる自分に会いに行くのは不可能も甚だしい。同じ人間は、同じ世界に二人も存在出来ないのだから。それは、ヒカルや良も同じことだ。
ヒカルは、他に方法はないかと考えた。どうにか、部長任命を回避しなければならない。しかし、ヒカルの考えを何も知らない良がいた。
「あの、ちょっと言い難いんだけどさ、部長ヒカルやってくんない?」
言われた瞬間、ヒカルは心臓に衝撃のようなものを感じた。嫌な予感だけが、見事に的中したのだ。
「なんでだよ、設立者ってお前だろ? じゃあ、お前がやればいいじゃんか」
ゲーム語りサークル、通称、リア充駆逐隊は、良によって申請されたサークルだ。それなら、良が部長をするべきだ。ヒカルは、良に半ば無理やり勧誘されたに過ぎない。そう、良がやるべきなのだ。それを何故、自分にやらせようとするのか、ヒカルは不思議でならなかった。
「うちの大学、部長ごとの集まりってあるだろ? 俺、バイトとかやってるから行けるかどうか不安でさ……」
「俺もあるんですけど」
「でも、ヒカル毎日入ってたっけ? 俺、毎日やってるからさ」
そして、良は顔の前で手を合わせ、ヒカルに懇願する。
「頼む! 俺の代わりに、お前が部長をやってくれ」
ここで断ったら、部長が不在になってしまう。この様子だと、良は絶対に引き受けないだろう。もしも、大学側に部長不在が知られたら、廃部にされてしまう。そうなったら、良が哀れのようにも思えた。
「わかったよ……」
「ほんとか?」
何故そのような返事をしてしまったのか、ヒカルにもわからなかった。廃部になれば、逆にヒカルにとってはラッキーなはずなのに、良の頼みを断れなかった。ますます、目標が遠ざかっていく気がした。
ヒカルはバイト先に向かう途中、また重い溜息を吐いた。本当ならば、泣きたいくらいだった。足が、思うように進まない。これから、どうしていいのだろうか。もはや、何も考える気になれなかった。
喫茶の前では、真理子が花壇に水やりをしている。それを遠くから見ていると、少しは心が晴れそうなものだが、ヒカルの心は暗いままだった。真理子もヒカルに気づいたのか、動かしていた手を止める。
「どうしたの~?」
真理子は、そうヒカルに声をかけてくる。いつまでも落ち込んでなどいられない、そう自分に言い聞かせると、ヒカルは再び歩き出すのだった。
「おはようございます」
「おはよう、何かあったの? 暗い顔してたけど」
「いえ、何でもありません。今日も、よろしくお願いします」
挨拶すると、ヒカルは店の中に入った。この時、真理子は気づいていたのかもしれない。ヒカルは、何か問題を抱えていると。真理子はバイトの上司として、少しでも力になってあげたいと思うのであった。
真理子も中に入ると、ヒカルに尋ねた。
「何かあったんでしょ。私で良ければ、相談に乗るよ?」
「あ、いや、でも……」
「遠慮なんてしなくていいから、ね」
相談に乗ると言われても、そのような話を真理子にしても仕方がない。それでも話した方が、気は楽になれるかもしれない。ヒカルは、思い切って言うことにした。
「はい。実は、友達から面倒な役を頼まれてしまって……。でも、断るに断れなくて……。ただ、それだけです」
「それって、前に一緒に面接に来た子?」
真理子は、すぐに良のことだと見抜いた。何故わかったのか、ヒカルにはわからないが、そこで真理子の優しさを再確認するのだった。真理子も、ヒカルに店のピンチを救われたことを忘れてはいないのだろう。
「でも、事業は事業だから。仕事の時は、ちゃんと集中してね」
「はい、わかりました」
ヒカルは何故だか、少しだけ気分が良くなった。仕事に、私事を持ち込んではいけない。今は、集中して働こうとヒカルは決心した。
しばらくして、開店の時間になった。ヒカルはいつも通り、拭き掃除などの事業を行う。すると、徐々に客が入り始める。この店に来る客は、若い男性のグループがほとんどだ。この日は思いの外客足が伸び、忙しかった。尚更、他のことを考える余裕はなさそうだ。ヒカルは、注文された品を次々と席に運ばなければならなかった。それでも、いつも通りやっていればどうにかなるレベルだ。
そして日が暮れ始めると、客足も徐々に遠のいていく。少し余裕ができた。真理子は、
「お疲れ様」
と、ヒカルに微笑んだ。久しぶりに朝から晩まで働いたためか、足が震えている。店を見渡すと、客は一人もいない。それでも、その日の利益はいつもの二倍近かった。ヒカルは、久々にやりきったという思いが、込み上げてくるのがわかった。
夜八時を回った頃、店の戸が開いた。男性が二人、中に入ってきたようだ。この時間に来店してくる客は珍しい。一人は中年で、もう一人は三十代半ばくらいだろう。真理子はすぐに前に出ると、
「お帰りなさいませ、ご主人様」
と、男二人に挨拶した。
「まだ、やっていますか?」
「はい、どうぞ」
真理子は、その二人をテーブルに案内する。そしてカウンターに戻ってくると、ヒカルに注文をきいてくるように指示した。ヒカルも、言われた通りそこへ向かった。
「ご主人様、ご注文は……」
ヒカルが言いかけた時、思わずメモを落としかけた。二人のうち、一人に目がいったのだ。それは、紛れもなく黒岩だった。何故、ここに来たのか。そして、もう一人は一体誰なのか。次々と降ってくる問題に、ヒカルは注文をきくどころではなくなった。
昨日、寝る前に携帯のメールフォルダを確認したら、良からのメールが一通だけあった。中身を見ると、「大事な話がある」という内容が書かれていた。
良の言う「大事な話」とは、また例によってくだらない話だろうと思ったが、行かなければまた文句を言われそうだ。ヒカルは、仕方なく起きることにした。
いつものように出る支度を済ませ、良との待ち合わせ場所からバイト先まで直行出来る格好で行くことにした。
「やぁ、遅かったなぁ」
店に着くと、良がヒカルを見つけ、手を振った。ヒカルはまた呆れたような溜息を吐くと、良のいるところに行った。
「それで、話って何だよ」
「いやいや、まぁ座れって」
良は、向かいを指しながら言った。仕方なく、ヒカルも言われた通りに向かい側の席に腰を下ろした。
「最近、調子はどうなの?」
「べつに、話せる程のことなんてねえよ」
ヒカルは面倒臭そうに、頬杖をつきながら答える。それより、早く本題を言ってほしいという気持ちの方が、やや強かった。時間的には、あまり余裕がない。ここで多く時間を費やしてしまうと、仕事に遅れてしまいそうだ。
「で、大事な話って何だ?」
ヒカルは嫌な予感がしたが、早く用事を済ませたかったので、一応きいてみた。
「あぁ、悪い。前にも言ったと思うけど、もうすぐ先輩たち引退するじゃん? だから、どっちかが部長やらないといけないんだよな」
そら来た、とヒカルは思った。今のヒカルにとって、一番聞きたくなかった話題だった。
「それって、勝手に決めて大丈夫か?」
「何が?」
良は、ヒカルの言っていることをまるで理解していないようだ。あれから結構な月日が経っているから、忘れているのも無理はないが、ヒカルと良は別の世界線から来ているのだ。永遠に交わらない二つの世界線。それぞれに存在している自分の魂が、入れ替わっているという状態だ。つまり、ここには本来なら「別の心を持った自分」がいたのだ。その自分に許可なく、勝手に決めるのはどうかとヒカルは考えたのだ。
「でもさ、許可とるったってどうやってするんだ?」
良の疑問も尤もだ。ヒカルは、部長になることは絶対に嫌だった。だから、言い逃れのためにそのような話を持ち出したのだ。第一、もう一つの世界線にいる自分に会いに行くのは不可能も甚だしい。同じ人間は、同じ世界に二人も存在出来ないのだから。それは、ヒカルや良も同じことだ。
ヒカルは、他に方法はないかと考えた。どうにか、部長任命を回避しなければならない。しかし、ヒカルの考えを何も知らない良がいた。
「あの、ちょっと言い難いんだけどさ、部長ヒカルやってくんない?」
言われた瞬間、ヒカルは心臓に衝撃のようなものを感じた。嫌な予感だけが、見事に的中したのだ。
「なんでだよ、設立者ってお前だろ? じゃあ、お前がやればいいじゃんか」
ゲーム語りサークル、通称、リア充駆逐隊は、良によって申請されたサークルだ。それなら、良が部長をするべきだ。ヒカルは、良に半ば無理やり勧誘されたに過ぎない。そう、良がやるべきなのだ。それを何故、自分にやらせようとするのか、ヒカルは不思議でならなかった。
「うちの大学、部長ごとの集まりってあるだろ? 俺、バイトとかやってるから行けるかどうか不安でさ……」
「俺もあるんですけど」
「でも、ヒカル毎日入ってたっけ? 俺、毎日やってるからさ」
そして、良は顔の前で手を合わせ、ヒカルに懇願する。
「頼む! 俺の代わりに、お前が部長をやってくれ」
ここで断ったら、部長が不在になってしまう。この様子だと、良は絶対に引き受けないだろう。もしも、大学側に部長不在が知られたら、廃部にされてしまう。そうなったら、良が哀れのようにも思えた。
「わかったよ……」
「ほんとか?」
何故そのような返事をしてしまったのか、ヒカルにもわからなかった。廃部になれば、逆にヒカルにとってはラッキーなはずなのに、良の頼みを断れなかった。ますます、目標が遠ざかっていく気がした。
ヒカルはバイト先に向かう途中、また重い溜息を吐いた。本当ならば、泣きたいくらいだった。足が、思うように進まない。これから、どうしていいのだろうか。もはや、何も考える気になれなかった。
喫茶の前では、真理子が花壇に水やりをしている。それを遠くから見ていると、少しは心が晴れそうなものだが、ヒカルの心は暗いままだった。真理子もヒカルに気づいたのか、動かしていた手を止める。
「どうしたの~?」
真理子は、そうヒカルに声をかけてくる。いつまでも落ち込んでなどいられない、そう自分に言い聞かせると、ヒカルは再び歩き出すのだった。
「おはようございます」
「おはよう、何かあったの? 暗い顔してたけど」
「いえ、何でもありません。今日も、よろしくお願いします」
挨拶すると、ヒカルは店の中に入った。この時、真理子は気づいていたのかもしれない。ヒカルは、何か問題を抱えていると。真理子はバイトの上司として、少しでも力になってあげたいと思うのであった。
真理子も中に入ると、ヒカルに尋ねた。
「何かあったんでしょ。私で良ければ、相談に乗るよ?」
「あ、いや、でも……」
「遠慮なんてしなくていいから、ね」
相談に乗ると言われても、そのような話を真理子にしても仕方がない。それでも話した方が、気は楽になれるかもしれない。ヒカルは、思い切って言うことにした。
「はい。実は、友達から面倒な役を頼まれてしまって……。でも、断るに断れなくて……。ただ、それだけです」
「それって、前に一緒に面接に来た子?」
真理子は、すぐに良のことだと見抜いた。何故わかったのか、ヒカルにはわからないが、そこで真理子の優しさを再確認するのだった。真理子も、ヒカルに店のピンチを救われたことを忘れてはいないのだろう。
「でも、事業は事業だから。仕事の時は、ちゃんと集中してね」
「はい、わかりました」
ヒカルは何故だか、少しだけ気分が良くなった。仕事に、私事を持ち込んではいけない。今は、集中して働こうとヒカルは決心した。
しばらくして、開店の時間になった。ヒカルはいつも通り、拭き掃除などの事業を行う。すると、徐々に客が入り始める。この店に来る客は、若い男性のグループがほとんどだ。この日は思いの外客足が伸び、忙しかった。尚更、他のことを考える余裕はなさそうだ。ヒカルは、注文された品を次々と席に運ばなければならなかった。それでも、いつも通りやっていればどうにかなるレベルだ。
そして日が暮れ始めると、客足も徐々に遠のいていく。少し余裕ができた。真理子は、
「お疲れ様」
と、ヒカルに微笑んだ。久しぶりに朝から晩まで働いたためか、足が震えている。店を見渡すと、客は一人もいない。それでも、その日の利益はいつもの二倍近かった。ヒカルは、久々にやりきったという思いが、込み上げてくるのがわかった。
夜八時を回った頃、店の戸が開いた。男性が二人、中に入ってきたようだ。この時間に来店してくる客は珍しい。一人は中年で、もう一人は三十代半ばくらいだろう。真理子はすぐに前に出ると、
「お帰りなさいませ、ご主人様」
と、男二人に挨拶した。
「まだ、やっていますか?」
「はい、どうぞ」
真理子は、その二人をテーブルに案内する。そしてカウンターに戻ってくると、ヒカルに注文をきいてくるように指示した。ヒカルも、言われた通りそこへ向かった。
「ご主人様、ご注文は……」
ヒカルが言いかけた時、思わずメモを落としかけた。二人のうち、一人に目がいったのだ。それは、紛れもなく黒岩だった。何故、ここに来たのか。そして、もう一人は一体誰なのか。次々と降ってくる問題に、ヒカルは注文をきくどころではなくなった。
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