オモテ男子とウラ彼女

葉之和駆刃

第三十二話 『自信』

 気がつけば、時刻はもう夕方だ。なんだかんだで、人生初のデートを満喫していたようだ。結局、金は全部崇大が払ってくれた。少し悪いとも思えたが、崇大は「誘ったのはこっちだから」と言ってヒカルの分まで出してくれたのだ。しかし、借りっぱなしはあまりヒカルの好みではない。後で返そう、ヒカルは思った。
 ヒカルは崇大を見ると、崇大も微笑み返してくる。普段は、何を考えているかわからないが、その時は妙に心情が読み取れた。崇大もまた、楽しんでいたのだろう。

「どっかで、食べてこっか」

 崇大が、食事に誘ってきた。時計を見ると夕方なので、ヒカルもそうしたいと思った。その時、声をかけてきた者がいた。

「やぁ、デートどうだった?」

 良は、手を振りながら二人に近寄ってくる。崇大が、

「あぁ、うん。良かったら、君も一緒にどう?」

 と、良にも声をかけた。余計なことをと、ヒカルは内心で呟く。良がいれば、またリア充退治のことを延々と聞かされるに違いない。それだけは、真っ平だ。

「あ、ごめん。俺、用事思い出したわ」
「何だよ、ヒカル。せっかく誘ってもらったんだし、行こうぜ」
「ごめん、二人で行ってきてくれ」

 ヒカルは二人に言うと、その場を立ち去った。後ろから、崇大の呼びかける声が聞こえたが、それでもふり返らず、足を速めた。

 崇大も、わかっていたはずだ。ヒカルが、全然楽しめていないということを。しかし、嫌な顔一つ見せなかった。それを見て、自分も出来る限り楽しみたいと、ヒカルも思ったのだ。

 しかし、ヒカルにもヒカルの事情がある。今ここにいるのは、女になりきるため。だが、それが出来ていない。ヒカル自身も、それは自覚している。が、今すぐにでも元の世界に戻って、女とつき合いたいという気持ちもあるのは確かだ。
 一体、何から手をつけて良いかわからなくなりつつあった。

 駅の近くまで来ると、噴水のある広場に出る。そこで一休みしようと、ヒカルは噴水の前に腰を下ろした。それにしても、今日は暑い。夏でもないのに、妙に蒸し暑かった。空は血液のように赤く染まり、飛行機雲がきれいだった。
 しばらくそれに見とれていると、すぐ隣に誰かが座った。待ち合わせでもしているのかと、何気に横を向いた。そして、その人物と目が合う。

「あ、あんたここで何してんのよ」

 それは、紛れもなくハナだったのだ。しかし、今日一緒にいた彼の姿が見えない。先程、別れたのだろうか。

「もしかして、あんたもデートか何か?」
「あ、違います。友達と遊びに来てて……」

 流石に、本当のことは言えなかった。それを聞いて、ハナは興味のない仕草をする。

「あの……」
「何?」
「今日は、何してたんですか?」

 ヒカルは、わざと知らないふりをして、ハナにきいてみた。しかし、ハナは不機嫌そうな顔をして向こうを向く。

「別に、あんたには関係ないでしょ。私がどうしようと、私の勝手」

(いや、当たり前だから……)

 ヒカルは内心、呆れてしまった。余りにも、わかりやすい反応だ。そしてヒカルは思わず、ハナに尋ねた。

「もしかして、今の彼氏とうまくいってないんですか?」

 咄嗟に、ヒカルはハッとする。きいてはいけないことを、尋ねてしまったことに罪悪感を覚えた。

(何きいてんだよ、俺!)

「あ、ちょっと噂になってたから……」

 ヒカルは焦りながら、必死に説明した。しかし、ハナの反応は意外にも、あっさりしていた。ハナは、深い溜息を吐いた。

「ちょっと、お金貸してほしいって言われててね。でも、それだけだから。関係は良好。あ、じゃあ私もう行くから」

 ハナは時計を見ると立ち上がり、そして去っていった。ヒカルは、それで最近、ハナは憂鬱そうな顔をしていたのかと納得した。金に困っている奴にロクな者はいないと言うが、特に気にすることはなさそうだ。

 ヒカルはしばらく、ぼうっと空を眺めていた。何となく、帰る気がしなかった。秋の陽は、沈むのがかなり早い。気がつけば、先程まで明るかった空が、だいぶ暗くなっていた。

 ようやく帰ろうと、ヒカルは腰を上げる。その時、

「お~い!」

 という声が聞こえるので、前を向くと手を振りながら、また良が走ってくる。

「探したぜ、ヒカル~」
「何だ、お前。アイツと食事行ったんじゃないのか?」
「断ってきたんだ。やっぱり、お前と帰ろうと思ってさ」

 それなら、崇大からの誘いを断った意味がないじゃないかと、ヒカルは気が抜けたような感覚に陥った。良の話を聞きたくなかったから、一人で帰ろうとしたのに、早く帰ってしまえば良かったとヒカルは若干後悔した。
 良は、そうとも知らずに、「ふぅ」と息を吐きながら、噴水の前に腰を下ろす。

「で、あの人、何か言ってたか?」
「何かって?」
「その……、今日のこととか……」

 ヒカルは、良に尋ねてみた。すると良は上を見ながら、記憶を探っているようだった。

「う~ん、そうだなぁ~。まぁ、楽しかったってさ」
「……それだけか?」
「あぁ、初めての体験だって」
「何だよそれ……」

 ヒカルも再び、良の隣に座った。帰宅ラッシュの時間帯になり、目の前を学生や社会人が大勢通る。それらを眺めながら、良が言った。

「ヒカルはこれから、どうするんだ?」
「あ? 帰るけど……」
「いや、そうじゃなくて……。黒岩さん、言ってたんだろ? 結婚はダメだけど、恋愛は個人の自由だって。だから、あの人とちょっと仲良くなっても、別に三箇条には触れないわけじゃん」

 その言葉は、ヒカルにとっては「絶望」を意味している。ヒカルの目的は、やはり元の世界に戻り、女性とつき合うことだ。この世界で男と付き合ってみて、女心を習得するのも可能だが、少し抵抗がある。
 良は、今回も面白半分で言っているに違いない。良にとってそれ程のことでも、ヒカルにとっては大問題なのだ。それなら、どうすれば良いだろう。ヒカルは考えたが、一向に解決策が思い浮かばない。

「どしたの? ヒカル」

 ヒカルを見て、良が尋ねてきた。

「いや、俺、これからどうしたらいいかなって……。せっかく、規則を破ったことを見逃してもらえたのに、意味なかったのかなって思ったんだ」

 ヒカル自身、あの時に何もかも終われば良かったのにと思う時がある。あれから、前に進んでいる気がしない。やはり、自分を変えるには勇気がいる。しかし、自信がないヒカルにとって、それは厳しかったのだ。
 ヒカルは良にそのことを話すと、良は言ってくれた。

「大丈夫。ヒカル、言っとくけど、この世界ではかなり可愛いぞ? もっと、自分に自信持てって」

 ヒカルは思った。まさか、その言葉を良にも言われようとは、考えたこともなかった。すると突然、良が立ち上がった。そして、ヒカルの腕を掴んだ。

「じゃ、行こうぜ!」
「行くってどこにだよ!」

 ヒカルは混乱したが、良によって強制的に歩かされた。一体、どこに連れていこうというのか。目的地に着くまで、ヒカルにはわからなかった。

 良が立ち止まると、

「見てみろよ」

 と、言った。ヒカルは前を向くと、そこは洋服店の、外のガラスケースの前だった。秋限定の洋服が、マネキン人形に着せられている。

「何だよ、服買ってくれんのか?」
「違うよ! ほら、鏡みたいじゃん」

 良が言うので、ヒカルは再びガラスを見つめた。確かに、そこには二人の姿が映されている。ガラスがきれいに磨かれているため、尚更二人の顔をはっきりと映していた。それがどうしたのかと、ヒカルは良にきくと、良は言った。

「自分の顔、よく見てみろよ。男として見た時さ、可愛いと思わないか?」

 確かに、この世界に来た頃、ヒカルは自分の可愛さに驚いた。自分以外の誰かであれば、間違いなく好きになっていた。それは誰から見ても同じらしく、学校に行く度に知らない男子たちから声をかけられた。

 これが、自分に自信を持てということなのかと、ヒカルは理解した。良も、きっとそれを伝えたかったのだろう。そして、これからはもっと自信を持って良いのだと、ヒカルは自分に言い聞かせた。

 今からでも、まだ間に合う。何か行動を起こさなければ、夢は叶わない。これからでも、どうにかなる。その時、何故かそう思えたのだった。

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