オモテ男子とウラ彼女
第二十五話 『監視』
決心を固めたまま、ヒカルは翌日の授業に行った。早く来すぎたのか、始まるまでにはまだ時間がある。ヒカルは何となく、教室内を見渡した。次の授業は、約二百人の生徒が受講している。そのため、そこは学内でも大きめの講義室だった。隙間なく敷き詰めれば、三百人は入れる大きさだ。ヒカルが座ったのは一番後ろの席だったため、室内が見渡せる。
昼休みで、友達数人と昼食をとっている学生が目立つ。中には、彼氏と二人きりで幸せそうな女子も目につく。ヒカルは、いつもなら無視するところだが、それを遠くから眺めた。自分もあのようになるため、目を背けるわけにはいかない。少しでも参考にしようと、その様子をしばらく見つめていた。すると、ヒカルは誰かから声をかけられた。
「あれ、君もこの授業受けてるの? 僕、好きなんだよね」
少しばかり、耳に障る声だ。ヒカルがふり向くと、そこにはやはり崇大が立っている。
「やぁ。隣、いい?」
崇大がそうきいてくるので、ヒカルは頷いた。崇大はヒカルの隣に座ると、カバンの中からゴソゴソと何かを探している。ヒカルは特に興味がなく、また講義室の中を見渡していた。そうすると、一つ前の席に二人組が座った。見ると、それはカップルらしき男女だった。購買で弁当か何かを買ってきたらしく、それを出して食べている。ヒカルは、こんな至近距離でジロジロ見ていると、流石に気づかれるだろうと思い、目を逸らした。
そうすると、崇大が急にこんなことを言ってきたのだ。
「次のターゲットを探してるの?」
ヒカルはそれを聞いて、ビクッとした。もし今の発言を聞かれていたら、自分がリア充駆逐隊に所属していることが相手にわかってしまう。
(余計なこと言うな……!)
ヒカルは再び前の二人を見ると、二人は互いに楽しそうに会話している。どうやら、今の話は聞かれていなかったらしい。リア充駆逐隊は、この大学内では結構有名だったのだ。照準を合わせたカップルは、別れるまで様々な嫌がらせを受ける。その名の通り、駆逐されていくのだ。正確には、駆除と言うべきだろうか。
でも、ヒカルは誓ったのだ。いつまでも妬んでいるだけでは、前に進めない。少しでも今のリア充たちに追いつけるように、努力していかなければならない。前からは、二人の幸せそうな話し声が聞こえてくる。
すると、崇大がヒカルにアルミで包んだ何かを渡した。
「これ、作りすぎちゃって、余っちゃったんだよね。良かったら、もらってくれる?」
崇大は、そう言うと微笑んだ。ヒカルは、それを受け取った。中身を見ると、おにぎりだった。これを、崇大が作ったのだろうか。そういえば、崇大はヒカルと同じように、一人暮らしなのだろうか。ヒカルはきこうと思って崇大を見ると、先に崇大が話してくる。
「俺、両親が忙しいから、毎朝自分で作ってるんだ。コンビニとかで買ってもいいけど、やっぱり自分で作ったものが食べたいからね」
ヒカルはそれを聞いて、崇大のことを少し見直した。ヒカルは、一応自炊はしているが、昼などはどうしてもコンビニで済ませてしまうのだ。それを、崇大は毎朝自分で用意しているのかと、感心した。
「そういえば、もうすぐ学園祭だね。君んとこのサークルは、何か出し物とかやるの?」
崇大が、急に話を変えてきた。その通りで、もうすぐヒカルの大学では学園祭が行われる。そこでは、部活やサークルごとに一つずつ出店することを許可されている。その話を聞いて、ヒカルは初めて思い出す。
(そういや、そんな話出てたっけ)
しかし、サークルの部員たちからは特に話は出ていなかった。今日あたりにでも、ききに行こうとヒカルは考えた。
そして、しばらく沈黙が流れる。異様に気まずい。誰かに、カップルだと思われていないだろうか。時間が経つと、学生たちが次々に講義室に入ってくる。そして、ヒカルと崇大の横を通っていく。ヒカルは、恥ずかしさをぐっと抑えた。しかし、崇大は平然としていて、何も気にしていないようだ。
(なんでコイツ、こんなに平気なんだ……?)
ヒカルは、戸惑いを隠せなくなりそうだった。その地獄も終焉を迎え、チャイムが鳴り響いた。そして、教授が講義室に入ってきて授業が開始される。ヒカルは一安心し、その授業を聞いていた。
授業が終わると、やれやれとヒカルは立ち上がる。その時、崇大がまたもや声をかけてきた。
「あ、今から部室行くの? 俺も行っていい?」
急にそう言われたので、少し疑問に思った。何故、ヒカルがサークルの部室へ行こうとしていたことがわかったのだろう。以前、崇大は人の顔色を一見しただけで、その人の思考がわかるというようなことを言っていた。ヒカルには、崇大の存在がますます恐ろしく感じられるのだった。
結局、ヒカルは崇大を連れて部室に行った。中に入るとすでに良、中原、山田、鳴嶋が来ていた。良がヒカルを見て、
「おぉ、遅かったな!」
と言った。ヒカルも、いつもの雰囲気に溜息を吐きながら、中に入った。この中にいるだけで、自分が一生非リア充のようで嫌だった。出来れば、早く抜けたいと思っているが、なかなか機会がつかめない。良でさえも、ヒカルはこのまま自分たちの味方でいてくれると、信じ込んでいるのだ。
崇大も、ちゃっかりと部室の机に座っている。すると、中原が前のホワイトボードの近くに立った。その時、一番後ろの席に座っている崇大を見て、「お前も来たのか」という顔をした。そして、中原は話し始める。
「さて、今日はみんなで学園祭の出し物を決めようと思う」
案の定、学園祭の出し物についてだった。良などはやる気満々で、様々な意見を発表している。ヒカルは適当に流しながら、それを聞いていた。
多く出た意見は、出店である。学園祭では、多くの部活動やサークルが食べ物や射的といった出し物をする。ヒカルたちも、それをすることになったのだ。それには色々な案が出たが、結局は焼きそばを売ることになった。理由は、良が中学生の時、地元の夏祭りで地域ごとに屋台を出店した際、焼きそば屋をやったからだ。その時、良もそばを焼くのを手伝っていたのだという。
そうしているうちに、あっさりと案はまとまった。皆、気合を入れているが、ヒカルはそのノリにはつき合わなかった。屋台をするにしても、本業には手を抜かない。そう、忘れてはならないのが、ここはリア充駆逐隊だということだ。
学園祭では、きっと多くのカップルが来るだろう。つまり、駆逐隊にとって学園祭というのは、いわゆる狩りどきというわけだ。去年も、多くのカップルを破局へと追いやった。それも、相手に自分たちの存在が気づかれないよう、そっとやったのだ。今年も、表面上は屋台で焼きそばを売り、裏ではリア充を苛めようということだろう。
しかし、ヒカルはそれには一切協力するつもりはない。理由は言うまでもないだろう。良がヒカルの肩に手を回し、
「もちろん、お前も手伝ってくれるよな!」
と、言ってきた。きっと、リア充退治を手伝ってくれということだろう。
「あ、ごめん。俺、屋台の方手伝っていい? そっちの方が、俺には向いてる気がするから」
「そっか、じゃあ頼んだぜ!」
やれやれと、ヒカルは窓を眺める。そして、この後どうしようか悩んだ。辞めることは簡単だが、どうやって恋愛術を学ぼうか、そればかりを考えた。
そうしているうちに、解散となり、ヒカルも駅までは良と一緒に帰ろうと思った。その時、良に誘われて居酒屋に入った。ヒカルは未成年だが、いつもここでビールを注文する。店も、年齢確認をそこまで入念にはしてこない。良も、ビールを注文した。
そこで、少し良の駄弁った後、良は眠ってしまった。時計を見ると、まだ八時前だ。解散が早かった分、時間が経つのが遅く感じられた。ヒカルはもう一杯飲みたい気分だったが、金銭面からも頼みにくかった。そうだ、自販機にしようとヒカルは店を出た。
店の前には自販機があり、そこでは酒も販売している。ただ、それは勿論のことながら、年齢確認できる物がないと買えない仕組みになっていた。免許証や学生証などを、機械のパネルにかざすことによって、酒が買えるのだ。しかし、ヒカルはこの時、学生証を持ち合わせていなかった。無論、持っていたとしても、ヒカルは未成年であるため、買えないのだが。
その時、近くから誰かの声が聞こえる。寝息のようだ。ヒカルは、辺りを見回してみると、自販機の隣で中年くらいの男が鼾をかいて眠っている。おそらく、ホームレスだろう。ヒカルはそれを見ると、ずる賢いことを思いついた。その男を起こさないように、そっと近づくと、その男が着ていたジャケットのポケットに、手を入れる。ヒカルの予想通り、そこから出てきたのはその男の免許証だったのだ。
ヒカルは自販機に金を入れ、その男の免許証をパネルにかざした。そしてボタンを押すと、カランと缶が落ちてきた。ヒカルはその免許証を男に返し、缶を取り出した。ヒカルはその場でそれを開け、飲もうとすると、こんな声が聞こえた。
「おや? それ、違法ですよ。まぁ、未成年飲酒も違法ですけどね」
ヒカルは、しまったと思った。そして恐る恐るふり向いてみると、やはりそこには黒岩が立っている。ヒカルは、この男に四六時中監視されていることを、すっかり忘れてしまっていた。そして、黒岩は笑いながらヒカルに近づいてくる。
「そのようなことでいいんですか? もう、二十歳まで時間がありませんよ?」
「うるさいな! 俺だって、そんくらいわかってんだよ」
「それはそれは、失敬。ですが、今の行動は感心しませんね。お酒を飲みたい気持ちはわかりますけど、やはり貴方は未成年ですから。私は、貴方の様子をすべて会長に伝えないといけないのです」
「会長……?」
ヒカルは、怪訝そうにきいた。黒岩が言うに、会長とはこのプロジェクトの開発元でもある、「夢現法人ハピネス」のトップにいる人物なのだという。ヒカルは、その人物の存在を初めて知った。
「貴方のしていることは、こちらには全部筒抜けというわけです。隠れて何かをしようとしても、誤魔化せませんよ」
黒岩がそう言ってその場を去ろうとすると、ヒカルは呼び止めた。
「待てよ。今のこと、その会長って人に言うのか?」
「いえ、今のことはわたくしの配慮により、黙っていることにします」
そして、黒岩は暗い路地の中に消えてしまった。
店の中に戻ったヒカルは、眠っている良の隣に座った。黒岩の言った通り、ヒカルにはもう時間が残されていない。どうしても、目標を達成出来ないまま二十歳を迎えることはしたくない。それならば、何が必要か。それを、その後もヒカルはずっと考えていた。
昼休みで、友達数人と昼食をとっている学生が目立つ。中には、彼氏と二人きりで幸せそうな女子も目につく。ヒカルは、いつもなら無視するところだが、それを遠くから眺めた。自分もあのようになるため、目を背けるわけにはいかない。少しでも参考にしようと、その様子をしばらく見つめていた。すると、ヒカルは誰かから声をかけられた。
「あれ、君もこの授業受けてるの? 僕、好きなんだよね」
少しばかり、耳に障る声だ。ヒカルがふり向くと、そこにはやはり崇大が立っている。
「やぁ。隣、いい?」
崇大がそうきいてくるので、ヒカルは頷いた。崇大はヒカルの隣に座ると、カバンの中からゴソゴソと何かを探している。ヒカルは特に興味がなく、また講義室の中を見渡していた。そうすると、一つ前の席に二人組が座った。見ると、それはカップルらしき男女だった。購買で弁当か何かを買ってきたらしく、それを出して食べている。ヒカルは、こんな至近距離でジロジロ見ていると、流石に気づかれるだろうと思い、目を逸らした。
そうすると、崇大が急にこんなことを言ってきたのだ。
「次のターゲットを探してるの?」
ヒカルはそれを聞いて、ビクッとした。もし今の発言を聞かれていたら、自分がリア充駆逐隊に所属していることが相手にわかってしまう。
(余計なこと言うな……!)
ヒカルは再び前の二人を見ると、二人は互いに楽しそうに会話している。どうやら、今の話は聞かれていなかったらしい。リア充駆逐隊は、この大学内では結構有名だったのだ。照準を合わせたカップルは、別れるまで様々な嫌がらせを受ける。その名の通り、駆逐されていくのだ。正確には、駆除と言うべきだろうか。
でも、ヒカルは誓ったのだ。いつまでも妬んでいるだけでは、前に進めない。少しでも今のリア充たちに追いつけるように、努力していかなければならない。前からは、二人の幸せそうな話し声が聞こえてくる。
すると、崇大がヒカルにアルミで包んだ何かを渡した。
「これ、作りすぎちゃって、余っちゃったんだよね。良かったら、もらってくれる?」
崇大は、そう言うと微笑んだ。ヒカルは、それを受け取った。中身を見ると、おにぎりだった。これを、崇大が作ったのだろうか。そういえば、崇大はヒカルと同じように、一人暮らしなのだろうか。ヒカルはきこうと思って崇大を見ると、先に崇大が話してくる。
「俺、両親が忙しいから、毎朝自分で作ってるんだ。コンビニとかで買ってもいいけど、やっぱり自分で作ったものが食べたいからね」
ヒカルはそれを聞いて、崇大のことを少し見直した。ヒカルは、一応自炊はしているが、昼などはどうしてもコンビニで済ませてしまうのだ。それを、崇大は毎朝自分で用意しているのかと、感心した。
「そういえば、もうすぐ学園祭だね。君んとこのサークルは、何か出し物とかやるの?」
崇大が、急に話を変えてきた。その通りで、もうすぐヒカルの大学では学園祭が行われる。そこでは、部活やサークルごとに一つずつ出店することを許可されている。その話を聞いて、ヒカルは初めて思い出す。
(そういや、そんな話出てたっけ)
しかし、サークルの部員たちからは特に話は出ていなかった。今日あたりにでも、ききに行こうとヒカルは考えた。
そして、しばらく沈黙が流れる。異様に気まずい。誰かに、カップルだと思われていないだろうか。時間が経つと、学生たちが次々に講義室に入ってくる。そして、ヒカルと崇大の横を通っていく。ヒカルは、恥ずかしさをぐっと抑えた。しかし、崇大は平然としていて、何も気にしていないようだ。
(なんでコイツ、こんなに平気なんだ……?)
ヒカルは、戸惑いを隠せなくなりそうだった。その地獄も終焉を迎え、チャイムが鳴り響いた。そして、教授が講義室に入ってきて授業が開始される。ヒカルは一安心し、その授業を聞いていた。
授業が終わると、やれやれとヒカルは立ち上がる。その時、崇大がまたもや声をかけてきた。
「あ、今から部室行くの? 俺も行っていい?」
急にそう言われたので、少し疑問に思った。何故、ヒカルがサークルの部室へ行こうとしていたことがわかったのだろう。以前、崇大は人の顔色を一見しただけで、その人の思考がわかるというようなことを言っていた。ヒカルには、崇大の存在がますます恐ろしく感じられるのだった。
結局、ヒカルは崇大を連れて部室に行った。中に入るとすでに良、中原、山田、鳴嶋が来ていた。良がヒカルを見て、
「おぉ、遅かったな!」
と言った。ヒカルも、いつもの雰囲気に溜息を吐きながら、中に入った。この中にいるだけで、自分が一生非リア充のようで嫌だった。出来れば、早く抜けたいと思っているが、なかなか機会がつかめない。良でさえも、ヒカルはこのまま自分たちの味方でいてくれると、信じ込んでいるのだ。
崇大も、ちゃっかりと部室の机に座っている。すると、中原が前のホワイトボードの近くに立った。その時、一番後ろの席に座っている崇大を見て、「お前も来たのか」という顔をした。そして、中原は話し始める。
「さて、今日はみんなで学園祭の出し物を決めようと思う」
案の定、学園祭の出し物についてだった。良などはやる気満々で、様々な意見を発表している。ヒカルは適当に流しながら、それを聞いていた。
多く出た意見は、出店である。学園祭では、多くの部活動やサークルが食べ物や射的といった出し物をする。ヒカルたちも、それをすることになったのだ。それには色々な案が出たが、結局は焼きそばを売ることになった。理由は、良が中学生の時、地元の夏祭りで地域ごとに屋台を出店した際、焼きそば屋をやったからだ。その時、良もそばを焼くのを手伝っていたのだという。
そうしているうちに、あっさりと案はまとまった。皆、気合を入れているが、ヒカルはそのノリにはつき合わなかった。屋台をするにしても、本業には手を抜かない。そう、忘れてはならないのが、ここはリア充駆逐隊だということだ。
学園祭では、きっと多くのカップルが来るだろう。つまり、駆逐隊にとって学園祭というのは、いわゆる狩りどきというわけだ。去年も、多くのカップルを破局へと追いやった。それも、相手に自分たちの存在が気づかれないよう、そっとやったのだ。今年も、表面上は屋台で焼きそばを売り、裏ではリア充を苛めようということだろう。
しかし、ヒカルはそれには一切協力するつもりはない。理由は言うまでもないだろう。良がヒカルの肩に手を回し、
「もちろん、お前も手伝ってくれるよな!」
と、言ってきた。きっと、リア充退治を手伝ってくれということだろう。
「あ、ごめん。俺、屋台の方手伝っていい? そっちの方が、俺には向いてる気がするから」
「そっか、じゃあ頼んだぜ!」
やれやれと、ヒカルは窓を眺める。そして、この後どうしようか悩んだ。辞めることは簡単だが、どうやって恋愛術を学ぼうか、そればかりを考えた。
そうしているうちに、解散となり、ヒカルも駅までは良と一緒に帰ろうと思った。その時、良に誘われて居酒屋に入った。ヒカルは未成年だが、いつもここでビールを注文する。店も、年齢確認をそこまで入念にはしてこない。良も、ビールを注文した。
そこで、少し良の駄弁った後、良は眠ってしまった。時計を見ると、まだ八時前だ。解散が早かった分、時間が経つのが遅く感じられた。ヒカルはもう一杯飲みたい気分だったが、金銭面からも頼みにくかった。そうだ、自販機にしようとヒカルは店を出た。
店の前には自販機があり、そこでは酒も販売している。ただ、それは勿論のことながら、年齢確認できる物がないと買えない仕組みになっていた。免許証や学生証などを、機械のパネルにかざすことによって、酒が買えるのだ。しかし、ヒカルはこの時、学生証を持ち合わせていなかった。無論、持っていたとしても、ヒカルは未成年であるため、買えないのだが。
その時、近くから誰かの声が聞こえる。寝息のようだ。ヒカルは、辺りを見回してみると、自販機の隣で中年くらいの男が鼾をかいて眠っている。おそらく、ホームレスだろう。ヒカルはそれを見ると、ずる賢いことを思いついた。その男を起こさないように、そっと近づくと、その男が着ていたジャケットのポケットに、手を入れる。ヒカルの予想通り、そこから出てきたのはその男の免許証だったのだ。
ヒカルは自販機に金を入れ、その男の免許証をパネルにかざした。そしてボタンを押すと、カランと缶が落ちてきた。ヒカルはその免許証を男に返し、缶を取り出した。ヒカルはその場でそれを開け、飲もうとすると、こんな声が聞こえた。
「おや? それ、違法ですよ。まぁ、未成年飲酒も違法ですけどね」
ヒカルは、しまったと思った。そして恐る恐るふり向いてみると、やはりそこには黒岩が立っている。ヒカルは、この男に四六時中監視されていることを、すっかり忘れてしまっていた。そして、黒岩は笑いながらヒカルに近づいてくる。
「そのようなことでいいんですか? もう、二十歳まで時間がありませんよ?」
「うるさいな! 俺だって、そんくらいわかってんだよ」
「それはそれは、失敬。ですが、今の行動は感心しませんね。お酒を飲みたい気持ちはわかりますけど、やはり貴方は未成年ですから。私は、貴方の様子をすべて会長に伝えないといけないのです」
「会長……?」
ヒカルは、怪訝そうにきいた。黒岩が言うに、会長とはこのプロジェクトの開発元でもある、「夢現法人ハピネス」のトップにいる人物なのだという。ヒカルは、その人物の存在を初めて知った。
「貴方のしていることは、こちらには全部筒抜けというわけです。隠れて何かをしようとしても、誤魔化せませんよ」
黒岩がそう言ってその場を去ろうとすると、ヒカルは呼び止めた。
「待てよ。今のこと、その会長って人に言うのか?」
「いえ、今のことはわたくしの配慮により、黙っていることにします」
そして、黒岩は暗い路地の中に消えてしまった。
店の中に戻ったヒカルは、眠っている良の隣に座った。黒岩の言った通り、ヒカルにはもう時間が残されていない。どうしても、目標を達成出来ないまま二十歳を迎えることはしたくない。それならば、何が必要か。それを、その後もヒカルはずっと考えていた。
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