オモテ男子とウラ彼女

葉之和駆刃

第二十三話 『和睦』

「あの……、久しぶり。私のこと、覚えてる?」

 夏希が、先に話しかけてきた。ヒカルとは違い、向こうは落ち着いている。何故ここに夏希がいるのかは皆無だが、それよりもあのような別れ方をしたにもかかわらず、何故自分に話しかけてきたのかと、ヒカルは戸惑うばかりだった。

「あ……、ひ、久しぶり……」

 ヒカルも、ようやく返事をした。夏希によれば、諸事情により父親が働けなくなったため、大学を辞めて東京に稼ぎに来ているのだという。ヒカルは、夏希に何を話せばよいかわからなかった。そして、夏希は言った。

「私、ずっと後悔してるの。真宮さんに恨まれてるのも、自覚してる。でも、ずっと謝る機会が欲しかった。これで許してもらえるとは思ってないけど、ごめん」

 夏希が、そっとヒカルの手を握った。その手は、やはり温かった。ヒカルは季節に関係なく冷え性で体温が低いため、尚更それがわかった。その時、ヒカルは気がついた。この世界では元々、自分ではない自分が住んでいたのだ。だから、自分とは過去も違ってくるはずだ。一体、この世界の自分に何があったのだろう……。

 すると、夏希はポケットに手を入れると、一枚のハガキを取り出した。それをヒカルに渡すと、

「今度、うちのクラスの同窓会をするの。良かったら、あなたにも来てほしくて」

 と、夏希は笑顔で言った。何か、言いたいことがあるのだろうか。そう思うほど、夏希は落ち着かない素振りを見せた。何を今更とヒカルは思ったが、少し気になることがあるのは確かだった。しかし夏希は、

「じゃあ、待ってるから」

 と言うと、人混みの中に姿を消した。ヒカルは声をかける気にもならず、そのハガキを自分のポケットに仕舞った。一体、夏希は何を伝えたかったのだろうか。そのことだけが、確かにヒカルの頭の中に残っていた。本当はあまり行きたくなかったが、気になって夜も眠れないとなると、非常に困る。ヒカルは仕方なく、そこに行く決心をした。
 その夜、実家に帰る予定を立てた。

 大学の試験が終わると、ヒカルは東京から電車で、実家のある町まで向かい、最寄りで降りずに学校の近くの駅で降車した。それから足を進め、自分の通っていた高校が見えてくる。一年半も経っていないせいか、校舎が全然懐かしく感じられなかった。それどころか、卒業直前にクラスメイトがつけた校門の落書きも消されず、そのまま残っている。

 多分、男の世界でもこんな感じなのだろうと、ヒカルは察した。教室へ行くと、大学生が大勢いた。皆、楽しそうに、懐かしそうに会話している。ヒカルは改めてハガキを見た。そこで初めて、この同窓会の企画者が夏希だということを知った。それにしても、夏希の姿が見られない。時計を見ると、とっくに集合時間は過ぎている。

 幹事が来ないのなら、始めるに始められない。その時、再会した後の夏希の顔が、また脳裏に浮かんだ。そして、いつもいた中庭の木の存在を思い出す。まさかと思ったヒカルは、他のクラスメイトの目を盗み、教室を出ていった。

 中庭に行くと、やはり夏希があの大きな木の下で背を向け、立っていた。それを見つけたヒカルは夏希に近づき、

「あの~……」

 と、声をかける。夏希がふり返ると、

「あ、ごめん。みんな、もう集まってる?」

 と、きいてきた。

「あ、うん。幹事が来ないから始められないって」
「ごめんなさい。ここ、私の好きな場所だったから、思い出してたの。斎藤君も、ここによく来てたみたい」

 夏希が、さらっと雪也の名前を出した。それを聞いた瞬間、ヒカルは腸が煮えくり返りそうになる。そこをぐっと抑え、

「へぇ~……、そうなんだ……」

 と、自然な返事を装った。すると、夏希は完全にヒカルの方を向いた。

「まだ、怒ってるんでしょ?」
「え?」
「私、真宮さんの気持ち知ってたくせに、斎藤君とつき合い始めて……。真宮さん、斎藤君のこと、好きだって言ってたのに、私……、勝手なことばかりしてたよね。でも、これでも後悔してるの。本当にごめんなさい……」

 夏希は、涙ながらに謝るのだった。その話を聞き、ヒカルは大体のことを理解した。この世界にいた自分は、雪也のことを好きで、夏希と自分は友達だったのだろう。そして、夏希はヒカルが雪也に好意を抱いていたにもかかわらず、雪也とつき合うことになったのだ。向こうの世界でいう、ヒカルと雪也の関係のようだ。

(あんな奴好きだったのか、この世界にいた俺は……)

 全てを知って、ヒカルは納得するしかなかった。

「ごめんなさい、今では酷いことしたって、ずっと思ってたの!」

 夏希はまたそう言って、頭を下げた。ヒカルはそれを見て、考えた。この世界の自分なら、何と返事をするのだろう。果たして、許してあげられるのか、そうでないのか、またわからなくなりそうだった。そう思ったヒカルは、向こうの世界の自分に置き換えて考えることにした。向こうの世界でも、ヒカルは友達だと思っていた雪也に、見事に騙されたのだ。あれから卒業まで、ずっと恨んでいたが、その直後に雪也が謝ってきた。そこでようやく、雪也を許すことができたのだ。夏希のその真剣な表情は、あの時の雪也と同じに見えるのだった。

「いいよ……、許してあげる」

 ヒカルは夏希を見つめながら、そう言った。夏希は、恐る恐る顔を上げた。

「ほんとに……、いいの?」
「自分も同じ立場だったら、きっとそうすると思うから……」

 ヒカルも、笑いながら答えた。それを聞いて、ようやく夏希も笑顔を取り戻したようだ。ヒカルもそれを見て、安心した。
 そういえば、今日は雪也も来るのだろうか。ヒカルは雪也が来るのなら、雪也とも話しておきたいと思った。それにしても、雪也自身が自分の気持ちに気づいていたのかは不明のままだった。ヒカルは、夏希ならば何か知っているのではないかと思った。

「それより、雪也……君は何か言ってた?」
「あぁ、今日は来れないって」
「いや、そういうことじゃないんだけど……」
「えっ?」
「あ、やっぱりいいや」

 ヒカルは、これ以上きくのをやめた。やはり、相手の気持ちを知るのは勇気がいるものだ。勿論、男としての真宮ヒカルにとっては、どうでもいい話だ。しかし、今頃向こうの世界にいるもう一人の自分を、少しでも安心させたかった。

 不意に、ヒカルがこの世界に来たばかりの頃、部屋にあった一枚のメモの存在を思い出す。そこには、色々な目標が書かれ、その中には「彼氏が欲しい」という内容も書かれていた。その横に、大きなバッテンがつけられていた。あれは、雪也のことだったのだろうか。それとも、他にも好きな人物がいたということなのか。でもそれは、ヒカルが知ってどうにかなるものでもない。いつまでも、謎のままでいい。

 ヒカルは誰かとつき合うために、女心を学習するという目的でこの世界に来たが、現実はやはり、うまくいくことばかりではないということを、改めて悟った。しかし、諦めなければ、きっと夢は叶うと信じている。元の世界に戻った時には、ヒカルはちゃんと女心を理解し、そして誰かとつき合えるようになっているのだろうか。それは本人にとっても未知数だが、それでも、今回のことがヒカルを今までより成長させたのは確かだった。

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