オモテ男子とウラ彼女

葉之和駆刃

第二十一話 『抜駆け』

 俺は、初めて異性を呼び出した。正直、頭の中が真白になりそうで、自分でも何をしているのかよくわからないくらいだった。果たして夏希は来るのだろうか。時間まで、あと五分。場所に選んだ中庭からは、校舎の下駄箱などがよく見える。放課後だから、これから部活へ行く者、帰宅する者、リア充。色々いる。

 俺は、ふと腕時計を見て時間を確認する。時間ちょうどだ。それでも、夏希が来る気配はない。三十分ほど待ってこなかったら、諦めよう。そう思って俺は、スマホでゲームでもしながら時間を潰すことにした。時間が経つにつれ、人が少なくなっていく。しばらく友達同士で話していた連中も、徐々に帰り始めていた。俺は、再び時計を確認する。指定した時間から、三十分近くが過ぎていた。よし、帰ろう。俺は立ち上がると、帰る用意をした。そこに、誰かの気配が感じられた。俺はふり返って見てみると、夏希がいた。

「……ごめん、遅くなって」

 夏希が、申し訳なさそうに言う。

「あ、いいよ。でも、もうちょっと来るの遅かったら俺、普通に帰ってかも」

 俺も、笑ってそう誤魔化した。すると、夏希がこう言ってきた。

「私、これから約束があって……。できれば、早く用件を伝えてほしいの」
「え……、あ、いや……」

 俺は夏希に言おうとしていたことを思い出し、急激に恥ずかしくなった。最初から言うことは決めていたはずだが、ここぞとばかりに言葉が出てこない。そうしていると夏希は怪訝そうになり、

「どうしたの?」

 と、きいてくる。俺は何とかしようと、考えを張り巡らせた。呼んだのは自分だから、ここで伝えなければもう後がない。今まで普通に会って話していたはずなのに、こんなにも言葉が出ないものなのかと、俺は焦った。すると夏希は、

「あの、私ほんとに急いでるんだけど。また、今度教えてくれる?」

 と言い、背を向け歩き出した。

「待って!」
「何なの?」
「その…………、好きなんだ」

 ふり返った夏希の表情が、一瞬固まった。それでも、俺は話し続けた。

「俺、ずっと伝えようって決めてたんだけど、なかなか勇気出てこなくてさ。初めてなんだよ、俺がこんなこと言うの。ずっと、自分を変えたかった。自分の殻を破りたかったんだ。あ、べつにすぐに返事もらおうなんて思ってないから。動揺させちゃったらごめん。じゃ、また明日な」

 俺は言い終えると、カバンを持って立ち去ろうとした。すると今度は逆に、夏希に呼び止められた。

「あの!」

 俺は夏希の方をふり向くと、夏希が何か言いたそうな目で俺を見つめてくる。そして、微かに口元が動いた。

「……ごめんね」

 そして、校舎の方に歩いていった。俺は、その「ごめんね」ですべてを察した。ああ、やっぱりダメだったか。まあ、そりゃそうだろうな。見た目も地味だし、話も下手で、取柄なんて一つもない。そんな奴と一緒にいても、つまらないだけだろう。

 「人は生まれながらにして平等である」、どこの言葉だっけ。でも、それは嘘だったんだと改めて思い知る。人は皆、生まれつき平等なはずがない。ここで、俺が証明してやった。この社会の中、何事に関しても必ず優劣は存在するんだ。ピラミッドの最下にいる奴が、上に行けることは決してない。

 人間は、簡単には変われないんだよな……。久々に学校の屋上にでも行こうかな。俺の高校は三階建てで、上には屋上がある。高いところで風に吹かれれば、少し気が楽になる気がした。完全に思いつきだったが、その時はそんな気分だった。今思えば、単にに現実から逃げ出したかっただけかもしれないが。

 俺は校舎に入り、そのまま階段を上がって屋上まで行った。誰もいるはずない、そう思い込み、ドアを開ける。そして、そこで俺は不可解なものを目にした。屋上の中央付近に、一人の女子が後ろ向きに立っている。風に靡くロングの黒髪、その女子はゆっくりとふり返り、俺にその顔を見せた。その時、俺は何が何だか、わからなくなった。そこに立っていたのは、あの夏希だったからだ。

「……、なんで?」

 俺がそう呟くと、すぐに俺の背後から声がきこえた。

「あ、夏希。遅くなってごめん」

 そして、俺に追い打ちをかけるように、更に衝撃が襲う。ふり返ると、後ろに雪也がいたのだ。雪也も驚いた様子で、俺を見つめ返してくる。

「え、ヒカル? お前、なんでいんの?」

 いや、それはこっちのセリフだろーが! ていうか、なんで本人に対して下の名前で呼んでんだよ。
 雪也は、そのまま夏希に近づいていった。

「遅かったじゃない」
「いやあ、悪い悪い。ちょっと用事あってさ」

 二人は、俺の目の前で話を始めた。まるで、俺のことなんか無視するかのように。俺は、二人に事情をきいた。

「ちょっと待て、雪也。話についていけないんだが……」
「あ、ごめんごめん。俺と夏希、今つき合ってるんだ」
「は?」

 俺は、頭の中が真っ白になった。つき合ってる?

「なんか、話してるうちに意外と馬が合ってさ。それで、趣味の話とかするようになったんだ。こいつ、ゲームの話とかめちゃくちゃ詳しいんだぜ」
「……じゃあ、なんであの時嘘ついたんだよ」

 俺は言った。確かにあの時、雪也は夏希が自分用の誕生日プレゼントに困っていたから、一緒に選んであげていたと言った。しかし、元同じクラスの立花の話により、嘘だと判明した。つき合っていたなら、何故それを早く言わなかったのかと、俺は雪也に問い質そうとした。

「嘘?」
「あれ、誕生日プレゼントなんかじゃなかったんだろ?」
「あれ、ヒカル知ってたんだ」
「去年、同じクラスだった奴から聞いた」
「そっか……、じゃあ俺らもう行くから」

 雪也はそう言うと、夏希の手を引いて歩いていこうとした。その時、俺は雪也に対する怒りを必死に抑え、雪也の手を掴んだ。

「お前、自分がどんだけ残酷な奴か考えたことあるか?」
「うっせーな」

 雪也も、俺の手を払った。

「だってお前、俺のこと応援するって……」
「正直、お前がバカで助かったぜ。だってさ、全然疑ってっこねえんだもん。簡単に人を信じるようじゃ、この先ぜってー損するぜ」
「何だよ、それ……」

 すると、先程まで黙っていた夏希が言った。

「ごめん。私も、もう少し早くに真宮君の気持ち知ってたら……」
「……いつからだよ」
「一ヶ月くらい前……」

 夏希は答えた。一ヶ月も前からつき合ってたのかよ。俺は、何も言えなかった。こんなことになるなら、好きになるんじゃなかった。そして、更に雪也が言った。

「お前の行動が遅すぎたんだよ。今まで、何もしてこなかったお前が悪い」
「俺だって、そんくらいわかってんだよ! けどお前、俺の性格知ってるだろうが!」
「え~、ライバルの弱み利用するのは当然でしょ。さ、行こうぜ」

 雪也が冷たく言うと、また夏希の手を引っ張った。夏希は俺のことを気にしていたが、やがて二人は屋上から姿を消した。俺はただ一人、その場に立ち竦んでいた。

 俺だって、そんな予感くらいはしていた。きっとそうなんだろうなと。ただ、信じたくなかったんだ。信じたら、友達だと思ってた奴に裏切られたことを、素直に認めることになるからだ。でも実際、その予感は悪い形で当たってしまった。

 家に帰ってからも、何をする気にもなれず、ただボーッと机に座っていた。そうしたら、家の外から笑い声がもれてくる。俺はカーテンを開け、外を覗くと家の前を同じ年くらいのカップルが楽しそうに歩いているのが見える。それは、まるで失恋したばかりの俺のことを、嘲笑っているかのように見えた。俺は窓を開け、机にあった消しゴムを手に取った。

 リア充死ね……、リア充死ね……、頼むから死んでくれ……。何がリア充だよ。自分だけよければそれでいいのか? 死ねよ、クロコダイルに内臓ごと食いちぎられて死ね! 死ね死ね死ねッ……!

 俺はそれを思いっきり投げると、消しゴムは道を歩いている女の方の頭に直撃した。俺は咄嗟に窓を閉め、カーテンも閉めた。どうしてこうなったんだろうな。俺は部屋に蹲り、涙を流した。そして、世界中のリア充に不幸が訪れることを何よりも臨んだ。それは単に、俺の知らないところで幸せに生きている奴らが許せなかっただけだ。今から思えば、少し虚しくなってくるけど。

 その日を境に、俺は雪也や夏希とは一切口も利かず、卒業までの時間をほぼ一人で過ごした。学校にいる間も、授業だけに集中し、帰ってからは受験勉強に専念した。そうしていないと、また思い出してしまいそうだったからだ。そして、俺は第一志望の大学に進学することが決まった。

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