オモテ男子とウラ彼女

葉之和駆刃

第十六話 『疑惑』

 隣に座るかと夏希が言ってきたので、少し照れくさくなったが、俺は動揺を必死に抑えながら、夏希の隣に座った。そして、俺は周りをキョロキョロとした。誰も見てないよな? こんなところ他の男子に見られたりなんかしたら、処刑されかねない。夏希の顔は一般的にいえば普通とはいえ、この学校、少なくとも俺のクラスでは一番可愛かった。夏希はそんな俺を見ると、

「そんなに警戒しなくても大丈夫よ」

 と、言ってくれた。

「ところで真宮君は、ここで何してたの?」
「え? あ、いや、ちょっとその辺をブラブラと……」
「真宮君、一人でいることが多いよね」
「あ、うん。その方が落ち着くっていうか……。ほら、一人でいると静かでいいじゃん。周りにいっぱいいられると、どうしても煩くなっちゃってさぁ……」

 何言ってんだ、俺……。それを聞いて、夏希は笑った。

「面白いね、真宮君って。そうだ、下の名前、何ていうの? ごめん、同じ学級委員なのに忘れちゃって」
「あ、ヒカル。希望って書いて、ヒカルって読むんだ」
「へえ、そうなんだ。それっていわゆる、キラキラネーム?」
「まぁ、そんなとこかな……」

 俺は、わざと夏希と顔を合わさないように、向こうの方を見た。やばい、憧れの女子とこんな至近距離で話をしてるなんて、夢じゃないよな? 顔に出てないかな。俺が夏希に想いを寄せてることを、本人に気づかれていないだろうか。俺は照れ隠しとして、ある話を持ち出した。

「そうだ。最近、君一人でいることが多いけど、友達結構いるでしょ? なんで?」

 そうしたら、夏希は少しくぐもった表情を見せた。まずかったかな、俺は後悔した。

「あ、いや……。言いたくなかったら、無理して言わなくていいよ。どうしてかな~って、少し疑問に思っただけだから。気にしないでな」
「ありがとう、気を遣ってくれて。実は私、春休みに部活辞めたんだ」
「知ってる」
「えっ?」
「あ、いや。ごめん、実は友達から聞いてさ」

 俺は、急いで答えた。それでも夏希は、悲しそうな顔をしている。その時、その理由がどうしても気になったんだ。

「何かあったのか?」
「うん。なんか、色々あって……。私なんかいなくても、誰も損しないし、むしろいなくなった方が良かったのかなって。みんなも、それで納得してくれたみたいだから」

 夏希は言うと、弁当を片付けて立ち上がった。

「今日はありがとう。君のおかげで、少し元気が出た気がする。じゃあまた、学級委員の仕事頑張ろうね!」

 夏希は、俺にそう言うと走って校舎の中に入ってしまった。今の言動から、俺には夏希に何があったのか、安易に推測できた。いや、誰でもわかることだろうとは思うが。おそらく、友達の裏切りにでも遭い、虐められたのだろう。夏希は、必死にそれを隠していたようだが、俺は今まで以上に夏希のことが気にかかった。

 友達だと思っていたやつが突然、敵になるのだ。それほど、悲しく惨めなことがこの世にあるか。俺は、雪也みたいなノー天気な奴しか友達にはいないが、それでも時々、遠くに行ってしまうことが怖くなる。それは、夏希も同じだったろうに。

 昼休み終了までには、まだ時間がある。俺はそのまま、中庭をウロついていた。すると、どこからか誰かの悲鳴のような声が近くなってくる。

「何なんだよ、お前!」
「ちょっと、こっち来ないでよ~!」

 俺はその声を聞いた瞬間、向こうで何が起こっているのか一発で理解した。またか……。しばらくして男女が二人、必死の表情で何かから逃げるように駆けてくる。それを、追いかけている奴がいた。

「待て~!」
「おい、しつこいぞ!」
「キャー、助けてー!」

 また、雪也がリア充を追いかけ回しているのだ。俺は雪也の腕を掴んだ。相手も、ようやく俺の存在に気づいたようだ。

「お前、まだそんなことやってんのか」
「ふん! べつにいいじゃん」
「でもなぁ、あんまり嫌われるようなことするなよ。お前が嫌われたら、友達の俺まで変な目で見られるからな」
「わかってるよ。でも結局、場も弁えずにイチャついてる奴見るとムカつくんだよな~。悪いことしてんのは、そいつらだもん」

 で、結局リア充のせいにすんのな……。俺は、少々呆れ気味で雪也を見た。すると雪也が突然、俺に顔を近づけてきた。俺は戸惑いながら、

「何だよ?」

 と言うと、雪也は顔を離して言った。

「お前ってさ、よく見ると顔はかっこいいのに、なんでモテないの?」
「はぁ? 余計なお世話だよ!」

 まったく、何を言い出すのかと思えば。そして、雪也は更にこう言い出すのだ。

「あ、眼鏡してるからかな。それやめてさ、コンタクトにすればいいんじゃね? そうすれば、オタクっぽくなくなるから」

 ふざけたことを言いやがる。じゃあ、眼鏡してる奴はみんなオタクっぽいのかよ。それに俺は基本、コンタクトはつけない。つけてると気持ち悪くなるってのもあるけど、つけるとまず、目が充血するのだ。だから、普段は眼鏡をかけている。
 そんなくだらない話をしていると、昼休み終了のチャイムが鳴った。

「帰ろうぜ」

 雪也が言うので、俺は雪也と教室に戻った。

 教室に入ると、夏希もすでに戻ってきていた。そして、俺は席に着くと授業が始まるのを待った。すると、俺の前にある三人組が来た。

「なあ、真宮。さっき、高田と二人きりで話してただろ」

 そう言ってきたのは、サッカー部キャプテンの山本という男だった。「高田」っていうのは、夏希の苗字のことだ。

「俺らクラスメイトを差し置いて、何の話してたんだよ?」
「おいおい、お前もしかして~」

 同じくサッカー部の、水谷と吉野もそう言って囃し立ててくる。その時、ちょうど教室が静かになっていた。俺の席の辺りに、目を向けている奴が大半だ。もちろん、夏希も俺の方を見ている。最悪の雰囲気だ。いや、夏希本人より、もっと聞かれたくなかった奴を思い出した。雪也だ。こいつは、夏希に他の誰よりも想いを寄せている。話しかけてきた三人にもまた、彼女はいない。そのため、俺や雪也と同じように、夏希のことを気にしている。

 俺は、不意に隣から冷たい視線を感じた。俺はそこを横目で見ると、雪也が俺に対して、さっきまでとは全く違う、軽蔑しきったような目をしている。どうしようか、俺はかなり焦った。本当のことを言おうか、しかしそれを言ってしまうと、俺の高校生活が終わる。

「あ、実は俺、クラス委員のことで高田さんに呼び出されて、それで話してた。いやぁ、参ったよなぁ」

 俺はいかにもわざとらしく、右手を頭に乗せながら言った。俺は夏希をチラ見すると、夏希が俺に対し、しきりに視線を送ってくる。ごめん、夏希。

「なんだ~、そんなことか」
「ちっ、疾しいことだったら虐めてやろうと思ってたのに」
「行こうぜ!」

 三人も納得したらしく、そう言いながら自分たちの席に戻っていった。意外に鈍感なのか。その直後、教室に教師が入ってきて、授業が始まった。ふぅ、バカで助かったと俺は内心ホッとした。それにしても、夏希には悪いことをしたなぁ。結局、夏希が原因みたいな言い方をしてしまった。まあ、後でちゃんと謝ればいいと、俺は授業に集中することにした。

 それよりも俺は授業中、前の席の雪也のことが気になった。まるで授業を聞いていないかのように、上の空だった。いつも通りと言えばいつも通りだが、それでも、いつもとは少し違っているように見えた。気のせいだろうとも思ったが、俺が夏希と二人きりで話していたという事実を知って、嫉妬心を抱いたのだろうか。しかしその場合、いつもの雪也なら授業の間ずっと、前方から睨みつけてくるだろうしな。でも、その時はそんなことはなかった。ただ、前を見てボーっとしている。何かあるのかと、俺は不思議に思った。

 俺は、心の中で葛藤を抱いた。これを機に、打ち明けてみてはどうだろうか。親友なら、いつか話しておかなければならない話だ。いや、でもどんな反応が返ってくるかと思えば怖くて仕方がない。かと言って、このまま毎日を何も言わずに過ごし、ある日突然気づかれてしまったら、それこそ絶好宣言をされるに違いない。もしかしたら、これが最初で最後の機会になるかもしれない。その時、俺は決心した。言おう、言って解り合おう。俺も、夏希のことが好きだということを。

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