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前日バレンタイン

きり抹茶

前日バレンタイン

「チョコレート、ここに置いておくから。……しっかり食べてね」

 今日は二月十三日。私は大好きな彼の家に来ていた。

「去年はちょっと失敗しちゃったけど……。今年は多分大丈夫! 砂糖もいっぱい入れたし」

 目の前にそっと置いた私の手作りチョコレート。
 今年はラッピングにもこだわってリボンとか渋谷の人気店へわざわざ出向いて買ってきたんだよ。

「気合入れて作ったんだから、ちゃんと……味わって食べてよね」

 優しくて笑顔が素敵な彼に問いかける。でも……私の大好きで大切な彼氏はここにはいない。

「恵ちゃんも毎年ありがとねぇ。お茶を淹れたから良かったら飲んでね」
「あ、すみません。ありがとうございます。いただきます」

 彼のお母さんが部屋に入ってきてこちらに微笑みかけた。
 私は軽く会釈をして、差し出された湯呑みに手を伸ばす。

「あの子もきっと恵ちゃんからチョコを貰って喜んでると思うわよ」
「……そうですね」

 お茶を一口飲んで、私は少し顔を見上げた。
 部屋の壁にはいくつもの賞状が飾られていた。
 準優勝、優勝、MVP――どれも彼の遺した偉大な功績だ。

「バスケをしてるとこ、本当に格好良かったなぁ」

 もちろん普段の彼も格好良いけど、バスケをしてる時の彼は更に格好良い。
 華麗なドリフトで相手チームを翻弄する姿は今でも鮮明に覚えている。

 バスケが大好きでしかも上手で朝礼の時にはいつも表彰されていた私の彼氏。
 試合に勝って喜んでいる顔を見ると私まで嬉しくなっちゃうし
 負けてしまうと、落ち込んでないか私はつい心配してしまう。

 でも彼は私と一緒にいる時はどんな時でも楽しそうに笑顔でいてくれて
 弱い姿を決して見せようとしなかった。

 三年前の今日も彼は……いつも通り笑顔だった。


 ◆


 私が彼と付き合い始めたのは高校二年生の夏だ。
 私は付き合う前から彼の事が気になっていて、放課後はいつも体育館へダッシュして真剣に練習している姿をひっそり見ていた。
 彼はバスケ部のキャプテンを務めていて、人を隔てることなく誰にでも優しいし、外見も中身もイケメンなのだ。
 当然女子からの人気も抜群に高かった。
 私もそんな彼のファンの一人だった訳だが、ある日の放課後、普段通り練習を終えた彼が私の元へやってきたのだ。

「ちょっと時間もらっていいかな?」
「ひゃ、ひゃい!」

 いきなり声を掛けてくるなんて反則。
 なんで私に話しかけてくれたの? 名前も知らないはずなのに……。

「その……。いつも練習見に来てくれてありがとう」
「え! い、いやそんな別に!」

 まさか毎日覗きに来ていた事……バレていたの!?
 人影に隠れながら見ていた自分が恥ずかしい。

「俺ずっと気になっててさ。一度話してみたかったんだ」
「それ、わ、私ですか!?」
「もちろん。それで図々しいお願いではあるんだけど……俺と付き合ってくれないか?」
「え? ……ひえぇぇぇ!?」
「目当てが俺ではないなんて百も承知さ。だけど俺はずっと君が気になってたんだよ」
「いや、えっと、その……」

 何この急展開。彼が私に告白!?
 一体どういうことなの!?

 体全体が焼けるように熱くなり、軽くめまいがしてきた。
 でも私はできる限りの冷静を保ちながら彼に返事をした。

「私も……あなたをずっと見てきまし……た」

 あ、やばい。
 ずっと見てきたって何言っちゃってんの私!
 これじゃ私がストーカーみたいに思われちゃうじゃん。

 恐る恐る彼の顔を見てみる。
 でも彼は笑顔だった。爽やか過ぎるくらい笑っていた。

「はは、ありがとう。えっと……名前は何て言うの?」
「あ、千代田恵です。二年A組です……」
「そっか。じゃあ恵ちゃん。これからよろしくね」
「ひゃっ! は、はいぃ!」

 あの彼に名前で呼んでもらえるなんて……。これは夢なんじゃないのか?

 それから数日間。私はテンションが少し可笑しくなっていた。
 あの彼が私の彼氏。
 延々としたつまらない日常がきらきらと輝いた日々に変わる瞬間だった。



 付き合い始めて約半年。彼と始めてのバレンタインを目前に控えた二月十三日。
 この日は休日で午後からデートをする予定だった。
 私は朝早く起きて、何回も見直してボロボロになってしまったレシピを片手に、初めてのチョコ作りに奮闘していた。

 お湯を沸かすのを忘れちゃったり、板チョコが上手に潰せてなくて塊が残ったりして、想像してた風にはならなかったけど何とか完成した。
 私は高鳴る思いでチョコを冷蔵庫にしまい、彼との待ち合わせ場所へと急いだ。

「チョコ用意してくれたんでしょ? もしかしてまさかの手作り?」
「もう~。それは明日の秘密だって」

 楽しそうに笑う彼。明日のバレンタインが待ち遠しいようだった。

「早く明日にならないかなあ」
「ちょっと! 今日も沢山遊ぶんでしょ!」
「ごめん冗談だよ。行きたい場所とかあったりする?」
「あ、新しくできたお店があるんだけど、そこに行きたいな」

 私の要望に彼はとびきりの笑顔で頷いてくれた。

 二人並んで目的地まで歩いていく。
 内側は私。車道側に彼。細かい気遣いまで欠かせない所も素敵で私は尊敬している。
 道中のくだらない雑談も面白く、とても楽しかった。





 ゴルルルルルル

 後ろからトラックのエンジン音が聞こえてくる。
 ここは道幅が狭く、歩道と車道の間に縁石が無いため、車が歩道まで乗り込んでくる時もある。
 トラックが来るならちょっと避けた方がいいかな。
 そう思って建物側へ体を移動させたその時。



 ガシャンッ



 今まで聞いたことが無い大きな破壊音が私のすぐ右側で鳴り響いた。
 衝撃で私は振り飛ばされ、尻餅をつく。



「うわマジかよこれ……」
「まず運転手を助けないと!」
「おい誰か救急車を呼んでくれ!」


 気が付くと周囲は緊迫した状態に包まれていた。

「え…………? うそ…………」

 私の視界に映ったのは電柱に衝突し、前面がぐしゃぐしゃになったトラックだった。
 頭が真っ白になる感覚を覚えながら、私は重大な事実に気付く。

「涼君……?」
「…………」

 彼の姿が見当たらなかった。私は名前を呼んだ。でも返事は無い。

「涼君!! ねぇ、涼君どこなの!!」

 必死に叫ぶ私。でも彼は答えてくれない。

「涼君! 聞こえたなら返事してよ!」

 泣き叫びながら彼を探した。散らばったガレキをどかして必死に探した。
 危ないから離れろと周りにいた人達に怒鳴られても、私は彼を探し続けた。

「りょ…………く…………」



 そして見つかったのだ。私の返事に答えてくれない、彼の姿が。

 その後の記憶はほとんど覚えていない。



 死因は出血多量によるショック死だった。
 事故後、すぐに救急隊員が駆けつけたらしいが彼を見た瞬間、もう為す術がないと分かったそうだ。
 全身を強く打ち、中でも胸の損傷が酷く即死と判定された。

 また、涼君を巻き込んで電柱に衝突したトラックの運転手は上半身を負傷するも一命を取り留めたらしい。
 事故の原因は携帯の操作による脇見運転。
 何故運転手が生き残って、無実の彼が犠牲になってしまったのか。
 怒りがこみ上げてくるのと同時に、私は悔しさも感じていた。

 本当に死んじゃったのか。
 明日学校に行けば、いつも通り彼の笑顔を見られるんじゃないか。
 話し掛けてくれるんじゃないか。
 バスケの練習をするんじゃないのか。

 本当に……死んじゃったの?



 家に帰り、私は携帯のアドレス帳を開いた。
『涼くん』
 表示された彼の名前を見つめる。

 もう電話もメールも来ないのだろうか。
 気が付くと私は泣いていた。



 彼の優しさが、彼の細かな気遣いが悲劇を生んでしまったのだ。
 あの時私はトラックが近づいてる事に気付いて建物側へ避けていた。
 でも彼は気付いてなかった。

 私が無理矢理にでも彼の腕を引っ張っていれば助かっていたのか?
 そもそも私が行きたい場所を言っていなければ……。
 いや、チョコ作りに忙しいからとデートを断っておけば……。
 私たちが付き合ってなければ……?

 私はしばらく一人で考え込んでいた。
 でも無駄だった。悔やんだところで彼は戻ってはこない。
 それどころか考えるだけで涙が止まらなくなるし、胸が痛くなる。

 なら私は……。



 前を向かなくちゃ。どんな時でも笑顔でいた彼に向ける顔が無くなってしまう。
 それに、まだ私にはやる事があるじゃないか。

 部屋から飛び出した私は、冷蔵庫にしまってあった手作りチョコを取り出して彼の家に向かって走っていく。

 前日だけど構わない。
 このままにしておきたくない。
 早く彼にあげたい。
 想いが詰まった私の始めての手作りチョコ。


 彼の家まで私は無我夢中で走り続けた。


 ◆


「恵ちゃんもう二十歳だっけ?」
「ええ、おかげさまで」
「早いわねぇ。じゃあ先月は成人式へ行ったのね」
「そうですね。久々の同級生と会えて楽しかったですよ」
「それは良かった。……でも恵ちゃんの振袖姿を涼にも見せてあげたかったねぇ」
「ふふ、ですね」

 彼のお母さんは遠い目をして昔を思い出しているようだ。
 私は軽く微笑んで、大好きな彼の姿を頭に浮かべる。

「じゃあ恵ちゃん。そろそろお線香あげよっか」
「はい」

 私たちは後ろを振り返り、仏壇の前で正座をする。
 供えられているのは私の手作りチョコレート。彼にあげるチョコは今年で三回目だ。

 彼のお母さんがお鈴を鳴らし、合掌する。
 私も手を合わせ、じっと目を閉じる。

「ちゃんと食べてね」





 二月十三日。バレンタインの前日だけど私は彼にチョコをプレゼントする。
 優しくて。バスケが上手で。細かい気遣いができて。
 そして私の大好きな彼氏の涼君。



 今日は彼の命日だ。

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