魔法兵器にされたので女学園に入ります ~俺は最強の魔兵器少女~

八木山蒼

第31話 声

 激しい光がルインから放たれ、俺らは思わず目を閉じる。魔力の動きには神経をとがらせていたがルインはその場から動かない――だがその魔力が、奇妙に変化していた。やがて光が晴れた時。
 そこにいたのはルインだけではない。ルインとまったく同じ姿をした、ブラウンの髪の少女……かつての学園長ことルインの双子の魔神兵マキナ、それによく似た魔兵器少女がルインと並び立ち、穏やかな、しかし蔑むような瞳で俺らを見ていた。ルインも僅かに背が縮んでいる。

「ルインが……増えた?」
「いえ、あれは……」
「レイ、ミシモフ、構えろッ!」

 俺とミシモフが困惑するさなか、オーリィの姿の兄貴が鋭く叫んだ。次の瞬間。

「アアァッ!」

 黒紫色の髪、ルインが突っ込んできた。驚異的な跳躍力を魔力でブーストした、目にも映らない速度の突撃。
 辛うじて一瞬早く俺が前に出てそれを受け止めた。ルインの体躯は変貌の前よりも少し小さくなっていたが、パワーと魔力はいささかも落ちていなかった。

「アァッ、グアアッ、アアアアアアッ!」
「くっ、なんだこいつ……!」

 獣のように咆哮しつつ、ルインはでたらめに俺に攻撃を仕掛けてきた。乱雑に腕を振り回してパワーでごり押し、適当な角度と威力の魔法陣で砲撃。どれも相当な攻撃力とはいえ俺なら受けることはできるが、瞳を真っ黒に光らせ狂気のまま襲い来るルインを相手するのは楽ではなかった。
 そしてルインから分裂したブラウン色の魔兵器――マキナはふわりと宙に浮きながら、そんな俺を見下ろしていた。

「レイ、さっきぶりですね。私は魔神兵マキナ……ルインの双子の妹です。かつての名をラルプリム・マ・シャークランド学園長」

 暴走するルインとは対照的に落ち着いた声と表情だった。俺はルインと格闘しながらなんとかマキナに問いかける。

「学園長なのか!? たしかにさっき、ルインに吸収されたはず……!」
「ええ、私は一度完全に吸収し、私たちは1つになりました。ですがルインはダメージを受け、人類への憎悪という本能を燃え上がらせながら進化し……再び2つになるという選択をしたのです。純然たる殺意と憎悪に満ちた魔神兵『ルイン』と、理性と智慧を持つ魔神兵『マキナ』に。厳密にいえば私もその進化の過程で生まれた新たな存在、『死の光』を放っていますし性能もかつてとは段違いです」
「くっ、そんなことが可能なのか……っとォ!?」

 話す途中にルインから危ない一撃が繰り出され俺は慌てて避ける。次々に攻撃は繰り出されて休む暇がまったくない、先程までルインは暴走しつつも状況を分析したりと攻撃を休む期間はあったのだが、今のルインは完全にそれがないのだ。
 くすり、と宙のマキナが笑う。

「今のルインは僅かに持っていた理性すらも私に譲渡した状態です。ただただ憎悪に突き動かされ、人間あるいは己に害するものを殺す存在……もっともその分攻めは単調かつ狙いも魔力反応によるものだけで、知性ある戦闘は期待できません。しかも魔力を私に分けたために攻撃力も防御力も減少しています」

 ですが、とマキナは続ける。

「それはあくまでも元から多大な魔力を持つゆえの減少。魔神兵ルインたる強さには変わりなく……利点はもうひとつ。もし万が一ルインが致命的なダメージを負おうとも、無傷の私と再び融合すれば、その分の約50%損傷は回復します。つまりレイ、相撃ちでもあなたの負け。そのリスクと引き換えの殺意を武器にしたルインに、どこまで戦えますか?」

 俺を嘲笑うマキナにもう俺は反論する余裕はなかった。

「ガアアアッ! アアアッ、アッァアァアアッ!」

 ルインは本当に絶え間なく攻撃を続ける。防御も回避も一切をかなぐり捨てたその戦法、常人ならば『一撃必殺で仕留める』というのが最善の手。だが最悪の魔科学兵器たるの不死身の耐久力を持つルインにそれは叶わず……変に反撃に出ようとすれば、反撃を喰らいながらでもルインは突撃をやめないのだ。

「効果的な戦法です。ですがレイは1人で戦ってるわけではありません」
「逆に言えばマキナ、お前を仕留めれば、ルインに50%の損傷を与えられるわけだッ!」

 ミシモフとオーリィがマキナを射程距離内に収め、彼女へと躍りかかった。だがマキナはひらりと身を翻し、さらに上へと飛び上がって2人を翻弄する。

「私は大切なルインのバック・アップ。ルインが攻撃に集中するならば私は防御と回避だけに集中します。ルインの5割の力を持つ私が生存だけを目的に動くのですからね、倒せませんよ。そして攻撃は最大の防御、とも言います」

 マキナが言うと、空中のミシモフとオーリィの頭上に魔法陣が浮かび上がった。そして次の瞬間、魔法陣から放たれた火炎魔法が2人に襲い掛かる。

「マスター、お手を!」
「うむ!」

 飛行できるミシモフが素早くオーリィを回収しつつ避ける。だが火勢のためにそれ以上マキナに接近できずに一度引いた。マキナはまたくすりと笑う。

「火炎は着火すれば攻撃が持続するから効率がいいんです。回避しながらでもこれくらいの魔法は打てますよ。致命傷にはならずとも、回避か防御が必要なレベルの攻撃を打ち続ける……私の知識と頭脳があれば容易いことなのです」

 天から俺らを見下ろして笑うマキナは、完全に俺らを舐めきっている。学園長の姿と声なのに、だ。

「オラアアアアアッ!」

 俺は渾身の力でルインを殴り飛ばした。回避しないルインは真正面からそれを喰らって吹き飛び、俺は僅かに余裕ができる。そしてマキナに向かって叫んだ。

「マキナ、いや学園長! あんた、ルインに吸収される直前は違っただろ! もう忘れちゃったのかよ! あんたはルインの怨念に呑まれただけで、本当は……」
「ガアアアアッ!」
「うわっ!?」

 すぐさま起き上がってきたルインと俺はまた攻防を始める。
 マキナは俺の言葉を受けてなお、笑っていた。

「言ったでしょう、私はマキナ。ラルプリム、あるいは学園長と呼ばれていた魔兵器はもうルインの中で死にました。私の中にあるのはルインと同様の憎悪のみ! ラルプリムの情は、あなたたちへの言葉とこの結界が最後。それ以上は期待しないでください」
「くそっ……ぐっ!?」

 マキナの言葉に気をとられたのもあったのか、俺はルインから一撃もらってしまった。連続する攻撃はその一撃一撃が重量級、俺は体勢を崩す。

「アアアアアアアアアアッ!」

 ルインはその隙に大量の攻性魔法陣を展開させて、俺目掛け打ち放った。

「レイ! くっ、逸れろ!」

 すぐに兄貴が魔法に干渉し、辛うじて砲撃は俺から外れて着弾した。その隙に俺もなんとか体勢を整える。

「ガアアアッ!」

 だがルインはすぐさま次の攻撃を繰り出し、俺はまた防御しなければならない。完全に劣勢、この状態が続けば不利になる一方だ。
 しかもマキナはさらなる切り札を俺らに対しぶつけてきた。

「フフフ……レイ・ヴィーン。あなたはなんのために戦うのですか?」

 ルインとの格闘の中、マキナの声は不気味な鮮烈さを持って俺の耳に届いた。すぐに魔科学兵器の体がその声を分析して理解する。それはルインの憎悪から生まれた精神干渉魔法――マキナは声により、俺の精神をも狙っているのだ。

「あなたは強力な魔兵器。しかし使われた素材はせいぜい人間2人分。対しルインは数千人以上の人間を殺して生まれた魔兵器……どこに勝ち目があるのです」
「くそ、やめろ! 聴覚遮断!」

 俺はすぐに聴覚をシャットアウトした。世界が静寂に包まれ、マキナの声も消える。だがそれでなおマキナの声は俺の脳に直接響いてきた。

『そもそもルインがなぜ生まれたか。人の欲望が起こす、血で血を洗う醜い戦争……その中でさらに己が欲のため、1人の男が無数の人間を殺して作った魔兵器がルイン。いわば人間という生物自ら、その愚かさの為にルインという滅びを生んだのです。そんな人間に、本当に守る価値があるのですか? あなたがそこまで苦しんで? 戦わなければ、あなたは生きられるというのに』
「ぐっ……や、やめっ……ううううっ!」

 単なる言葉でなく、呪いに似た性質の魔力を持った精神攻撃。なまじ聴覚を切ったばかりに、静寂の世界でその音だけが強烈に響く。平時ならば捻じ伏せることもできたかもしれない、だがマキナの言葉に耐えながらなお、俺は襲い来るルインの猛攻をしのぎ続ければならないのだ。片方に意識を向ければ簡単にもう片方に持っていかれる。極限の綱渡りの状態のまま、俺は戦わなければならなかった。
 だがその時、俺の頭に新しい声が響いた。

『レイ! 精神魔法に負けるな! この兄の声を聞け! お前は私に希望をくれた、愚かな人間である私を救ってくれた! それだけじゃない、外にいる皆をお前は守っているのだ! 戦いの先にセイナも待っているのだぞ! 諦めるな、レイ!』

 兄貴の声だ。オーリィの機能なのかマキナ同様俺の脳に直接声が響いてくる。それは魔力も何もないただの声だったが、精神魔法にやられそうだった俺にはとても強い支えとなった。そうだ、俺は負けるわけにはいかないんだ。人類の為というよりは、俺の大事な人たち……セイナや、仲間たちのために!
 だが。

『その人たちならもう死にましたよ。だってあなた、私の精神攻撃にかまける内に、結界を消してしまったんですもの』

 マキナの声が残酷に響いた。俺は全身から血の気が引くのを感じる。そうだ、ルインの攻撃とマキナの精神攻撃だけじゃない、俺は『死の光』を外に出さないための結界を維持しなくてはならなかったのだ。いや、結界は俺の魔力が続く限り維持できるようになっている――いや、まさか、まさか。
 俺は思わず天を見上げた。その瞬間。

「アァァッ!」
「ぐっ……!?」

 ルインの一撃が俺にクリーンヒットし、俺は吹き飛んで壁に叩きつけられる。その拍子に聴力遮断が解除され、消えた世界の音が蘇った。一瞬見えた空、マキナが俺を見下ろすその後ろに、結界はたしかにあった。俺はその時ようやくマキナの精神攻撃に呑まれつつあることに気付いた。
 だがそんな俺に、ルインは真っ直ぐに突っ込んでくる。マキナの精神攻撃のために俺は正常な判断ができない。ルインの一撃による損傷もあり動けない。このままでは2発目を受けてさらに混乱し、終わりの見えない攻撃の地獄に叩きこまれる。迫るルインに俺が恐怖したその時。

「レイィィィィィッ!」

 オーリィの声が響き、俺の前、突進するルインの前にオーリィが立ち塞がった。そして。
 ルインの一撃を受け、オーリィはバラバラに砕け散った。

「兄貴……う、おおおッ!」

 強烈な一撃により四散したオーリィの体。その衝撃で、かえって俺は冷静さを取り戻した。一瞬動きの止まったルインへ逆に突っ込み、がら空きの胴体に拳を叩きこむ。

「これで……どォだあああああああああッ!」

 満身の魔力と腕力を込めて、俺は拳を斜め上に振りぬいた。軽いルインの体が凄まじい速度で吹き飛んでいく。
 その先にいたのは、マキナだ。

「ルイン!」

 だがマキナは慌てず、自ら後ろに下がって衝撃を殺しながらルインを受け止めた。ルインごとマキナを攻撃しようとしたのだが残念ながら失敗したようだ。
 最悪の事態は回避したがこれでオーリィがいなくなり俺とミシモフ、ルインとマキナの2対2。オーリィはただの遠隔操作なので兄貴本体は無事だろうがそもそも兄貴は限界だ、助けは望めそうにない。
 状況は悪くなる一方だった。さらに。

『いつまで苦しむのです。見たでしょう、オーリィの体がバラバラになるのを。このままではあなたもいずれそうなりますよ。いえ、あなたは死なずとも、隣にいるミシモフはきっと、同じようにあなたを庇い同じ道を辿るでしょう。あなたが今、ミシモフを抱えて逃げれば彼女だけは助けられます。なぜそうしないのですか?』
「ぐっ……や……め……ろ……!」
「レイ、また精神攻撃ですか。私はマスターのように鼓舞できません……レイ、気をしっかり持ってください」
『無垢な彼女。純粋な彼女。あなたの兄もきっと彼女の幸福を願っています。私もミシモフとは同類です、できれば殺したくない。全人類を救うなどという実現不可能なことを望み、彼女すら道連れにするのですか。あなた自身の過剰な自信とくだらないヒロイズムのために?』
「あっ……ぐ、くうっ!」

 マキナの精神攻撃がまた続いた。学園長の記憶を持つマキナは的確に言葉を選び俺の精神をえぐってくる。続く呪詛にがんじがらめになり俺は動けない。さらにマキナが放したルインが地に降り立ち、再び俺を狙ってくる。

「くっ……ならば、私が!」

 ミシモフが俺の前に立ちルインからの盾になろうとする。俺の脳裏にオーリィの惨状がフラッシュバックする。このままではミシモフが……俺の戦意が折れかけているのを心のどこかで感じ、それではいけないとも理解する。だが俺の心も体も俺の言うことを聞いてくれない。ルインによる体へのダメージ、そしてマキナによる心へのダメージが確実に俺を蝕んでいた。
 万事休すか。俺の中に絶望が広がっていく。だが俺が絶望に染まりかけた、その時。


「レーーーーーーイっ!」


 聞き慣れたその声が響く。よく通る、透き通った、快活な声。俺が家族以上に耳にした日常の声。それは、俺がもっとも信じ慕う幼馴染の――セイナの声だった。さらに多くの足音と、魔力の気配が次々に俺に届く。
 救いなどないはずの『死の光』で満たされた決戦の場。だが、しかし。

「ニャーッ!」
「させんッ!」

 俺のすぐそばから響く声と共に、俺とミシモフの体が引かれ、真っ直ぐに突撃していたルインの狙いが逸れる。姿は見えないが、透明化の魔法を使ってそこにいる。透明化と光魔法の使い手、メアとミアの猫姉妹。

「重力魔法ッ!」
「ガッ!?」

 さらにルインの体が急激な重力に押し潰されて動きが止まった。それはオニキス寮筆頭のミニッツ・ペーパーの魔法だ。さらに。

「オーホッホッホッホーッ! いきなさいあなた達、どろどろに絡みついちゃいなさいましッ!」

 覚えのある高笑いと共に空から降ってきたのはなぜかスライム。不透明で青色に濁ったそれがルインの体にまとわりつくとその下の地面を溶かし、重力魔法によりルインの体はどんどん沈んでいった。
 そして俺らがいる中庭に空いた大穴の中に、2人の生徒が飛び込んでくる。片方は全身を魔法のバリアらしきもので覆ったミニッツ、そしてもう片方はなんと全身をスライムで包み込んだユニコ・サマリーだった。さらに気配からミアとメアの姉妹も透明化しつつすぐそばにいるのがわかる。

「さすが滅びの封印、とてつもない抵抗だが数十秒ならフルパワーでなんとかなる!」
「わたくしが改良に改良を加えた特性スライムも絶好調! 地の果てまで動きを封じますわ!」
「ニャニャ、間に合ってよかったのニャ!」
「だらしがないぞ特待生。まったく世話が焼ける、にゃあ~」

 彼女らの言葉に俺はハッと我を取り戻した。そして慌てる。

「お、お前ら、どうして中に! 助けてくれたのは嬉しいが、この中にいたら『死の光』で……!」

 そうだ、目には見えないし俺らには感じないが、魔神兵ルインが暴れまわる学園内部は今、光による致死性の魔法毒『死の光』で満たされている。生身の人間が踏み入れば確実に死に至るはずなのだ。
 だが彼女たちは(少なくとも見えている2人は)笑っていた。

「わかってる。だが忘れているだろう特待生、この私、ミニッツ・ペーパーは学園長先生の片腕だ。空間魔法の手解きは受けている、元より重力魔法は空間に干渉する魔法でもあるのだぞ」
「オーッホッホッホ! 『死の光』とやらは魔法毒の一種とレイのお兄様からお聞きました! わたくしのこのスライムちゃんはあらゆる光魔法を吸収し、かつどんな魔法毒でも分解してしまうのですわ! レイに救われてからずっと研究を重ねた、わたくしの最高傑作ですのよ!」

 さらにミア、メアも透明なままに喋る。

「ミアの透明化は正確にはミアに届く光を全部残さず曲げちゃう魔法なのニャ! だから死だろーとなんだろーと光は一切ミアには当たらないのニャ! そのせいでずっと透明でなきゃいけないけどニャ」
「プラス、私の光魔法とミニッツの空間魔法により全員へ補助をしてある。長時間は無理だが短時間ならば十分に活動可能だ、でなければ我々は既に死んでいる、にゃ」

 彼女たちが持ちうる魔法。それを最大限に活用し、助けに来てくれたのだ。俺は感激して泣きたいくらいだった。
 だがその時、彼女らの出現に驚いていたマキナが声を張り上げる。

「見なさいレイ! あなたのせいで、彼女たちまでもがこの戦いに巻き込まれた! ルインを止めたのも所詮は一時しのぎ、すぐにルインのパワーによって皆、残酷な死を迎えるでしょう! あなたは……」

 精神魔法を続けようとしているが明らかにマキナ自身動揺している。人間に近い高度な精神を持つばかりに動揺もあるのだろう、その声はあまり俺へのダメージはない。
 さらに、その時。

「黙りなさい、魔神兵マキナッ!」

 上の方から声が響く。見ればいつの間にか――セイナが俺らの背後に当たる部分の中庭の外に立ち、空中のマキナを見上げていた。ミニッツが俺に、セイナたちも空間魔法のバリアーで覆っているから短時間なら大丈夫、と耳打ちする。

「レイは私たちのために戦ってくれてる! そして私たちもレイのために戦うの! あなたが何を言おうと関係ない! 精神魔法なんて卑劣な攻撃、私たちの絆で吹き飛ばしてやるんだから!」

 セイナはマキナに対し堂々と声を張り上げていた。マキナは苦々しくセイナを睨み、かつ驚いている。

「何を馬鹿な、たかだか学生が数人集まったところで……いえ待ってください、なぜ精神魔法について……いえそもそもどうしてあなたに私の名前が……?」

 マキナが動揺していたその時。

「あなたの相手は私です」

 いつの間にかマキナの背後にある校舎に回り込んでいた、シルリアが飛び降りた。ハッとマキナが振り向いた時にはすでに、シルリアの氷の魔法が彼女を凍てつかせる。

「ハアアアアッ!」

 シルリアは凍り付いたマキナを氷塊と化し、そのまま吹雪の魔法で地面に叩きつけた。そして自身は校舎を氷で何回か掴みつつ安全に着地する。

「今ですレイ! マキナを倒せばルインにも大ダメージなのでしょう? さあ!」
「わ、わかった!」

 シルリアに言われた通りだ、俺はすぐに跳び、氷塊の真上へとやってくる。そして今度こそ全力の魔力を両腕に込めた。

「『マージブースター』、両腕部全開! はああああ……ッ!」

 とその時、氷塊が崩壊して中から火炎が吹き出した。火炎魔法でマキナが氷を溶かしたのだ。
 だが俺は気にせずにその業火の中へと突っ込んだ。猛烈な痛みと熱さを越えた先、マキナが俺を見て目を見開く。それはまさにマキナの防御が崩れている瞬間を意味していた。

「シュゥゥゥゥゥゥゥゥトォォォォォォォォッ!」

 魔力防御が解かれたマキナへ、俺は拳を浴びせかけた。一度ガードが崩れればその隙の一撃でさらに防御の余裕などなくなり、次の一撃、さらに次とがら空きのボディへ拳が響く。俺はそのままマキナを組み伏せ、俺とマキナ、どちらかが力尽きるまで殴り続けた。

「……ハアッ」

 やがて俺は拳を止める。その下にいるルインはすでに原型を留めていなかった。先程砕け散ったオーリィと同じかそれくらいに破壊され、完全に停止していた。
 やった。ひとまずマキナは倒したのだ。

「レーイ!」

 セイナの声が聞こえる。一瞬放心状態だった俺はそれで我に返って立ち上がり、駆け寄ってくるセイナと皆を迎えた。

「レイ、大丈夫!? 今治療するね」
「ごめんなさい、遅くなったわ。2人とも無事で何より」

 セイナが医療魔法を俺にかけ、俺の体へのダメージが消えていく。そしてセイナは俺の心をも癒してくれていた。

「やったわね。これでルインも相当弱体化するでしょう」
「ああ……だけどお前ら、どうしてそれを」
「実はね、レイのお兄さんがずっと中の状況を私たちに教えてくれていたの。オーリィの体は2つあったらしくて、念のために外に1つ残して、そのついでに情報を私たちにね。でもそれがいきなり途絶えて、レイがピンチなんじゃないかって思ったんだ」
「なるほどな……ありがとう、本当に助かった。お前たちが来なければどうなっていたことか……ありがとうお前ら」
「とーっぜんですわ! わたくしは一度レイに救われた身、その恩返しをするのは当然でしてよ!」
「私も……友達、だものね」
「オニキス寮の皆まで……本当に、ありがとう」

 俺が改めて礼を言うと、ミニッツは罰が悪そうに目を逸らした。

「学園を守るがオニキス寮の本義、当然だ……と言いたいがな。実は私たちは助けに入る気などなかったんだ、あまりにも危険すぎる。だが、そこのセイナ・セントールに熱心に説得されてな……」
「根負けだニャ。結局総出で協力だニャ~」
「感謝ならば幼馴染にしろ。兄が口を滑らせていたぞ、お前は元は弟、つまり男だったと。まったく見せつけてくれるにゃ~」
「セイナが……」

 俺は驚いてセイナを見る。セイナは少し恥ずかしそうに頬を染めていた。

「この状況で私ができることって何か、考えてて。魔法でも知識でも、私じゃレイの助けにはならないけど、レイの力になりたくて……必死で皆に訴えたんだ。そしたらミニッツちゃんが協力してくれたから、私もここに来れたんだよ。それに先生たちや他の生徒の皆が魔力をミニッツちゃんに注いでくれたおかげで、『死の光』に耐えられるくらいになったんだよ」
「そうか……ありがとうセイナ」
「ううん、結局は皆のおかげだから」

 セイナはいつものように優しく微笑んだ。
 だがその時。

「マ……キ……ナアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 地の底から唸る獣のような叫び声。それと同時に大きく揺れる地面に俺らの話は中断される。

「ぐっ……お、抑えきれん! 強化された魔法をもってしても……! く、来るぞ!」

 ミニッツが警告する。その直後、深い地面の底からルインが飛び出してきた。
 ただしその場所は彼女が埋まっていった穴ではなく、俺らのすぐそば――マキナの残骸がある場所だった。

「下がれ、みんなっ!」

 俺らはすぐにルインから飛び退き距離をとる。だがルインはすぐに俺らに襲い掛かってくることはしない。

「オ……オ……オ……!」

 ルインは膝をつき、マキナの残骸へと手を伸ばす。そして。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 また、咆哮。その全身を包む真っ黒なオーラがマキナの残骸をも覆いつくして黒く染め、ルインたちの姿は漆黒の魔力に覆われて見えなくなった。

「きゃあああっ!?」
「こ、これは?」
「ぐうっ……」

 さらにそこから凄まじい風圧が俺らへと襲い掛かる。莫大な魔力が膨れ上がり、その威圧感もまた俺らの肌を突き刺した。
 俺の魔科学兵器の体が告げる。俺自身もまた感覚としてわかる。ルインの完全覚醒が、ついに成ろうとしている。

「いよいよ……最後の、戦いだ」

 もうすぐそこまで来ているのだ。人類が滅ぶか否か、その未来が決定する瞬間が。それは俺の手で――いや、俺たちの手で、掴み取る未来。勝利という名の希望の未来。
 もはや迷いも何もない。どんな精神攻撃だろうと屈しない。俺には戦う理由がある、守るべきものがある。俺は決意と覚悟を持って、皆と共に、打倒すべきその絶望を見つめていた。
 ――そしてルインは、その姿を見せた。

「魔法兵器にされたので女学園に入ります ~俺は最強の魔兵器少女~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く