魔法兵器にされたので女学園に入ります ~俺は最強の魔兵器少女~

八木山蒼

第25話 異変

 それはなんでもない、ある日のサブリナ魔法女学園。
 昼前の授業時間、空腹や眠気に生徒たちが襲われ、微妙に明るい天気の下、どこか気の抜けた授業中のことだった。

「……ん?」

 おそらくクラスで最初に反応したのは俺だっただろう。魔科学兵器の機能を持つ俺の体が『異常』を感じ取ったからだ。
 だがそんな優位性は異常の大きさに軽く吹き飛ばされる。

「な、なんか、揺れてない?」

 授業中なのでためらいがちに、隣の席のリルリーンが呟く。その頃には教師も他の生徒も異常に気付き始めていた。揺れてる、たしかに、変だね、そんな声でにわかに教室がざわつく。
 そして次の瞬間。

 ドゴン。

 壮絶な衝突音と共に、クラス中が巨人に突き上げられたかのように跳ね、軽いものは宙を舞い転がり、教室の全てがバランスを失って舞う。
 そしてそれが単なる揺れの一部でしかないことは、同じ大きさの衝撃が直後に襲い掛かってきたことでわかった。激しい縦揺れは二度、三度、数えきれないほどに俺らを襲った。

「くっ……皆さん、いきますよ! 落ち着いて任せてくださいッ!」

 揺れの中、物理魔法教師のメリーシャ先生が渾身の魔力を解き放った。するとクラス中のものが全て先生の魔法に包まれ、生徒も含めて宙に浮きあがる。それでひとまず揺れで怪我をしたりすることはなくなった。
 およそ1分ほど経った後、だんだんと揺れは小さくなり、やがてようやく収まった。先生が俺らをそっと床に下ろす。

「み……皆さん、まずは落ち着いて、待機してください。すぐに先生方の指示があります、それまで慌てずに……お願いします」

 過剰に魔法を使ったためにメリーシャ先生の息は荒い。だが先生が体を張ってくれた甲斐もあって生徒たちはパニックにもならず比較的落ち着いていた。だが学園中が襲われた激しい揺れにより、生徒たちの声は学園中から聞こえていた。

 騒がしくなるクラスの中で、俺は1人、焦っていた。
 サブリナ魔法女学園は地震が起こる地形ではないので今の揺れが地震の可能性は低い。
 それよりも俺はあの瞬間、地下からの莫大な魔力を感じた。思い出されるのは当然、学園の地下に眠る封印――世界を滅ぼすと言われている、あの封印だ。
 まさか封印が解けたのか、それとも。いずれにせよ地下で何かが起こったのに違いない。
 すぐにでも地下に行き確かめたかった。だが先生のおかげで落ち着いているとはいえ、今は学園中がパニック寸前の状況だ。生徒1人が独断で動くなどしてはまたたくまに大変なことになる。どうにかして先生や他の生徒の目を逃れて行動できれば……俺が考え込んでいた時。

「先生」

 ふいによく通る声と共に手が挙がる。その主は生徒会長のシルリアだった。

「すみません、生徒会として動く許可をください。万が一のことがあった場合、頭数は多い方がいいかと」

 シルリアの提案にメリーシャ先生は少し迷ったが、やがて頷いた。

「そうね……あなたならばいいでしょう。だけどくれぐれも他の生徒を刺激しないようにね」
「はい」

 生徒会長として信頼の高いシルリアだからこそだ。彼女単独で動くことを他の生徒もシルリアならと納得した様子だ。俺も一応特待生、彼女のついでにダメか? などと俺が思っていると。

「それと、私1人ではなんなので、補助として数人、生徒を連れていかせてください。そうですね……特待生のレイ・ヴィーンさんと、冷静なミーシャ・エフスカヤさんがいいです」
「ええ、いいでしょう。ヴィーンさん、エフスカヤさん、お願いします」

 まさに渡りに船、俺の心が読まれたかのような展開だった。しかもミーシャまで――俺が驚いていると、シルリアは俺を見て、微笑んで頷いた。



 廊下。俺とシルリア、そしてミーシャは誰もいない廊下で話す。

「ありがとうシルリア、おかげで抜け出せた。だけどなんで……」
「何か、知っているのでしょう? 顔を見ればわかったわ。エフスカヤさんも……ね」

 ミーシャには地下の封印について話してある。シルリアの慧眼だった。

「それでレイ、どうすればいいの? あなたに任せるわ」
「まずはオニキス寮に行こう」
「オニキス寮?」
「ああ、歩きながら説明するが、そこにあるものが今の揺れの原因だと思うんだ。そうだ、あとセイナもできれば連れていきたい」
「セントールさんも……」

 封印や魔科学兵器について何も知らないシルリアは怪訝な表情を浮かべていた。

「レイたちだけで秘密を持って……少し妬けるわね。でもいいわ、セントールさんの担任に話してくるからちょっと待ってて」
「ああ、すまない」

 急ぎ足でセイナのクラスに向かっていくシルリアの背を見送る。大切な友人である彼女だが、俺たちが胸中に抱えることを彼女には欠片も伝えていない。
 だがもしかしたらもう――隠すわけにはいかないというところまで、来ているのかもしれない。



 サブリナ魔法女学園での出来事から少し時は前後する。

「……ふむ」

 某所、イルオ・ヴィーンの研究所。
 イルオはいくつもの魔導書を周囲に浮かべて広げ、その文字を睨み難しい顔をしていた。これらの魔導書は普通の書籍ではなくモニターの役目を果たしている。表示されているのは彼の研究の経過だ。

 進行は概ね予定通り。突発的なイレギュラーがない限りは計画はつつがなく進行するだろう。だが問題は、どれだけの時間が残されているか……

 イルオは魔導書を次々にめくり、逐一目を通していく。卓越した彼の頭脳を持ってしてなお難題は立ちはだかっていた。
 だがその時、イルオの背後から破壊音が響いた。

「むっ!?」

 浮遊する魔導書を全て遠くへ隠しつつ、イルオが振り返る。研究所の天井の一部が破壊され、そこから1人の人間が落下し、着地した。
 女性らしいボディラインがわかる布服。それを覆う、花の校章が描かれた白いマント。真っ直ぐに、イルオに対し鋭い視線を送るその人は、ラルプリム・マ・シャークランド学園長だった。
 イルオはその姿を見た瞬間にニヤりと笑った。虚勢だった。

「これはこれは……学園長ご本人がおでましとは! しかしいささかノックが乱暴でしたな」

 笑うイルオに対し、ラルプリム学園長は冷徹に、敵意の視線を送り続ける。

「あなたが魔科学兵器を現代に蘇らせ……あの封印を狙っている方ですね。ようやく会えました、まさかこんな僻地にいるとは……」
「いかにもその通り! 私こそがオーリィ・ガルゾニス! 拷問を受けて以来ですな」
「……あなた自身にたいした魔力はありませんね。そのせいで探すのに時間がかかったのですけれど……」

 学園長はゆっくりとイルオに近づいていく。その全身に激しい魔力が渦巻き始め、イルオは一歩たじろいだ。

「あの時の拷問のやり直しといきましょうか!」

 学園長の魔力がイルオへと放たれた。空間魔法、他者の空間をも操る上位魔法だ。学園長はそれで相手を異空間に連れ去り、支配下において拷問にかけることを得意としている。
 だが空間魔法はイルオに届く前に弾かれた。イルオが笑い、学園長は目を見開く。

「残念だが対策済みだ。あなたがいずれここに来ることは予知していたのでな、ここでは空間魔法は使えない!」
「なるほど、一筋縄ではいきませんね。ですが私が操るのが空間魔法だけとは思わないことです」
「承知の上だ。忘れるな、お前は私のフィールドにいるのだぁ!」

 イルオが叫ぶと、その周囲に数多の魔導書が現れて光を放つ。すると何体もの形も大きさも様々な魔科学兵器が空間を裂いて出現し、学園長の前に立ちはだかった。

「さあ行け我が子たちよ! 我が研究を守れ、敵を討てえッ!」
「小賢しい!」

 両者それぞれ魔力を纏い、突撃する。
 魔法学園学園長と、魔科学兵器の軍隊の死闘が始まった。



 一方、サブリナ魔法女学園地下――オニキス寮。
 隠し階段から俺とセイナ、ミーシャ、そしてシルリアは闇の寮へと降りていく。

「学園の地下にこんなものが……ここがオニキス寮」
「すごいね……」
「私も話に聞いていただけでした」

 初めてここに来るシルリアたちはきょろきょろと辺りを見渡している。俺は先頭に立ち、やや急ぎ足で階段を進む。

「奥の方が騒がしい、やっぱり封印に何かあったんだ。急ごう」
「ええ」

 俺たちは地下深くへと進んでいく。
 やがて辿り着いた封印がある大広間では、大勢のオニキス寮生たちが封印の周りに集まり、落ち着きなく騒いでいた。
 幾重にも鎖が張られ、さらに数えきれないほどの杖が混ざった封印の岩石。その見た目に明らかな異変が起きていた。全体が淡い紫の光を放ち、放たれる人間のそれとは違う異質な魔力。鎖の一部が壊れており、さらに封印がある部屋のあちこちが崩壊していた。

「あっ!」
「特待生に……生徒会長!?」

 オニキス寮生に交じっていたメア・ミアの姉妹が俺らに気付き声を上げる。すると他のオニキス寮生たちも俺たちに気付き、地下はいっそう騒がしくなる。

「貴様ら何をしに来た! 今は貴様らの相手をしている場合ではないッ!」

 さらにオニキス寮の筆頭、ミニッツ・ペーパーが前に出て怒声を上げた。しかし彼女が付き従う学園長の姿はどこにもなかった。

「さっきの揺れは、この封印によるものだろう。何があったんだ、教えてくれ」
「何を馬鹿な。貴様らは……」
「ミニッツ、オニキス寮の本分は、封印を守り、学園と世界を守ることだろう。もし封印が解けかかっているのなら、意地を張っている場合じゃあないぞ」
「ぐっ……」

 俺を敵対視するミニッツだが、今は緊急事態。やむを得ないと判断してくれたのか、悩んだ後に口を開いた。

「突然、封印が光って、膨大な魔力を放ち始めたんだ。揺れはそのせいだ、今は収まっている方で、揺れている最中は誰も近づけないほどだった」
「やっぱりこれが原因か……理由はわかるか」
「わからん。くそっ、よりによって先生がいない時に!」

 ミニッツは苦々しく吐き捨てる。先生、とは、裏の顔としてオニキス寮を率いる学園長のことだ。今日は出張だとかで留守にしている。今頃パマディーテ教頭が代理責任者として対応に追われている頃だろう。

「封印はどうなんだ。解けるのか」
「わからん、とにかく先生がいないことには話にならない。今、オニキス寮生総出で封印に魔力を送っているがそれもどこまで効果があるか……なんなら避難させた方がいいかもしれんぞ」

 ミニッツはシルリアをじろりと睨んだ。

「生徒会長、爆発はオニキス寮生の仕業だということにして、お前が教師たちに伝えろ。そのために来たんだろう?」
「しかし、それではあなたたちに濡れ衣が……」
「フン、オニキスはそのための闇だ。今更どうということはない。他の生徒に危険が及んでは先生が悲しむ、早くしろ!」
「……わかりました。レイ、ここはお願いしてもいい?」
「ああ、任せろ。俺とセイナ、ミーシャが……ミーシャ?」

 その時、俺はミーシャの異変に気付いた。ミーシャは心ここにあらずといった様子で上を見上げていた。

「いけない……」

 ぼそりと呟く。封印のことではなさそうだった。
 ミーシャは俺へと視線を移すと、いきなり俺に詰め寄った。

「レイ。マスターに危険が近づいています。すぐに、すぐにマスターのところへ向かってください!」

 俺の肩を掴んでまくし立てるミーシャ、その顔には必死さがいっぱいに現れていた。彼女がここまで感情を表に出すことは初めてで、俺は困惑する。

「ま、マスター……? 兄貴か? だがミーシャお前は兄に見捨てられて……」
「説明は後です。あなたの脳内に直接位置情報を送信します」

 ミーシャは俺の額に手を添える。するとその瞬間、俺の頭の中に突然、ある場所についての情報とそこまでのルートが流れ込んできた。

「マスターについて何も知らないという嘘をついていたことは謝罪します。今はとにかく、マスターの下へ!」
「だ、だが、向かうといっても、どうやって……」
「あなたが初めて魔科学兵器になった日、ある魔科学兵器と戦闘したはずです。その魔兵器は逃走の際、空を飛んでいたでしょう? あなたにも同じことができる。思い出してください」

 ミーシャの言葉に俺の記憶が蘇る。俺が改造された日、兄貴が差し向けて俺と戦った魔兵器がいた――名前は、魔神兵ミシモフ。たしかにその魔兵器は魔法で翼を広げ、飛行して逃げていた。

「ミーシャ、お前なんでそんなことを……」
「私を抱えて飛んでください、その途中で説明します。さあ、早く!」
「わ、わかった」

 疑問は尽きないがミーシャの必死さは本物のようだった。俺は翼をイメージし魔科学兵器の体に指令を出す。すると俺の背後に魔力が集中し、翼を模した飛行の魔法が発現した。
 俺は上を見上げる。ここはかなり地下だが俺のパワーがあれば強引に脱出できるはずだ。

「レイ!」

 だがその時、セイナが俺へと駆け寄ってきた。

「レイ、私も行く。お願い、連れていって」
「セイナ、しかし……」
「私のいないところでレイに何かあるのが嫌なの! それにお兄さんがあの毒を使ってきたときに私なら分析して治療できる、足手まといにはならない」
「……わかった。ミーシャ、いいか?」
「人1人程度ならば支障はありません。ですが超高速での移動になりますよ」
「大丈夫、ちゃんとレイに捕まってる」
「よし!」

 俺はミーシャとセイナを両腕で抱き寄せ、2人も俺の体をしっかりと抱きしめた。ミニッツをはじめオニキス寮生たちが戸惑っているが気にしている暇はない。

「行くぞッ!」

 俺は全身に魔力を漲らせ、地面をえぐりながら、空へと飛び立った。 



 ――その頃。

「こんなものですか?」

 最後の魔兵器を粉砕し、学園長は言い捨てる。視線の先には無防備になったイルオがいた。

「ヴィーンさんがあなたの作った魔科学兵器だとすれば、もっとも強力な兵器があってもよさそうなものですが……それともアレに力を使いすぎましたか」

 学園長はイルオを睨みながら言い捨てる。壁際に追い詰められたイルオはなおも虚勢の笑みを浮かべていた。

「フフフ、当然だ。レイは我が魔科学の結晶にして最高傑作だ! あれを越える魔兵器はない!」
「なぜそれを自身の周辺に置かなかったのか、理解できませんが……まあいいでしょう。もとよりあなたのことを理解する気もない」

 学園長はイルオへと歩み寄っていく。魔力を滾らせ、その手をイルオへ向け言った。

「あなたは邪魔です。死になさい」

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