魔法兵器にされたので女学園に入ります ~俺は最強の魔兵器少女~

八木山蒼

第16話 特待生継続試験

 ある日、俺は学園長室に呼び出された。とある連絡のためだった。

「特待生……継続試験?」

 言われたことをオウム返しにすると、学園長席についているラルプリム学園長は「はい」と微笑んだ。いつものようにキツい眼差しのパマディーテ教頭も隣に控えている。

「サブリナ魔法女学園の特待生制度は、学費免除・寮選択自由・その他諸費用免除といった特権があります。ですがそのためには入学時だけでなく、在学してからの高い実力及び学術への積極的な姿勢が必要……」

 学園長はにっこりと笑った。大人の女の色気ではなく、子供っぽく無邪気ですらある。

「ま、要するに特待生にふさわしいかのテストがあるってことです。今後も定期的に行われますが、入学試験と同じようなものですね」
「またヘルガフ先生と試合を?」
「とは限りません。最終的な判断はあくまで学園長たる私が下す決まりですからね、内容は未定ですし事前通達もしません。今回呼んだのも、あくまで試験の存在と日時をお知らせするためですから」

 特待生の名に恥じず試験は難易度が高い。入学試験の時は学園屈指の武闘派ヘルガフ先生とその愛ドラゴンと抜き打ちで格闘させられたりもした。
 だが俺は今回も難なく突破する自身があったし、実は心当たりもあった。

「……ひょっとして、3日後ですか?」
「あら? なんでそう思うの?」
「3日後のホールの使用予約が、学園側でとられていたらしいので。ルビー寮のマコットから聞きました」
「なるほどね、実はその通り! うふふ、順調にお友達も増えてるようで何よりだわ」

 ラルプリム学園長は楽しそうに笑った。その笑顔は生徒を愛する教師の鑑のような笑顔。
 だがその裏で――彼女は生徒と同様に、守るべき矜持があるのだ。

「ところでヴィーンさん。オニキス寮の生徒から過剰な勧誘を受けていると聞きました」

 学園長が切り出す。隣にいるパマディーテ教頭は知らないだろうが、学園の闇とされる第5の寮オニキスを統括しているのは他ならぬ学園長自身なのだ。地下に眠る禁断の封印、それを守るべく多くの学生に闇を演じさせている。そして封印をより強固にすべく俺をそこへ誘おうとしている――
 にこやかに笑いつつも、その腹の底は大人のしたたかさに満ちていた。

「学園としても、オニキス寮には過剰な勧誘をやめるよう改めて警告をしましたが……どうですかヴィーンさん、その後オニキス寮とは?」

 学園長の言葉の裏を読むとこうだ。『メアとミアには十分に言って聞かせた。それで、オニキス寮に入るという話は考えてくれたか』。
 そのことを聞かれることは予想していた。なので俺も緊張しつつもすぐに返した。

「あれから勧誘はないですね。もちろん、俺はオニキス寮に入るつもりは絶対にありません」

 それが俺の答えだった。オニキス寮は必ずしも悪ではないのだろうが、いかんせん得体が知れなさすぎる。なにより兄の思惑がちらつくのだ。もしも兄が地下にある封印の存在を知っていたらと考えると、体は魔科学兵器である俺も迂闊に動けない。

「そうですか、それが当然でしょうね。あくまでもこの学園は生徒の意思を尊重しますが……オニキス寮ですからね」

 ラルプリム学園長は含みを持たせつつもあっさりと俺の答えを受け取った。

「では3日後、授業終了の1時間の後、大ホールで試験を行います。それまで研鑽を怠らぬように。期待していますよ」
「はい、わかりました」

 ひとまず話はそれで終わり、俺は学園長室を去った。
 それを影から見つめる人間がいたとは気付かなかった。



 その日の夜、オニキス寮。

「さあ、今宵も封印に魔力を……お願いします」

 大勢の生徒に囲まれる中、黒ローブで身を包んだ学園長が指示を出し、オニキス寮生たちは学園長の隣の封印の岩に対して魔力を送る。オニキス寮の毎晩の光景だった。

「……ありがとうございます。さ、今夜もゆっくりお休みください。皆さんのおかげで明日も学園は朝を迎えられます……」

 学園長の言葉と共に生徒たちは解散していく。
 だが去っていく生徒の中、1人の生徒はその場に残った。学園長と話すためだった。紫色の髪の、子供のような背丈だが視線は鋭い、オニキス寮の筆頭――ミニッツ・ペーパー。
 学園長もミニッツの存在に気付き、他の生徒が立ち去るまで待つ。そして生徒の影がなくなるとローブを外し顔を見せた。

「ミニッツさん。どうしたのですか」
「先生は、そんなにあの特待生がお気に入りですか」

 ミニッツは強く問いかけた。質問の意図を察してかその逆か、学園長はしばし沈黙し、じっとミニッツを見ていた。
 ミニッツは学園長に詰め寄った。

「今日、2人の話を盗み聞きさせてもらいました。特待生は結局オニキスへの入寮を断りましたね。そして今夜、先生は明らかに落胆しています。隠してるつもりでしょうけど私にはわかります!」
「……隠せませんね、ミニッツさんには。はい、その通りです」

 ミニッツはオニキス寮生の中でも存在感の強い1人であり――オニキス寮でもっともその使命を、そして学園長を信仰する生徒。彼女にとって全である学園長のものならば、わずかな表情の変化ですら敏感に感じ取っていた。

「なぜですか。いくらあの特待生が多大な魔力を持っているとはいえたかだか1人の生徒です。なぜそこまであの女に執着するんです」
「執着はしていませんよ。ただ、封印を守るためには、できれば彼女の力は欲しかった……特待生の肩書もオニキス寮のためになりますからね。それだけです」
「しかし先生……」
「ミニッツさん、ヴィーンさんのことはもう済んだことです。ヴィーンさんは寮に入らないという選択をしました、それが彼女の選択ならば受け容れましょう。仕方のないことですから、ね……」

 学園長はまたローブを被るとミニッツの横を通り過ぎ、歩いていく。
 ミニッツは振り返りその背をじっと見つめる。口では割り切ったようなことを言っていたが――学園長の所作に未だ残る落胆を、ミニッツは感じ取っていた。

「……先生が、こんなにも気に入ってるというのに」

 ぎり、とミニッツは歯ぎしりをする。

「奴はそれを……踏みにじった」

 この私を差し置いて、先生に愛され、そして裏切った。
 許せない。
 ミニッツの中で、憎悪と嫉妬は暗く、静かに、燃え上がっていた。



 3日後。
 サブリナ魔法女学園の大ホールに俺は立っていた。体育などで使われるだだっ広い空間、下に立ってるのは俺1人だ。だが上、つまりホールをぐるりと囲んで突き出す観覧席に当たる部分には大勢の生徒が詰めかけていた。特待生試験に興味を持った野次馬の生徒たちだ。

「レイー! がんばってねー!」
「応援してるわ」
「ファイトだぞーっ!」
「リラックスですよぉ」
「このわたくしが! 応援しておりますわよーっ!」

 もちろんセイナ、シルリア、リル、シルフィ、ユニコも応援しに来てくれている。俺は彼女らに手を振って応えた。

「ではこれより特待生継続試験を開始します」

 ステージの上に立った学園長が言った。おお、と生徒たちが沸き立った後、学園長の話を聞こうと喧騒のボリュームが下がる。俺の相手はまだ姿を現していないが……?
 学園長が試験について説明を始めた。

「入学試験では実戦を行ったので、今回の試験はより技能的な面を見ようと思います。受験者は、こちらの指示に従い、各種の魔法を用いて……」

 だがその時、鋭い声が学園長の話を遮った。

「その試験、待ってもらおうか!」

 声はホールの下、観覧席、ステージいずれからでもなかった。学生たちが騒然となり見上げるのは天井。俺もそれに従った。
 いつの間にか天井に、以前俺へ敵意を向けたオニキス寮の生徒――ミニッツ・ペーパーが立っていた。特殊な魔法なのか髪もスカートもそのままに天井にさかさまに立つ彼女に、生徒たちがどよめいた。といっても天井に立つ魔法に驚いているわけではない。

「あなた……オニキス寮の生徒ですね。この試験を、邪魔しに来たのですか?」

 生徒を代表するようにシルリアが声を上げた。そう、このミニッツ・ペーパーはオニキス寮生の筆頭として学園でも悪い意味で知名度が高いのだ。この場にいる生徒たちも皆彼女がオニキス寮生であることを知っている。
 ミニッツはシルリアを無視すると、学園長を指差し言った。

「ラルプリム学園長! この特待生レイ・ヴィーンは、学園との癒着が疑われていることは知っていよう! こんな試験、私には茶番にしか見えんな!」

 ミニッツはさも学園長を批判するようなことを言っているが、それは学園長の裏の正体を隠すための演技に違いなかった。ガーベラが流した噂を持ち出して俺と学園を批判しているが、ガーベラの一件が明るみになった今癒着が嘘であることは誰でも知っている。
 つまりは建前だ。学園長も黙ってミニッツに視線を送っていた。「どうしたの、目的はなに?」、そう言いたげな目で。

「我らはオニキス、学園の闇にして真実! レイ・ヴィーンのような者の学費に学園の資金が使われていること、許しがたい! ゆえに我らが代わって試そうではないか!」

 ミニッツは強い怒りの目で学園長を睨みつつ言った。その怒りが本当は俺へと向けられているのであろうことは、学園長にも俺にも明らかだった。

「入学試験のやり直しだ! この私、ミニッツ・ペーパーが相手をする! この女が特待生にふさわしいかどうか、な!」

 その瞬間、天井のミニッツはくるりと向きを変え、一直線に俺に向かって落下してきた。慌てて俺は一歩退き、その前にミニッツは着地する。圧倒的な高所からの落下だったが、ミニッツは魔法の力のためかまったくの無傷だった。
 そしてミニッツは俺に向かって言う。学生たちが騒いでいるのでその声は俺にしか聞こえなかった。

「特待生でなくなればお前は学費も寮費も払えない……だがオニキス寮生は先生のはからいで願えば学費を肩代わりしてもらえる。つまり私に負ければ……」

 そこで俺はミニッツの意図を完全に察した。

「オニキス寮に入らざるをえない……ってことか」
「その通りだッ!」

 ミニッツは身を翻し、驚くべき跳躍力で俺から距離をとり、真正面から対峙した。

「教えてやろう! 今、オニキス寮生たちがレイ・ヴィーンの関係者の部屋に待機している! 私の要求を呑まねば彼女らがそこにある物品全てを焼却する手筈だ! 学園長、生徒が大事ならば、私の要求を受け入れるがいい!」

 ミニッツの声に生徒たち、特にセイナたちがざわめいた。この試験を見に来たために寮の方は人が少ない、その隙を突かれた格好だ。しかも『関係者』と濁すことで直接の友人以外にも動揺が広がっている。
 その時学園長は明確な怒りを持ってミニッツを見ていた。オニキス寮の指導者であると同時に彼女は学園長。全ての生徒を等しく見守っている。ミニッツの行いは、学園長にとって許されざるものだったのだろう。

「さあ、学園長ッ!」

 だがミニッツはあえて重ねて要求した。そこには彼女の強い意志が感じられる。たとえ怒りを向けられようと、封印を守ろうとする学園長に報いようとする……大義のために汚名を被るオニキス寮の存在意義、そのものの意志が。
 学園長もそれを理解したのだろう。やむを得ないといった様子で頷いた。

「わかりました。認めましょう。ある意味、特待生試験としてはふさわしいかもしれません……」
「俺も構わない。そろそろ直接、お前らにはやり返したいと思っていたんだ」

 俺らの言葉にミニッツは笑みを浮かべた。

「決まりだな。さあ、試験開始を宣言しろ!」

 ミニッツは俺から視線を外さない。強い敵意が彼女から伝わってくるが、俺も負けじとにらみ返し威嚇した。
 敵の要求を呑んだ格好だが、要は勝てばいいのだ。魔科学兵器の力をもってすれば生徒1人どうということはない――1人ならば。
 俺は自信満々なミニッツの顔に、怪しげな気配を感じ取っていた。

「では……特待生継続試験……」

 いずれにせよ逃げるわけにはいかない。俺は覚悟を決める、相手がどんな手を使って来ようと勝ってみせる。ミニッツも望むところと言わんばかりに俺を睨み続けていた。
 生徒たちが、固唾を飲んで見守る中。

「はじめッ!」

 学園長の声に合わせ、俺たちの決闘は始まった。

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