Creation World Online
103話
「誰か来たみたいだな」
瓦礫を片付けていた俺は、来客を告げるチャイムの音に顔を上げる。
「アンリ、一旦休憩だ」
「了解です〜…。疲れた〜…」
地下通路の中に設置していた丸椅子に腰掛けると、アンリは壁にその身体を預ける。
俺はそんなアンリに冷たい水の入ったボトルを放り投げると、玄関へと向かうことにする。背後から何かがぶつかった音と「痛ァ!?」という声が聞こえたような気がしたが、疲れからくる幻聴だろう。
☆
魔法陣に乗って二階の書斎に転移すると、まだチャイムが鳴り続けていた。まったく…こっちは忙しいってのに…。
「はいはい、今開けるよ」
扉を開くとそこには、揃いの鎧を装備した5人の男性プレイヤー達が立っていた。
「貴殿がこの屋敷の所有者か?」
真ん中に立っていた男が偉そうな態度でそう尋ねる。
「ああ、そうだけど。どちら様?牛乳の勧誘なら他所を当たってくれ、朝は緑茶派なんだ」
「違う違う。私達は新興国家『シャガル剣王国』の軍の者だ。税の徴収に来た。さあ、税を払ってもらおうか」
突然のことに俺は言葉を失う。税?こいつは何を言っているんだ?
確かに税金システムというものは存在しているし、大国に限らず全ての国家が自分の領地内で税を徴収している。
しかし、当然ながら税を納めたくないプレイヤーや、納めることが出来ないくらいの金銭でその日暮らしをしているプレイヤーも存在している。そんなプレイヤー達の為に、ここ3界層を含む下位界層、つまり1〜5界までは国の領域としないというルールが4大国家によって定められていたはずだ。
「…この界層は国が所有できないはずだが?」
「知らないな、マップを確認してみろ、現に我らの国領となっているだろう?」
確かにマップにはそのように表示されているが…。
納得がいかずに黙っていると、鎧を着た男の1人が俺の胸ぐらを掴む。
「払うのか払わないのかハッキリしろ!払わないと言うのであれば実力行使もやぶさかではないぞ?」
「いや、払わないぞ」
「そうそう大人しく…って今なんて言った?」
「払わないと言ったんだよ、その安そうな兜のせいで音が聞こえないんじゃないのか」
俺が挑発を乗せて放った一言に胸ぐらを掴んでいた男が肩を震わせる。どうやら怒っているらしい。
「どうやら痛い目に合わなければわからないらしいな、ついてこい」
「【バーストエア】」
俺の胸ぐらから手を離し、後ろを振り向いて歩き始めた男達の無防備な背中、正確には足元に風魔法の初級スキルを放つ。
風の衝撃によって不意を突かれた男達は、ガシャガシャと音を立てて倒れ、鎧の重さで起き上がれないのかまるでダンゴムシのように手足を動かしていた。
「貴様ァ!何をする!?」
「無防備だったからつい、魔法打ち込みたくなって…」
「そんな理由で打ち込んだのか!?なんて非常識な…!お前に常識というものはないのか!?」
む、不当に税を徴収しようとしてるやつにそんなことを言われるなんて心外だな。
なんとか起き上がった男達は、腰に帯びていた剣を引き抜く。見たところアイテムレアリティはCランク、店売りの鉄剣といったところだろうか。
「許さんぞ…!我々に楯突いたことを後悔させてやる!」
リーダー風の男がそう言うと、背後にいた男達も俺を囲むように展開する。
俺はエアディスプレイを操作して、最新の作品を装備する。
暗赤色の皮をベースに手の甲や指を保護している艶やかな光沢を浮かべる紫色の金属のようなもので構成された籠手型の装備だ。これは、昔作成した魔術媒体として使用できるグローブの改良版で、以前使用した上位悪魔の皮よりも遥かに強度の高い古代悪魔の皮を使用し、内部には魔力との親和性も高く、硬度がミスリルよりも高いアズリウス鉱とミスリルとの合金繊維を張り巡らせ、最大の難点であった防御力を補うために魔龍の鱗を加工したものを取り付けている。
「さあ、死なない程度に叩きのめしてやるよ」
手を開閉して、俺は男達にそう言った。
「死ねえ!」
斬りかかってきた男の剣を掴み、反対の手を押し付け風魔法【エアインパクト】を発動すると、男の身体が吹き飛び数バウンドして、地面に倒れる。
「ど、同時にかかれ!やれ!」
次々と繰り出される斬撃を奪った剣で弾き、拳でいなす。
ふむ…連携は悪くないな。だが…
「火力不足だな」
「クソがァ!」
叫び声と共に振るわれた剣を奪った剣で弾くと、そのまま蹴りを繰り出し、また1人ダウンさせる。
「まだ続けるのか?」
「くそ…!覚えていろ!全員撤収!」
倒れている男の肩を支えながら男達は去って行った。
「また来るんだろうなあ…。」
去って行く男達の背中を見ながら俺はそう呟くと、小さく溜息を吐いた。
☆
「はあ!?戻ってこれない!?」
屋敷に戻った俺は、天和之國のレノンに対し先程の集団をなんとかして欲しいと連絡したのだが、結果はNO。
理由は現在62界層で発生しているボス侵略クエストの進捗があまり良くないらしく、そちらに人員を回すので手一杯とのことだった。
「そうか…。わかった。それじゃあな」
そう言ってフレンドコールを切ると、ソファに背を預ける。
そう言えばナクがしばらく帰れないって言ってたな…。どんだけ強いんだよ。
その時、メッセージの受信を知らせる通知が目の前に表示される。
送信者は以前、第1界層で戦闘方法を軽くレクチャーした双子の内の一人、リックだった。
「…なるほどな。少し出掛けるか」
アイテムの在庫や、武具の消耗などを確認していると、部屋の扉がノックされる。
『失礼します。マスターお飲物を…おや?お出掛けですか?』
「ん?ああ、ウィルか。ちょっとな」
部屋に入ってきたのは俺の配下の一人、悪魔候という悪魔族の青年。ウィルだった。本名は長いので割愛する。
「街で人に会う約束があるんだ」
『なるほど。でしたら街までご一緒させていただけませんか?丁度食材を買いに行こうと思っていたところでして』
「ああ、いいぞ。なんなら一緒に見て回るか?」
ウィルには我が家の家事全般を任せており、生活能力が絶望的な俺達のパーティーにおいて、重要な役割なのだ。俺も料理は出来ないことはないのだが、レパートリーも少ないし、自分が食べる程度の腕前でしかない。それなら、ある程度のことはなんでもこなせるウィルに任せた方がいいというものだ。
『では、是非一緒に見て回りましょう。何を食べたいか決めておいてください』
「わかった。それじゃ、行くか」
☆
第1界層『始まりの街』
第1界層、ここに来るのも久しぶりだな。それにしても─
「鎧のやつらが多いな…。」
街の中を見渡せば、至る所に俺達の屋敷にやってきた鎧姿の男達と同じ装備を身に纏ったプレイヤー達が歩いていた。
その原因は間違いなく、昔は無かったアレのせいだ。
俺の視線の先には、以前は街の中心部にあたる教会が建っていた場所に堂々と建っている長細い形状の城があった。
とはいえ、鎧達も襲ってくる様子はないし、今は放置しておけばいいだろう。もし、大群で襲ってくるなら全員纏めて吹き飛ばせばいいのだから。
俺は、城から視線を外すと、目的の店へと足を進める。
大通りを進み、途中入り組んだ路地に入れば、そこには『エーテル武具店』と書かれた看板が掲げられた店が建っていた。
扉を引くと、カランカランとドアベルが鳴り、コーヒーの匂いが…。コーヒーの匂い?
バッと外に掲げられた看板を見る。うん、剣と盾のエンブレム、下には『武具店』と書かれている。いや、意味がわからない。
『いらっしゃいませ〜』
店主のエーテルはそう挨拶をし、混乱する俺を見た瞬間に嫌そうな顔をする。コイツ…。
『なんですか〜?もうこんな低層の零細武具店に用事なんてないんじゃないんですか〜?』
拗ねたように下を向いて地面を蹴るような動きをしながら、エーテルがそう言う。
「呼ばれたんだよ。リックがここに来てないか?」
「あっ!師匠、お待ちしていました!」
ヒョコッとリックが剣や槍が立て掛けられた商品棚の横から顔を覗かせる。
商品棚の横を曲がったその時、俺は目を見開いた。
昔は在庫の剣などの山で埋まっていたスペースが解放され、壁をぶち抜いて設置されたのであろう窓ガラスからは向かいの民家の壁が見えていた。
落ち着いた雰囲気のテーブルに、多分予算が足りなかったのだろう。それでもなんとか逆剥けなどが無いように、丁寧に磨かれた木箱が椅子のように設置され、カフェスペースの様なものになっていた。
「なんということでしょう…」
『いや〜、つい先日剣を大量に購入していってくれたお客様が居てですね。在庫処分ができたので、これを機に新たな商売を始めようと思って』
某大改装番組の真似をしていると、エーテルから席に座るように促されたため、リックが座っている席に向かい合うように座ると、スッとメニューが差し出される。ふむ、意外と品数があるな。
『マスター、ここはコーヒーがよろしいかと。見たところ本格的な機械も置いてある様です』
「それじゃあ、コーヒーを頼もうか」
『かしこまりました!』
そう言ってエーテルはカウンターの奥へと消えて行く。
『粉入れてお湯を入れて3回・転!』
「インスタントかよ!」
いや、味の違いなんてわからないけどさ。何のための機械なんだよ…。
隣でウィルも首を振っている。
『おまたせしました〜!』
「おまたせしましたじゃねえよ。インスタントかよ!何のために機械置いてるんだ!」
『カッコいいからです!』
コイツはあれだ、形から入って満足するタイプだ。
「てことは、このメニューは全部インスタントとか市販品なのか?それは店としてどうなんだ?」
『失礼な!クッキーやケーキはちゃんとこの店オリジナルですよ!』
メニュー表を叩きながらエーテルがそう言う。そこまで言うのなら食べてみようじゃないか。
「それならこの【武具屋さんのクッキー】とやらを貰おうか」
『かしこまりました!』
エーテルはカウンター裏をゴソゴソと漁ると、紙に包まれた丸い形状のものを取り出した。
それを俺の目の前に持ってくると、一緒に持ってきた皿の上に乗せ、開封する。
『お待たせしました!』
「…なあ、なんかこれ変な匂いがするんだが?」
なんと言うか、鉄のような匂いがする。
俺の問いかけにエーテルは無い胸を張ってこう言った。
『まあ、インゴットを加工する時の釜で焼いてますから!これが後釜ってやつですかね!』
スパァン!という音がなり、エーテルの身体が消える。
音の正体は俺から放たれた平手打ちがエーテルの頭に直撃した音で、消えたエーテルは床に倒れ伏していた。
『なんてことをするんですか!レディに優しくしてくださいよ!』
「それなら俺の身体にも優しくしろよ!変な病気にでもなったらどうしてくれんだ!」
『別に本当の身体じゃないんですから良いでしょう!?』
そう言ってエーテルは頭をさすりながらカウンターの奥へと引っ込んで行った。
「まったく…それで、今日はどうしたんだ?」
「えっと…あ、はい。師匠もご存知だとは思いますが、最近この街を拠点にある集団が国を作ってしまったんです。」
「ああ、あの鎧の奴らか」
「はい。それ自体は別に良かったんです。ただ、問題なのがあいつらこの街にあるエクストラダンジョンに挑むために兵士や金銭を集めているらしくて、馬鹿高い税を払えない人は戦うつもりのない人や子供達まで徴兵しているんです」
なんと、そんなことをしていたのか。
話をしているリックも怒りからか手が震えていた。
「そう言えばリーンはどうしたんだ?」
「リーンは目の前で子供が連れ去られそうになった時に、鎧連中を斬って今はアンダータウンに潜伏しています」
「なるほどね」
アンダータウンとは、4層にあるならず者達が集まる街で、内部は入り組んでおり、珍しくプレイヤーに非協力的なNPCが住んでいる為、犯罪者プレイヤーや事情があって隠れたい者達にとっては理想的な潜伏場所だ。
ふと隣を見ると、顔が完全にヤギと化したウィルがいて、その肩は震えていた。
『子供だと…?守るべき民、それも小さな子供まで兵士として使おうなどと…!許せん、上に立つ資格などない。滅ぼしてくれる!』
「落ち着け。滅ぼすのはダメだ」
そんなことをすればそれを理由にレノンからどんな面倒ごとを押し付けられるかわかったもんじゃない。
「それで、俺はリーンに会ってくればいいんだっけか?」
「はい。僕はリーンの仲間ということでマークされているみたいですから…。」
そう言ってペコリと頭を下げるリックに軽く手を振った俺は、そのまま店を出た。
瓦礫を片付けていた俺は、来客を告げるチャイムの音に顔を上げる。
「アンリ、一旦休憩だ」
「了解です〜…。疲れた〜…」
地下通路の中に設置していた丸椅子に腰掛けると、アンリは壁にその身体を預ける。
俺はそんなアンリに冷たい水の入ったボトルを放り投げると、玄関へと向かうことにする。背後から何かがぶつかった音と「痛ァ!?」という声が聞こえたような気がしたが、疲れからくる幻聴だろう。
☆
魔法陣に乗って二階の書斎に転移すると、まだチャイムが鳴り続けていた。まったく…こっちは忙しいってのに…。
「はいはい、今開けるよ」
扉を開くとそこには、揃いの鎧を装備した5人の男性プレイヤー達が立っていた。
「貴殿がこの屋敷の所有者か?」
真ん中に立っていた男が偉そうな態度でそう尋ねる。
「ああ、そうだけど。どちら様?牛乳の勧誘なら他所を当たってくれ、朝は緑茶派なんだ」
「違う違う。私達は新興国家『シャガル剣王国』の軍の者だ。税の徴収に来た。さあ、税を払ってもらおうか」
突然のことに俺は言葉を失う。税?こいつは何を言っているんだ?
確かに税金システムというものは存在しているし、大国に限らず全ての国家が自分の領地内で税を徴収している。
しかし、当然ながら税を納めたくないプレイヤーや、納めることが出来ないくらいの金銭でその日暮らしをしているプレイヤーも存在している。そんなプレイヤー達の為に、ここ3界層を含む下位界層、つまり1〜5界までは国の領域としないというルールが4大国家によって定められていたはずだ。
「…この界層は国が所有できないはずだが?」
「知らないな、マップを確認してみろ、現に我らの国領となっているだろう?」
確かにマップにはそのように表示されているが…。
納得がいかずに黙っていると、鎧を着た男の1人が俺の胸ぐらを掴む。
「払うのか払わないのかハッキリしろ!払わないと言うのであれば実力行使もやぶさかではないぞ?」
「いや、払わないぞ」
「そうそう大人しく…って今なんて言った?」
「払わないと言ったんだよ、その安そうな兜のせいで音が聞こえないんじゃないのか」
俺が挑発を乗せて放った一言に胸ぐらを掴んでいた男が肩を震わせる。どうやら怒っているらしい。
「どうやら痛い目に合わなければわからないらしいな、ついてこい」
「【バーストエア】」
俺の胸ぐらから手を離し、後ろを振り向いて歩き始めた男達の無防備な背中、正確には足元に風魔法の初級スキルを放つ。
風の衝撃によって不意を突かれた男達は、ガシャガシャと音を立てて倒れ、鎧の重さで起き上がれないのかまるでダンゴムシのように手足を動かしていた。
「貴様ァ!何をする!?」
「無防備だったからつい、魔法打ち込みたくなって…」
「そんな理由で打ち込んだのか!?なんて非常識な…!お前に常識というものはないのか!?」
む、不当に税を徴収しようとしてるやつにそんなことを言われるなんて心外だな。
なんとか起き上がった男達は、腰に帯びていた剣を引き抜く。見たところアイテムレアリティはCランク、店売りの鉄剣といったところだろうか。
「許さんぞ…!我々に楯突いたことを後悔させてやる!」
リーダー風の男がそう言うと、背後にいた男達も俺を囲むように展開する。
俺はエアディスプレイを操作して、最新の作品を装備する。
暗赤色の皮をベースに手の甲や指を保護している艶やかな光沢を浮かべる紫色の金属のようなもので構成された籠手型の装備だ。これは、昔作成した魔術媒体として使用できるグローブの改良版で、以前使用した上位悪魔の皮よりも遥かに強度の高い古代悪魔の皮を使用し、内部には魔力との親和性も高く、硬度がミスリルよりも高いアズリウス鉱とミスリルとの合金繊維を張り巡らせ、最大の難点であった防御力を補うために魔龍の鱗を加工したものを取り付けている。
「さあ、死なない程度に叩きのめしてやるよ」
手を開閉して、俺は男達にそう言った。
「死ねえ!」
斬りかかってきた男の剣を掴み、反対の手を押し付け風魔法【エアインパクト】を発動すると、男の身体が吹き飛び数バウンドして、地面に倒れる。
「ど、同時にかかれ!やれ!」
次々と繰り出される斬撃を奪った剣で弾き、拳でいなす。
ふむ…連携は悪くないな。だが…
「火力不足だな」
「クソがァ!」
叫び声と共に振るわれた剣を奪った剣で弾くと、そのまま蹴りを繰り出し、また1人ダウンさせる。
「まだ続けるのか?」
「くそ…!覚えていろ!全員撤収!」
倒れている男の肩を支えながら男達は去って行った。
「また来るんだろうなあ…。」
去って行く男達の背中を見ながら俺はそう呟くと、小さく溜息を吐いた。
☆
「はあ!?戻ってこれない!?」
屋敷に戻った俺は、天和之國のレノンに対し先程の集団をなんとかして欲しいと連絡したのだが、結果はNO。
理由は現在62界層で発生しているボス侵略クエストの進捗があまり良くないらしく、そちらに人員を回すので手一杯とのことだった。
「そうか…。わかった。それじゃあな」
そう言ってフレンドコールを切ると、ソファに背を預ける。
そう言えばナクがしばらく帰れないって言ってたな…。どんだけ強いんだよ。
その時、メッセージの受信を知らせる通知が目の前に表示される。
送信者は以前、第1界層で戦闘方法を軽くレクチャーした双子の内の一人、リックだった。
「…なるほどな。少し出掛けるか」
アイテムの在庫や、武具の消耗などを確認していると、部屋の扉がノックされる。
『失礼します。マスターお飲物を…おや?お出掛けですか?』
「ん?ああ、ウィルか。ちょっとな」
部屋に入ってきたのは俺の配下の一人、悪魔候という悪魔族の青年。ウィルだった。本名は長いので割愛する。
「街で人に会う約束があるんだ」
『なるほど。でしたら街までご一緒させていただけませんか?丁度食材を買いに行こうと思っていたところでして』
「ああ、いいぞ。なんなら一緒に見て回るか?」
ウィルには我が家の家事全般を任せており、生活能力が絶望的な俺達のパーティーにおいて、重要な役割なのだ。俺も料理は出来ないことはないのだが、レパートリーも少ないし、自分が食べる程度の腕前でしかない。それなら、ある程度のことはなんでもこなせるウィルに任せた方がいいというものだ。
『では、是非一緒に見て回りましょう。何を食べたいか決めておいてください』
「わかった。それじゃ、行くか」
☆
第1界層『始まりの街』
第1界層、ここに来るのも久しぶりだな。それにしても─
「鎧のやつらが多いな…。」
街の中を見渡せば、至る所に俺達の屋敷にやってきた鎧姿の男達と同じ装備を身に纏ったプレイヤー達が歩いていた。
その原因は間違いなく、昔は無かったアレのせいだ。
俺の視線の先には、以前は街の中心部にあたる教会が建っていた場所に堂々と建っている長細い形状の城があった。
とはいえ、鎧達も襲ってくる様子はないし、今は放置しておけばいいだろう。もし、大群で襲ってくるなら全員纏めて吹き飛ばせばいいのだから。
俺は、城から視線を外すと、目的の店へと足を進める。
大通りを進み、途中入り組んだ路地に入れば、そこには『エーテル武具店』と書かれた看板が掲げられた店が建っていた。
扉を引くと、カランカランとドアベルが鳴り、コーヒーの匂いが…。コーヒーの匂い?
バッと外に掲げられた看板を見る。うん、剣と盾のエンブレム、下には『武具店』と書かれている。いや、意味がわからない。
『いらっしゃいませ〜』
店主のエーテルはそう挨拶をし、混乱する俺を見た瞬間に嫌そうな顔をする。コイツ…。
『なんですか〜?もうこんな低層の零細武具店に用事なんてないんじゃないんですか〜?』
拗ねたように下を向いて地面を蹴るような動きをしながら、エーテルがそう言う。
「呼ばれたんだよ。リックがここに来てないか?」
「あっ!師匠、お待ちしていました!」
ヒョコッとリックが剣や槍が立て掛けられた商品棚の横から顔を覗かせる。
商品棚の横を曲がったその時、俺は目を見開いた。
昔は在庫の剣などの山で埋まっていたスペースが解放され、壁をぶち抜いて設置されたのであろう窓ガラスからは向かいの民家の壁が見えていた。
落ち着いた雰囲気のテーブルに、多分予算が足りなかったのだろう。それでもなんとか逆剥けなどが無いように、丁寧に磨かれた木箱が椅子のように設置され、カフェスペースの様なものになっていた。
「なんということでしょう…」
『いや〜、つい先日剣を大量に購入していってくれたお客様が居てですね。在庫処分ができたので、これを機に新たな商売を始めようと思って』
某大改装番組の真似をしていると、エーテルから席に座るように促されたため、リックが座っている席に向かい合うように座ると、スッとメニューが差し出される。ふむ、意外と品数があるな。
『マスター、ここはコーヒーがよろしいかと。見たところ本格的な機械も置いてある様です』
「それじゃあ、コーヒーを頼もうか」
『かしこまりました!』
そう言ってエーテルはカウンターの奥へと消えて行く。
『粉入れてお湯を入れて3回・転!』
「インスタントかよ!」
いや、味の違いなんてわからないけどさ。何のための機械なんだよ…。
隣でウィルも首を振っている。
『おまたせしました〜!』
「おまたせしましたじゃねえよ。インスタントかよ!何のために機械置いてるんだ!」
『カッコいいからです!』
コイツはあれだ、形から入って満足するタイプだ。
「てことは、このメニューは全部インスタントとか市販品なのか?それは店としてどうなんだ?」
『失礼な!クッキーやケーキはちゃんとこの店オリジナルですよ!』
メニュー表を叩きながらエーテルがそう言う。そこまで言うのなら食べてみようじゃないか。
「それならこの【武具屋さんのクッキー】とやらを貰おうか」
『かしこまりました!』
エーテルはカウンター裏をゴソゴソと漁ると、紙に包まれた丸い形状のものを取り出した。
それを俺の目の前に持ってくると、一緒に持ってきた皿の上に乗せ、開封する。
『お待たせしました!』
「…なあ、なんかこれ変な匂いがするんだが?」
なんと言うか、鉄のような匂いがする。
俺の問いかけにエーテルは無い胸を張ってこう言った。
『まあ、インゴットを加工する時の釜で焼いてますから!これが後釜ってやつですかね!』
スパァン!という音がなり、エーテルの身体が消える。
音の正体は俺から放たれた平手打ちがエーテルの頭に直撃した音で、消えたエーテルは床に倒れ伏していた。
『なんてことをするんですか!レディに優しくしてくださいよ!』
「それなら俺の身体にも優しくしろよ!変な病気にでもなったらどうしてくれんだ!」
『別に本当の身体じゃないんですから良いでしょう!?』
そう言ってエーテルは頭をさすりながらカウンターの奥へと引っ込んで行った。
「まったく…それで、今日はどうしたんだ?」
「えっと…あ、はい。師匠もご存知だとは思いますが、最近この街を拠点にある集団が国を作ってしまったんです。」
「ああ、あの鎧の奴らか」
「はい。それ自体は別に良かったんです。ただ、問題なのがあいつらこの街にあるエクストラダンジョンに挑むために兵士や金銭を集めているらしくて、馬鹿高い税を払えない人は戦うつもりのない人や子供達まで徴兵しているんです」
なんと、そんなことをしていたのか。
話をしているリックも怒りからか手が震えていた。
「そう言えばリーンはどうしたんだ?」
「リーンは目の前で子供が連れ去られそうになった時に、鎧連中を斬って今はアンダータウンに潜伏しています」
「なるほどね」
アンダータウンとは、4層にあるならず者達が集まる街で、内部は入り組んでおり、珍しくプレイヤーに非協力的なNPCが住んでいる為、犯罪者プレイヤーや事情があって隠れたい者達にとっては理想的な潜伏場所だ。
ふと隣を見ると、顔が完全にヤギと化したウィルがいて、その肩は震えていた。
『子供だと…?守るべき民、それも小さな子供まで兵士として使おうなどと…!許せん、上に立つ資格などない。滅ぼしてくれる!』
「落ち着け。滅ぼすのはダメだ」
そんなことをすればそれを理由にレノンからどんな面倒ごとを押し付けられるかわかったもんじゃない。
「それで、俺はリーンに会ってくればいいんだっけか?」
「はい。僕はリーンの仲間ということでマークされているみたいですから…。」
そう言ってペコリと頭を下げるリックに軽く手を振った俺は、そのまま店を出た。
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コメント
ノベルバユーザー298861
私は好きなので、次を楽しみにしてますよ
ノベルバユーザー298098
あまり面白くない