Suicide Life 《スイサイド・ライフ》
■第5話:温もり■
………ねぇ…目を開けてよ……
お母さん…私の…お母さん……
いつも優しくしてくれた。いつも優しく話しかけてくれた。いつも優しく頭を撫でてくれた。いつも優しく微笑んでくれた。いつも私をその優しそうな目で見てくれた。いつも私が泣いている時に慰めてくれた。いつも、私が悪い事をするとちゃんと怒ってくれた。いつも私のこと大切に思ってくれた。いつも私を愛してくれた。
私のお母さん…
大好きだった、お母さん…
…………ねぇ…目を開けてよ…お母さん………私…前よりずっと、大きくなったよ…?…見てよ…お母さん……私…料理だってできるようになったんだよ…?お父さんだって…頑張ったんだよ…?毎晩ずっと泣いてるんだよ…?…ずっと…泣いてるんだよ…?
……目を開けてよ……ねぇ、てば……
…目を覚ましてよ……
…今日はね、ユート君が、お母さんの目を覚まさせる薬をくれるって言ってくれたんだよ…?
お母さんの口にその薬を入れたんだよ…?
なのに…何で…?
何で…目を覚ましてくれないの…?
ねぇ…お母さん……私………どうしたらいいの……?
ねぇ…お母さん…どうすれば…目を開けてくれるの…?
………でも……本当は…
本当は……
本当は…………
本当は…………………………………
………………………………………………………………
………………………………………………………………
……………………………………………。
■ ■ ■
テラの母親の真実を知った俺は、とりあえず、2人には言わない方がいいと考え、黙っていることにした。
あの2人には、恐らく、ちゃんと人間の形わをした母親が見えるのだろう。
だが、それは幻覚だろう。
なぜなら俺の目には肉が腐り果てた死体にしか見えなかったからだ。
そして、再び元いた部屋に戻り、元々来ていた服が乾いたようなので、着てみた。だが、畳まれた状態で乾いたので、少々濡れていたが、まぁ、着るぶんには問題ないだろう。服装はいたってシンプルなデザインだが、少し黄ばんだTシャツ、そして、何年はいたかは分からないが、ヨレヨレになったジーンズ。
母親曰く、テメェのために買ってやる服は無い。買いたきゃテメェの金で買え。服が着せてもらえるだけ、ありがたく思え。だそうだ…
何年間、着ているのだろう…本当は、何年間かは分かっている……
この服を着た時間だけ俺は苦しんだ…楽になりたかった…
本当にそう思っていた……
そして、時間は過ぎ、お昼近くになった頃。
「行くあてがないのならしばらくここに泊まってけ。なぁに、気にすることはねぇ‼︎ついさっきだって、俺の嫁を助けようとしてくれたじゃねえか、その礼だ‼︎
金なんざぁ要らねえ‼︎ちょっと生活に手を貸してくれればいい。飯もつけるぜ‼︎そこらの、宿より断然安い‼︎なんせタダだからなぁ〜‼︎はっははは‼︎」とのことで、俺はしばらくの間、ゼプトの良心に甘え、しばらくここに滞在することになった。
そして、昼食を頂いた後…
「なあ、ユートお前、魔法のこと知らないと言っていたが、使えもしないのか?」
「あ、は、はい。じ、実際には見たこともない、で、です。」
「ふん…そうか……」
ゼプトは、それを聞いて、少し悩んだ後、パチンッと手を合わせ、こう提案した。
「よし‼︎じゃあ、俺たちが魔法を教えてやろう‼︎」
「え、え⁉︎ほ、本当ですか‼︎」
「ああ、本当だとも。俺たちはエルフなんだぞ?魔法に関しちゃあプロだぞ?俺たちより魔法がうまく使えるやつなんざぁいやしねぇ。保証する‼︎な?テラ。」
「確かにそうだけど…どこで教える気なのよ。迂闊に外に出れるはずもないし…」
「その事は問題ない。それを使えばいいだろ?」
そして、ゼプトはテラに向けて指をさした。
正確にはテラの頭についている“耳を隠すための包帯”を…
■ ■ ■
俺は、テラから予備の包帯を貰い、耳を隠すように、頭に巻いた。普段、包帯なんか巻いたことなかったから、なんというか、不思議な感じだ。頭が少し圧迫され、少し暖かい?少し硬めのニット帽を被ったらこんな感じなのだろうか?とか、実際試したことない想像に浸っていた。
そして、俺は、テラ達によって外に連れ出された。
だが、そこで問題が発生した…
それは、外に出てから数十分後の事だ…
「ねぇ…本当に大丈夫…?」
と心配そうにテラが声をかけてくる…
だが、そんな声など、“耳になど入らなかった”…
何故なら…“怖いからだ”…怖かったからだ…
■ 数分前 ■
普段、たった1人の人に会う事さえ、恐怖を覚えた俺は、今いる場所を把握していなかったのだ…
ゼプトは村だと言っていた。
俺はその言葉に“小さな人の少ない”村だと“勘違い”してしまったのだ…
だが、それは小規模なものではなかった…
外に出た瞬間、家の中の静けさが嘘のように、ざわっと人々の声が聞こえた。
商人の客引きの声、互いに笑い合う子供達の声、歌を歌い、曲を奏でるもの達の声、世間話に浸る主婦の声、道を尋ね道を教える者の声、悪戯小僧を叱る老人の声、勢い良く走る馬に似た生物の鳴き声、空を飛び回る鳥の鳴き声…
そう、目の前には、“一つの都市と言っていいほどの、大規模なものだった”…
建物類は、いくつも並ぶ巨大な大樹の根元がボッコリと洞窟の様に凹み、そこに扉が取り付けられ、上の方の幹には、敵の間をつなぐ様に、橋が吊るされ、その上を、人々が歩き、家々を渡り歩いていた。
商人が開く屋台は、簡単なテントの様な物を開き、色鮮やかな果物や、粋のいい魚、吊るされた鳥、生活に使う、木や、石で作られた、お椀や、コップ類、美しい石が埋められた、指輪や、腕輪などのアクセサリーが並んでいた。
そして、笑い声や、曲を奏でる、細長い耳を持つ人々、エルフ達…
そんな人々は俺の目には楽しいもののようには映らなかった、映せなかった。
俺の目に映る全ての人々は、嘲笑い、嘲笑し、不快なものを見るような瞳で、こちらを向き、陰口を叩き、ありもしない噂を吹き、自分が強者であることを強調し、弱者を蔑み、捻り潰す、利用する、喰らう、甚振る…
そんな、“化け物”にしか見えなかった…
俺は、自然と、自慢の方を向き、テラの腕を掴んでしまった…
「え、ええっ⁉︎ゆ、ユート君⁉︎」
「んぁ?って‼︎ユート⁉︎うちの娘に何しよっとかぁあ‼︎‼︎」
そんな声が聞こえる。
だが、呼吸はどんどん荒くなり、体からどんどん熱が奪われ、肌が、だんだん白くなっていくのを感じる。
歯が小刻みに震え、無意識の内に、テラの腕を掴む力が強まってしまう…
恐らく、震えていたのは歯だけではなかったのだろう、テラが、自分の腕を掴む手が、歯と同じように震えているのを感じたのであろう。俺の顔を見るなり、「…え?」と、声を上げた、想像はつく、何度か体験したからだ、顔が、真っ青になるのだ、血がないのではないかというほど真っ青に…
目の前は、真っ白に染まり、足にも力が入らない、かろうじて立つことはできるが、前に進めない、誰かに人差し指で、つつかれたら、そのまま崩れ落ちてしまうだろう…
冷たい…冷たい…
だんだん熱が奪われる…
何度も経験した…何度も味わった…何度も苦しんだ…
目眩がする…気持ちが悪い…呼吸ができないほど苦しい……
呼吸が、過呼吸へと変わる…
呼吸をする回数が増え、だんだん荒くなる…
苦しい…息ができない…苦しい…苦しい苦しい苦しい苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい怖い苦しい冷たい怖い苦しい冷たい怖い苦しい冷たい怖い苦しい冷たい怖い苦しい冷たい怖い苦しい冷たい怖い苦しい冷たい怖い苦しい冷たい怖い苦しい冷たい怖い苦しい冷たい怖い苦しい冷たい怖い苦しい冷たい怖い苦しい冷たい怖い苦しい冷たい怖い苦しい冷たい怖い苦しい冷たい怖い苦しい冷たい怖い苦しい冷たい怖い苦しい冷たい怖い苦しい冷たい怖い苦しい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい…
「大丈夫だよ…怖くなんかないよ…」
冷たい肌に、暖かな温もりが生まれた…
それは、俺の体を抱きしめ、怖くない、大丈夫、安心して、と、冷たい肌を包み込んで行く…
俺は、それを光の様に感じた、真っ暗な世界を照らし、道を照らす、太陽の様な光…
今まで、感じてこなかった、今まで、忘れていた.今まで、与えられなかった…
“優しさと言う名の光”…
少しずつ…少しずつ…温かさを取り戻す…
まだ肌は冷たい、だが、理性を取り戻した…
また、少し、歯車が回った気がした…
凍りつき、動くことのなかった歯車…
優しさの光に照らされ、少しずつ動き、噛み合う…外れる…噛み合う…その繰り返しだ…
この歯車は、何なのだろうか…
この歯車が、噛み合い続ける日は来るのだろうか…
そんな、事を考えた…
そして、光で照らした…優しさをくれた…顔を上げ、“テラ”の方を向いた…
彼女は、心配そうな目で、こちらを見てくれた…
■ ■ ■
「おお‼︎村長‼︎お出かけかい?」
「村長‼︎今年もたくさん収穫できたで、今度お裾分けさしてもらうわぁ‼︎」
「村長‼︎俺に、新しい子が生まれたんだ‼︎今度顔を見にきてやってくれ‼︎」
「村長‼︎調子はどうだい‼︎」
「そんちょぉー‼︎今度、魔法教えてくれぇー!」
俺が、俯いている間、そんな声が、次々に集まってきた。声を聞く限り、ゼプトは絶対的な信頼を得ている事が分かった…
だが、その声を聞くたび、体が強張り、テラの後ろに隠れてしまう俺がいた…
テラは、そんな行動を見ると、大丈夫、大丈夫と声をかけてくれた。その言葉が、今は一番心に沁みた…
すると、こんな声が上がった。
「おや?テラちゃんの後ろ…」
集まってきた、村人の中の1人が気づいた。
その声を聞いた瞬間、只ならぬ恐怖に犯される…
壊される、殴られる、喰らわれる、叩かれる、蹴られる……殺される……そんな事が、脳内をよぎった…
「もしかして、テラちゃんの“彼氏”かい?」
「「「へ?」」」
テラ、ゼプト、俺は、同時に素っ頓狂な声を上げた。
すると、村人達は次々に表情を変えていき、
「まぁ‼︎テラちゃんにも春が来たのね‼︎」
「何処までいったんけぇ‼︎」
「( ๑´艸` ๑)」
「お前さんは何処の子だい?」
「「「「「俺達のアイドルがぁあああ‼︎‼︎」」」」」
「おやおや、昼間からお熱いねぇ〜ww」
「ち、違いますぅ‼︎‼︎‼︎そんなんじゃありません‼︎‼︎‼︎‼︎」
テラが、声を上げ、それを否定した。
すると、ゼプトが一歩前に出た。
「いや、実はな。彼、ユートもテラと同じ呪いにかかっているんだよ。ユートが、自分と同じ、丸い耳の呪いにかかっているテラの情報を聞きつけ、呪いを解くための情報欲しさに、今朝、うちに来たんだ。だから、テラはユートと初対面。特別な関係とかは無い。
そうだろう?2人とも。」
「そ、そうです‼︎」
「……は…ぃ…」
なるほど、テラの耳は呪いということにしてあるのか。
ゼプトのアドリブには少し感心した。
こうやって、いつも、テラを守ろうとしていたんだな…そう思った。
そして、俺は思った…
俺にもこんな父親がいればよかったのにな…
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