長いものには巻かれない

通行人C「左目が疼く…!」

仕方ないので




 見慣れた道がいつもより早く後ろに吸い込まれていく。
 俺は午後11時を回って暗くなった道を、急ぐわけでもないのに早足で歩いていた。
 後ろに続く足音を振り切るように。



「待ってください、砂上すなかみさん! 洋介ようすけさん!」


「なんで名前まで知ってんの。いい加減通報するよ?」



 ぴょこぴょこと右から左、左から右へと俺の周りを行き交いながら後を追いかける少女。



 それをあしらう俺の態度が少し刺々しいのは勘弁してくれ。
 ちゃんと断ったはずなのに何故か諦めずついてくるこの子を煩わしく思うのは仕方のないことじゃないか?
 すれ違う人の視線にいたたまれなくなる俺の気持ちをわかってほしい。



 好みの子ならよかった。きっとこうやって言い寄られても悪い気はしなかった。 
 美少女だから許される? そんな道理は通用しない。
 彼女は俺の好みとは一線を画す。例えば「彼」の後に「女」って文字が入るところとか。



 そんな俺の適当なあしらいにもめげず、少女がたわわに実った胸を張る。



「私結構尽くす女ですよ?  別に浮気でも不倫でも大丈夫ですからっ!」


「俺独身だから。浮気でも不倫でもないから。ていうかそれダメだろ。」


「後妻でも愛人でも召使いでも家政婦でも性奴隷でも愛玩動物ペットでも大丈夫です!」


「オイ最後の方。それ更に大丈夫じゃないよねー。俺が捕まっちゃうやつだよねー。」



 女の子なんだからそういう事を簡単に男に言うもんじゃないぞ。犯罪者製造機か。
 例え高校生だってそんな手の出し方したら警察騒ぎだってことぐらいわかる。
 俺は犯罪者にはなりたくない。全面的にお断りである。



 冷えた目でその子を見やると、少女はぱちくり目を瞬かせながらこちらを見上げてくる。
 その後難しそうな顔で顎に指を添えて考えるポーズ…。
 何か、難しい事を言っただろうか…?



「…そうなんですか、すぐ捕まっちゃうんですね。聞いてはいましたが結構厳しいところです。」



 そうなんですよ。そもそもどこの地域でもダメだと思うけどね。
 途方も無い疲労感に、はぁっと大袈裟にため息をついて言葉を探す。



 どうにかこの子を振り切れる話題はないものか。
 目線が俺の肩ぐらいまでしかない女の子。その姿をまじまじ観察してみる。
 しかし、女に興味のない俺は寒そうな格好してるなぁとか、活発そうな子だなとか、こんな若い子が夜道とか心配だなとかぐらいしか…。



 これだ!
 ふと浮かんだワードに糸口を見つけて、俺は口を開いた。



「てか君何歳? 学生は今出歩いてちゃいけないんじゃないの?」



 おっしゃいい切り出しだ。
 深夜徘徊がどうのとか言って追い返せるぞ。
 さっすが俺! 頭いい、天才、もはや神!
 心の中で密かに自画自賛とガッツポーズ。



 一方そちらはどうかと、ちらり視線をやってみれば。
 一歩下がって隣をゆくその子は明後日の方向を向きながら指を降り始めたところだった。



 歳覚えてねえのかよ、とか思いながらぱたぱた絶え間無く折られる指を眺める。
 しばらくそうして、ようやく思い出したのか少女がパッと顔を明るくした。
 そして、



「そうですねぇ、確か…4526よんせんごひゃくにじゅうろく? 歳です。」



 こんなことを言った。



「んん〜? なにかな、患っちゃってる系の子なのかな…。」



 最近の、…えっと、たしか「厨二病」とかいうやつ?
 患う子が多いと聞いたけど、この子もその類か。



 隣を歩く少女は俺のセリフにまたもや合点がいかないといった表情。
 さっきからこの子、話とか通じなすぎないか? 天然なのか? そういうキャラ作ってんのか?



 頭痛を感じて頭を抱える俺だったが、その答えは案外早く降って来た。
 落としたのは本人だ。



「わずら? …よくわかりませんが、私はここにきて日が浅いので知らないことが多いんです。どうかそのへんは目を瞑ってもらえたらと。」


「ああやっぱり、見た時から思ってたけど外人さん?」



 青みがかった長い髪の毛。夜道のわずかな明かりさえ取りこんで輝く黄金の目。
 日本離れしていると言えば些かし過ぎているぐらいだ。 


 
   なんとなくコスプレっぽい露出の多い服もその国では普通なのかな? 外国文化には詳しくないからわからん。
  でも、この寒空の下でそれは流石に辛くないか? とは思ったりしていた。



 少女はご丁寧に深々頭を下げた。



「はい、海を越えてきました。ルシアっていいます、不束者ですがどうぞよろ…、」


「いやいやいやいや、よろしくしねえから。する気がねえから。」



 慌てて俺が言葉を乱暴に遮るも、顔を上げてにっこり愛らしく笑ったルシアは全く意に介してないようだ。



 ニコニコと寸分変わらぬ笑顔を向けている。
 胸が騒つくのはその笑顔にやられたからでは決してない。
 ちょっとイライラしているだけである。



「てか、それにしちゃ日本語うますぎねえか? 来たの最近なんだろ?」



 そう、今ここにあるのは一切の淀みもなく進むやりとりだ。
 疑問に思ってそう尋ねれば、ルシアは得意げに返してきた。



「はい、ごくごく最近です。言葉もこちらで覚えました。」



 へぇ、そんな短期間で覚えられるもんなんだなぁ。
 そりゃ凄い。俺には出来ない芸当だ。
 向こうの人は他民族な国もあると言うし、そう言う関係かな? 
 なんて根拠のない事を考えて…。



「あなたに愛を伝えるため頑張りましたっ!」


「そんな勿体無いことに大事な時間を使うもんじゃねえよ。」



 彼女が述べた理由はこんなものだった。
 大袈裟に両腕をこちらに広げてみせたルシアは何故か鼻高々と自慢げな様子だ。



 そんなどうしようもない理由でいいのか? 良くないだろう。
 学生の本分は勉強だ勉強。いや俺だってそんなこと言えた義理じゃないが。
 無駄すぎる恋愛ごとにうつつを抜かして、青春時代を棒にふるもんじゃないぞ。



「最優先事項でしたので!」


「かーっ、そんないらん五次熟語までご丁寧に。」


「改めましてふつつかものですが…。」


「こっちにはする気はねえって言ってんだろ。」



 再び深く頭を下がりそうなルシアの頭を軽く額を小突いて止める。
 こつんと拳の背中を当てると、驚いたのか額に手を添えるルシア。


 俺はため息をついた。



「それでもやっぱ慣れないところだし、尚更家族も心配するだろ? 早く家に帰りなー。」


「いいえ! これも洋介さんに会うためだったと思えばっ!」


「なにそれ答えになってない。…てか俺ら初対面じゃん。」



 ぐっと拳を胸の前で握りしめ、そう力説する美少女。
 全く的を射ない答えは外国人だからだろうか?


 知り合ったばかしの男に会うために親を心配させる事も辞さないって…、どう言う事だよ。


 隣を歩くルシアが意味ありげに笑った。



「そうです。私は今日あなたと会うそのために海を渡ったのです。」


「ごめん、正直意味わからん。」



 さっきのより更にわからん。
 本当に物好きな女もいたものである。
 国境だけでなく海まで超えて俺に会いにくるとか笑い話にしかならない。



 再び襲い来る途方も無い疲労感にため息をついて視線をあげる。
 すると、見慣れた帰り道に背の高い集合住宅が遠目で確認できた。
 その隅っこに位置する明かりのついていない俺の部屋の窓も。



 俺は足を止めた。



 小さく悲鳴をあげて俺の背中にぶつかる少女。
 くるりそちらに向き直ると、ルシアはぽかんとした表情で俺を見上げた。
 そんな少女を厳しい視線で見下ろす。 



 そろそろ家も近づいてきた。
 こういう子に住まいを知られるのってよくない気がする。
 …そろそろ決着をつけよう。



「…俺も暇じゃないんだ。これ以上、付きまとうなら警察呼ぶぞ?」


「え? あ、…それはその、ごめんなさい。」



 冷たく言い放った言葉にわたわたという効果音がつきそうなぐらい狼狽するルシア。



 うん、確かに娘にこんな子がいたら可愛いだろうけど…。なんかこう、父性を唆ると言いますか。
 こんな大きな子持つほどの年齢じゃないけど、こう言う素直な子なら養子縁組も悪くない気がしてくる。



 …なんて全く関係ない思考は、乱暴に自らの頭を掻き回して振り払った。
 俺は少し目をそらして口を開く。



「そもそもどーして俺なんだ。」



 疑問なら掃いて捨てるほど湧いてくるのだ。



 例えば、
 まだ幼さの残る顔つきを持つルシアの予想できる年齢より、自分はひと回りもふた回りも大きいこと。
 年の差…なんてよく聞く文句だが、おっさんに女子学生って護送される匂いしかしない。
 そもそも自分には関係のないものって認識だった。



 例えば、
 会話したことはもちろん、会ったことも、すれ違ったこともないはずだということ。
 いくら女に興味のない俺だって、ルシアを見かければ記憶にぐらい残ってると思う。
 それなのに一切カケラもないということは、つまりそういうことなんだろう。



 例えば、
 対して俺の方は過大評価しても平々凡々、とどのつまり…………、いや、まぁアレだ、言いたくもない顔だということ。
 俺自身殆ど身なりを気にしない男だし、鏡を見ることなんて少ないけども。
 死んだ魚みたいな目をぶら下げてヨレたスーツに身を包む俺は、到底彼女に見合いそうもないのに…。
 そんな男を、なぜ?



 訝しげに彼女を伺う俺の率直な質問に、ルシアはくすくすと喉を鳴らす。



 そのあと、暗い夜道だっていうのに星よりずっと月よりもっと、輝くように笑ってみせた。



「洋介さんが好きだからです。」


「いや、そうじゃなくてなんで…、」


「好きなんです。」



 ここに来てから日が浅いという割に、一切の淀みもない高い声に言葉を切られる。
 一度目より力を込めた声に面を食らってルシアの方に目を写した。



 ふわり、柔らかく微笑む少女。
 その後ろを丁度通った車のライトが照らして、まるで映画のワンシーンのようだ。


 その美しさに…息を呑む。




「あなたしかいない。」




 車がやけにゆっくり通り過ぎていく…。
 別に速度を落としてる訳じゃなくて、遅く見えていただけだと気付いたのはエンジン音がすぐ横で聞こえてからだった。



 呼吸を忘れるぐらい綺麗…だなんて俺ですら思うんだ。
 世間一般の正常な性嗜好をもつ人なら男女問わず誰だってその手を取ってしまうことだろう。



「なんだよそれ。」



 アナタシカイナイ、そのセリフを脳内で反復してみてため息を落とす。
 もっと低音の太い声で言われたら…、俺もオチてたかもしれない口説き文句だな。



 でも…、だめなんだ俺は。
 どんなに可愛くても、どんなに綺麗でも、ダメなものはダメ。
 残念ながらこの子は俺が好きなタイプとは正反対。どうしたって愛せそうにない。



 まずは形から? 確かにそんな言葉もあるけれど。
 フタを開けて、何も入ってない弁当ってやつが……俺は大嫌いなのだ。



「…、悪いけど俺はお前のこと好きじゃない。好きになれない。」



 真摯に想ってくれる気持ちは正直うれしい。
 こんな綺麗な女の子に好きって言われて喜ばないのなんて俺と同じ極度ののゲイかブス専の猛者ぐらいだろう。



 このルシアが女装男子ですっていうならもう少し考える余地があったんだけど…。
 残念ながら彼女の豊満な胸がそれを否定してる。



「ホントごめん、…だって女じゃ勃たない。生理的に無理。」


「…そんな。」



 その言葉に、傷ついたように顔を伏せるルシア。
 別に、ヒドいことは言ってないよな?
 もしそうだったとしてもしょうがない、これが俺の現実。



 どこか困ったように顔を歪めるルシア。
 そうやって歪めてもなお損なわない美貌をもつ、その少女。


 君ならきっと他にいい人いるでしょ、大丈夫だって。
 俺なんかじゃなく君の隣にはもっとカッコいいイケメンが似合うと思うぜ。



 それでも彼女は言い募る。



「なんでもいいんです、あなたのそばに居られるなら。たとえ、恋人なんかじゃなくても。」


「そうは言われてもなぁ…。」


「さっきのがダメならもう置物でも非常食でも構いません。」


「なんでそのチョイス? …どちらにせよ間に合ってるよ。」



 過激な発言の多い子だな。


 こういう、その…言っちゃ悪いけど。重い、カンジのが最近の若い子の間では流行ってるんだろうか。それとも彼女の母国ではって話なのかな。
 とにかく、時代は変わったんだなぁとしみじみとする。



「どうしても……ダメですか?」


「なんども言うけど、俺ゲイだから。」



 女に興味ないのっ。
 さっきも言ったようにもしもルシアが男なら考えたかもしれない。しかしまあ、性別ばかりはどうしようもないだろう。
 だから無理、永遠に想い合うことはない。



 ていうか、もはや深夜と呼べるような時間帯だ。流石にもう家で休みたい。
 今日もきちんと労働してきた訳だし、明日も仕事があるし、布団でも毛布でもひっかぶって寝たい。
 もういいよな? 俺結構頑張ったよ。あとはルシア個人の問題だもんな。



 俺は俯いて固まるルシアに、じゃあそういうことだから、と踵を返し家路を急ぐ。
 そうしてようやく視界に広がる果てない暗がりに足を踏み出した。


 そのとき。



「そうですか。」



 すとん、とトーンの落ちた声。
 その音に背筋を撫ぜられて、鼓動が大きく跳ねるのがわかった。



 思わず彼女を返り見る。




 俯いたままのルシアがいた。
 じゃあなって言ったときと変わらない光景のはずなのに…大きく心臓が鳴ってぞわぞわと悪寒が走り背骨を震わせる。



 なんだ? なんでこんなに胸騒ぎがするんだろう…。
 よくわからない焦燥と居心地の悪さに思考が乱れる。



 ざわざわと耳の奥が煩い。塞いでしまいたいところだが、指一本言うことを聞かなかった。
 開いたままの口が冷たい酸素を吸い込んで急速に渇いていく…。
 いつの間にか周りの景色が遠のいて額縁の中の絵を見ている気分になった。
 暗い別の場所に、まるでひとりきり、…みたいだ。




 そんな俺の耳に響いた、彼女の声。
 手に入らないなら…。そう呟く声が地響きのようで。




 彼女が、顔を上げる。




 囚われたまま外せない視界の中、翳っていたルシアの美しい顔が露わになる。
 ぼぅ、と光をたたえた金色の目と俺の目がかち合った。
 そうしてようやく、街灯の明かりを反射していると思っていた目が……それが、自発的に輝いているのだと気づいた。



 そう…気づいてしまったのだ。
 途端に上から下へと流れるように体温が冷めた。
 混乱して動けずにいる俺をまるで嘲笑うように…。



 ルシアの整った唇が、三日月のように歪む。




「ならいっそ………ここで。」



 その声を皮切りに、ギチギチと嫌な音が鳴り始める。
 何事かと彼女を伺えば…、



 がばっとルシアの口が耳まで大きく裂けた。



 ヒュッ…、か細い呼吸音が俺の喉から聞こえた。あまりの出来事に、その音を最後に俺の肺が活動を停止する。



 硬直する俺のことなどお構い無しに目の前で少女の体は次々に有り得ない変化を遂げる…。
 耳障りな音共にその影が見上げる程に大きくなっていく様を、ただただ眺めている事しかできない。



 がぱりと裂けた血液を思わせる真っ赤な口、そこから覗いたのはな同じく毒々しい色をした二股になった舌。
 その先の方がちろちろと大きく開かれたの口の中で踊ってみせた。



 しなやかな二本足がまとめられて一つになり、腕も体の中央に吸い込まれた。
 一本線になった全身が固い鱗に覆われる。
 腹はつるりと光沢を放つ白い鱗に。背は夏の草木を思わせるつややかな深緑に。



 それが終わる頃にはシャァアと小さく吐く息に、特有の生臭さが混じる。
 さっきまで話していた少女が、大人の背丈を優に超える大きな影へと形を変えていく、現実。
 そんなどこかの映画のような光景が肌で感じられる距離にあるのだ。
 折れるような、軋むような、そんな音の中で。



 呆然と立ち尽くす俺の前で不快な音が鳴るのをやめ、静かになったとき。そこにいるのはあの美しい少女とは似ても似つかぬ存在だ。



 鎌首をもたげる平たい頭。
 そこについた大きな口と、長い舌。温度を感じない冷たい瞳。
 ずるりと地を這う、無駄のないシンプルなその姿。
 俺のよく知る生き物。
 でも、そいつをそう呼ぶにはあまりに大き過ぎて。



「あなたに会う為私は…ここまで来たんです、あなたの為にに全て…。なのに…。」



 そう言って大気を大きく震わす声は、ルシアと名乗った少女のままの大蛇。
 嗤い声にも聞こえるそれがきぃんと耳鳴りとなって耳朶に突き刺さった。



「殺してやる…。」



 殺気をはらんだ低い声。
 ギラギラ光る金色の、縦に割れた瞳。
 それに貫かれて、呼吸さえうまくいかなくなる。



 ああ、本当に…。
 うそだろ。なんのマンガだよこの展開。



 今現在この瞬間、俺の頭はそんなことでいっぱいだった。
 もし誰かにただの俺の見てる頭の悪い夢って言われたら、そっちを迷わず信じるだろう。そのぐらいありえない出来事だから。



 女の子はどこへいった? このどでかい蛇はなんだ? なんでこんなことになってるんだ? 殺すってなんだ? 
 どう言うことなんだよ誰か説明してくれ。



「ふ、フラれたぐらいで殺すってどうなの⁉︎ 落ち着けって、話せばわか…。」


「私はきっとあなたを幸せにしてみせますよ? それでもダメですかぁ? …なら死んでください。」


「待って待って! 待ってください、ホント! 俺男しか無理なんだって! 美人なんだから他にいい男がいるからさあ⁈ 悪いこと言わないからそっちにしなよおぉお!」


「あなたを愛してるんです! 私はその為にぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ‼︎」


「あ、ヤバい! これ死ぬやつ!」



 真っ赤な口が上から迫ってくる。
 ギョロリと剥いた目には正気なんて感じられない。
 説得なんて無駄の極みということが明らかだ。
 ああ、もう…………、






 仕方ない。






 俺はカ素早くバンの中に手を入れた。
 俺と大蛇の間に緊張が走る。



 こうなったら、ここまで来たら俺も腹を括るしかない。
 覚悟を決めて、まっすぐに大蛇と対峙する。
 ぐっと蛇が身を固めるのがわかった。



「悪いが、蛇と付き合う気はないんだ。」



 受け入れなきゃ殺す?
 悪いが、俺はこんなわけのわからないバケモノの脅しになんかに屈しないぞ。



 俺が望むのは美少女JKと毎日仲良く暮らすことじゃない。


 俺が望むもの。 …それは、




 ガチムチのイカした男前なアニキたちに囲まれた逆ハーレムライフだ!




 どの誰を選んでも遜色ない、よりどりみどりイケメンワールド!
 固い筋肉に身体を預けて、低い声に愛を囁かれるバラ色の生活‼︎


 それを、それを俺は夢に見ているのだ!



 こんなところで、蛇女なんかに絶されてたまるかッ‼︎



「本当は、…この手だけは使いたくなかったけど。」


「……?」



 カバンの中に目当てのものの感触を探り当てて俺はニヤリと笑う。
 それに大蛇が目を細めた。警戒しているのか動きは止まったままだ。



 失恋ぐらいで惚れた男を殺す道理も理屈もわからない。
 そんな理不尽に屈服してなるものか。
 俺にだって恋人を選ぶ権利があるんだ!



 どうせ何もできないとなめてもらっちゃ困るぜバケモノ。
 俺を一介のサラリーマンと侮ったが最後…。



 俺にはこの、奥の手がある。



 しばしの沈黙の訪れ。
 高い音で風が鳴いて、俺たちの間を通り抜けた。



 意を決したように、大きく開いた口が迫る。
 それに合わせるように、俺もカバンから勢いよく手を引き抜いた。



 終わらせてやるぜ、この一撃でっ!





































「はい、これウチの鍵。失くさないでね。」






「……………………………え。」





















 だってほら、背に腹は変えられない。








           

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