TUTORIAL-世界滅亡までの七日間-

舘伝斗

第20話-未来の希望-

「魔王?ふふふ。私をそんな弱者たちと一緒にしないでいただけるかしら?私は魔神。すべての魔王の力を統べた至高の存在なの。貴方たちもその命で、私を祝福して頂戴?"滅世の津波タイダルウェイブ"」

 女はそういって指を一つ鳴らす。

 ゴゴゴッ

「何の音や?」

「このアマ。なにしやがった!」

 突然の地鳴りに聡介そうすけ君と阿樟あくす君が吼える。

「ふふふ。勇者たち、もし私を倒してこの世界を救いたいのなら、私はこの場を動かないから見つけ出してみなさい。私と共に新たな世界を歩みたいと言うのなら、姿見に飛び込みなさい。奴隷としてなら使って差し上げるわ。リミットは姿見が壊れるまでよ。・・・精々私をゾクゾクさせてちょうだい?」

 姿見の女、魔神はそう言い残して姿を消し、姿見は代わりにこの場所ではないどこかの風景を写し出す。

「ふざけやがって!何が共に新たな世界を歩みたいなら、だ!奴隷なんて死んでるも同じだろうが!」

 阿樟あくす君の言葉にみんなが同意する。

 ゴゴゴッ

「この地鳴りはいつまで続くんですかね?」

 じゅん君は心配そうに辺りを見回し、そして何かに目を止める。

「あっ・・・」

「どうした、じゅん。」

「波が・・・」

「波?ここに海はねぇぞ?」

 みんなもじゅん君の言葉に疑問を覚えなから辺りを見回す。
 すると、遥か彼方にじゅん君の言った通り波、津波が押し寄せてくるのを捉える。

「おいおい、嘘だろ。」

鞍馬くらまの回復はまだか、真帆まほさん。」

「終わったけど、駄目。ダメージが大きすぎてすぐに目を覚まさない!」

「姿見に飛び込め!向こうには恐らく魔神が居るから直ぐに戦闘できるように神器を!」

「止めるんだ、みんな。魔神の戦闘力は未知数。魔神より弱いはずの風魔王に昨日苦戦したことを忘れたのか!魔神となった者を倒すことは出来ない。ただでさえ一人欠けた状態だ。無駄に命を散らせるな。」

 剣慈けんじ君の指示に従うか迷っていると、私の神器、神の秘書アルス・ノトリアからリーさんが考え直すよう言ってくる。

「なら、このままみんなで溺れ死ぬのかよ!」

「違う!ここはみんなで力を合わせて結界を張って乗り切るんだ。私たちの時は火魔神の七星零落セプトミーティアだったが、これはその水魔神バージョンだ。これを生き残れば君たちは死なずに地球に帰ることが出来るハズだ。」

「なら、僕に任せてください!」

 リーさんの提案にじゅん君が自ら津波の対処を願い出る。

「属性的に有利な僕がしっかりしていれば水魔王は魔神にならなかった筈なんです。だからせめて、最後だけでもみんなの役に立ちたくて。」

 みんなの視線を受け、じゅん君はその決意を口にする。

「なら任せる。ただし、地球に帰るときはみんな一緒にな。」

 じゅん君の意見に反対するものがいないことを確認して、剣慈けんじ君はその肩を叩く。

鞍馬くらま君に大ケガをさせた罪滅ぼしに、最後くらい、みんなを助けてみせる!"土霊招喚"!波を呑み込め、"土蜘蛛つちぐも"ぉ!!」

 じゅん君の呼び掛けに答えるように、私たちと津波の間に直径10メートルほどの穴が無数に口を開く。
 そしてその上を通過する津波を次々と飲み込んでいくその光景は津波というより滝だった。





 その光景から数分で地平線を覆い尽くしていた津波はすべて消え、あれだけの水を飲み込んでなお溢れてこない無数の穴だけがこの更地に開いていた。

「終わった・・・?」

じゅん君、スゴい!あれだけの津波が全部無くなるなんて。」

「はぁ、はぁ。最後に、役に立ちました。うっ。」

 ポワッ

 精霊招喚を使って疲弊したじゅん君の神器が光になり、私たちの体に吸収される。

愛沢あいざわさん。有り難うございました。」

 じゅん君はその光、神器に宿っていた過去の勇者にお礼を言い、額の汗を拭う。

「でも、私たちこれで帰っていいのかな?」

 私がポツリとこぼした言葉にみんなが反応する。

「確かにこの国の人には悪いが、今回魔神を封印してこの世界を救うより、次の回の勇者に任せた方がいい。」

「そうやな。今もしこの世界救ってもうたらこの国に居った人たちがそのまま死んでまうからな。次回の勇者に死人ゼロで乗り越えてもらうしかないな。責任重大やな、さくらちゃん?」

「なるほど。不自然に"滅世の津波タイダルウェイブ"が消えたと思ったら、力を隠していたのね。」

 魔神の攻撃を乗りきり、油断しているところに姿見から女が出てくる。

「っ!?魔神!真帆まほさん、帰還は?」

 その声にいち早く臨戦態勢をとった裕美ゆみさんが私に小声で話しかけてくる。
 でも、私の中の帰還に関する魔法の知識はないままだ。

「ダメ。方法が分からない。」

「嘘だろ?魔神復活の攻撃を乗り越えたってのに。」

「状況から考えるに、恐らくだが、魔神の攻撃を乗り越えることと、召喚から7日経過することが帰還の条件だと思う。君たちは魔神の攻撃を乗り越えたが、まだ召喚の日からまだ5日目だ。このまま無事帰りたければ今から1日と少し、目の前の魔神から逃げなければならない。」

「そうはいっても向さんも逃がしてはくれないみたいだぜ?」

 リーさんの言葉に耳を傾けつつ、魔神から目を話さないでいた阿樟あくす君がそう言うと、魔神から禍々しい魔力が放たれる。

「ふふふ。貴方たち、何か面白い話をしていたわね。貴方たちが元の世界に帰るとこの国の人間が蘇るのかしら?そんなことを聞いたら、貴方たちを尚更生かしておくわけにはいかないわね。」

「仕方ない。嘉多無かたなしさんはじゅん鞍馬くらまを連れてここを離れるんだ!俺たちは3人を逃がす時間を稼ぐぞ!」

 剣慈けんじ君の言葉に、聡介そうすけ君と阿樟あくす君、裕美ゆみさんは私たちと魔神の間に立ち塞がる。

「そんな、みんな、ダメだよ!戦うなら一人でも多い方が。」

「阿保なこと言うな。真帆まほちゃんと力を失ったじゅんじゅん土居と気を失ったダンナ鞍馬が居って何が変わるんや?足手まといは大人しく隠れとき。」

風見かざみ君。そんな言い方ないんじゃ、嘉多無かたなしさんだってみんなの力に・・・」

 聡介そうすけ君の棘のある言い方に反論するじゅん君の腕を私は掴んで止める。

「いいよ、じゅん君。みんな、死なないでね。<虚なる勇者が命じる。戦地から離れ、安寧の地へ赴かん>"戦線離脱エスケープ"」

 私はじゅん君の腕を離さず、魔法を唱える。
 光に包まれる私はそのままじゅん君と拳成けんせい君と共にその場から消える。





「いいのか、風見かざみ。あんな言い方して。下手したら一生喧嘩別れだぞ?」

「それこそ阿呆なこと言うたらアカンでケンケン光園寺。地球に帰るときはみんな一緒に、やろ?」

「そうだな。よし!嘉多無かたなしさんが帰還の方法を見つけるか、7日経過するまで生き残るぞ!」

 嘉多無かたなしさんの魔法が発動したことを見届ける風見かざみに話しかけ、その場に残った俺たちは気合いを入れ直して魔神と対峙する。

「三人逃げたか。まぁお前たちを殺してから光を追えば見つかるわね。さて、奴隷にしようと思ったけど、あの三人を見つけるためにお前たちには死んでもらうわよ?」

 禍々しい魔力が視界を埋め尽くすように広がり、まだ夕方前で明るかった周囲が夜のように薄暗くなる。
 しかし、魔力は周囲の光を吸収するだけではなく、俺たちの体に絡み付き、手枷、足枷となる。

「くっ、ただでさえ力量差が大きいのにその上でこれか。」

「うふふ。魔神となった私の初戦闘よ。ガッカリさせないでね?」

 魔神はそういうと手に大鎌を生み出す。

「死神の大鎌ってか?覚悟決めるしかねぇぞこりゃ。」

「<風の勇者が命じる。世界の楔から一時的にこの身を解き放て。>"疾風空歩アクセルウォーク"」

 みんなの速度を少しでも魔神に近づけるため、風見かざみが加速の魔法を唱える。
 だが、体感ではこの魔法を以てしてもまだ魔神に届かない。

 そう、一人なら!

「うぉぉぉぉっ!」

 体が軽くなったことに気付いた瞬間、火野ひのが弾丸のように飛び出す。
 それに少し遅れて俺、裕美ゆみ風見かざみの順に走り出す。

「うふふ。予想より少し速度が速いけれど、それだと玉砕と変わらないわよ?」

「玉砕かどうか、試してみやがれっ!!"爆進バースト"ぉ!」

 火野ひのは魔神に接近し、その大鎌の殺傷範囲に入る寸前で、風見かざみの加速魔法に重ねる形で双剣から炎を噴き上げる加速技を使い、魔神の視界から姿を消す。

「殺ったぁぁぁぁ!!」

 一瞬で魔神を通り越し、その背後から魔神の首と胴を左右から挟むように薙ぐ火野ひの
 誰の目から見ても魔神は動くことが出来ないでいた。

 ズドッ

「がはっ!」

 が、火野ひのの攻撃が当たるより先に、魔神はいつの間にか構えていた大鎌の石突きの部分で火野ひのの腹部を突き上げる。

火野ひの裕美ゆみ風見かざみ、合わせてくれ!」

「了解や!ケンケン光園寺、これ使えっ!」

 石突きでかち上げられた火野ひのに魔神の意識がいっている間に、俺は距離を積め、風見かざみに投げ渡された大盾で体を魔神から隠す。

「ふふ、かくれんぼかしら?でも、残念ね。私のように盾ごと貴方を斬り裂くことが出来る相手を想定し?出来ていないわよ?」

 そう言って俺を盾ごと魔神が斬り裂こうと大鎌を振り上げる。

「私たちのことも想定していたか?"拘束しろ"」

 魔神が振り上げた大鎌を裕美ゆみの大蛇が拘束し、しかしその動きを止めることは出来ずに大鎌の軌道を反らすに留まる。

「くっ、小賢しい。でも、彼の攻撃が届くより先に私は彼を5回は斬り裂けるわよっ!一度防いだだけで図に乗らないことね。」

 魔神は一瞬視線を自分の手を拘束した裕美ゆみに向けるが、驚異ではないと判断して再び俺に視線を戻し、動きを止める。

「油断大敵っちゅう話やで?」

 魔神の視界には、自分に迫る俺のものと全く同じ盾が24枚映る。
 その24枚はやや中央に固まりつつも、魔神を中心とした半球状に迫る。
 俺の体が完全に隠れている今、魔神に俺を見分ける術はなく、全てを斬り裂くにも俺はさっきまで居た軌道から外れ、既に端の方まで移動しているから斬られる確率はランダムに斬られたとしても1/24。
 あと鎌を4回振ることが出来るとしても20枚も盾が残る計算だ。
 そこまで部の悪い賭けじゃない!

「くっ!」

 ザシュッ

 魔神は一番始めに見た俺が居るであろう予想地点にある盾を斬り裂く。

 まず一回。

「なにっ!移動したのね!なら!」

 ガィィンッ

 魔神は直ぐに盾を斬り裂くことから盾を弾くことへと攻撃を変える。
 そのせいで中央の密集した盾が一振りで4枚ほど吹き飛ぶ。

「こちらでもない。なら!」

 ガィィンッ

 魔神は盾の密集している部分を集中して攻撃している。
 盾を斬り裂く攻撃から弾く攻撃へと変えたことで予定より多くの偽物が無くなったが、それでもまだ15枚。
 魔神の言葉を信じれば攻撃可能なのは後1回。

 いける!

 魔神は俺の居場所の見当がつかず、盾を見つめるだけになっている。
 俺は位置がバレないよう、声を出さず他の盾に合わせて進む。

 ここだっ!

 俺が盾の裏から大剣を降ろうとしたとき、魔神がこちらを向く。

「ふふ。いくら上手く隠れようとも、その大きさの盾では体と大剣の両方は隠せないわよね?」

 そう言って魔神は確実にこちらを見ながら大鎌を構える。
 今度は弾く攻撃ではなく、確実に盾ごと俺を斬り裂く攻撃だ。

 くっ、大盾から僅にはみ出た大剣を見てたのか!魔神の方が一枚上手なのか!?
 俺は、俺たちはここで死ぬのか?

 俺は振り下ろされる大鎌を見ながらそんなことを考え、そして気付く。

 ズバッ

「なにっ!手応えがない!?」

 魔神は斬り裂いた盾を見ると、そこには盾と大剣だけで勇者の姿はなかった。

「そこだぁぁぁぁっ!!"煌竜覇こうりゅうは"!」

 俺は斬り裂かれた盾の横の盾から飛び出し、すべての力を込めた一撃を放つ。
 俺の剣から放たれた魔力は竜の顎を形作り、魔神を飲み込むだけでは飽きたらず、地面を削りながら彼方へ飛んでいく。

「はっ、はっ。風見かざみ、助かった。」

 俺は生きた心地のしなかった今の攻防を思いだし、腰が抜けたように座り込む。

「いやぁ、魔神が攻撃やめて盾を見とったからもしかしてって思とったけど、案の定やったな。」

 魔神の攻撃が止まったことで、攻撃の瞬間に見えるであろう俺の大剣を見るという魔神の読みに気付いたのか。

「何にしろ助かったが、風見かざみの神器って24個までしか一度に産み出せないって言ってなかったか?」

「多分じゅんじゅん土居の力を受け取って増えたんやろうな。今は30までならいけそうやわ。」

火野ひのも無事だったし、このまま逃げるか。」

 俺は火野ひのの元へ行った裕美ゆみに肩を借りながらも自分の足で歩いてこちらに向かってくる姿を見て、安堵する。

「逃げるってことは、やっぱりあれじゃ死んでない?」

「あぁ。それどころかダメージがあるのかも怪しい。今のうちに隠れるぞ。」

「うふふ。どこに隠れるのかしら?」

 俺たちが行動を起こす前に無傷の魔神が戻ってくる。

「あー、ヤバイわ。こりゃ死んだかな。」

「ごほっ、諦めるなら、最後の抵抗といってみるか?」

「私も最後の抵抗に賛成だ。」

「よしっ、なら一か八か賭けてみようかっ!」

「うふふ。今ので確信したけど、あれが貴方の全力なら私に傷一つ付けられないわよ?」

 魔神の余裕な顔は腹が立つが、確かに俺たちと魔神の間には絶望的なまでの力の差がある事は事実だ。
 だが、俺たちにはその力量差を覆す切り札があるんだ!

「"光霊招喚"!!」










 魔神との剣慈けんじ君たちが戦闘を行っている場所から数キロ離れた場所。
 そこで私たちは身を潜めていた。

「よしっ。念のため何回か転移して感知不能の結界も張った。後はみんなが魔神を封印するか7日経つか、私が魔法を生み出すまで時間を稼げば・・・」

嘉多無かたなしさん。僕、もう戦闘では役に立ちませんけど、何でも言ってください!出来る限りの事は手伝いますから!」

 近くに拳成けんせい君を寝かしたじゅん君が、額の汗を拭いながら話しかけてくる。

「すまない。」

 そこにリーさんが申し訳なさそうに謝る。

「リーさん?いきなりどうしたの?」

「私があの魔法を乗り越えれば帰還できると言ったばかりに、君たちを危険に晒してしまった。あのまま何もしなければ苦しまなかったかもしれないのに。」

「それは違います!」

 リーさんの言葉をじゅん君が大声で否定する。

「確かにあのまま魔神の魔法に呑み込まれていたら楽だったかもしれません。でも、死んでしまったら地球に帰ることは出来なくなるんですよ?なら、苦しくてもあの場を乗り越えて、地球に帰る方法を模索できる今の方が僕は良かったと思います。生き延びたから今苦しい思いをしている?そんなの、生きていれば地球に居たって苦しい思いくらいします。それが生きるってことなんですから!」

 その言葉に私はじゅん君を見つめる。

「あ、いや、だからですね。リーさんが責任を感じることはないです。寧ろ感謝してもしきれないくらいです。なんたって、大変なことですけど、後1日と少し逃げ切れれば地球に帰れるんですから。」

 注目されて恥ずかしくなったのかじゅん君は捲し立てるように言葉を紡ぐ。

「なら、みんなが時間を稼いでくれてる間になんとか地球に戻る魔法を考えようか。リーさんも責任感じてるなら手伝ってよね。」

 私はじゅん君の言葉で諦めかけていた心を持ち直し、責任を感じるリーさんにも話し掛ける。

「普通に転移魔法みたいな感じでは地球まで飛べないの?」

「うーん、造ることはできるんだけど魔力が圧倒的に足りないんだよ。」

「具体的にはどのくらい?」

「私以外のみんなが精霊招喚して残りの力が私に集まっても一人も運べないくらいかな。」

「なら、魔力の消費を抑えるかもっと効率の良い魔法を考えるしかないのか。」

「魔力の効率をあげる魔法なら君がよく使う魔力循環を使用できないかのか?」

「使えるには使えるけど、消費する魔力は魔法の固定に使われるから空気中に散っていかないんだよね。」

「ならこの世界の魔力を借りるのはどうですか?ほら、元気○みたいな。」

「でも魔神の魔法でかなり広い範囲の生物が死んだんじゃないかな。」

「「うーん。」」

「・・・精霊の力を借りるますか。」

 良いアイデアが出ずに悩んでいると、リーさんがそう告げる。

「そうか。元々精霊の力で帰ることが出来るんだもんね。っていってもどうやって?7日間生き残らないと力を貸してくれないんでしょ?」

「いや、借りる、というのは語弊があるな。精霊の世界に通じる道は精霊がこの世界から精霊の世界に帰るときだけ開かれるんだ。」

「うん。」

「だから私が精霊の世界に帰ろうとする。そこで君の魔法で精霊の世界から魔力を奪うんだ・・・・・・・。」

 リーさんの言葉に私とじゅん君は唖然とする。

「リーさん、それはいくらなんでも精霊がかわいそうというかなんと言うか。」

「そんなもん知らん。この世界の危機に傍観を決め込み、あまつさえ俺たちを長い時間この世界の観察者に仕立てあげた愚か者はこれで後悔すれば良いんだ。」

 くっくっくっ、と低く嗤うリーさん、神の秘書アルス・ノトリアから黒いオーラが立ち上るのを幻視した私は軽く震える。

「リーさんも中々鬱憤が溜まってたんだね。」

「そりゃあこの世界が滅びる7日間を指をくわえたまま何度も見せられたら溜まりますよね。」

 二人でリーさんの黒さに戦慄していると、突然低く嗤うリーさんが素に戻る。

「魔法は直ぐに出来そうか?」

「え、あ、うん。今まで造った魔法のイメージに地球に帰りたいって強く願えば造れるよ。」

「よし、なら直ぐに取りかかってくれ。その間、じゅん君、君は彼を起こしてくれ。・・・あぁ、くそっ、まずいな。」

「リーさん?どうし、」

 ポワッ

 じゅん君が拳成けんせい君の元へ向かう前に拳成けんせい君の体に飛んできた光が当たる。

「今のって、まさか!」

 その光は拳成けんせい君だけでなく私にも飛んでくる。

「恐らく魔神の足止めが終わった合図だな。」

「そんなっ!それじゃあみんなはっ!」

「落ち着け。必ずしも今の光の原因が彼らの死を意味してはいない。恐らく精霊招喚したんだろう。なら勝てないにしても逃げることはできたはずだ。兎に角、今の光で魔神はこの辺りに潜んでる我々の存在に気付いただろう。辺り一体を吹き飛ばされる前に魔法を完成させろ。」

「わかった。完成したら合図するからすぐに精霊の世界への道を開いてね。」

 リーさんに宥められた私は魔法の作成に集中する。

「なら、俺は少し離れたところで陽動でもするかな。」

 そういって拳成けんせい君は結界を出ていく。
 じゅん君は付いていっても足手まといになると考えて私と一緒に結界の中で待機している。





 魔法を創造し始めて数分。
 世界を越える魔法だけあってその創造は遅々として進まない。

 ドゴォォォン

 そんな中、近くで地鳴りのような轟音がとどろく。

「!?」

「集中を切らすなっ!君は今は魔法の完成だけを考えるんだ!」

 その音に意識を持っていかれそうになった瞬間にリーさんから叱責が飛んでくる。

「大丈夫です。鞍馬くらま君はみんなの力を受けた後ですから、死にません。」

 じゅん君の震えを押さえた声を聞きながら、私は再び集中する。
 その間も轟音は鳴り止まない。

 ドゴォォォン

 まだ全体の一割にも満たない・・・

 ドドッ

 ガァァンッ

 その遅々とした速度に折れそうになる心を抑える。

 カッ

 バガァァァン

 まだ全体の三割。
 永遠に魔法が完成しないのではないかという錯覚に襲われる。

 ポワッ

 焦る私の体に更なる力が流れ込んでくるのが分かる。

「っ!?」

 じゅん君が息を飲む音が聞こえる。
 魔法の創造が先程までより遥かにスムーズに進む。
 後半分・・・しかし同時に大きな力がこちらに向かってくるのを感じる。

「よしっ。」

 ザッ

 隣からじゅん君の気配が消える。

「こっちだ!!」

 じゅん君の叫び声が徐々に遠ざかり、それに合わせてこちらに向かっていた大きな力の塊が進行方向を逸らしていく。
 後少し・・・

 ポワッ

 小さな力が体に流れ込んで来て、最後の一押しとなり魔法が完成する。
 しかし、その弱々しい力で気付かされた。










 勇者はもう残っていない。
 その瞬間、せっかく完成した魔法の使い道を失う。



 私だけ地球に帰っても・・・
 みんなの家族は行方不明になった彼らを探すのだろうか。
 見つからない彼らの捜索を一生続ける?諦める?
 彼らはニュースで取り上げられるだろう。
 私はそのニュースを見ていられるだろうか。



 わからない。
 これからどうすればいいのかわからない。
 これからなにをすればいいのかわからない。
 これからどういきればいいのかわからない。
 これから。
 そう、彼らにはもうこれからはない。
 彼らに力がなかったから。
 私に力がなかったから。



 この世界に救いがなかったから。
 なら、救いを求めれば良い。
 でもこの世界に救いはない。
 なら、私が救いになれば良い。
 どうやって?
 私には創造がある。
 唱えよう創造しよう
 この世界次の勇者を救うために。
 同じ悲劇を繰り返さないために。



 私の視界に血に塗れれた女が映る。
 その女の口が力のない私たちを嘲笑うかのように吊り上がる。
 私もつられて嗤う、そして唱える。

<この世界に救いはない。>

 女は魔力で大きな鎌を生み出す。

<この世界に希望はない。>

 女の手に持つ鎌が地面に触れるだけで大地が裂ける。

<この世界に差し伸べる手はない。>

 女は獲物をいたぶるよう、ゆっくりと近づき、とうとう手を伸ばせば触れられるところまでやってくる。

<私がこの世界を救おう。私がこの世界の希望になろう。>

「うふふ。貴女、逃げも隠れもしないのね。流石に諦めたのかしら?その光のない瞳に免じて、ゆっくりと首を切り落としてあげるわ。」

 女の鎌が私の首に触れ、薄皮を切る。

 "理を越えた放浪者リーンカーネーション"

 女が鎌を握る手に力を入れる寸前、私はこの世界の理から外れ、リーさん達のように精霊ではない、時の放浪者となった。










 城下にあるとある酒場。
 そこでは夜な夜な仕事を終えた男たちが世間話や噂話、自慢話を披露していた。

「おい、遂に国王様が勇者様を召喚したらしいぞ!」

「マジか。これで魔王も大人しくなれば良いんだけどな。」

「勇者様にかかれば失われた土地もすぐに取り戻せるだろう。」

「失われた土地で思い出したが、知ってるか?最近、その失われた土地で不思議なことが起こっているって。」

「不思議なこと?」

「あぁ。何でも人の住む土地と失われた土地の境界線が徐々に広がっていて、荒野だけだった失われた土地に自然が戻ってるって話だぜ?」

「その話なら聞いたことがあるが、酔っぱらいの与太話だろ?誰も見たことねぇじゃねぇか。」

「本当なんだって!」

「ならお前が確認してこいよ。」

 近くで話を盗み聞きしていた男たちはその男の言葉に
 がはは。ちげぇねぇ。と囃し立てる。

 カランコロンッ

 そこに薄汚れたローブを纏った小柄な人物がやって来る。

「いらっしゃい。何にする?」

「エールを頂けるかしら。喉がカラカラなの。」

「はいよ。」

 カウンターについた人物はそのままフードも外さずに注文する。

「よう。アンタはこの話知ってるか?」

 ローブの人物の声から女だと判断した男は周りの男たちのガヤを無視して女に話し掛ける。

「あら、ごめんなさい。私、勇者にようがあってすぐに出ないといけないの。」

 それを聞いた男たちは、また振られたなぁ。とまた笑い始める。

「勇者に用事って、止めとけ。どうせ門前払いさ。城は厳重に警備されてるぞ?特に今はな。」

「でしょうね。でも、失われた土地を私が取り戻して回ってる、と言えば門を開かざるを得ないでしょうね。」

 女はそう言ってエールを飲み干す。

「ごちそうさま。お釣りいらないわ。」

 女は空になったエールのグラスの横に小銭を置き、そのまま酒場を去っていく。

 男たちはあまりにいきなりのことでその背中に声をかける余裕はなかった。

 この中に魔力を感じることが出来る者がいれば気付いただろう。
 彼女の腰に紐で提げられた辞書のような物が神器・・であることに。









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