TUTORIAL-世界滅亡までの七日間-

舘伝斗

第2話-始まり-

 国王に連れられて神殿へ向かう勇者たち。

 それを見送った私は執事さんの案内で書庫へと来ていた。

 えっ、だって一緒に行っても私の神器は無いんだし虚しくなるだけじゃん。

 それにしても最初のメイドさん、あれから姿を見ないけど仕事中なのかな。
 訳ありっぽかったから、できれば他の人達がいない間に聞きたかったんだけどな。
 完全に興味本意だけど。

真帆まほ様。こちらがこの城の全ての書物を保管している部屋でございます。ほとんどの書物を閲覧、持ち出すことは許可されていますが、くれぐれも最奥の棚に入った書物に関しては閲覧は構いませんが持ち出すことは控えていただけますか?」

「あ、大丈夫です。私、本は図書館でしか読まない主義なんで。教室で読んでしまうと集中しすぎて授業の開始に気付かないこともあるので。それにこの前なんか・・・」

「んんっ。いえ、最奥の書物を持ち出さないという言葉さえ聞ければ満足でございます。では、お時間を忘れるようでしたらお食事の際、人を寄越しましょう。それまではごゆっくりと。」

 私の話が長くなることを察した執事さんは先に用件を言いきり、来た道を去っていく。
 その時に私に対する配慮として、ご飯の時間になったら誰か呼びに来させるってところも伝えてくれた。

「なんて出来る執事さんなんだろう。名前は多分セバスチャンだね。何となくそう思う。」

 私はそんな阿呆なことを呟きながら少し分厚い扉を押し開く。
 僅に開いた扉の隙間から香る蔵書の匂い。

 あぁ、待ってて、地球の誰も読んだことの無い本たち。私が読み尽くしてあげるわ!

 その匂いに充てられテンションの上がった私は、普段の私では考えられない速度で書庫に飛び込むように入り、邪魔されないようにしっかりと扉を閉める。

「ふふふ、さて、どの子からいこうかなぁー。」

 それから数時間。
 書庫の中から響く不気味な笑い声を聞いたメイド達が騎士に知らせ、何度か私の元を別の騎士が訪れるというハプニングがあったことを記しておこう。





「で、真帆まほちゃんは俺らが神殿でゴタゴタに巻き込まれてる間ずぅーーーっと、本を読んどったって?」

「・・・はい。」

 その日の晩。
 セバスチャン(仮名)さんの言った通り、食事時に私を呼びに来たメイドさん(残念ながら未亡人さんではなかった。)に連れられて他の皆が集まっている食堂に辿り着くと、そこには多少、かなり、とても疲れた様子の皆がいた。

 初めの内はみんなが神器を手に入れるまでの苦労話を聞くことに徹していたが、そこへ私の心のオアシスこと、聡介そうすけ君の

「そういえば真帆まほちゃんは何しとったん?」

 の一言で私は食事終わりに正座で聡介そうすけ君からネチネチ攻められるという苦行を強いられていた。
 流石関西人。ねちっこいわ。(←偏見)
 だって、みんながまさか神殿で町の人たちに揉みくちゃにされるなんて予想できないじゃん!
 と、言い返したかったが、更にネチネチ言われることは目に見えていたのでグッとこらえる。

「はぁー、疲れたなぁー。そう思うやろ?じゅんじゅん。」

「じゅんじゅんはやめてください。まぁ確かに疲れましたけど。」

「ぐっ。」

 聡介そうすけ君に攻められるのは何となく冗談っぽかったから流せたけど、ショタなじゅん君にそう言われると心が・・・

「でもでも、ほら!本を読んでて見つけたものがあるんだって!」

 私はそう言って甚だ不本意だが、変なタイミングで一冊の日記帳とその背表紙についた7つの玉の付いたキーホルダー、そして薄い冊子を差し出す。

「なんや、それ?」

「キーホルダーと、日記帳と、・・・冊子ですね。」

「日記にしては薄いな。十ページくらいじゃないか?」

「ごほんっ!なんとこれはですね、過去の勇者の、あたたたた。足が・・・」

 みんなが日記に興味を持ち始めたことを確認し、私は正座を崩し、立ち上がろうとして、コケた。

「あっはっはっはっ。」

 部屋にはただ一つ。
 聡介そうすけ君の笑い声が響いた。





「で、それが勇者のなんやって?」

 一頻り笑い終えた聡介そうすけ君が話題を元に戻す。が、

「つーん。」

 私は盛大にそっぽを向く。
 そりゃそうでしょ。だって足が痺れたのも、コケたのも、大事な台詞が言いきれなかったのも、私が今イライラしてるのも、未亡人メイドが仕事で私の目の前に現れないのも全部聡介そうすけ君のせいなんだから。

「いや、最後のは関係なくない?」

「つーん。」

「だぁーかぁーらぁー。」

「はいはい。ストップストップ。話が進まないから聡介そうすけは黙ってて。えーと、それで、結局それは?」

 私と聡介そうすけ君のあまりに不毛な戦いを見兼ねた剣慈けんじ君が代わりに話を進める。

「えーと、これはね、過去の勇者の日記なんだ。で、こっちの冊子は"神器全集"っていう説明書かな?それと詳しくはわからないけど、こっちのキーホルダーは大切そうにラッピングされて日記についてたから取り合えず持ってきた。」

 私は剣慈けんじ君の質問にはスッと答える。

「神器全集はまだしも過去の勇者の記録なら持ってくるほどでもないだろ?執事辺りに言えば持ってきてくれるだろうし。」

 そんな私の言葉に拳成けんせい君は疑問を感じた顔で聞いてくる。

「記録じゃなくて日記ね。」

「なら、余計に何で持ってきたんだ?」

 私の回答に更に頭の上に疑問符を浮かべる拳成けんせい君は顎に手を当てて考え込む。

「ほら、過去の勇者がどんなことをしたのかは記録を読んでる人から何時でも聞くことはできるけど、勇者が実際どう感じてたか。何を考えたかは日記からしかわからないでしょ?それにこれ、書庫の一番奥の棚にあって王様の許可がある人しか読めないからよけいにね。」

 私のその言葉にようやく納得がいったのか拳成けんせい君は頷く。

 最奥の棚の本は持ち出すなってセバスチャン(仮名)に言われたけど、これは日記だからセーフだよね?
 神器全集は奥から二番目の棚だったから最奥・・ではないし。

「で?その日記はいつの、誰のものなんだ?」

 拳成けんせい君が納得したところで裕美ゆみさんがそう尋ねる。

「読んでみたらね、500年くらい前の白銀の勇者の日記だったんだ!」

「白銀、ということは昼間に執事が言ってた過去に一度だけ現れた嘉多無かたなしさんと同じ色の?」

「そうだよ。だから私もこれを読んでみんなの力になろうかなって」

 剣慈けんじ君の言葉に私が答えるとじゅん君が意を決したように拳を握る。

嘉多無かたなしさん・・・。みんな、僕も頑張るよ。神器を貰えなかった嘉多無かたなしさんでも力になろうと頑張ってるんだ。神器を貰った僕が逃げるわけにはいかないよね。」

「いいのか?じゅんの与えられた神器の特性上、一番危険な役回りを任せることになると思うけど。」

 あ、ちなみにみんなの神器は、
 剣慈けんじ君、純白の剣。
 じゅん君、大きい武骨な盾。
 裕美ゆみさん、獣の顔を引き伸ばした感じの弓。
 拳成けんせい君、赤い爪付きのグローブ。
 阿樟あくす君、真っ黒の両刃斧。
 聡介そうすけ君、三国志とかに出てくる槍。

 まぁじゅん君は盾だから最前線に立つことになるしね。
 というか過去の勇者は盾でどうやって魔王を倒したんだろ?
 冊子にその辺も書いてるといいな。

「確かに怖いけど、一人だけ隠れてるなんてこと、したくないんだ。」

「よう言うた!ほいじゃあ真帆まほちゃんの持ってきた"神器全集"、みんなで順番に読んでこか!」

 そんな聡介そうすけ君の言葉でみんなは順番に神器全集を回し読み、私は部屋に一人戻り、一日目の夜は更けていった。

 だって神器を持ってる本人以外には内容が読めなかったんだもの・・・





 深夜、みんなが"神器全集"を一通り読み終え各々に与えられた部屋に戻って寝静まった頃、私は書庫から持ってきた日記をついに読みきった。

「まさか、こんなことって・・・」

 私はその十ページの日記に書かれた衝撃の事実に驚く。

「もし、これが本当なら勇者は誰も死んじゃいけない・・・・・・・。」

 ギィィ、バタン

 この日記の内容を明日の朝、正確には今日の朝みんなに伝えようと考えたとき、近くの部屋の扉が閉まる音が聞こえた。
 この城はそこそこ大きくて作りも頑丈なんだけど、居住スペースは壁が薄いのか廊下を通る誰かの足音や近くの扉の開閉音が聞こえることがある。

「トイレかな?」

 私はその音に勇者の誰かがトイレに立ったのかと考えて布団に潜り込もうとして、違うことに気づく。

「あれ?足音がトイレと逆に動いてる?こんな夜中に?」

 一度生まれた違和感は拭い去れず、気になった私は音が鳴らないようにそっと扉を開いて廊下を覗く。
 その先に見えたのは居住スペースを抜け、通路の曲がり角を曲がる拳成けんせい君の背中だった。

「なんだ。拳成けんせい君か。こんな時間に何だろう。・・・不安、なのかな?」

 直接戦いに行かない私が行ってなんになる。とも考えたが、私はもう見えなくなった彼の背中をそっと追いかけた。

「あ、いた。」

 彼にはすぐに追い付いた。
 追い付いたと言っても背中を少し先に見つけただけなんだけど。
 だが、彼は外へ続く曲がり角をスルーしてお城の最奥。王様とかの寝室が集まってる一角へと向かっていく。

「あれ、なんで?・・・まさか暗殺だったりして。なんてね。」

 私は冗談を口にしつつ、彼の背を追う。
 彼が王様の寝室に近づくにつれて私の中の不安が膨らんでいく。
 既に冗談を考える余裕すらなくなった私は、彼に声を掛けることも忘れてその背を見つからないように追いかける。

 もうすぐ王様の寝室というところでピタッと彼は立ち止まり、すぐ横の部屋に入る。
 そこは王様の寝室ではなかった。

「ほっ、そりゃそうだよね。まさか拳成けんせい君が王様の暗殺なんてね。なんて失礼なことを考えちゃったんだろう。」

 彼が部屋に入って数秒。
 部屋から一つの人影が出てきて慌てて私は通路に体を隠す。

「って、ついつい隠れちゃったけどそんな必要なかったな。探偵みたいなことしてたから反射で動いちゃった。」

 そう一人呟き、こちらに向かってくるであろう拳成けんせい君を驚かそうとそのまま通路に隠れる。

 バタン

 だが、彼はこちらに来ることはなく、次の部屋へと入っていってしまった。

「あれ?」

 私は再び通路から顔だけ出して先を伺う。
 数秒後、先程と同じく彼の入った部屋から人影が出てくる。
 今度は私も隠れ直すことはなく、顔だけだした状態でその人影、拳成けんせい君を見る。

「やっぱり、拳成けんせい君か。あれ、手に持ってるのってナイフ?キッチンを探してる?」

 私の疑問を他所に彼は次の部屋に入っていく。
 そこは間違いなく、国王の寝室・・・・・だった。

拳成けんせい君が王様の部屋に、」

「ぐっ、何者、がはっ!」

 ドサッ

 沈黙。
 私は痛いほどの沈黙に一瞬聞こえた言葉の意味がわからなかった。
 王様の寝室から声が聞こえた?
 何て言った?やぁ、君か?
 違う。
 現実から目を逸らしちゃダメだ。
 ぐっ、何者、がはっ!
 その後の音は?
 何かが落ちる音?
 違う。
 倒れる音だ。
 何が?決まってる。刺された王様だ・・・・・・・
 それってつまり・・・

 ギィィ

 そんな私の思考を扉の開く音が塗り潰す。
 扉の影から現れた人影、拳成けんせい君の体は赤く、染まっていた。





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