僕のブレスレットの中が最強だったのですが

なぁ~やん♡

きゅうじゅうななかいめ 宴会だね?

 軽快な音楽が流れる。今までの音楽とややずれたテンポに貴族たちは戸惑うが、すぐに立て直す。国の英雄と勇者が来るのだから、音楽が変わるのも当然だろう。
 そして入って来た男女に、場が一瞬沈黙した。具体的に言うと、圧倒的な存在感と美しさ、その貴族にも劣らぬ佇まいに、だ。

 ライトグリーンに白いフリルが丁度掛け合わされたドレスに、花火のように鮮やかな色合いをした髪飾りを付けた少女、シェリア。
 旧帝国式軍服を真似たいわゆるスーツを着て、見る貴族女性全てに黄色い声を上げさせる少年、ルネックス。
 当然、そんな鮮やかに舞台に立った二人をよく思わない貴族は二人を睨んだままだ。

 そんなことは構わずに、帝王であるコレムが壇上に立ち直々に司会を進めていく。ちなみにこれは彼自身が志望した立ち位置だ。

「今日は集まってくれて有難い。私としても、今回の企画を計画した甲斐があったと思っている。そして今回の主人公は勇者であるルネックス殿、英雄であるシェリア殿だ。二人共良き若者だ、すぐに語り合えるようになるだろう。さあ、御託は此処までにいざ宴会を始めるとしよう」

 いつもなら現在のコレムの位置に立っているであろう司会者は、冷汗をだらだらと流しながら恐縮したようにずっと頭を下げている。
 気分が高揚しているコレムは司会を終えてからそれに気づき、慌てて楽にしてくれ、と言う。まあ慌てていると分かったのは、彼の側近よりも彼を知っているルネックスとシェリアのみだったが。

「ねぇルネックスさん、一緒に踊りませんか?」

「う、うん、いいよ。みんな踊ってるのに僕らが踊らなかったら変だしね」

 紛れもなく恥ずかしさを隠すためのルネックスの一言。しかしシェリアへのリードは忘れず、小さく微笑みながら彼女に手を差し出す。
 シェリアは真っ赤になりながらもこくりと頷くと、その手を取る。いつもどおり暖かくて、いつもどおり安心感で包まれるような手だ。

 ルネックスはくるりと一回転する。その手の動きも、足のさばきも、全てはシェリアの次の動作へのリードのため。
 シェリアがルネックスの腕の下をくぐって一回転。ふわりふわりと自然なステップを踏む彼らの動作は、どこからどうみても焼き付け刃の初心者には見えない。

 貴族が時間をかけて踏めるようになるステップを、軽々と踏んで見せる。まあ、戦闘経験と重ね合わせることによって上手く出来ると発案したのは、他でもないルネックス自身。
 二人のステップは攻撃を避けるためのもの、跳ね返すためのもの、余裕を見せるためのもの。見た目とは似つかわしくない生々しい内容だ。

「―――バッカバカしいわ!」

 そんな二人のステップを見て、悔しさに唇をかみしめていた赤髪をゆるやかなカールにした女性が叫び声をあげる。
 明らかに高級だとわかる葡萄酒の入ったグラスを地面に叩きつける。そして妙に形になった動作でびしりとルネックスらを指差す。

「このアンジェリーネ・フォンクローネが宣戦布告をしてやるわ。ダンスがうまくて何よ、そんなので英雄になれるなら私にもなれるわよッ!」

「アンジェ、やめてっていつも言ってるでしょ? まだ分からないの?」

「セシリスは黙ってなさい! 私は第一皇女よ、こんな焼き付け刃に負けるはずがないのよ……私だって努力して来たもの!」

 アンジェリーネと呼ばれた女性は第一皇女だと名乗った。セシリスと呼ばれた十九歳だという少年は、コレムの話によると最近即位予定の第一皇子。
 セシリスの絶対零度の瞳からの威圧感から逃れるように、アンジェリーネは声を高らかに上げる。その手は固くドレスの裾を握っている。
 どうやらこういったことは一度目ではなく、セシリスも困っているらしい。

「アンジェリーネさん、っていうのかな?」

「やすやすと私の名前を呼ばないでっ! 貴方に負けてなんかいな……っ」

「失礼だけど、やすやすと人を見下すそちらにも罪があると思わないかな?」

 コレムが先程から高みの見物をしているのは、この状況を分かっていたからである。二十二歳のアンジェリーネだが、同じく二十二歳のルネックスよりは身長が低い。
 そのため彼が彼女の手を引きよせ、セシリスと同じく絶対零度の瞳でそんな言葉を言えば、最も似合う言葉は『上から目線』。

 ルネックスは人の努力を見下す者を許さない。
 勇者は努力する者に決して批判をしない。
 少年は努力する者が努力する者を卑下することをよく思わない。

 ―――だから、彼は珍しく瞳に熱を灯してアンジェリーネの瞳を直視する。

 彼女の自慢の金の瞳に自分がいること、きちんと自分が目に映っていることを確認したルネックスは、自然な動作で彼女の手を離す。
 アンジェリーネは反動でもあるかのように、咄嗟に何歩か遠のいた。

「僕は君の努力を知らない。君も僕の努力を知らない。僕は君の経歴を知らない。君も僕の経歴を知らない。君はどうして、負けないと言える? 君はどうして、『私の方が』と強気に出れる? それは、見てからのセリフではないのかな?」

「そうよ、貴方だって私の努力を見てないじゃない! なのにその言葉はまるで自分が勝つみたい……そんなの私と何も変わらないじゃない!」

「君はどうしてそう断言できる? 僕が、シェリアが、この会場全ての人たちが―――勝負など希望していないことをどうして気付かない?」

 ひく、とアンジェリーネの喉が引きつる。第一皇女として、第一皇子の婚約者として、彼女の名前には幼いころから幾星霜の期待が乗せられていた。
 はしゃぐ第六王女の自由な姿を、厳しい訓練をしながら眺めることしかできない日々。辛かった、泣きたかった。
 それでも自分を認めてくれない貴族たちを、なんとか言わせたかった。

 だから、頑張った。
 だから、努力した。

 その積んだ長い時間を、英雄シェリア勇者ルネックスは奪っていった気がしたのだ。

「君の努力は僕にも見える。僕らを指差したときの動作も、さらにはグラスを落とした時さえも、君の動作は洗練されていた。確かに僕らは焼き付け刃だ。でも君は引用という言葉を忘れている。攻撃も防御も、時には絶対なる美しさになる」

「っ……」

「アンジェリーネさん。貴女は第一皇女として立派な方だと思う。でも、そうだね。たゆまぬ努力も良いけど、方向を見失ったら意味がなくなる。努力の難しさは、努力本体じゃなくてそういうところなんだよ」

 紛れもない正論の言葉は、今の彼女にとっての言葉の刃でしかない。思わず尻もちをついてしまった彼女に、ルネックスは微笑みながら手を差し伸べる。
 そんな彼らの後ろで先程のことがなかったかのようにホワイトワインを優雅に飲んでいるセシリスは、自分と同じ、いやそれ以上に王の風格を持った少年の姿にただただ感心していた。

 彼らが何か言う前に。またはアンジェリーネが引き下がる前に、シェリアが駆けつける前に。どこかから手を叩く音がした。
 舞台の上で料理が並べられている机に座る初老の男性。コレムが手を叩いている。その表情はどことなく晴れやかだ。
 そうか、とルネックスは苦笑い。
 こんな神聖な場で暴れる第一皇女を咎めなかったのも、セシリスが一言しか言わなかったのも、全ては彼らの計画通りだったのだ。

 ルネックスの凄まじさを貴族全体にわからせるためである。最も、セシリスは父のいう事に従っていただけでありルネックスの実力を知ったのはたった今であるが。

「さすがだよね、コレムさん。政治ってよくわからないけど、大事だよね」

「そうですね。コレムさんには勝てません。全部計画されていたなんて、さすがに気づけませんでしたよ……!」

 シェリアとルネックスは苦笑い。コレムとセシリスの計画も、身内であるアンジェリーネのことをよく知っているからこそ行える計画。
 垣間見える家族の間の愛情を見て、二人は顔を見合わせてくすくすと笑う。
 流れるように、貴族たちの間から拍手が巻き起こる。謁見の間でしか触れ合えなかった勇者の実力を、称えるために。

「ごめんなさい。私が間違っていたのかもしれないわ。……かもしれないだけなのよ、いつかもっと努力して、貴方達全員超えてやるんだから、待ってなさいよ」

「うん。遠慮なく僕たちを越えていってくれ。世界はそうやって回るんだからね」

 アンジェリーネとルネックスの和解―――、誰から見ても扱いにくいと評価を貰う第一皇女の素直な一面を見て、彼女の評価も改善され始めた。



 ガリッ。
 神聖で壮大な真っ白い柱の後ろ。丁度宴会が行われている場所の死角地点。そこで男性は、長く伸びた爪を力強く噛んでいた。
 こみ上げる悔しさと憎しみと怨念を抑えつけるために、彼は精一杯だった。

「絶対に許さぬ……ダイム、言っていたことはすべて終えたか?」

「勿論でございます。あのような作られたばかりの研究所など、絡めるのにはさほど時間は要りません。腕利きも、大賢者しかおりませぬゆえ」

「何があっても一人だ。全てを救えるはずがない。ハッハッハ、見ていろ勇者よ、英雄よ、私が風上に立つ時が来た―――!」

 ダイムと呼ばれた白髪の老人は巧みに体を使いすたっと綺麗に地面に着地し、主人である男性に計画完了の報告をする。
 彼らは知らない。大賢者は一人・・でもいいことを。
 彼らは知らない。大賢者は全てを救おうとする事を。
 彼らは知らない―――、世界のシステムが彼らへの工作を始めている事を。

 そして彼らは知らない。
 この一部始終を当事者が、大賢者が見てしまっている事を。

「ふうん。まあでもシステムが伝えちゃってるからいいか。……今はルカが戦力対応してるし、ボクは色々根回しでもしておくとするかー」

『大賢者様、大変でございます。研究材料が盗まれました……!』

「あーあ。根回しはもう無理か。―――頼んだよシステム、勇者と英雄を」

 大商人・・・の捨て身の攻撃。研究所の者からの通信機での連絡にこれは面倒くさい、そう思ったテーラは大きくため息をつき、王城の屋根に飛び乗った。
 相変わらずの馬鹿でかい王城なので、景色はとてもいい。ただし彼女は高所恐怖症なので、さほど滞在はせずに木やら建物やらを伝ってジャンプしながら研究所に戻る。

 余談だが、研究所の者が使っていた通信機はテーラの研究結果である。







<開始レディ登録ロード物語ストーリーの再開を確認しました>

<登録ロードを始めます。世界軸は動かずにお待ちください>

<更新アップロードが完了しました。世界軸は動いて構いません>

<英雄と勇者と大商人――素敵な役者キャラクターだと思いませんか、皆さん……?>

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