僕のブレスレットの中が最強だったのですが
きゅうじゅうごかいめ 解決だね?
―――瘴気が集められた、と直感で分かった。Aランク以上の冒険者及びユーリシア、シェリアが戦闘態勢を整えたのと、ルネックスが全員を覆えるような、それでいて固く強靭なシールドを張ったのは同時だった。
広がる瘴気の中、真っ黒な少女のシルエットが浮かび上がった。ただのシルエットだが、それはゆがんだ笑みを浮かべているようにも、氷のように冷たい目で見下しているとも見て取れた。
しかし分かるのは、彼女の武器も全てシルエットになって危険度が正確に分からない。
いくら魔力を読み取れる天才が多くても、魔女の森の環境全てが敵となった今魔力の波動に完全に気を割けるのは一人だけ―――。
「私が合図します! その後に一斉攻撃をしてください!」
「了解した。頼んだぞ……!」
「私が特攻をしますッ! みんなは私に続いてください―――ッ!」
木や瘴気が皆の気を引くために煩わしく絡んでくる。その間を潜って魔女の森特有の魔物などもタイミングよく入ってくる。
そのためAランク、Sランク冒険者がユーリシア、スティセリア、ルネックス、シェリア、アテナの四人を囲んで攻撃に集中させた。
この魔女の森を最も詳しく知るスティセリアが前衛に飛び出し、それに連なってシェリアがスピードを上げて駆け出す。
ユーリシアがサポートに回り、アテナはシェリアらよりも前に飛び出る。
ルネックスはと言えば、大賢者でも放つのに十秒はいるだろう大魔術を準備していた。ちなみに、彼が放つ時に要るのは一分ほどだろうか。
それぞれ位置についた後、靄への猛攻が始まった―――。
アテナが剣に風を纏わせた。青緑の髪がはためく。動きやすい軽装で来たおかげで、軽やかなステップで靄を回避していく。
その靄が少しでも掠めれば皮膚が腐食され、毒が心臓まで入り込み、生きる術が無くなるのは勿論承知している。
魔女の森に異物が入り込まないようにと言う意味で設置された瘴気ではなく、この瘴気は誰かを殺すために遠慮ない攻撃力を込めた殺人兵器なのだから。
ステップを踏んでジャンプする。空中で一回転をして風の刃を振る。纏っていた風は剣から切り離され、独立した刃として靄に向かう。
靄がにやりと笑った。それに違和感を覚え眉をひそめたアテナは素早く飛びのき、スティセリアとシェリアがすかさず前に出る。
靄のシルエットが、その手を上げた気がした。
土で作られた柱が盛り上がり、靄を囲む。アテナは再度覇気と共に剣に風を纏わせ、柱を切り裂くつもりで滑らかに剣を柱に叩きつけた―――。
「……びくともしません。どうしますか」
「アテナさん、闇魔術は修得しておりますか?」
「ええ、一応。あまり使わないけれど、いざと言うときのために少しだけです」
しかし自分の性分には合わないようで、普通の冒険者がするような努力ではあまり力量が上がることは無かった。
あまり使わない魔術でもあるので、彼女は風魔術を進化させることだけに集中したのだ。
しかし闇魔術を使えればそれでいい。ユーリシアも闇魔術が使える事を知ったスティセリアは、満足そうに頷いた。
「闇魔術『玉砕』を使いましょう。そうすればこの柱は壊れるはずです!」
「了解ですッ! 魔法陣は任せましたよォッ!」
力強い叫びと共に剣に闇魔術―――正確に言えば闇魔力だが―――を流し込んで準備をするアテナの隣で、シェリアはただ黙って瞑目していた。
それからしばし、彼女の鬼の証である角から激しい光が満ちた。それはスティセリアの魔法陣に流れ、魔法陣の中心から妖艶な魔力の柱を結成させる。
鬼の一族の頂点を超えたシェリアは、紛れもなく闇魔術の一流の使い手だ。魔力の使い方も魔術の操作も、プロと言う言葉が生ぬるい。
洗練された魔力の練り上げ方。正しく配分された魔術にその魔力。どれだけの努力を積んだのだろう、どれだけの修羅場をくぐったのだろう。
勇者のパートナーとしてふさわしくあるために、追い越されないようにするために、彼女はどれだけ自分を追い込んだのだろうか。
一応にもSSランク冒険者で血反吐を吐くような努力を続けていたアテナをもってしても、欠片とて解明できなかった。
見えない深み。感じられない重厚さ。でもそれは、確かにそこにあった。
「我々も魔力を流そう。下手に魔力を流せば足手まといになってしまう、その辺りは細心の注意を払うのだぞ」
「はいっ!」
「その辺りは承知しているつもりでございます。足を引っ張る真似などをしていれば、この森の長などどんな顔をして名乗れますかッ!」
姉から託された思い。森の皆からの暗黙の了解で託された信頼。その力を持ってして、スティセリアはこの上ない魔力を練り上げた。
黒魔術の頂点となるための術。それは同時に、黒魔術発動の条件となる闇魔力をも限界まで鍛え上げていたのだ。
闇魔力を注ぐ。足手まといにならないように。誰もが洗練された魔術師であるこの中の誰にも劣らぬように。精一杯の精力と心を注いで。
「そうだな……私も、若い頃が目に見えてくる。少々試させてもらおうではないか、私の力が未だ当時のままであるかをッ!」
女帝としてでも英雄に憧れた。そして英雄になった。女帝としてでも世界の巡回に憧れた。でも、参加できなかった。
参加したかった。勇者の力になりたかった。でも、既に一国の王となっていたユーリシアは、国を離れることなどできやしなかった。
どうしようもないくらいに勇者に、英雄に、世界の巡回に憧れていたあの頃を思い出す。そうだ、自分だって、できる。
皆が出来るんだ。圧倒的に英雄ではない者の方が多いこの中で、みんなが出来ていることなんだ。
女帝だからってなんだ。
闇魔力を練り上げた。その瞬間的練度はシェリアにも劣らぬものだった。
巡回に参加できなかったからって、何だ。
注ぎ込んだ魔力は、足を引っ張るどころか魔法陣に無限の輝きをもたらした。
それが若き頃の憧れを捨てる理由に、なるのかよ。
―――国を守る事のみを考えていた女帝の魔力が、噴出した。
「これはラストバッターである私が、最後に素晴らしい魔力を見せてやらねばなりませんね」
青緑の髪が、先程以上に揺らめいた。アテナだって此処にいる皆に負けてやる理由は微塵もない。SSランク冒険者としても、だ。
実力を高めた。天才として謳われた。死にかけたりもした。命を賭けて目標に挑もうとした。
でもまた足りなかった。此処にいる全員に魔力の深みがあって、理解の追いつかない精度があって、自分がまだまだだなと思わせられた。
アテナだって悔しかった。いくら常識外れなルネックスを相手にしたとしても、悔しくないわけがなかった。
これまで積み上げてきた努力。英雄と挑むたびに同じだけ命の危険をも潜り抜ける、そんな努力を己の身に施していた。
勝ちたい。負けたくない。実力が欲しい。このままじゃいけない。もっとだ、もっと、努力なんかじゃない、その先の何かを求めたい。
―――この瞬間アテナは紛れもなく、自分の魂をも追い越す成長を遂げた。
―――全員の魔力が完璧に練り上げられたその瞬間、天空に輝きが放たれた。
目には目を。
歯には歯を。
闇魔術には、闇魔術を。
放たれた強烈な一撃は土の柱を破壊するだけでなく、彼女を有利にさせていたシルエットの術までをも強制的に解かせた。
『……こわれた……の……?』
ライトグリーンの髪に紫のベールを身に着け、見に纏った服装は所々が破けている、みすぼらしい少女であった。
自分にある絶対的な有利が無くなったことを悟ると、少女はぎりりと歯嚙みした。
何故なら、三分の一の魔力を一度に使って肩で息をする女帝たちの後ろで、高度な大魔術を練り上げる少年が見えたからである。
「……引いて、くれないかな。僕だってこんな殺生な魔術を放ちたくないんだ。もうどの世界にも手を出さないって言ってくれれば、《制約》を付けてから僕らは帰るから」
『冗談じゃ、ないの……! あたしで出来ることなんて、これだけなの……!』
ルネックスだって十五にも満たないような女の子を相手に大破壊魔術を放ちたくはない。Aランク以上の冒険者や女帝たちが強度な結界で自分の安全を第一に考える程の、そんな魔術なのだ。
いくら彼女が強くても、それを女の子に放つとなれば、誰だって少しは引け目を抱くものだろう。最もそれがなければ勇者にはなれないのは確かなので、この瞬間ルネックスがその言葉を口にしたのは正しい。
しかし少女はそれを拒否した。彼女にだって強い想いがあった。彼女も思いを糧に赤黒い電撃を練り上げ、彼女の周りを瘴気で覆う。
ルネックスもこうなれば止められない。止めようとしても、少女に『止められる』気がないのは確かなのだから。
自分の足元にある魔法陣が魔術の発動のキーだ。秒速で魔法陣の光が高まっているのが分かる。それを見て少女だって、勝てないのは分かっているのに。
空気を切り裂く二つの魔力がぶつかり合った。次元が歪み、風が吹き荒れ、空気が弾け、大地が悲鳴を上げた。
自分の魔術に耐えきれないだろうと思われた少女だが、術の発動寸前に自分を覆っていた瘴気によって反動はほぼゼロだ。
周りに居る者は援護しようにも、激しい魔力のぶつかり合いに吹き飛ぶのみ。
そしてそれは、英雄の中でも屈指の実力を持つシェリアでも、同様だった。
「キミの負けは決まってる。今引いてくれれば僕も術を収める!」
『引け、ないの……あたしにだって引けない理由があるのよ……あたしには世界征服以外才能がないの、あたしの父さんを殺したこの世界なんて、もう必要がないのよ――ッ!』
だから征服する。全てをこの手で収める。世界の巡回なんて下らないシステムは自分の手で廃止する。自分の手で一から世界を作り上げるのだ。
父を殺されただけでなく、遥か昔に村ごと火を放たれて破壊された少女の、少しどころではなく歪んだ考えだった。
その気持ちはルネックスにもわからなくは無かった。父は貴族の元で過労死。母は奴隷になって現在もどこにいるか、生きているかもわからない。
けど少女の考えは、違う。所詮少女の吠えるその思いは、自分の思いを自分の心に収めきれなかった小物の遠吠えなのだ。
幾多の人物を見てきて、幾星霜の人物と対決したルネックスならば、身に染みる程、痛い程よくわかった教訓である。
だからルネックスは魔力を強める。思いは間違ってなくとも行う事が根本的に間違えていたその少女に、この世界を分からせるために。
「キミは少し、過程が早いんじゃなかったかなって、思うんだ」
『ぁっ……がァっ……』
少女の腹に、魔力の塊が遠慮なく突き刺さり、瘴気の力を得て空中に浮かぶことを成し遂げていた少女が力なく墜落して空気を吐き出す。
それは肺ごと地面に叩きつけられたことにより起きた反動である。
ルネックスは、目を閉じた。
世界を征服したいのなら、いい。世界のシステムを無視してみたいのなら、それもいいだろう。
でも少女は過程を間違えている。少女には仲間と出会う過程もないし、しっかりとした計画も立ててはいなかった。
何より、魔力の使い方がおおざっぱ。魔術の選び方の適性もまちまち。あくまでも勇者視点だが、世界征服をしたいならその実力では無理だ。
「僕は誰かの世界観を否定するつもりはない。でも、意味のない行動は嫌いなんだ。だからさ、もっと実力を高めて、それから挑んできて、僕に勝って?」
手を差し伸べたルネックスは、そう言って見せた。魔王でもいい、勇者でもいい。悪人でもいい、善人でもいい。
この世界を変えると決意するのなら、悪い方面でも正義でもいいと思う。悪に攻略されるのなら、それはその世界の問題。善に改変されるのなら、それはその世界の幸福。
人間はいつだって流れることしかできないのを、ルネックスは身をもって知っていた。
だから彼は声高らかに宣言する。
―――いつか自分に勝てるものが現れるのなら、統治王はその者に譲る、と。
魔女の森で発生した事件は、解決されたに等しかった。それは、もう忘れたと思っていた暖かい涙を流す少女を見れば、容易に察せた。
広がる瘴気の中、真っ黒な少女のシルエットが浮かび上がった。ただのシルエットだが、それはゆがんだ笑みを浮かべているようにも、氷のように冷たい目で見下しているとも見て取れた。
しかし分かるのは、彼女の武器も全てシルエットになって危険度が正確に分からない。
いくら魔力を読み取れる天才が多くても、魔女の森の環境全てが敵となった今魔力の波動に完全に気を割けるのは一人だけ―――。
「私が合図します! その後に一斉攻撃をしてください!」
「了解した。頼んだぞ……!」
「私が特攻をしますッ! みんなは私に続いてください―――ッ!」
木や瘴気が皆の気を引くために煩わしく絡んでくる。その間を潜って魔女の森特有の魔物などもタイミングよく入ってくる。
そのためAランク、Sランク冒険者がユーリシア、スティセリア、ルネックス、シェリア、アテナの四人を囲んで攻撃に集中させた。
この魔女の森を最も詳しく知るスティセリアが前衛に飛び出し、それに連なってシェリアがスピードを上げて駆け出す。
ユーリシアがサポートに回り、アテナはシェリアらよりも前に飛び出る。
ルネックスはと言えば、大賢者でも放つのに十秒はいるだろう大魔術を準備していた。ちなみに、彼が放つ時に要るのは一分ほどだろうか。
それぞれ位置についた後、靄への猛攻が始まった―――。
アテナが剣に風を纏わせた。青緑の髪がはためく。動きやすい軽装で来たおかげで、軽やかなステップで靄を回避していく。
その靄が少しでも掠めれば皮膚が腐食され、毒が心臓まで入り込み、生きる術が無くなるのは勿論承知している。
魔女の森に異物が入り込まないようにと言う意味で設置された瘴気ではなく、この瘴気は誰かを殺すために遠慮ない攻撃力を込めた殺人兵器なのだから。
ステップを踏んでジャンプする。空中で一回転をして風の刃を振る。纏っていた風は剣から切り離され、独立した刃として靄に向かう。
靄がにやりと笑った。それに違和感を覚え眉をひそめたアテナは素早く飛びのき、スティセリアとシェリアがすかさず前に出る。
靄のシルエットが、その手を上げた気がした。
土で作られた柱が盛り上がり、靄を囲む。アテナは再度覇気と共に剣に風を纏わせ、柱を切り裂くつもりで滑らかに剣を柱に叩きつけた―――。
「……びくともしません。どうしますか」
「アテナさん、闇魔術は修得しておりますか?」
「ええ、一応。あまり使わないけれど、いざと言うときのために少しだけです」
しかし自分の性分には合わないようで、普通の冒険者がするような努力ではあまり力量が上がることは無かった。
あまり使わない魔術でもあるので、彼女は風魔術を進化させることだけに集中したのだ。
しかし闇魔術を使えればそれでいい。ユーリシアも闇魔術が使える事を知ったスティセリアは、満足そうに頷いた。
「闇魔術『玉砕』を使いましょう。そうすればこの柱は壊れるはずです!」
「了解ですッ! 魔法陣は任せましたよォッ!」
力強い叫びと共に剣に闇魔術―――正確に言えば闇魔力だが―――を流し込んで準備をするアテナの隣で、シェリアはただ黙って瞑目していた。
それからしばし、彼女の鬼の証である角から激しい光が満ちた。それはスティセリアの魔法陣に流れ、魔法陣の中心から妖艶な魔力の柱を結成させる。
鬼の一族の頂点を超えたシェリアは、紛れもなく闇魔術の一流の使い手だ。魔力の使い方も魔術の操作も、プロと言う言葉が生ぬるい。
洗練された魔力の練り上げ方。正しく配分された魔術にその魔力。どれだけの努力を積んだのだろう、どれだけの修羅場をくぐったのだろう。
勇者のパートナーとしてふさわしくあるために、追い越されないようにするために、彼女はどれだけ自分を追い込んだのだろうか。
一応にもSSランク冒険者で血反吐を吐くような努力を続けていたアテナをもってしても、欠片とて解明できなかった。
見えない深み。感じられない重厚さ。でもそれは、確かにそこにあった。
「我々も魔力を流そう。下手に魔力を流せば足手まといになってしまう、その辺りは細心の注意を払うのだぞ」
「はいっ!」
「その辺りは承知しているつもりでございます。足を引っ張る真似などをしていれば、この森の長などどんな顔をして名乗れますかッ!」
姉から託された思い。森の皆からの暗黙の了解で託された信頼。その力を持ってして、スティセリアはこの上ない魔力を練り上げた。
黒魔術の頂点となるための術。それは同時に、黒魔術発動の条件となる闇魔力をも限界まで鍛え上げていたのだ。
闇魔力を注ぐ。足手まといにならないように。誰もが洗練された魔術師であるこの中の誰にも劣らぬように。精一杯の精力と心を注いで。
「そうだな……私も、若い頃が目に見えてくる。少々試させてもらおうではないか、私の力が未だ当時のままであるかをッ!」
女帝としてでも英雄に憧れた。そして英雄になった。女帝としてでも世界の巡回に憧れた。でも、参加できなかった。
参加したかった。勇者の力になりたかった。でも、既に一国の王となっていたユーリシアは、国を離れることなどできやしなかった。
どうしようもないくらいに勇者に、英雄に、世界の巡回に憧れていたあの頃を思い出す。そうだ、自分だって、できる。
皆が出来るんだ。圧倒的に英雄ではない者の方が多いこの中で、みんなが出来ていることなんだ。
女帝だからってなんだ。
闇魔力を練り上げた。その瞬間的練度はシェリアにも劣らぬものだった。
巡回に参加できなかったからって、何だ。
注ぎ込んだ魔力は、足を引っ張るどころか魔法陣に無限の輝きをもたらした。
それが若き頃の憧れを捨てる理由に、なるのかよ。
―――国を守る事のみを考えていた女帝の魔力が、噴出した。
「これはラストバッターである私が、最後に素晴らしい魔力を見せてやらねばなりませんね」
青緑の髪が、先程以上に揺らめいた。アテナだって此処にいる皆に負けてやる理由は微塵もない。SSランク冒険者としても、だ。
実力を高めた。天才として謳われた。死にかけたりもした。命を賭けて目標に挑もうとした。
でもまた足りなかった。此処にいる全員に魔力の深みがあって、理解の追いつかない精度があって、自分がまだまだだなと思わせられた。
アテナだって悔しかった。いくら常識外れなルネックスを相手にしたとしても、悔しくないわけがなかった。
これまで積み上げてきた努力。英雄と挑むたびに同じだけ命の危険をも潜り抜ける、そんな努力を己の身に施していた。
勝ちたい。負けたくない。実力が欲しい。このままじゃいけない。もっとだ、もっと、努力なんかじゃない、その先の何かを求めたい。
―――この瞬間アテナは紛れもなく、自分の魂をも追い越す成長を遂げた。
―――全員の魔力が完璧に練り上げられたその瞬間、天空に輝きが放たれた。
目には目を。
歯には歯を。
闇魔術には、闇魔術を。
放たれた強烈な一撃は土の柱を破壊するだけでなく、彼女を有利にさせていたシルエットの術までをも強制的に解かせた。
『……こわれた……の……?』
ライトグリーンの髪に紫のベールを身に着け、見に纏った服装は所々が破けている、みすぼらしい少女であった。
自分にある絶対的な有利が無くなったことを悟ると、少女はぎりりと歯嚙みした。
何故なら、三分の一の魔力を一度に使って肩で息をする女帝たちの後ろで、高度な大魔術を練り上げる少年が見えたからである。
「……引いて、くれないかな。僕だってこんな殺生な魔術を放ちたくないんだ。もうどの世界にも手を出さないって言ってくれれば、《制約》を付けてから僕らは帰るから」
『冗談じゃ、ないの……! あたしで出来ることなんて、これだけなの……!』
ルネックスだって十五にも満たないような女の子を相手に大破壊魔術を放ちたくはない。Aランク以上の冒険者や女帝たちが強度な結界で自分の安全を第一に考える程の、そんな魔術なのだ。
いくら彼女が強くても、それを女の子に放つとなれば、誰だって少しは引け目を抱くものだろう。最もそれがなければ勇者にはなれないのは確かなので、この瞬間ルネックスがその言葉を口にしたのは正しい。
しかし少女はそれを拒否した。彼女にだって強い想いがあった。彼女も思いを糧に赤黒い電撃を練り上げ、彼女の周りを瘴気で覆う。
ルネックスもこうなれば止められない。止めようとしても、少女に『止められる』気がないのは確かなのだから。
自分の足元にある魔法陣が魔術の発動のキーだ。秒速で魔法陣の光が高まっているのが分かる。それを見て少女だって、勝てないのは分かっているのに。
空気を切り裂く二つの魔力がぶつかり合った。次元が歪み、風が吹き荒れ、空気が弾け、大地が悲鳴を上げた。
自分の魔術に耐えきれないだろうと思われた少女だが、術の発動寸前に自分を覆っていた瘴気によって反動はほぼゼロだ。
周りに居る者は援護しようにも、激しい魔力のぶつかり合いに吹き飛ぶのみ。
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「キミの負けは決まってる。今引いてくれれば僕も術を収める!」
『引け、ないの……あたしにだって引けない理由があるのよ……あたしには世界征服以外才能がないの、あたしの父さんを殺したこの世界なんて、もう必要がないのよ――ッ!』
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父を殺されただけでなく、遥か昔に村ごと火を放たれて破壊された少女の、少しどころではなく歪んだ考えだった。
その気持ちはルネックスにもわからなくは無かった。父は貴族の元で過労死。母は奴隷になって現在もどこにいるか、生きているかもわからない。
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だからルネックスは魔力を強める。思いは間違ってなくとも行う事が根本的に間違えていたその少女に、この世界を分からせるために。
「キミは少し、過程が早いんじゃなかったかなって、思うんだ」
『ぁっ……がァっ……』
少女の腹に、魔力の塊が遠慮なく突き刺さり、瘴気の力を得て空中に浮かぶことを成し遂げていた少女が力なく墜落して空気を吐き出す。
それは肺ごと地面に叩きつけられたことにより起きた反動である。
ルネックスは、目を閉じた。
世界を征服したいのなら、いい。世界のシステムを無視してみたいのなら、それもいいだろう。
でも少女は過程を間違えている。少女には仲間と出会う過程もないし、しっかりとした計画も立ててはいなかった。
何より、魔力の使い方がおおざっぱ。魔術の選び方の適性もまちまち。あくまでも勇者視点だが、世界征服をしたいならその実力では無理だ。
「僕は誰かの世界観を否定するつもりはない。でも、意味のない行動は嫌いなんだ。だからさ、もっと実力を高めて、それから挑んできて、僕に勝って?」
手を差し伸べたルネックスは、そう言って見せた。魔王でもいい、勇者でもいい。悪人でもいい、善人でもいい。
この世界を変えると決意するのなら、悪い方面でも正義でもいいと思う。悪に攻略されるのなら、それはその世界の問題。善に改変されるのなら、それはその世界の幸福。
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