僕のブレスレットの中が最強だったのですが

なぁ~やん♡

はちじゅうはちかいめ 冥界だね?

 シャルと妻の女性の顔合わせを見ぬうちにゲートを閉じてしまったのは、テーラの勘が時間が迫りそうだと告げていたからだ。
 これから行く世界を入れれば三つの世界を回らなければならない。地球では五日ほど過ぎていて、それだけルネックスが居なければ随分影響が出る。
 曰く、勇者はそこに存在するだけで世界を導くことができるのだから。

 もうひとつは、シャルがしっかり解決してくれるという自信があったからでもある。頼れる彼女なら、きっとうまくやれる。
 それは押しつけでも何でもなく、聖界の女神として出来るべき事項でもあった。

「それで、これから冥界に行くんでしょ?」

「はい。貿易の内容も少し特別なので、出来るだけ優先するようにした結果です」

「聖界に行った後に冥界ねぇ。正と邪が反比例してる行き方だわー」

「反比例……僕、比例は少し見聞きした程度なのでよくわかりません……」

 勿論テーラも独り言だったため、説明したいと思ったわけではなかった。数学も文明が低いこの世界では、そもそも比例を知る者すら少ない。
 その点の文明も進化し続けている魔女界の方が優れていると十分に言えるだろう。
 説明が苦手なテーラがおろおろしていると、ゲートの壁に寄りかかっていたセバスチャンが助け舟を出して閉じていた瞳を片方開けた。

「片方と片方の数のスタートは違っても、それから片方が倍になるたびもう片方もその倍増える……まあ同じ数増えるって感じか。それを比例、その逆を反比例って言うんだ」

「へぇ……すみません、わざわざ説明してもらって。僕の父さんは確かにたくさん本を集めていましたけど、算術はもろ母に習いっきりでしたので」

 ルネックスの返答を聞き届けたセバスチャンはふっと微笑むとまた目を閉じて壁に寄りかかる。彼はこの間も魔力操作の鍛錬をしているらしい。
 ルネックスの背後ではシェリアが目を輝かせている。どうやら彼女はセバスチャンの説明でも分からなかったらしく、簡単に理解したルネックスに恋心の増幅と共に憧れを寄せているのである。
 
 憧れるのも分からなくはない。そもそも識字率が低いのだし、足し算引き算、読み書きができる程度の学力のシェリアがいきなり比例が何だの言われても分かるはずはない。
 その点、ルネックスは地球に来たら天才になるだろうなぁ、と思うテーラ。
 その感情に隠して誰にも気づかれないようにニヤニヤしたテーラだが、すぐにこほんと咳払いして小さく鈴の音を鳴らすゲートを指差す。

「もうすぐつくよ。対極地点ではあるけど、意外に何かはやい」

「魔力で速度を上げてますし、次元の歪み的には隣り合わせにあると聞いたことがありましたからね。……テーラさんは、知らないんですか?」

「それは嘘だ。こいつは知ってる。記憶のどっかに放り込んだだけだろ」

 セバスチャンの睨みに、テーラはうっと言葉に詰まって項垂れた。目標以外考えず目標に関すること以外は脳の隅に置いておく。
 そして最近はバトルジャンキーになり戦闘の事しか考えていない。その類い稀なる知識はもはや宝の持ち腐れとなっていたのだった。
 思い出せと言われれば思い出せるが、いきなりでは反応しきれない。

 全て図星なため何も言えない。
 元の世界では『図星過ぎて何も言えない』という言葉が学生の間で流行っていた覚えがあるが、今になってまさにその通りだと実感した。
 元の世界では言う側だったので、言われる側になってその無力感を感じる。

「……ちゃんと勉強しなきゃ。研究所行くんだし」

「本気の場合は本領発揮する奴だからな、お前は。大丈夫なんじゃないか?」

 信頼満載の言葉にテーラが微笑むと共に、ゲートがひときわ大きく鈴の音を鳴らして扉を開けた。冥界らしく、重い威圧感が漂っている。
 人っ子一人いない静かな洞窟は、アデル曰く通称冥界の『廊下』らしい。
 冥界らしい威圧感と、人のいない恐怖。人間界の者も度々訪れるらしいが、胆力のある者だったとしても一人では怖気づく。

 魔界と同じように水滴の音は常時する。此処冥界でも聖界と同じように神殿のような場所があり、崇める者はアデルなのだが、代表となる像はとある者を封印したクリスタルである。
 そこからは四六時中水晶が生まれ、特殊な材質を誇るそれは冥界の洞窟を潤わせ溢れた水滴が落ちているのだ。
 創りの詳しいことについてはアデルかそれに近い者でないと分からない。
 見ているルネックス達でも、知識に自信のあるテーラ達でも、どうあがいてもそこに含まれる複雑な術式を理解することは不可能であった。

 恐怖の『き』の字も感じさせること無く、シェリアを含む彼らは材質の研究に熱心になっていた。特にルネックス。
 不気味な空間も、水滴による恐怖の音色も、人が多ければ何とでもなる。

『―――それは、初代冥王のクリスタルの生み出す結晶ですわ。誰にも複製は不可能ですのよ、研究しても意味はありませんわ』

『お嬢様の言う通りでございます。そちらはたとえ聖界であろうと複製は不可能なのでございます。初代冥王様に実力で勝る者など今でもおりませんから』

 腰まで伸ばした黒髪、それと同じ長さのもみあげ。ふんわりとした前髪。きっちりと着こなしていてそれでいて戦闘もできる良く出来たメイド服を着た女性。
 ピンクのツインテール。閃光の放つ武器を握り、ピンクのドレスらしき物を着て、爛々と輝く瞳は吊り上がり気味。子供のいたずらのような笑みが形作られている女の子。
 女性は全身を黒か白で揃え、女の子は全身をピンクで揃えていた。見覚えが、ある。
 ―――いや、あり過ぎる。

 ツンデレ気味になりながらもいつか会おうと手を振ってくれた女の子、アデル・シーナヴェス。最後まで主人を守り抜く忠実なメイド、ナタリヤーナ・クロムフォルナ。
 見間違えるはずもない。忘れるはずもない。あの戦闘の中で一番記憶に刻み付けられた者達であり、深く悲しい過去を持つ者達。

「アデル、ナタリヤーナ。久しぶり……って言うほどでもないかな?」

『そんなことありませんわよ。冥界の時間の過ぎ方は全ての世界の中で一番早いのですわよ。もう一か月たってますの。寂しかったですわ』

『それで、ご用件があってこちらへ来たのでしょう。いつまでもこんな陰気な廊下で話す必要はないと思いますから、中へ入りましょう。それとも難攻不落ですが、研究を続けたいですか?』

「……いや、はっきり無謀と言われたんだから、ここは潔く諦めるよ」

 ルネックスの苦笑い。初代聖王は一度も初代冥王に勝てたことがないという話は、どの世界でも有名な逸話である。
 最も、正義的には良い話ではないので知る人ぞ知る歴史ではあるのだが。
 まあこれも人間界のみで、魔界や冥界、聖界や魔女界などの非凡な世界では子供も知る有名な話だ。ただ神界は徹底的にそう言う話を揉み消している。

 冥界の中は様々な飾りで飾られており、中殿に近づけば近づくほど飾りは少なくなって行く。冥界には冥界を飾る係が居るらしい。
 言えばマネージャーのようなものだが、ナタリヤーナはそう言うことに関しては不器用なのである。
 冥界を飾るのは少し不気味な男の人だ、と二人は口をそろえる。
 深く聞くと危険な雰囲気が漂っていたので、あまり深くは聞かないことにする。

 歩いて行けば、中殿に入る前の扉を右に回る。それからずっとまっすぐ歩いて行くと一際豪華な扉がかかっていた。
 特徴をあえて言うなら、飾りまでピンク一色に染められていることだろうか。

「………」

『わたくしの部屋ですわ。何ですの、不満でもあるんですの?』

 可愛いなぁと思って黙っていた一同だが、膨れた彼女の頬を見て慌てて否定する。かといって思っている事をそのまま言えば、ツンデレ気味な彼女はどんな反応をするかわかったものではない。
 アデルが扉を開け、ナタリヤーナが見事なカーテシーで一同を招く。
 中はやはりピンクとフリルで統一されていたなんとも可愛い、冥王らしくもない部屋であったが、子どもらしく可愛いなぁとまたしても思う一同。

 此処だけは金で作られた、やけに豪華な机に全員が座ると、空気そのものが引き締められた。普通の人間がこの場にいれば、圧迫感で即死するくらいの。

『察するところ、時間もないでしょう。すぐに話を終わらせたいという思いが滲んで居る気がしますわよ。それで、今日は何のために?』

「その通りだよ。魔界に武器の材料を提供する代わりに、竜界が冥界とつながりを持ち随時それぞれの貿易をする事を許す。簡単に言えばこんな感じかな」

「資料はこちらにあります、後程目を通してくださいね」

 後ろからシェリアが資料を渡す。それをナタリヤーナが受け取り、一言二言アデルにささやくとアデルは頷いた。
 しばらく考え込んでいる。こちらに時間がないのを知った上での事のため、早めに答えを出そうと奮闘していることが分かる。

『わかりましたわ。貴方達を信じます。それに、三千世界も動きを見せている。アルティディアが急速に立場が上がっていますからね……』

「あぁ……そうだった。三千世界の事を教えてほしいんだけど……」

 ルネックスの言葉を聞いたアデルはすっと目を伏せ、長くなると呟く。どうやら世界の巡回よりもいい方法を知っているというの本当らしい。
 問題ない、と返す。その言葉にはたくさんの思いが込められている。純粋に問題ないのと、自分を責めるなという事と……。

『この銀河は、世界のシステムを元に無限に広がり動いています。すべての世界は無限に無量にあり、それらはすべてシステムに沿って回りながら動いています。システムは幾多の人格で結成されており、とても複雑な網で作られています』

『システムの人格はとても人間らしいと言えますわ。ただ、幾多の人格がありたったひとつで幾千の役割が行えますの。世界を管理する者は無機質で、感情はないと言っていいでしょう。わたくし達を作ったのも全てその者なのですわ』

「その者に多人格が集まっていったみたいな感じかな?」

 テーラの言葉にナタリヤーナが「その解釈は正しい」と頷く。【その者】がシステムとなり世界を管理し、その者に集まる形で全てが集う。
 何もかもの集結型、通称ゼロ点と呼ばれる。複雑なものが絡み合って出来上がったもののため、アデル達でもうまく説明できないという。
 またその真実はその者しか分からず、その姿を捉えられた者はいないのである。

 世界の本当の真実を知ることはかなわない。それでも、銀河の仕組みを知る事だけならアデルやナタリヤーナにも渡された情報があるのだという。
 シェリアは羊皮紙をもって素早くそれに話した内容を書き記している。

『世界には、ランキングがございます。卓越した人間が生まれたり、文明や技術が群を抜いていたり、全体的に実力が高かったり、世界を創作した時点でお気に入りに出来たり……理由は様々あると聞いております。その中でもトップ4に立つ世界を、四天王と呼んでおります』

『その世界にはそれぞれ統治王がおりますの。彼らがいることで……世界の巡回は必要なくなるのですわ。例えば、文明改革。例えば、世界征服。道は沢山ありますの、世界に名を轟かせる正義の事を行えば、システムの目に留まる可能性がありますわ』

『目に留まれば、その者が統治王として認められ、世界の巡回は必要なくなります。そして、四天王の四つの中でランキングが決められます。それでもこれは不確定要素なのですが、何故お嬢様が貴方に巡回しなくてもいいと言ったのかというと……』

『―――最初から、生まれた時点でシステムから気に入られていたからですわ』


 〇


 ルネックス一行はゲートの中で一言も声を出さずに考え込んでいた。それぞれ考えることは様々だが、何を考えているのかは想像できる。
 テーラは研究、セバスチャンは世界の条理の計算、ルネックスは世界の安全、シェリアは世界の矛盾を解消する術はないか―――。
 全ての者が世界に有利なことを考える時点で、システムは彼らに微笑んでいる。


 ―――三千世界は、アルティディアとシステムを囲んで回った。

 そんな彼らの悩みは知らず、ゲートはちりんちりんと軽やかな音を奏でて無音でその扉を開けるのだった。

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