僕のブレスレットの中が最強だったのですが
ななじゅうななかいめ ブレスレット
揺れる。揺れる。揺れる。足元はおぼつかないし、視界も全くと言っていいほど良好ではない。聖神の視点からルネックスを、ルネックスの視点から聖神を見ることすらできない。
味方の姿も敵の姿も確認することができなかった。
割れる。割れる。割れる。大地が悲鳴を上げて天が哀哭し、空気と時間と次元が歪んで破裂して置き去りにされていく。
聖神がわずかの魔力を残して放出した魔力の力は概念を突破する。
ゆがんで歪になった深い闇の魔力がうねってルネックス一行の体を締め付ける。かろうじて動けるのはルネックスとテーラの二人くらいだ。
聖神は低く唸った。元の綺麗な髪は存在しずに、真っ黒に染まっていく。テーラのように力を抑えつけて自由に操る事も出来ず、ルネックスのように理解して触れて自らに違う形で落とし込むこともできず。
今の聖神には、愚かにもその果てない力に飲み込まれるしかなかった。
それでも彼女が手を伸ばした先には、彼女の最後の「手」があったのである。
「―――ブレスレット、強制破壊!」
「や、やめてぇっ!」
果てなき深淵の言葉を紡ぎつつも手を伸ばした先には、ルネックスのブレスレットがあった。反射的にルネックスの前に立ちはだかった彼女だが、膨大な聖神の魔力にはねのけられて地面を転がる。
ルネックスの必死の回避を赤子のように翻弄し、聖神の管理下にない生きた魔力は嬉々と誰かの命を刈り取ろうと嗤っていた。
―――動く魔力が最初で最後に、聖神の思い通りに動いた。
フェンラリアの悲鳴には目もくれず、防御に徹するルネックスのブレスレットを貫いた。ぱりん、と強制的に割れたブレスレット。
ルネックスは立ち尽くして、地面にバラバラになっている欠片を見つめた。
「―――ぁ」
その沈黙を破ったのは、ある者の苦しそうな絞り出した声だった。
その者はルネックスに飛びつき、抱きついたまま涙を浮かべている。―――フェンラリアの精霊特有の羽が透け始めている。
「……君は、ブレスレットの支配下から外したはず、だよね?」
「あたしは、聖神に魂をしばられてたんだ。おしえたこと、なかったけど。あたし死ぬかんじはしてたの。ごめんなさい、いってなくて」
「何で? どうして君が、死ななくてはならなかったんだ……?」
「ごめんね、るねっくす。あたしのごしゅじんさまは、最初からさいごまで、るねっくすひとりだけだよ。あのね、あたしが最初るねっくすのところにきたのは、るねっくすのお父さんのめいれいだった。ありがとう―――あたしに素晴らしいせかいをみせてくれて」
ゆっくりとフェンラリアの全てが透けていく。受け入れたはずの闇が、違う形で自らに落とし込んだはずの怨念が、怨嗟が、怒りが。
清く澄み渡っていた頭が塗りつぶされていく。
たとえルネックスがどれだけ強くてもブレスレットの破壊は免れなかった。ブレスレットそのものを聖神が操作していたのだから。
そう語ったフェンラリアだが、ルネックスは膝から崩れ落ちて小さな彼女の体を抱えた。
居場所がなくなった自分に、最初に世界を見せてくれて。楽しさを知らなかった自分に、楽しさを教えてくれるだけではなく生き方もわくわくも教えてくれた。
一番頼りになる仲間で、実際だって誰よりも彼女を頼りにしていた。
―――それが、自分の腕の中でゆっくりと消えていっているのだ。
「あたし、るねっくすの事が好き。なかまとしてじゃなくて、恋愛的ないみで。まけたくないの……あたし、ほんとうだったらもっとるねっくすに追いついて触れてふりむいてほしかった……っ……」
いつも元気な大精霊の頬をするりと透明な涙が通り過ぎていく。今だ暴れ続ける聖神は、テーラがルネックス達のところには絶対来させまいと抑え続けている。
ルネックスの腕の中で嗚咽を上げる彼女は、諦めが見えていた。此処まで強くなったのに、少女を救うことはできない。
何故だ。どうして。此処までこれたのが、途端に無為に感じた。
今まで感じていた感謝は、今まで触れられていた正義は、自分を認められなくても唯一あった小さな誇りは、何処へ消えてしまったのだろう。
頭が真っ白になった。フェンラリアの事を恋愛的な意味で好きにはなれなかったけど、心の支えになっていた少女だ。
涙腺が崩壊しようとするのを必死で止めようとするが、叶わない。
終わらない涙が流れ続けた。勇者になるためのだとか、英雄だからなんだとか、そんなのはすべて捨ててルネックスは嗚咽を漏らした。
失いそうになってやっと、たった一人の存在がどれだけ大切だったのかを知った。
「でもねるねっくす。あたしは、るねっくすの負担になりたくはないの。だからね、ひとつ、やくそくをしない?」
「やく、そく……?」
「うん。あたし絶対にめいかいでまってるから。あでると一緒に待ってるから。あたしをさがしにきて、約束だよ―――」
最後に彼女の姿を保っていた髪の毛の欠片まで消え失せて、ルネックスは自分の手にあった体温が冷めていくのを感じた。
約束だ。
そう言って微笑んだ彼女の表情を思い出して、ルネックスは涙をごしごしと乱暴にこすった。それと共に、肩に重さがかかるのを感じた。
「ルネックスさんっ! 私達が居ます。一緒に戦いましょう」
「シェリア、君の魔力は……」
「体力ならあります! 援護させていただきますので、よろしくお願いします!」
笑顔でそう言ったシェリアだが、その中に哀哭が潜んでいるのをルネックスは見逃さなかった。シェリアはフェンラリアの思いに気付いていたからこそ、度々ライバル視して戦っていたりもしていた。
ルネックスと同じくらい悲しいはずだ。それなのに彼女は涙ひとつ見せずに抗おうとしている。
そんな彼女に魅力を感じつつも、ルネックスは自分の無能さを感じていた。どうしてシェリアより強いのに、自分は泣いていられるのだろうかと。
そんな彼女の髪の毛をひと撫でして、ルネックスは気を取り直した。全部なかったことになんてできないけれど、取り戻す事ならできる。
事実は揉み消せないけど、取り繕うことはできる。
大きく息を吸って吐いた。自分に出来ることを模索して。掴んだ剣の取っ手にはまっている緑の宝石が激しく輝いた。
そして、地面に散らばっていた無数のブレスレットの破片がひとつに集まり、戦っている最中のカレンのブレスレットに取り込まれた。
ルネックスの父であるリネスの物である。強化されたという事だろう。
カレンは戸惑いながらも一言二言話すと、ぱたぱたとこちらへ向かって来た。
「あ……フェンラリアが……そういうこと……このブレスレット、やっぱり返す……これは、ルネックスが持っているべき……」
「分かった。ありがとう。フェンラリアについてだけど、帰ってからゆっくり説明する。今は聖神をどうにかしなきゃいけないから」
「分かってます。私も戦いますので、少しでも力になりますから」
「うん。それじゃあ早速だけど、加勢してくれるかな?」
ルネックスの言葉に高速で何度も頷いた少女二人は、目にも止まらない速さで前線へ駆け抜けていく。それをルネックスは微笑ましそうに見ていた。
彼が前線に行かない理由は、もうひとつあった。先ほどから頭の中で、言葉は分からないが何か問いかけてくるような声が聞こえる。
はっきりと言葉を聞きとるために目を閉じようとしたが、その前に目の前にパネルが現れた。
<世界の概念からメッセージを送らせていただいております>
それから、ルネックスの読めるだろう速さで文字が変わっていった。
<このままだと貴方達に勝つ術はなくなります>
<無いわけではありません。見つけられないだけです>
<本当にこの世界を救いたいのならば、私達世界の概念が力を貸しましょう>
<瞬間だけです。私達と一体になるのです>
<副作用があるかどうかは私達にもわかりません>
<タイミングを逃せばそれで終わりです>
<ですが、強大な力を瞬間でも手にいれられることを約束します>
貴方の概念への踏み込みを承諾しますか?
▼はい / はい
はい以外の選択がなかった。
それは、ルネックスが英雄にならなくてはならないと言っているようで、世界の概念の思惑がほんの少し見えてきた気がする。
これ以上なく彼らはこの世界を重視し始めたのだろう。三千世界ある世界の中で、高度な世界は重視され四天界と呼ばれる四つの王の世界に加えられる。
その下にもいくつかあるとアデルから教えられるのはまた少し先の事。
さておき、世界の概念が現在の三千世界の平定している平和を無視してまでこの世界アルティディアを四天界に加入しようとしていることは、明らかである。
ルネックスが断る術はないし断るような理由もないので、左側の<はい>を押した。
「……ルネックスさんが最終手段に出ます。みなさん、最大限にルネックスさんを補佐できる位置についてください。できるだけ、中間はあけて側面を叩いてください!」
「ぁぁあああ! 放せ、放せぇえええ、ロゼス貴様も見てないでッ!」
「僕も手が空いてないのは見てわかるだろっ! 黙って迎え撃て!」
聖神の訴えに、しかし手が空いていないロゼスは彼女に元から欠片ほどしかなかった敬意も払わずに一言で一蹴する。
ルネックスの体が受け入れられるようにゆっくりと力がアップグレードされていく中、確実に聖神達が不利になって行っているのは見てわかる事だ。
やがてアップグレードが完成する。
<身体アップグレードが完了しました>
<このまま戦う術を選んでも勝てる確率は五十六%。どうしますか?>
「どうせ<いいえ>の選択はないんですよね?」
<はい。ありません。ですが勝てる確率はあるので私達を納得させてくれれば、構いませんよ>
柔らかな口調と反して、強行に全てを決めていくシステム。思わず優男の構図が脳内で出来上がったルネックスはふっと笑いをこぼした。
それからゆっくり頷くと、体が二つに割かれるような感覚を感じた。
しかし痛覚には並ではない耐性があるので、大して痛いとも思えず視界だけが二つにぼやける感覚になった。
<何か質問はありませんか?>
「大丈夫です」
<それでは、実行を開始します>
<あくまで一瞬です。その後は体力も魔力もゼロになるので、お気を付けください>
<タイミングを見逃さないようにお願いします>
<私達システムも膨大な力を使うことになりますのでね>
この時はルネックスも緊張したが、その膨大というのはこの世界の単位の事で、後にアデルとシャルからその程度でシステムは欠片ほども揺るがないことを知るが、それはあくまで後の事。
大きく深呼吸をしてから、深くうなずく。
<それでは>
しばしの沈黙が流れた。
<開始。憑依。終了>
―――ただいまより世界を揺るがす大悪党への粛清を開始いたします。 
味方の姿も敵の姿も確認することができなかった。
割れる。割れる。割れる。大地が悲鳴を上げて天が哀哭し、空気と時間と次元が歪んで破裂して置き去りにされていく。
聖神がわずかの魔力を残して放出した魔力の力は概念を突破する。
ゆがんで歪になった深い闇の魔力がうねってルネックス一行の体を締め付ける。かろうじて動けるのはルネックスとテーラの二人くらいだ。
聖神は低く唸った。元の綺麗な髪は存在しずに、真っ黒に染まっていく。テーラのように力を抑えつけて自由に操る事も出来ず、ルネックスのように理解して触れて自らに違う形で落とし込むこともできず。
今の聖神には、愚かにもその果てない力に飲み込まれるしかなかった。
それでも彼女が手を伸ばした先には、彼女の最後の「手」があったのである。
「―――ブレスレット、強制破壊!」
「や、やめてぇっ!」
果てなき深淵の言葉を紡ぎつつも手を伸ばした先には、ルネックスのブレスレットがあった。反射的にルネックスの前に立ちはだかった彼女だが、膨大な聖神の魔力にはねのけられて地面を転がる。
ルネックスの必死の回避を赤子のように翻弄し、聖神の管理下にない生きた魔力は嬉々と誰かの命を刈り取ろうと嗤っていた。
―――動く魔力が最初で最後に、聖神の思い通りに動いた。
フェンラリアの悲鳴には目もくれず、防御に徹するルネックスのブレスレットを貫いた。ぱりん、と強制的に割れたブレスレット。
ルネックスは立ち尽くして、地面にバラバラになっている欠片を見つめた。
「―――ぁ」
その沈黙を破ったのは、ある者の苦しそうな絞り出した声だった。
その者はルネックスに飛びつき、抱きついたまま涙を浮かべている。―――フェンラリアの精霊特有の羽が透け始めている。
「……君は、ブレスレットの支配下から外したはず、だよね?」
「あたしは、聖神に魂をしばられてたんだ。おしえたこと、なかったけど。あたし死ぬかんじはしてたの。ごめんなさい、いってなくて」
「何で? どうして君が、死ななくてはならなかったんだ……?」
「ごめんね、るねっくす。あたしのごしゅじんさまは、最初からさいごまで、るねっくすひとりだけだよ。あのね、あたしが最初るねっくすのところにきたのは、るねっくすのお父さんのめいれいだった。ありがとう―――あたしに素晴らしいせかいをみせてくれて」
ゆっくりとフェンラリアの全てが透けていく。受け入れたはずの闇が、違う形で自らに落とし込んだはずの怨念が、怨嗟が、怒りが。
清く澄み渡っていた頭が塗りつぶされていく。
たとえルネックスがどれだけ強くてもブレスレットの破壊は免れなかった。ブレスレットそのものを聖神が操作していたのだから。
そう語ったフェンラリアだが、ルネックスは膝から崩れ落ちて小さな彼女の体を抱えた。
居場所がなくなった自分に、最初に世界を見せてくれて。楽しさを知らなかった自分に、楽しさを教えてくれるだけではなく生き方もわくわくも教えてくれた。
一番頼りになる仲間で、実際だって誰よりも彼女を頼りにしていた。
―――それが、自分の腕の中でゆっくりと消えていっているのだ。
「あたし、るねっくすの事が好き。なかまとしてじゃなくて、恋愛的ないみで。まけたくないの……あたし、ほんとうだったらもっとるねっくすに追いついて触れてふりむいてほしかった……っ……」
いつも元気な大精霊の頬をするりと透明な涙が通り過ぎていく。今だ暴れ続ける聖神は、テーラがルネックス達のところには絶対来させまいと抑え続けている。
ルネックスの腕の中で嗚咽を上げる彼女は、諦めが見えていた。此処まで強くなったのに、少女を救うことはできない。
何故だ。どうして。此処までこれたのが、途端に無為に感じた。
今まで感じていた感謝は、今まで触れられていた正義は、自分を認められなくても唯一あった小さな誇りは、何処へ消えてしまったのだろう。
頭が真っ白になった。フェンラリアの事を恋愛的な意味で好きにはなれなかったけど、心の支えになっていた少女だ。
涙腺が崩壊しようとするのを必死で止めようとするが、叶わない。
終わらない涙が流れ続けた。勇者になるためのだとか、英雄だからなんだとか、そんなのはすべて捨ててルネックスは嗚咽を漏らした。
失いそうになってやっと、たった一人の存在がどれだけ大切だったのかを知った。
「でもねるねっくす。あたしは、るねっくすの負担になりたくはないの。だからね、ひとつ、やくそくをしない?」
「やく、そく……?」
「うん。あたし絶対にめいかいでまってるから。あでると一緒に待ってるから。あたしをさがしにきて、約束だよ―――」
最後に彼女の姿を保っていた髪の毛の欠片まで消え失せて、ルネックスは自分の手にあった体温が冷めていくのを感じた。
約束だ。
そう言って微笑んだ彼女の表情を思い出して、ルネックスは涙をごしごしと乱暴にこすった。それと共に、肩に重さがかかるのを感じた。
「ルネックスさんっ! 私達が居ます。一緒に戦いましょう」
「シェリア、君の魔力は……」
「体力ならあります! 援護させていただきますので、よろしくお願いします!」
笑顔でそう言ったシェリアだが、その中に哀哭が潜んでいるのをルネックスは見逃さなかった。シェリアはフェンラリアの思いに気付いていたからこそ、度々ライバル視して戦っていたりもしていた。
ルネックスと同じくらい悲しいはずだ。それなのに彼女は涙ひとつ見せずに抗おうとしている。
そんな彼女に魅力を感じつつも、ルネックスは自分の無能さを感じていた。どうしてシェリアより強いのに、自分は泣いていられるのだろうかと。
そんな彼女の髪の毛をひと撫でして、ルネックスは気を取り直した。全部なかったことになんてできないけれど、取り戻す事ならできる。
事実は揉み消せないけど、取り繕うことはできる。
大きく息を吸って吐いた。自分に出来ることを模索して。掴んだ剣の取っ手にはまっている緑の宝石が激しく輝いた。
そして、地面に散らばっていた無数のブレスレットの破片がひとつに集まり、戦っている最中のカレンのブレスレットに取り込まれた。
ルネックスの父であるリネスの物である。強化されたという事だろう。
カレンは戸惑いながらも一言二言話すと、ぱたぱたとこちらへ向かって来た。
「あ……フェンラリアが……そういうこと……このブレスレット、やっぱり返す……これは、ルネックスが持っているべき……」
「分かった。ありがとう。フェンラリアについてだけど、帰ってからゆっくり説明する。今は聖神をどうにかしなきゃいけないから」
「分かってます。私も戦いますので、少しでも力になりますから」
「うん。それじゃあ早速だけど、加勢してくれるかな?」
ルネックスの言葉に高速で何度も頷いた少女二人は、目にも止まらない速さで前線へ駆け抜けていく。それをルネックスは微笑ましそうに見ていた。
彼が前線に行かない理由は、もうひとつあった。先ほどから頭の中で、言葉は分からないが何か問いかけてくるような声が聞こえる。
はっきりと言葉を聞きとるために目を閉じようとしたが、その前に目の前にパネルが現れた。
<世界の概念からメッセージを送らせていただいております>
それから、ルネックスの読めるだろう速さで文字が変わっていった。
<このままだと貴方達に勝つ術はなくなります>
<無いわけではありません。見つけられないだけです>
<本当にこの世界を救いたいのならば、私達世界の概念が力を貸しましょう>
<瞬間だけです。私達と一体になるのです>
<副作用があるかどうかは私達にもわかりません>
<タイミングを逃せばそれで終わりです>
<ですが、強大な力を瞬間でも手にいれられることを約束します>
貴方の概念への踏み込みを承諾しますか?
▼はい / はい
はい以外の選択がなかった。
それは、ルネックスが英雄にならなくてはならないと言っているようで、世界の概念の思惑がほんの少し見えてきた気がする。
これ以上なく彼らはこの世界を重視し始めたのだろう。三千世界ある世界の中で、高度な世界は重視され四天界と呼ばれる四つの王の世界に加えられる。
その下にもいくつかあるとアデルから教えられるのはまた少し先の事。
さておき、世界の概念が現在の三千世界の平定している平和を無視してまでこの世界アルティディアを四天界に加入しようとしていることは、明らかである。
ルネックスが断る術はないし断るような理由もないので、左側の<はい>を押した。
「……ルネックスさんが最終手段に出ます。みなさん、最大限にルネックスさんを補佐できる位置についてください。できるだけ、中間はあけて側面を叩いてください!」
「ぁぁあああ! 放せ、放せぇえええ、ロゼス貴様も見てないでッ!」
「僕も手が空いてないのは見てわかるだろっ! 黙って迎え撃て!」
聖神の訴えに、しかし手が空いていないロゼスは彼女に元から欠片ほどしかなかった敬意も払わずに一言で一蹴する。
ルネックスの体が受け入れられるようにゆっくりと力がアップグレードされていく中、確実に聖神達が不利になって行っているのは見てわかる事だ。
やがてアップグレードが完成する。
<身体アップグレードが完了しました>
<このまま戦う術を選んでも勝てる確率は五十六%。どうしますか?>
「どうせ<いいえ>の選択はないんですよね?」
<はい。ありません。ですが勝てる確率はあるので私達を納得させてくれれば、構いませんよ>
柔らかな口調と反して、強行に全てを決めていくシステム。思わず優男の構図が脳内で出来上がったルネックスはふっと笑いをこぼした。
それからゆっくり頷くと、体が二つに割かれるような感覚を感じた。
しかし痛覚には並ではない耐性があるので、大して痛いとも思えず視界だけが二つにぼやける感覚になった。
<何か質問はありませんか?>
「大丈夫です」
<それでは、実行を開始します>
<あくまで一瞬です。その後は体力も魔力もゼロになるので、お気を付けください>
<タイミングを見逃さないようにお願いします>
<私達システムも膨大な力を使うことになりますのでね>
この時はルネックスも緊張したが、その膨大というのはこの世界の単位の事で、後にアデルとシャルからその程度でシステムは欠片ほども揺るがないことを知るが、それはあくまで後の事。
大きく深呼吸をしてから、深くうなずく。
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