僕のブレスレットの中が最強だったのですが

なぁ~やん♡

ななじゅうにかいめ 存在意義

 神化して、神界に居たまま全ての進化をこなしたロゼスの体は、神が消える時と同じように塵となって暴風に巻き込まれて消えていった。
 戦闘によって、世界の使役によって割れた地面とはためく髪、広がる霧に視界良好とは間違っても言えないが、今のルネックスにとって全てが見える。
 使役した世界が望む情報を与え、呼吸の意味と存在の意味を読み取り自らの体に解き落としていく。アデルが瞬間に理解したものを、ゆっくりと手を伸ばして理解する。

「次。カレンは抜けて。フェンラリアはシェリア達と一緒に戦って。僕は向こうに加勢する。カレンはテーラさん達に加勢。できるね?」

「わかった……わたし行ってくる……ハァッ、ハアッ……」

「かれんだいじょーぶー? 無理してない? やすむひつようはある?」

「大丈夫……心配しないで……疲れてるのは……わたしだけじゃないから……」

 ゆっくりと戦闘を再開したナタリヤーナ達の方に歩むルネックスに付いて行こうと、足を踏み出したカレンの体が揺れる。
 呼ばれたシェリア、フェンラリア、そしてルネックスが心配そうな視線を向けるが心配などさせまいとカレンは微笑みを浮かべる。
 しかし、岩に打ち付けられ内臓が傷つき、魔力も半分しか残っておらず元から少ない体力値は三分の一を切っている。
 無限と表示されたステータスが徐々に数字に変わっていっているのだ。

 フレアルも荒い息を吐きだしながら準備の時間を彼女たちに与えるために懸命にスラインデリアの足止めを行っている。
 彼女も突き刺されて血を吐いて生命力が格段に下がっているというのに、弱音のひとつだって吐いていないのだ。
 こんなところで、勇者になれるルネックス達一行の一人、英雄となれるかもしれない自分が弱音を吐いていいわけがないのだ。
 だが体力が減って魔力も削られているのは事実。ルネックスがカレンに歩み寄り、そっと父に渡されたブレスレットを手首から外した。

「これをつけて欲しい。これをつければ魔力が格段に上がるし、体力も全回復とはいかないけど半分は回復される。僕の竜はこっちのブレスレットに収納してるし、今の僕は最終覚醒まで行っているからその程度の魔力が増えても意味がないからね。でもカレンには使える代物だと思うよ」

「でもそれは……父からもらった大切な物……わたしなんかに……渡していい物じゃないと思う……」

「使わなかったらあっても意味がない。それに君は僕の大切な仲間なんだ。……計画を変える。ヴァルテリアさん達はナタリヤーナのところへ戦いに戻って。僕は一人で聖神の相手をする。カレンは僕について。フェンラリアはスラインデリアの方へ入って」

 ルネックスにそこまで言われたカレンは頷いた。腐っても今は戦闘中であり、あれこれ意見を言っている暇はないのだ。
 それに、戦況をどうするか人員をどこへ送るかを選択するのはリーダーであるルネックスなのだから、カレンが下手な決断をすることはできない。
 そこまで言うとルネックスは今度は振り返らずに聖神に向かって歩く。向こうから英雄と勇者二人が歩み寄ってハイタッチを交わした。

 世界の‘気’がルネックスに味方している。身を包む白い靄は世界の守護であり、文字通り世界に守られる世界の加護。
 この世界に認められ使役することを可能とする者だけが貰える加護であり、これまで手にいれることができた者は一人としていない。
 聖神は冷汗を流しながらも、自分が世界に敵対されたことを理解した。

「中々やってるじゃん……世界を敵に回した私に生きる価値がないと世界から宣言されたってことだね。よくわかったよ。世界を飛び立ちたいって願う私なら別だってことを教えてあげる」

「同じ願いを持つロゼスが先に死に絶えたことを踏まえておくといいよ……世界を飛び立とうとする願いは褒められるけど。その自信も褒められるけど。―――僕が勝つよ」

 本当なら此処にいるべきではなかったのだし、そもそも聖神は大人しく封印されたまま自分が居なければ世に出てくることもなかったのだ。
 罪悪感はあるけれど、恐ろしいと思う心もあるし、巻き込んでしまってすみませんという思いも勿論内心にはあった。
 しかし、生まれてきたからには使命を持って生まれたに決まっている。自分は少しその使命が壮大すぎて、ちょっと手に負えないだけ。
 そうポジティブに受け取れば、今のルネックスでも勝てる気がした。

 勝たなくてはならないという決定的な物を背負っているならば、それを全うすることこそ自分の役目だ。全てを助けようなんて大層な事は思えないけれど。
 手の届く所なら、見捨てるなんて事はできないと少なくとも自分は思っている。

 ―――ゆけ。世界を変えるだろう勇者よ。

 それが何の声かはわからなかったが、驚愕に染まるアデルと何がなんだかわからない味方陣と聖神を置き去りにして、勇者ルネックスはステップを踏んだ。



 一方アデルを相手にしていたテーラは油断を一ミリもしない。ほんの僅かに顔を青ざめさせ驚愕に染まった一秒にも満たない間を見逃しはしない。
 あちこちに並べられた正体不明の機械や砲台がアデルの小さな体にぶつかっていき、素早くテーラが間合いに入り砲台と銃弾と歯車を同時、同軌道射程で発射した。
 当たれば絶対に治癒することができないそれは、小さな傷をアデルの体に作っていくだけだが流れる血が刻一刻と体力を削っていく。

『……ここまで、体力と魔力を使ったのはとんでもなく久しぶりなことですわ。世界の加護を見たのも、別の世界で三度しかございません。本当に貴方達はわたくしを驚かせてくれますわね。貴方も、よくもそうねちねちと攻めてきてくれますわね?』

「そりゃ、当たり前でしょ。それにルネックスはキミの持ってる宇宙の概念の秘密を提供してくれることを希望してるんだ、ボクに出来ることはしなくちゃね。それにボクは負けたことがないんだ。やすやすと負けてやるわけにもいかないんだよね」

「セバスチャン、グライエット殿、我に続けっ!」

 前方から攻めるのは大量に空を武器で埋め尽くしたテーラ、後方を塞ぐのはセバスチャン、ゼウス、グライエットの三人だ。
 それによってアデルはまともに動くことはできないが、足元の空気を破裂させたり即死魔術を放ってきたりと冷や冷やさせられるような戦術を使っている。
 なるほど、とテーラは思う。
 確実に殺すことはできないし、致命傷を狙うこともできない戦術だが、着実に相手の精神力を擦り削っていくことができる戦い方。

 それは、アデルがテーラの何倍もの強さを誇っているのに、自分が傷らしい傷を負っていないのが何よりの証拠となる。

 テーラの精神力はあまり削れていないつもりだが、ステータスの疲労は当たり前のように増えて行く。彼女のステータスは大量の無限で埋め尽くされている。
 このまま消耗戦に切り替えられれば無限を示すマークがひとつずつ減っていき、やがて数字になるだろう。
 そうなれば彼女らに勝つ確率はゼロで、そんな術も残されなくなってしまう。
 世界の巡回を成し遂げた勇者の一人として、一度も負けたことのない無敗の英雄として、此処で引くことも弱音を吐くことも負けることも許されない。

 たかがプライドか、と人は思うのだろうか。そうだ、目の前の少女アデルもプライドや私情で動くテーラを良いと思っていないのではないだろうか。
 ただ、目的もなく淡々と生きて来たテーラに、ルネックス達のような思いの燃やし方も何かを求めて足掻くこともできなかった。
 いや、できないのではない。単純にやり方を知らないのだ。やり方など教えてもらったことは無いし、なによりずっと探してこようと思わなかった。

 思いに突き動かされて、みたいな理由なんかではなくて、ただ自分のプライドと自尊心のままに動いていると自分でさえも解釈している。
 思いに動かされるんじゃなくて、想いを動かして自分を動かしているというのが正しい。
 それがテーラという名の英雄であり、一点を定めず定められない一人の少女の生き方なのであった。

「みんなが戦功を着実に残していってるんだから、そろそろボクも終わりにする必要があるみたいだね。そんじゃ。ルネックスに言われてるから殺すつもりはないんだけどね、抵抗できないようにしなきゃなんないでしょッ」

『させるわけがありませんわ。さっさとわたくしが貴方達を撃退してナタリヤーナを援護して来なくてはなりませんのよッ!』

 そして一方、大切な人を軸に回るのがこの女の子、アデルの生き方。闇を抱えて生まれてきて、持ち上げられる光と比べて突き落とされるために生まれた相対概念。
 自分のために生きるなんて否定され続けて、大切な物をやっとの思いで作って、もう自分のために生きて否定されるのが怖くて―――。
 ガッと目を見開いたアデルは、そうして生き続けた自分という物が壊されるのが怖かったのかもしれない。


 ナタリヤーナは焦っていた。情勢が自分らに味方していないことくらい、ナタリヤーナならば見ればわかるのである。
 それに、テーラが三分の一の魔力を糧に全ての武器を同時発射すれば、アデルが半死になる可能性は八割を超えているとスキルが分析した。
 スキルの分析を完全に頼ることは無いが、半分以上の確率があるのは確かだ。

『そこを、どいてください、どかないのなら―――力づくでどかせます!』

 話す余裕もなくなったナタリヤーナは、英雄陣の戦力を削ぐよりも道を開けてアデルの方へ向かおうと全力疾走していた。
 英雄たちの攻撃をさばき続けたナタリヤーナだが、突如現れたヴァルテリアの大地剣ガイアにより地面を割かれ、その足が止まる。
 それにより、何人もの英雄に前方、後方、左右さえも囲まれてしまう。

 体力値に自信があるナタリヤーナなので息は切れないが、焦りにより右手の大鎌と左手の鉄球が重力を無視してあちこちに不確定軌道で吹き飛んでは、地面を破壊していく。
 しかしそれは英雄たちの攻撃を少し遅れさせるだけで、自らの足はまだ遠くアデルのいるところまで未だたどり着くことができなかった。
 猛攻撃の中手を伸ばしたナタリヤーナの目に、突如して光が灯された。

 お嬢様を守るために、自分へ存在意義を与えてくれた小さくて弱くても強い女の子で、主である彼女の事を考えて。
 どうして彼女は奮闘してくれるのに、自分は突破できないのだ。足首程度失ったくらいで、自分はどうして主に追いつけないでいられるのか。
 失望はさせまい。どん底から救ってくれた恩人を、苦しませてはならないのだ。

『あぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっ! どきなさいと言っているでしょうッ!』

 大鎌を地面に振り下ろすだけで大地剣と同等、もしくはそれ以上の威力を持つ覇力を散りばめ、英雄たちの足元がしっかりと保てずに武器を地面に突き刺して懸命に耐える。
 鉄球が振られるたびに空気が唸り、耐えきれず破裂音を伝え、耳が敏感な者は鼓膜を破る勢いに思わず耳を塞いでしまう物もいた。
 勿論手ではなく魔力の膜でだが、それを維持する分の魔力も侮れない量だ。

『どけっつってるんですッ!』

 そして来てしまったのは、テーラが全力を発するその時間だった。

 ―――そして少女は、


 全ての空気と音と速さを置き去りにした―――。

『お嬢様ッ!』

 アデルが振り返った時、爆裂音が世界の視界と色を黒に塗りつぶした。

「僕のブレスレットの中が最強だったのですが」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く