僕のブレスレットの中が最強だったのですが

なぁ~やん♡

ななじゅっかいめ 英雄に

 亡くなったアストライアは魔術を使ってしっかり冥界に送り届け、これまで頑張って来てくれたことに感謝の言葉を送る。
 それを絶対零度の目で見降ろしながら聖神は剣を構えた。一度は剣を捨てたとはいえ、それは一度きりの使い捨ての作戦であり、もう二度と使えないだろう。
 まだ気絶している者も多く、それらをかばいながら戦っている鬼神グライエットを眺めたルネックスは、そっとそこから視線を逸らす。

 リンダヴァルトとヴァルテリアを迎え撃つために剣を構えた聖神と、恨みの火を最大限に灯した瞳で睨むロゼスとスラインデリアの方を向いたルネックス達。
 どちらが悪いのか、どちらが正しいのか。そんな容易い定規で測れる感情ではない、燃える灯を抱いた二つのパーティの戦い。

 これは―――のちの歴史書で、ロゼスが悪者として語られてしまうのだろうか。

「君は、覚悟の上で?」

「貴様の言う覚悟がどういうものかは知らないし、知るつもりもないけれど、僕の覚悟が貴様に負けることなどありはしない!」

 そうか、と短く返す。この場にそれ以上の会話は要らなかった。ロゼスが先に剣を振り降ろし、ルネックスは小刻みな動作を心がけて受けとめる。
 シェリアの後ろから放った闇魔術は、ロゼスの背後から出現した氷の刃によって阻まれ、力を失って地面に落ちる。
 しかし、氷の刃も闇とぶつかることで力を失い高熱と化している地面に溶け込んだ。

 そこを狙ってフレアルが光の刃をいくつも生成させるが、その内ひとつがロゼスの服を掠めて破っただけでかすり傷すら負わせることが叶わなかった。
 魔術強化によって三百六十度の視力を得る事が出来たロゼスは、何処からの攻撃も見破る事が出来るのだ。
 しかし、ルネックスだって視力強化くらい当たり前のようにかけている。

「ふっ……!」

 重心を前ではなく真ん中にかけて、斜めに剣を振り下ろす。右斜めに振り下ろされたそれを左に大きく飛ぶ動作で避けたロゼスは、寸前でそれが釣りであることを見破る。
 足をひねって後ろに飛びのくことで、シェリアの闇魔術、暗黒女神の微笑みという名の最強魔術はロゼスの腕を少し出血させるだけにとどまった。

 しかし後ろにはフレアルが待っている。上から振りかぶれば逃げられる隙を与えてしまうので、下から空気を味方につけてロゼスの脇腹を狙う。
 さらに、動くことができないようにカレンが気が付かぬうちにロゼスの足元に仕込んだ鎖の魔法陣で避けられないように動きを止める。

 ロゼスはひとつ、舌打ちをすると前かがみになりスラインデリアに視線を飛ばし、最後のとどめになるだろうルネックスの動きを封じることを命じた。
 これによりルネックスは動くことができず、ロゼスは力ずくで鎖の縛りから抜け出すがカレンが回り込んで剣を鉄球に持ち替えて軌道を決めずにただ振り回す。

 どこから来るかわからない不確定な攻撃であり、当たらないことが分かっていても無視することができないある程度正確な攻撃。
 前からシェリアの闇魔術。反撃を許さないフレアルの封印魔術。後ろでカレンが鉄球を重力無視で振り回す。

「チッ……っそがあぁああああッ!」

 しかしロゼスは圧倒的な武器である自らの強化された魔力をぶっ放すことにより、攻撃するシェリアを吹き飛ばし鉄球の軌道をそらし封印魔術を破る。
 だが、魔力を放ち終わった彼の表情はいつになく疲れて汗がひとつ流れた。
 当たり前だろう、魔力を放つことと魔術を放つことは全く原理が違う。魔術は魔力を変換して効率的に行うものだが、魔力は最高の濃度を維持したまま威力を自動調整されることがなく、必ず使用した魔力の三分の一は無駄に垂れ流すことになるのだ。

 今まで攻撃してきたり色々仕込んできたことによりロゼスの魔力は半分に削れていた。残っている魔力はまだまだあるが、削れたことも確か。
 人数が多いこちらで消耗戦をしていけば削れて終わる戦が確定していたのだ。

 ―――ならば、数を削っていくしかない。

 封印魔術は再度発動するまでに時間がかかる。ロゼスは素早く足に力を乗せて前方で魔術を練るシェリアに向かって高速で走るのだった。
 戦況は半々。いつどちらが負けても納得できるくらいの同等な戦だった。


 一方英雄たちとナタリヤーナの戦いは、数的有利を保っていながらも同等な戦以上に持っていくことは不可能だった。
 禁書庫に一時避難をしたフレデリカが戻ってきて、禁術書から虚無精霊ヴィランカを召喚したことによって現在はルネックス達と同様に同等な戦をしていた。
 しかしそれ以上に持っていくことができないのは、彼らの誤算のせいだった。

 確認しなかったのも悪いが、シエルが死んだ場合その加護と称号のみがそのままナタリヤーナに持続させられる保険がかかっていたのだ。
 シエルが持つ称号と加護は、ステータス値を大いに上昇させるか攻撃力などを格段にアップさせるものばかりで、力尽くでも少し優勢になるだけだった。

 鬼神とテーラたちははアデルに回っているので、これ以上の戦力は期待できない。

 原始の力を持つゼロだが、アデルとシエルの初見殺しで能力が低下し、英雄たちより少しとびぬけた実力というところまで下がってしまっていた。

『……こうなっても、まだわからないのですか? 大人しくお嬢様に付いて行った方が宜しい事を分からないので? このまま消耗戦を続けていても、私の魔力は尽きないでしょう。貴方達の戦力が尽きるのが先でございます。私がお嬢様に助勢すれば、確実に勝てるでしょう。運命が決まっているのが見えませんか?』

「見えないなのですよ。例え見えたとしても引くことは無いなのです。あたしは未来の勇者様と一緒に戦った偉大なる魔術師になるなのですよー!」

 何百年も生きて来た英雄の一人でありながら十代の女の子くらいの体の発達をしている大魔導士、ミネリアルスが杖を掲げて反論する。
 しかしそれも可愛い動作なだけで、威圧のいの字もない。ナタリヤーナの心底から可笑しそうな言葉に、こいつはもう駄目だとごみを見るような目を向けるフレデリカ。

 雷が地面を打ち付け、太陽の温度を超えた高熱なる火焔が燃え盛り、激しい雨が肌を突き刺すのに雨が地面に落ちるたびに火焔は強くなる。
 雲だった地面は土魔術の過剰な浸透により土魔術の残骸で凸凹しており、空間の歪みがあちこちに生成されている。

 カオスな空間だと見た者が誰しもそう言うだろう。
 しかし世界の巡回を成し遂げる英雄とは、全て同じ修羅場を潜り抜ける。

 こんな過酷な状況でも耐えられるのは、幾度の修羅場を経験してきた今は歴史書に記されている、もう死んでいると言われているだろう英雄だからだ。
 英雄とは本当は不死身だが、死んだといわれるのは人間の視野が狭いからだ。

「ナタリヤーナッ!」

 どうすればいいか。このままでは勝負などつかないし、もしかしたら英雄たちの攻撃パターンを解析することができたナタリヤーナが何か最強の術を使って情勢をひっくり返してくるかもしれない。
 何かしなければならない。動かなくては。
 話す余裕があるナタリヤーナに比べて、真剣に攻撃を紡ぎ続ける。しかしその作戦も無に終わり、あってもなくても同じ。

 ―――しかし遮るように出た大きな声に、英雄たちは希望を漲らせた。

「ふんっ。我が紅蓮の焔に包まれては、何もかもが無に帰すだろうよ。この私が策を授けよう、耳を洗って静聴するがいい!」

「本当に役に立つんですの? 幾度も作戦が無に帰されたではないですか。貴方などの作戦が情勢をひっくり返せると思うんですの?」

「黙っているがよい。ナタリヤーナ! 貴様には余裕があるだろう。この私の紅蓮の弓矢に射抜かれたくなければ、一時と行動をやめるがよい。私達が貴様を無に帰す計画を考えようではないか!」

『それは面白そうですね。その愚かな考え、打ち砕いて差し上げましょう』

 しぃん。ナタリヤーナの言葉が終わりを告げると共に、三秒ほどの静寂。軽口を叩いていたフレデリカは口を開かない。
 辛辣なことを言っていたのは、今からルシルファーが行うだろう最強であり残忍な術の正体を分かっていたからだ。
 眉をひそめた彼女だが、もう止めることができないのを察して口を閉じた。

 ルシルファーが真剣なことくらいわかっていて、その術が真に役に立つことも分かっている。しかし―――やらせたくなかったのだ。
 ルシルファーは英雄の中でもきっと誰よりも勇者になろうとしていたから。

「必撃―――我が魂を喰らい、我が前の敵を無に帰すがよい……!」

 ルシルファーが何故こんな言葉遣いと性格になったのか、昔行動を共にしていたこともあるフレデリカは良く知っていた。
 だからこそ―――彼女の人生が此処で終わってしまうことを惜しんだのだ。

 しかし、耳を劈き胸を叩く轟音とナタリヤーナの小さな叫びと共に、誰もが見えた。ルシルファーが、小さく微笑んだことを。
 そして彼女は、ゆっくりと地面に膝をついて、天を仰いだ。

「勇者になりたかったなぁ……生まれ変わったら―――」

 体重の重心は必然的に後ろに寄り、バサァと髪留めが落ちて髪の毛が天に舞うと共に、言葉を言いきれなかったルシルファーは地面に崩れ落ちた。
 その後口から血を流し、二度と開くことのない目を見つめた英雄たちは、どうなったか確かめるためにナタリヤーナの方を向いた。

 ナタリヤーナの腕は肩からすべてなくなっており、足も膝から下にかけて無くなっていた。とても戦える状態ではない。
 しかし、睨むナタリヤーナの状況を察したのか、アデルが振り返った。

『ナタリヤーナ! もう少しの辛抱ですわ、この者達を撃退してから、すぐに貴方の元へ向かいますわ……あと少し持ちこたえなさい、頑張りますのよ!』

『…………勿論です。私の体も心も、全てお嬢様におあずけしましたから』

 その言葉はもう一度彼女の闘志を燃やし、治癒不可能な右腕を止血し、きちんと治癒不可能魔術がかかっていなかった足を強制的に生えさせた。
 足首から先は再生不可能だったが、地面に絶えず広がる血は止めることができた。それから治癒不可能の体のあちこちに刻まれた裂傷。

 止めることはできても、やはり少しずつ血だまりは大きく広がっていく。しかし、絶対なるお嬢様の言葉を聞いた彼女が止まることは無い。
 手をばっと広げると、無数の精霊剣と魔剣と神剣が浮かび上がっていく。それは絶えず、一秒一秒に美しく華やかに空間を埋め尽くしていく。

 素早く魔術を発動したミネリアルスの、フレアルの物を超えた質を持つ封印魔術だが、無数の人間では測れない強さの武器に弾かれてしまう。
 これは、正真正銘全てをかけた戦いであり、ナタリヤーナという主につけられた大切な名前を守る戦いなのだ。
 双方の主が止めを告げない限り、文字通り死ぬまで続く戦いとなる。



 ―――世界の亀裂が、ばきりと音を奏でた。

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