僕のブレスレットの中が最強だったのですが
ろくじゅうななかいめ 正義は私の②
「七つの大罪ねえ……どこまで極めればこんなの召喚できるんだか……」
魔の頂点ともいわれるセイジの呟きでこれがどれだけあり得ない行動なのか、七つの大罪の者達を知らない者達もはっと我に返る。
七つの大罪というのは、怠惰、暴食など七つの罪スキルを持った者達のことを指す。彼らは昔に罪を犯し七つの美徳に裁かれた。
しかし今では罪を裁くための神として魔界では崇められている。もちろん、人間界では同じ評価のままでいい顔などされるわけもない。
「何で僕がブレスレットに入っている能力でもないコレを使えるようになったかって聞かれると、ちょっとよくわからないんだ。まあ、知らない間に使えてたって訳でもないんだけどね」
「だったら……何? どうして、大罪など召喚で来てしまう?」
「美徳も召喚できるよ。一番最初に出来るようになったのは、美徳の方だったしね。僕は管理者だ。僕は全てを管理し、世界のシステムを掌握する」
冒険者カードが光った。パキン、と割れて塵となったソレは七つの光の土台となり、世界のシステムを包容したそれが七つの大罪の者達にとってどれほどの強き能力へと変えられるのか想像するのは容易い。
シエルは唇を噛んだ。鬼神も来るかもしれない、その中で七つの大罪など厄介な者達を召喚された。アデルはもう頼りにしなくてもいい。
ナタリヤーナは完全に放っておこうかと思っている、使えない者が生きようと死のうとシエルにとっては関係ない事だ。
もしかしたら、ルネックスを引き込んだら利益はもっと高く上がるかもしれない。少し屈辱は感じるが、使えるものは確かに使える。
「……私を貴方達の仲間にしてはくれないだろうか?」
「はあ。また僕を今度は利益の相手にしようとしているのかな? そんな分かりやすい交渉の仕方、誰だってしないよ。何もしてこなかったんでしょ、アデルで満足だとか言って。使えなくなった時の事なんか想像もしてなかったんじゃないの?」
間違っていない。利益があればそれでよく、アデルと近くにいれば少なくとも自分が傷を負うことは稀になるために一緒にいた。
アデルより強い者などめったにいない。いても、世界のシステムが排除に掛かる。しかし、ルネックスの存在はイレギュラーなのだ。
存在してはいけない存在であり、英雄として生まれたのではなく、人類の罪を裁く神童として生まれたわけでもない。
今まで生まれたルネックスと同じ特別な存在は皆そんな役目を持って生まれた。英雄か、罪を裁くための断罪人としてか。
その中で役目を持たなかったルネックスは異例だ。しかも、過去全ての異例な存在を跳び越すような成長を遂げていく。
いや、違う。とシエルは舌を噛んだ。
奴隷たちは全員才能があったわけではない、それでも一体一体が神に及ぶ力を体現した。つまり、人間とはそれがあり得る生物なのだ。
ルネックスはただそれに気付いただけであり、特別なことは何もしていない。
「はっ……ははっ、その程度の頑張りで、その程度の言葉で、私を動かそうなど……何故こうも私の思い通りに動かないのかッ」
「うん。だって面白くないでしょ。その程度の頑張り――その程度の言葉――か、利用しか考えない無意味な時間を過ごした貴方よりはマシだと思うけど」
「なッ!」
「何? プライドでも傷ついたの? 一度心が傷ついてみたら分かるだろうね、信じてた人に……利用していただけって言われる痛みをさぁッ!」
ルネックスは今度こそ強力な力を込めて剣を縦に振った。それがシエルの肩を掠め血が噴き出すのを合図として、七つの大罪の者達が駆ける。
ルネックスには確証があった。今の自分はシエルに勝てないし、全力を振り絞っても意味はないと。英雄たちが次々と援護を加えている。
カレンとシェリアとフレアルも良く頑張っている。フェンラリアに絶えず身体強化をしてもらって英雄以上の力となり突っ込んでいく。
援護射撃も加えず、ルネックスは剣を左右に振りながら「いい切れ心地だ」と呟いた。ルネックスは彼らのように突っ込む攻撃は加えない。
タイミングを見極めた一撃必殺の攻撃を加えるため、今は力を溜めているのだ。すると、レイジが隣から声をかけた。
「集中しているところ悪いな。さっきの通りに話を進めるぜ。お前の言う通りに全部進むのなら、俺は人間界に戻るけどどうする?」
「はい。多分というくらいの確率で進んでいくと思います。僕にはディステシアさんの祝福がしっかり付いていますので。人間界に戻ってくださいと言いたいくらいです……僕の召喚のせいでまたこの世界に重圧がかかってしまったので」
レイジが塞いだと言ったのは、ある程度戦闘が始まった負荷は担ぎきれるくらいだ。しかし、本格的な戦いに耐えられるはずもない。
彼が此処に来たのはアデルたちをかく乱するためだ。後にテーラから口うるさく語られるが、レイジの辞書に計画性という言葉はない。
なのでルネックスに相談したところ、考えがあるといわれ、助かった、とため息を吐くくらいだったのだ。
しかしルネックスの計画を聞いていると、他の者達に不意打ちもできるかもしれない。予期せぬ勝利だって出来るかもしれない。
「タイミングを合わせることが大切なのですが、それは僕が引き受けます。コレムさんたちが心配なので、連絡手段だけは残して人間界へお願いします」
「分かった。この笛を鳴らしてくれたら駆けつける。頼んだぞ」
「はい。頼りにさせていただきますね。それでは……」
ルネックスがレイジから青いオカリナにも似た笛を受け取ると、レイジは次元の歪みを作って人間界へ戻っていった。
あとは、ルネックス自身が完璧に計画をこなせば全てが終わる。深く息を吐いて剣を構えた。煌めく宝石に必要な魔力を全て込めていく。
シエルはルネックスが攻撃する可能性も考え、目と精神だけで警戒をさらに高めた。つまり、ルネックスの奇襲が効くのは無理だという事だ。
勿論、それが分かっているのにベアトリアの渾身の剣を使ってまで無意味なことをルネックスはするつもりもする気もなかった。
まずは最初の威嚇だ。ルネックスがする必要ある仕事は実を言うとこの威嚇だけだ。それ以外は何の不都合もなく進む。
勿論計画通りに進んだらという話で、そうでなかったらシエルは殺せない。真っ向から殺すつもりでいるルネックスは殺気を漲らせる。
悪いと判断したのだから、殺す。英雄らしくないだろうと、英雄にふさわしくないだろうと、彼自身の心はいつだって光に満ちている。
「スキル―――【感情斬り】」
いつか使ったスキル。ゆっくりとした動きで刃を振りぬいた。シエルは暖かくも体を突き刺す光に直撃した。
恨みの感情も利用の感情も、全てが消えていく。慌ててしまった、失ってはいけない感情だと少なくとも自分はそう思っていたからだ。
しかしまだ取り返せる。最後の力を振り絞って攻撃―――しかしそれはあっけなく叩き潰されてシエルは地面に体を強く打ち付けた。
カレンが勢いよく振り返る。存在感溢れる巨大な角、上下真っ赤な服を着た鬼は獰猛な笑みを浮かべてシエルを見下ろしていた。
鬼神グライエットだ。このタイミングに覚醒するだろうという明確な情報は分からなかったが、グライエットは場面を選んで出てくるらしい。
一か八かの賭けだったが、うまく舞台が完成して良かった。張りつめた空気が抜けると、ルネックスはため息をつきながら地面にへたり込んだ。
「よう、少年。他の奴らの守備が抜かれそうだぞ……あとは俺に任せて、お前らは援助しに行け。この俺を見くびんなよ!」
「ありがとうございます! カレン、シェリ――—え?」
シェリアの瞳が透明になり、その瞳の中には何も映っていなかった。剣を放り捨てたまま地面にへたり込んでいる彼女は動かない。
隣にいるカレンがふっと微笑み、手を上空に掲げた。その場だけ空気が震え、雷が急激に増えて落ちてシエルの体に落下する。
次元の歪みから取り出した黄金の光輝く杖が莫大な存在感を放っていた。
「わたし……原始点の子……シェリア……伝説の聖女……英雄のお供をするために……わたしたちは生まれたはずだった……ルネックスのために……今はこの能力が覚醒した……ルネックスのために……わたしはこの能力を使う……」
えっへん、と口で言いながらカレンは杖を掲げる。そのあまりのまぶしさにルネックスが片目を手で覆ったくらいだ。
カレンの緑の瞳の右側に火が灯されている。原始点であるゼロに愛された才能を持つ、英雄のために兼ね揃えられた優秀な人材。
しかしそれは今、ありえない存在として生まれたルネックスの運命改変によりその英雄のもとに有ることは無い。
カレンの最終覚醒に加えられた才能は、精霊使いというものだ。それは、普通の精霊から大精霊まで、そして虚無精霊ヴィランカまでをも従える能力だ。
いきなり最強まで上がり、ルネックスに追いつかんばかりとするカレンとシェリア。シエルとの戦いでどれだけ頑張りを見せたのだろうか。
帰ったらゆっくりと話を聞いてあげよう。そう思ったルネックスは不貞腐れているフレアルに気が付いてきょとんとした。
「私、英雄様のために生まれた人じゃないもん。最終覚醒、いつできるかわからない。それでもルネックスは私の事、嫌いにならない?」
「……勿論だよ。フレアルの価値は強さにない。……どうして、そう思ったの?」
「シエルとの戦いの時に、私は二次覚醒をしたの。魔力だけが増える覚醒なんだけど、その時にシエルに言われたの。遅れているな、嫌われるぞ、みたいなことを。それを聞いてカレンが覚醒したんだけど、本当のことを言われてるって思って」
「遅れているとしても嫌いにならないよ。それに、フレアルは遅れてなんかいないよ、みんなをまとめられる強さが本物の強さだって僕は思ってるからね」
ルネックスの微笑みに、フレアルは「本当?」と聞きながらもゆるぎないルネックスの答えを聞いてゆっくりと頷いた。
一方、鬼神グライエットとシエルの戦いは進んでいた。空気を爆破させ、風を切って次元の歪みをあちこちに作り上げていた。
シエルの猛攻撃を屁にもしないグライエットに、シエルは焦りを見せ始めた。自分の味方に付かないかと誘ってみたが、それも無駄足だった。
「ふざけないで欲しい……何故、鬼神ともあろう者が私に味方をしない?」
「逆に言うと何でこの俺がお前の味方をしなきゃならねえんだよ。ていうかこれはな、虚無精霊ヴィランカが命じたことなんだよ」
「ヴィランカ……所詮は運命神や管理神より低級なことしか管理できないじゃないか」
「運命神は違う世界にご執心のようだ。管理神ディステシアはもうこの世にいないだろ? ヴィランカはディステシアの全部の能力を引き継ぎやがったんだぜ、凄いだろ。話はもう此処で終わりにしようぜ、さらばだ―――!」
遺言すら聞こうとしないグライエットの瞳の殺意にシエルはたじろいだ。いつだって人を有利に利用して味方を増やして気に入らない奴を潰した。
こんな純粋な殺意など、見たことも触れたこともなかったのだ。しかし相手は武に長けた魔の英雄。そんな戸惑いは隙でしかない。
頭から足まで二つに切り裂かれたシエルの体は、無様にも地面に崩れ落ちた。激痛に耐えながらも、シエルは無理にこの世界にしがみついていた。
グライエットは必死にもがく二つの体を冷たい目で見降ろしてから、自分の近くにあった体を燃やし尽くして灰にした。
「お前が生きてると運命に危機が及ぶとヴィランカが予言したんだ。まあ、俺の趣味が大半を占めてるけど。お前、そんな風に生きてんだからこんなふうに殺されるくらい当たり前だと思ってくれ。人生、舐めんなよ」
「あぁ、違う、違う、私は―――どんなものを使ってでも、一番上に―――」
「無理だよ、お前じゃ。利用しか知らねえ奴が上に立ってたまるかよ、クズが」
「正義は私の―――」
言いかけたシエルの顔面を踏み砕き、鬼神得意の炎でそれを魂ごと燃やし尽くした。最初から存在しなかったかのように、シエルが居たところは跡形もなくなっていた。
戦闘により作られた次元の歪みを直したグライエット。鬼神の焔は全てを溶かし、運命を紅蓮で燃やし尽くすだろうと語られている。
間違っていない。ふっ、とグライエットは笑った。さて未来の英雄に加勢しなければ―――価値無き者を一蹴した鬼神は歩みを速めたのだった。
魔の頂点ともいわれるセイジの呟きでこれがどれだけあり得ない行動なのか、七つの大罪の者達を知らない者達もはっと我に返る。
七つの大罪というのは、怠惰、暴食など七つの罪スキルを持った者達のことを指す。彼らは昔に罪を犯し七つの美徳に裁かれた。
しかし今では罪を裁くための神として魔界では崇められている。もちろん、人間界では同じ評価のままでいい顔などされるわけもない。
「何で僕がブレスレットに入っている能力でもないコレを使えるようになったかって聞かれると、ちょっとよくわからないんだ。まあ、知らない間に使えてたって訳でもないんだけどね」
「だったら……何? どうして、大罪など召喚で来てしまう?」
「美徳も召喚できるよ。一番最初に出来るようになったのは、美徳の方だったしね。僕は管理者だ。僕は全てを管理し、世界のシステムを掌握する」
冒険者カードが光った。パキン、と割れて塵となったソレは七つの光の土台となり、世界のシステムを包容したそれが七つの大罪の者達にとってどれほどの強き能力へと変えられるのか想像するのは容易い。
シエルは唇を噛んだ。鬼神も来るかもしれない、その中で七つの大罪など厄介な者達を召喚された。アデルはもう頼りにしなくてもいい。
ナタリヤーナは完全に放っておこうかと思っている、使えない者が生きようと死のうとシエルにとっては関係ない事だ。
もしかしたら、ルネックスを引き込んだら利益はもっと高く上がるかもしれない。少し屈辱は感じるが、使えるものは確かに使える。
「……私を貴方達の仲間にしてはくれないだろうか?」
「はあ。また僕を今度は利益の相手にしようとしているのかな? そんな分かりやすい交渉の仕方、誰だってしないよ。何もしてこなかったんでしょ、アデルで満足だとか言って。使えなくなった時の事なんか想像もしてなかったんじゃないの?」
間違っていない。利益があればそれでよく、アデルと近くにいれば少なくとも自分が傷を負うことは稀になるために一緒にいた。
アデルより強い者などめったにいない。いても、世界のシステムが排除に掛かる。しかし、ルネックスの存在はイレギュラーなのだ。
存在してはいけない存在であり、英雄として生まれたのではなく、人類の罪を裁く神童として生まれたわけでもない。
今まで生まれたルネックスと同じ特別な存在は皆そんな役目を持って生まれた。英雄か、罪を裁くための断罪人としてか。
その中で役目を持たなかったルネックスは異例だ。しかも、過去全ての異例な存在を跳び越すような成長を遂げていく。
いや、違う。とシエルは舌を噛んだ。
奴隷たちは全員才能があったわけではない、それでも一体一体が神に及ぶ力を体現した。つまり、人間とはそれがあり得る生物なのだ。
ルネックスはただそれに気付いただけであり、特別なことは何もしていない。
「はっ……ははっ、その程度の頑張りで、その程度の言葉で、私を動かそうなど……何故こうも私の思い通りに動かないのかッ」
「うん。だって面白くないでしょ。その程度の頑張り――その程度の言葉――か、利用しか考えない無意味な時間を過ごした貴方よりはマシだと思うけど」
「なッ!」
「何? プライドでも傷ついたの? 一度心が傷ついてみたら分かるだろうね、信じてた人に……利用していただけって言われる痛みをさぁッ!」
ルネックスは今度こそ強力な力を込めて剣を縦に振った。それがシエルの肩を掠め血が噴き出すのを合図として、七つの大罪の者達が駆ける。
ルネックスには確証があった。今の自分はシエルに勝てないし、全力を振り絞っても意味はないと。英雄たちが次々と援護を加えている。
カレンとシェリアとフレアルも良く頑張っている。フェンラリアに絶えず身体強化をしてもらって英雄以上の力となり突っ込んでいく。
援護射撃も加えず、ルネックスは剣を左右に振りながら「いい切れ心地だ」と呟いた。ルネックスは彼らのように突っ込む攻撃は加えない。
タイミングを見極めた一撃必殺の攻撃を加えるため、今は力を溜めているのだ。すると、レイジが隣から声をかけた。
「集中しているところ悪いな。さっきの通りに話を進めるぜ。お前の言う通りに全部進むのなら、俺は人間界に戻るけどどうする?」
「はい。多分というくらいの確率で進んでいくと思います。僕にはディステシアさんの祝福がしっかり付いていますので。人間界に戻ってくださいと言いたいくらいです……僕の召喚のせいでまたこの世界に重圧がかかってしまったので」
レイジが塞いだと言ったのは、ある程度戦闘が始まった負荷は担ぎきれるくらいだ。しかし、本格的な戦いに耐えられるはずもない。
彼が此処に来たのはアデルたちをかく乱するためだ。後にテーラから口うるさく語られるが、レイジの辞書に計画性という言葉はない。
なのでルネックスに相談したところ、考えがあるといわれ、助かった、とため息を吐くくらいだったのだ。
しかしルネックスの計画を聞いていると、他の者達に不意打ちもできるかもしれない。予期せぬ勝利だって出来るかもしれない。
「タイミングを合わせることが大切なのですが、それは僕が引き受けます。コレムさんたちが心配なので、連絡手段だけは残して人間界へお願いします」
「分かった。この笛を鳴らしてくれたら駆けつける。頼んだぞ」
「はい。頼りにさせていただきますね。それでは……」
ルネックスがレイジから青いオカリナにも似た笛を受け取ると、レイジは次元の歪みを作って人間界へ戻っていった。
あとは、ルネックス自身が完璧に計画をこなせば全てが終わる。深く息を吐いて剣を構えた。煌めく宝石に必要な魔力を全て込めていく。
シエルはルネックスが攻撃する可能性も考え、目と精神だけで警戒をさらに高めた。つまり、ルネックスの奇襲が効くのは無理だという事だ。
勿論、それが分かっているのにベアトリアの渾身の剣を使ってまで無意味なことをルネックスはするつもりもする気もなかった。
まずは最初の威嚇だ。ルネックスがする必要ある仕事は実を言うとこの威嚇だけだ。それ以外は何の不都合もなく進む。
勿論計画通りに進んだらという話で、そうでなかったらシエルは殺せない。真っ向から殺すつもりでいるルネックスは殺気を漲らせる。
悪いと判断したのだから、殺す。英雄らしくないだろうと、英雄にふさわしくないだろうと、彼自身の心はいつだって光に満ちている。
「スキル―――【感情斬り】」
いつか使ったスキル。ゆっくりとした動きで刃を振りぬいた。シエルは暖かくも体を突き刺す光に直撃した。
恨みの感情も利用の感情も、全てが消えていく。慌ててしまった、失ってはいけない感情だと少なくとも自分はそう思っていたからだ。
しかしまだ取り返せる。最後の力を振り絞って攻撃―――しかしそれはあっけなく叩き潰されてシエルは地面に体を強く打ち付けた。
カレンが勢いよく振り返る。存在感溢れる巨大な角、上下真っ赤な服を着た鬼は獰猛な笑みを浮かべてシエルを見下ろしていた。
鬼神グライエットだ。このタイミングに覚醒するだろうという明確な情報は分からなかったが、グライエットは場面を選んで出てくるらしい。
一か八かの賭けだったが、うまく舞台が完成して良かった。張りつめた空気が抜けると、ルネックスはため息をつきながら地面にへたり込んだ。
「よう、少年。他の奴らの守備が抜かれそうだぞ……あとは俺に任せて、お前らは援助しに行け。この俺を見くびんなよ!」
「ありがとうございます! カレン、シェリ――—え?」
シェリアの瞳が透明になり、その瞳の中には何も映っていなかった。剣を放り捨てたまま地面にへたり込んでいる彼女は動かない。
隣にいるカレンがふっと微笑み、手を上空に掲げた。その場だけ空気が震え、雷が急激に増えて落ちてシエルの体に落下する。
次元の歪みから取り出した黄金の光輝く杖が莫大な存在感を放っていた。
「わたし……原始点の子……シェリア……伝説の聖女……英雄のお供をするために……わたしたちは生まれたはずだった……ルネックスのために……今はこの能力が覚醒した……ルネックスのために……わたしはこの能力を使う……」
えっへん、と口で言いながらカレンは杖を掲げる。そのあまりのまぶしさにルネックスが片目を手で覆ったくらいだ。
カレンの緑の瞳の右側に火が灯されている。原始点であるゼロに愛された才能を持つ、英雄のために兼ね揃えられた優秀な人材。
しかしそれは今、ありえない存在として生まれたルネックスの運命改変によりその英雄のもとに有ることは無い。
カレンの最終覚醒に加えられた才能は、精霊使いというものだ。それは、普通の精霊から大精霊まで、そして虚無精霊ヴィランカまでをも従える能力だ。
いきなり最強まで上がり、ルネックスに追いつかんばかりとするカレンとシェリア。シエルとの戦いでどれだけ頑張りを見せたのだろうか。
帰ったらゆっくりと話を聞いてあげよう。そう思ったルネックスは不貞腐れているフレアルに気が付いてきょとんとした。
「私、英雄様のために生まれた人じゃないもん。最終覚醒、いつできるかわからない。それでもルネックスは私の事、嫌いにならない?」
「……勿論だよ。フレアルの価値は強さにない。……どうして、そう思ったの?」
「シエルとの戦いの時に、私は二次覚醒をしたの。魔力だけが増える覚醒なんだけど、その時にシエルに言われたの。遅れているな、嫌われるぞ、みたいなことを。それを聞いてカレンが覚醒したんだけど、本当のことを言われてるって思って」
「遅れているとしても嫌いにならないよ。それに、フレアルは遅れてなんかいないよ、みんなをまとめられる強さが本物の強さだって僕は思ってるからね」
ルネックスの微笑みに、フレアルは「本当?」と聞きながらもゆるぎないルネックスの答えを聞いてゆっくりと頷いた。
一方、鬼神グライエットとシエルの戦いは進んでいた。空気を爆破させ、風を切って次元の歪みをあちこちに作り上げていた。
シエルの猛攻撃を屁にもしないグライエットに、シエルは焦りを見せ始めた。自分の味方に付かないかと誘ってみたが、それも無駄足だった。
「ふざけないで欲しい……何故、鬼神ともあろう者が私に味方をしない?」
「逆に言うと何でこの俺がお前の味方をしなきゃならねえんだよ。ていうかこれはな、虚無精霊ヴィランカが命じたことなんだよ」
「ヴィランカ……所詮は運命神や管理神より低級なことしか管理できないじゃないか」
「運命神は違う世界にご執心のようだ。管理神ディステシアはもうこの世にいないだろ? ヴィランカはディステシアの全部の能力を引き継ぎやがったんだぜ、凄いだろ。話はもう此処で終わりにしようぜ、さらばだ―――!」
遺言すら聞こうとしないグライエットの瞳の殺意にシエルはたじろいだ。いつだって人を有利に利用して味方を増やして気に入らない奴を潰した。
こんな純粋な殺意など、見たことも触れたこともなかったのだ。しかし相手は武に長けた魔の英雄。そんな戸惑いは隙でしかない。
頭から足まで二つに切り裂かれたシエルの体は、無様にも地面に崩れ落ちた。激痛に耐えながらも、シエルは無理にこの世界にしがみついていた。
グライエットは必死にもがく二つの体を冷たい目で見降ろしてから、自分の近くにあった体を燃やし尽くして灰にした。
「お前が生きてると運命に危機が及ぶとヴィランカが予言したんだ。まあ、俺の趣味が大半を占めてるけど。お前、そんな風に生きてんだからこんなふうに殺されるくらい当たり前だと思ってくれ。人生、舐めんなよ」
「あぁ、違う、違う、私は―――どんなものを使ってでも、一番上に―――」
「無理だよ、お前じゃ。利用しか知らねえ奴が上に立ってたまるかよ、クズが」
「正義は私の―――」
言いかけたシエルの顔面を踏み砕き、鬼神得意の炎でそれを魂ごと燃やし尽くした。最初から存在しなかったかのように、シエルが居たところは跡形もなくなっていた。
戦闘により作られた次元の歪みを直したグライエット。鬼神の焔は全てを溶かし、運命を紅蓮で燃やし尽くすだろうと語られている。
間違っていない。ふっ、とグライエットは笑った。さて未来の英雄に加勢しなければ―――価値無き者を一蹴した鬼神は歩みを速めたのだった。
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