僕のブレスレットの中が最強だったのですが
ろくじゅうろっかいめ 正義は私の
ルネックスとヴァルテリアなど英雄たち、ゼウスを入れた者達対ナタリヤーナ。テーラとセバスチャン対シエルとアデル。フェンラリア、フレアル、シェリア、カレン対聖神一行。
はっきりと線引きされた壁の中に乱入した大魔神セイジは周りをぐるりと見渡して、迷うことなくつかつかとルネックスに歩み寄った。
戦闘が停止され、周りが見えるようになって初めて皆は人間界が荒れなくなったことに気付く。テーラはコレムが禁断の術を使ったのだとわかった。
全く、人間は無茶ぶりをする、とため息をつきながらも彼女も人の事は言えない。肩の肉が大きくえぐれ、太ももには痛々しく槍が突き刺さっている。黒い軍服には真っ赤な血がべっとり付いており、今も絶えず血が流れ出している。
此処に居る誰よりもひどい有様である彼女は、なのに軽く笑ってセイジに挨拶した。
「久しぶりだね。元気にしてた? 心配してたんだよ。あ、そうだ。アデルお願いがあるんだけどさ、冥界にアルシャーネが居るかどうかボクが勝ったら確認してくれないかな。よろしくっ。……っというかセイジ声可笑しい、現実版にしてちょ」
「……お前は相変わらずだな。どれだけ傷ついてもクッソ元気。いや、それくらいだったら痛いとすら思ってないだろ、傷を治さない辺り」
「だって魔力もったいないし、セイジの言った通り痛くないしね!」
二重の、魔力で発声される声をぴたりとやめたセイジの声はどこにでもどれだけでもいるごく普通の青年の声だ。
どこからどう聞いても魔界を支配する魔の神の声だとは思えない。大魔神の上に鬼神があり、その上に冥王があるという順番だ。
つまり、鬼神を抜けば彼が一番今のアデルに追いつくことが出来るのだ。アデルの顔は引きつっていた。ここで彼が登場するのは想定外だったからだ。
ちなみに鬼神だが、魔の神というよりは鬼の神であり、普段は魔界にいないしかといって天界にもいない。
己の力で作り上げた世界の中に籠り、五万年に一度出てくるだけだった。
「おいアデル。何故俺が来たって聞きたい顔してるな。今日が丁度いい日なんだよ、鬼神様が復活する前日っていう名の……な」
『……失念しておりましたわ。魔界でも神界でも時間の流れは違いますもの。しかし、グライエットが貴方達の味方をする確証がどこにありますの?』
神界と魔界の時間の流れは同じだ。しかし人間界は違う。人間界に連なるように作られた鬼神グライエットの世界時間は人間界と同じだ。
多少の一分一秒が違うかもしれないが、そんな誤差は無視してもいいくらいの小さなものだ。アデルは失念していたと唇を噛む。
今が出ていく最適の時間だと思っていた。クライマックスに主人公の精神を折っていく体制こそ面白いと思っていたのだ。
なのに、重要なことが見えなかった。調子に乗っていたのかもしれない。
しかし鬼神と大魔神が現れたくらいで負けが決まったわけではない。それに、グライエットは自由奔放な者で、面倒事を嫌う。
そんな人物がこんな面倒事の、しかも負けそうな方の肩を持つとは思えない。
「ある。必ず、ってくらい。もう許可は取ってあるしな。グライエット様はちゃんと見てるんだよ。だから、どっちが正義だってことくらい見分けがつく。当たり前だろ、世界の巡回を行える英雄の肩を持ちたいってくらい持ってもいい感情じゃないのか?」
心底から可笑しいというようにセイジは首を傾げた。アデルは余裕の表情を崩さないまま、しかし内心に焦りを募らせていた。
ナタリヤーナはそのすべてを横目で見ながら、地面に何かをセットし始めた。何も話していないルネックスはそれに気づいていた。
そして、その何かが配置されている場所をすべて記録しては解除する。それに気付いたのか罠の設置は無駄だと思ったナタリヤーナは諦めた。
横で起こった小さな茶番を眺めながらシェリアは考えた。ここで奇襲をかけたらもしかしたら勝てるかもしれない。今のアデルが弱くなっていることくらいわかっている。
ただ、ルネックスは褒めてくれるだろうか。でも、ルネックスのためになら全てをかけると誓ったのだ、たったさっき。
褒められる行動ではなかったとしても、その行動が勝てるためのひとつのポイントになれるならば、正しいと思えるかもしれない。
いいのではないか、と手を伸ばそうとしたとき、周囲に黒いドームが作られた。アデルですらも驚愕するが、すぐにそれが誰の仕業なのかわかる。
隣に立っているシエルだ。彼こそ、褒められるかどうかなど考えずに真っ先に奇襲を考えていたのだ。褒められた行動ではない。
もし自分がやってしまっていたらどうなっていただろうか、瞠目したまま固まるルネックスの表情を見て、シェリアは静かに安堵していた。
「何のつもり!? これが何なのか説明して、どうして閉じ込める必要がある!?」
「……あぁ。僕もそう思うよ。何より主人の許可すらもとるそぶりがなかった、それが一番怪しい。お前らの間には何がある?」
黒いドームから出られないことに気が付いた聖神はシエルを指差して叫んだ。ロゼスは冷静に話しながらも、その目は返答次第で殺すとでも言うように爛々と輝いていた。
アデルも目を白黒させている。シエルはくすくすと笑った。美少年の体であるだけあって、そうしているだけで絵になる。
しかし彼の口から出た答えは、そのたたずまいと大きく違っていた。
「なぜってそりゃぁ……利用する物は利用するに決まっているでしょ? 彼女もそれが分かってる上で私とともにいるんだ」
一人称も変わっている。一見すると優しい微笑みだが、その表情とは反して計算高いセリフを口にする。アデルは黙っている。
ナタリヤーナはどうすればいいのかわからなかった。お嬢様が悲しむのならシエルだって敵になるが、問題はお嬢様が何も言わないことだ。
アデルが何か言わないと何もできないナタリヤーナは、薄っすらとルネックスの言葉を再生する。何もできない自分に、誇りがあるのか。
何より意味あって此処に居る皆の前で、戦う資格があるのだろうか。アデルのお供として戦うのなら自分としても誇りだと思えるだろう。
だが、今の自分は―――ナタリヤーナ・クロムフォルナはお供としてすら……。
それ以上は何も言わない。それ以上探ったら、心のうちまで探り出してしまったら、何もない自分の心に気付いてしまいそうだったから。
楽しそうに悦に入るシエルを見ながら、うるうると目を潤わせてこちらを見るアデルに気が付いた。少なくともお嬢様はシエルを仲間だと思っていたことを知っている。
シエルを仲間に入れたのは確かに利用する前提だとナタリヤーナも知っている。だが、長年一緒にいたことも事実だ。
『……少しも変わらなかったのですね、シエル様。私は、ずっと貴方が少しくらいは変わっていると思っていました。少なくとも、この場で仲間割れはしていけないことを知っています。ですが……』
『ナタリヤーナ、お黙りなさい。当初から約束に変更はありませんし、約束に時効などありませんわ。わたくしだって、利用したことがないわけではありませんのよ……』
桃色のアデルの瞳の潤いが消える。いつもの爛々と輝く意思を灯す瞳へと変わり、迷いも淀みも一切ない―――ように見えた。
ナタリヤーナは、やはり何もできなかった。自分の何かの行動でどうなるのか、ひとつも分からなかったからだ。
もしかしたらアデルが喜ぶかもしれない行動も、こうしたらアデルが悲しむかもという行動も、ナタリヤーナは考えつかなかったのだ。
何をすればいいのか分からない。とにかく――と思い、口を開こうとした。
「シエル、あんたひどすぎるでしょッ」
よりにもよって敵が、声を上げた。ばっと振り返ると、フレアルがシエルに人差し指を指しながらあり得ないというように声を上げた。
ルネックスが薄い微笑みを浮かべている。握る剣の宝石が輝いていた。ルネックスはフレアルがこう叫ぶと思っていた。
正義感が強い、その上正しい正義の概念を持ったフレアルが、誰かを利用すると言うシエルの言葉を見逃せるはずもなかった。
例え相手は敵だったとしても、悲しんで居る相手がいるのなら助けてしまうのが彼女なのだ。ルネックスよりもずっと神らしい。
ルネックスなら仲間割れをしている間に同じ奇襲をかけるかもしれない。隙をさらしている間に何かしていたかもしれない。
フレアルは違った。それを認識したルネックスは口を開いた。
「ゼウス様、アデルを止めていてください。テーラ様セバスチャンさん、ナタリヤーナさんを止めていてください、ヴァルテリアさん、グロッセアさん、ルシルファーさん、聖神達を止めていてください。僕たちはシエルだけを狙うことにします」
「了解した。大丈夫なのか?」
「問題はありません。相棒の願いですから、しっかり聞かなくてはなりません」
ゼウスの問いにルネックスが微笑みながら返す。ルネックスにとってナタリヤーナが止めるとは思えないが、一応の保険だ。
ナタリヤーナ一人にテーラとセバスチャンの二人もいらないと思ってはいるのだが、二人の連携があれば倒すことも可能かもしれない。
戦力の半分をシエル一人に回したルネックスは、輝く剣を構えた。ベアトリアの全ての結晶である剣を握っているのだ、負けるわけにはいかない。
この剣は誇りであり想いであり、魂そのものなのだ。比喩ではなく。
ルネックスは目を閉じた。前は見えないはずだが、魔力の波動を感じることで目はあってもなくても同じだ。
「私の正義はこの状況そのものさ……私の求めたものは強さ! 私は、今日のために生まれてきた……私はただ強くなりたいだけなんだ! 私を止めてくれるなよ……」
「方向性が違うって。僕は神界でいろんな人たちの相手をしてきたけど、階級が高くなるたびに手遅れな人たちが増えるね。最初のメルシィアが懐かしいよ。強さをはき違えるな、貴方の欲するそれは正しい強さではない」
きっぱりとルネックスは吐き捨てた。もう、シエルのこの叫びを聞いていたくもなくなってしまった。今のシエルは感情を向けるにすら値しないだろう。
求める物は強さ。それは大いに構わない。ここは誰しもが目的を持って挑む場所だが、仲間を最初からいらないと思っていた者はこの舞台から降りてもらう必要がある。
友情をまっすぐに見つめないのならば、生かすなど馬鹿なことをしても意味はない。ルネックスが剣をす、と軽く振りぬいた。
シエルが瞠目して、頬に触れる。何故だ、という表情をしている。何故なら、その頬から一筋の血が流れ出していたからだ。
ルネックスの髪がなびいた。深々とした闇が、シエルに向けた剣先から広がる。
「さぁ、集結せよ! 大世紀の悪魔、七つの大罪、全ての罪を裁け、己の思うがままに暴れ回るがいい―――召喚!」
どこかから「マジで!?」という声が聞こえたっきり、シエルは耳を塞いだ。きぃん、と絶えず響く音が気味悪かったからだ。
世界の亀裂が不安定に揺れ動き、真っ赤な空から新たな雷が打ち付けた。
はっきりと線引きされた壁の中に乱入した大魔神セイジは周りをぐるりと見渡して、迷うことなくつかつかとルネックスに歩み寄った。
戦闘が停止され、周りが見えるようになって初めて皆は人間界が荒れなくなったことに気付く。テーラはコレムが禁断の術を使ったのだとわかった。
全く、人間は無茶ぶりをする、とため息をつきながらも彼女も人の事は言えない。肩の肉が大きくえぐれ、太ももには痛々しく槍が突き刺さっている。黒い軍服には真っ赤な血がべっとり付いており、今も絶えず血が流れ出している。
此処に居る誰よりもひどい有様である彼女は、なのに軽く笑ってセイジに挨拶した。
「久しぶりだね。元気にしてた? 心配してたんだよ。あ、そうだ。アデルお願いがあるんだけどさ、冥界にアルシャーネが居るかどうかボクが勝ったら確認してくれないかな。よろしくっ。……っというかセイジ声可笑しい、現実版にしてちょ」
「……お前は相変わらずだな。どれだけ傷ついてもクッソ元気。いや、それくらいだったら痛いとすら思ってないだろ、傷を治さない辺り」
「だって魔力もったいないし、セイジの言った通り痛くないしね!」
二重の、魔力で発声される声をぴたりとやめたセイジの声はどこにでもどれだけでもいるごく普通の青年の声だ。
どこからどう聞いても魔界を支配する魔の神の声だとは思えない。大魔神の上に鬼神があり、その上に冥王があるという順番だ。
つまり、鬼神を抜けば彼が一番今のアデルに追いつくことが出来るのだ。アデルの顔は引きつっていた。ここで彼が登場するのは想定外だったからだ。
ちなみに鬼神だが、魔の神というよりは鬼の神であり、普段は魔界にいないしかといって天界にもいない。
己の力で作り上げた世界の中に籠り、五万年に一度出てくるだけだった。
「おいアデル。何故俺が来たって聞きたい顔してるな。今日が丁度いい日なんだよ、鬼神様が復活する前日っていう名の……な」
『……失念しておりましたわ。魔界でも神界でも時間の流れは違いますもの。しかし、グライエットが貴方達の味方をする確証がどこにありますの?』
神界と魔界の時間の流れは同じだ。しかし人間界は違う。人間界に連なるように作られた鬼神グライエットの世界時間は人間界と同じだ。
多少の一分一秒が違うかもしれないが、そんな誤差は無視してもいいくらいの小さなものだ。アデルは失念していたと唇を噛む。
今が出ていく最適の時間だと思っていた。クライマックスに主人公の精神を折っていく体制こそ面白いと思っていたのだ。
なのに、重要なことが見えなかった。調子に乗っていたのかもしれない。
しかし鬼神と大魔神が現れたくらいで負けが決まったわけではない。それに、グライエットは自由奔放な者で、面倒事を嫌う。
そんな人物がこんな面倒事の、しかも負けそうな方の肩を持つとは思えない。
「ある。必ず、ってくらい。もう許可は取ってあるしな。グライエット様はちゃんと見てるんだよ。だから、どっちが正義だってことくらい見分けがつく。当たり前だろ、世界の巡回を行える英雄の肩を持ちたいってくらい持ってもいい感情じゃないのか?」
心底から可笑しいというようにセイジは首を傾げた。アデルは余裕の表情を崩さないまま、しかし内心に焦りを募らせていた。
ナタリヤーナはそのすべてを横目で見ながら、地面に何かをセットし始めた。何も話していないルネックスはそれに気づいていた。
そして、その何かが配置されている場所をすべて記録しては解除する。それに気付いたのか罠の設置は無駄だと思ったナタリヤーナは諦めた。
横で起こった小さな茶番を眺めながらシェリアは考えた。ここで奇襲をかけたらもしかしたら勝てるかもしれない。今のアデルが弱くなっていることくらいわかっている。
ただ、ルネックスは褒めてくれるだろうか。でも、ルネックスのためになら全てをかけると誓ったのだ、たったさっき。
褒められる行動ではなかったとしても、その行動が勝てるためのひとつのポイントになれるならば、正しいと思えるかもしれない。
いいのではないか、と手を伸ばそうとしたとき、周囲に黒いドームが作られた。アデルですらも驚愕するが、すぐにそれが誰の仕業なのかわかる。
隣に立っているシエルだ。彼こそ、褒められるかどうかなど考えずに真っ先に奇襲を考えていたのだ。褒められた行動ではない。
もし自分がやってしまっていたらどうなっていただろうか、瞠目したまま固まるルネックスの表情を見て、シェリアは静かに安堵していた。
「何のつもり!? これが何なのか説明して、どうして閉じ込める必要がある!?」
「……あぁ。僕もそう思うよ。何より主人の許可すらもとるそぶりがなかった、それが一番怪しい。お前らの間には何がある?」
黒いドームから出られないことに気が付いた聖神はシエルを指差して叫んだ。ロゼスは冷静に話しながらも、その目は返答次第で殺すとでも言うように爛々と輝いていた。
アデルも目を白黒させている。シエルはくすくすと笑った。美少年の体であるだけあって、そうしているだけで絵になる。
しかし彼の口から出た答えは、そのたたずまいと大きく違っていた。
「なぜってそりゃぁ……利用する物は利用するに決まっているでしょ? 彼女もそれが分かってる上で私とともにいるんだ」
一人称も変わっている。一見すると優しい微笑みだが、その表情とは反して計算高いセリフを口にする。アデルは黙っている。
ナタリヤーナはどうすればいいのかわからなかった。お嬢様が悲しむのならシエルだって敵になるが、問題はお嬢様が何も言わないことだ。
アデルが何か言わないと何もできないナタリヤーナは、薄っすらとルネックスの言葉を再生する。何もできない自分に、誇りがあるのか。
何より意味あって此処に居る皆の前で、戦う資格があるのだろうか。アデルのお供として戦うのなら自分としても誇りだと思えるだろう。
だが、今の自分は―――ナタリヤーナ・クロムフォルナはお供としてすら……。
それ以上は何も言わない。それ以上探ったら、心のうちまで探り出してしまったら、何もない自分の心に気付いてしまいそうだったから。
楽しそうに悦に入るシエルを見ながら、うるうると目を潤わせてこちらを見るアデルに気が付いた。少なくともお嬢様はシエルを仲間だと思っていたことを知っている。
シエルを仲間に入れたのは確かに利用する前提だとナタリヤーナも知っている。だが、長年一緒にいたことも事実だ。
『……少しも変わらなかったのですね、シエル様。私は、ずっと貴方が少しくらいは変わっていると思っていました。少なくとも、この場で仲間割れはしていけないことを知っています。ですが……』
『ナタリヤーナ、お黙りなさい。当初から約束に変更はありませんし、約束に時効などありませんわ。わたくしだって、利用したことがないわけではありませんのよ……』
桃色のアデルの瞳の潤いが消える。いつもの爛々と輝く意思を灯す瞳へと変わり、迷いも淀みも一切ない―――ように見えた。
ナタリヤーナは、やはり何もできなかった。自分の何かの行動でどうなるのか、ひとつも分からなかったからだ。
もしかしたらアデルが喜ぶかもしれない行動も、こうしたらアデルが悲しむかもという行動も、ナタリヤーナは考えつかなかったのだ。
何をすればいいのか分からない。とにかく――と思い、口を開こうとした。
「シエル、あんたひどすぎるでしょッ」
よりにもよって敵が、声を上げた。ばっと振り返ると、フレアルがシエルに人差し指を指しながらあり得ないというように声を上げた。
ルネックスが薄い微笑みを浮かべている。握る剣の宝石が輝いていた。ルネックスはフレアルがこう叫ぶと思っていた。
正義感が強い、その上正しい正義の概念を持ったフレアルが、誰かを利用すると言うシエルの言葉を見逃せるはずもなかった。
例え相手は敵だったとしても、悲しんで居る相手がいるのなら助けてしまうのが彼女なのだ。ルネックスよりもずっと神らしい。
ルネックスなら仲間割れをしている間に同じ奇襲をかけるかもしれない。隙をさらしている間に何かしていたかもしれない。
フレアルは違った。それを認識したルネックスは口を開いた。
「ゼウス様、アデルを止めていてください。テーラ様セバスチャンさん、ナタリヤーナさんを止めていてください、ヴァルテリアさん、グロッセアさん、ルシルファーさん、聖神達を止めていてください。僕たちはシエルだけを狙うことにします」
「了解した。大丈夫なのか?」
「問題はありません。相棒の願いですから、しっかり聞かなくてはなりません」
ゼウスの問いにルネックスが微笑みながら返す。ルネックスにとってナタリヤーナが止めるとは思えないが、一応の保険だ。
ナタリヤーナ一人にテーラとセバスチャンの二人もいらないと思ってはいるのだが、二人の連携があれば倒すことも可能かもしれない。
戦力の半分をシエル一人に回したルネックスは、輝く剣を構えた。ベアトリアの全ての結晶である剣を握っているのだ、負けるわけにはいかない。
この剣は誇りであり想いであり、魂そのものなのだ。比喩ではなく。
ルネックスは目を閉じた。前は見えないはずだが、魔力の波動を感じることで目はあってもなくても同じだ。
「私の正義はこの状況そのものさ……私の求めたものは強さ! 私は、今日のために生まれてきた……私はただ強くなりたいだけなんだ! 私を止めてくれるなよ……」
「方向性が違うって。僕は神界でいろんな人たちの相手をしてきたけど、階級が高くなるたびに手遅れな人たちが増えるね。最初のメルシィアが懐かしいよ。強さをはき違えるな、貴方の欲するそれは正しい強さではない」
きっぱりとルネックスは吐き捨てた。もう、シエルのこの叫びを聞いていたくもなくなってしまった。今のシエルは感情を向けるにすら値しないだろう。
求める物は強さ。それは大いに構わない。ここは誰しもが目的を持って挑む場所だが、仲間を最初からいらないと思っていた者はこの舞台から降りてもらう必要がある。
友情をまっすぐに見つめないのならば、生かすなど馬鹿なことをしても意味はない。ルネックスが剣をす、と軽く振りぬいた。
シエルが瞠目して、頬に触れる。何故だ、という表情をしている。何故なら、その頬から一筋の血が流れ出していたからだ。
ルネックスの髪がなびいた。深々とした闇が、シエルに向けた剣先から広がる。
「さぁ、集結せよ! 大世紀の悪魔、七つの大罪、全ての罪を裁け、己の思うがままに暴れ回るがいい―――召喚!」
どこかから「マジで!?」という声が聞こえたっきり、シエルは耳を塞いだ。きぃん、と絶えず響く音が気味悪かったからだ。
世界の亀裂が不安定に揺れ動き、真っ赤な空から新たな雷が打ち付けた。
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