僕のブレスレットの中が最強だったのですが

なぁ~やん♡

ろくじゅうさんかいめ 気絶してらんないよ

 話し声が聞こえる。荒げられた声に、静かに返される声。随分遠くで聞こえるような気がして、それでも傍に、近くにいる暖かさがあった。
 このまま暖かさに身を預けたいと思った時、今の自分の状況に気付いた。絶えず冷汗が流れており、力が抜けていく感覚がする。
 胸を締め付けるほど苦しい感覚が遅い、はぁはぁと喘いでいる。何年生きてきたと思っている。英雄のひとりなのだ。
 これ程苦しんだのはいつだろう。もう、ずっとずっと昔の事の気がした。

『おい、起きろ、ベアトリア、ウテルファイヴ、だ』

 バッと目を開ける。ウテルファイヴの言葉で今自分がどんな状況にいるのか気付いた。ベアトリアが目を開けたのを確認し、彼は満足そうな声を上げる。
 地に這ったな、とグロッセアが鼻で笑うが、彼女も影響を受けていて同じく肩を上下させていた。幸いアデルはまだこちらに気付いていない。
 他の英雄たちは、と聞くが、まだ起きれないと返される。今他に意識があるのはヴァルテリアとゼロ、ゼウスの三人だ。
 逆にほかは気を失っている。テーラはもう瀕死の状態だが、眼は開いている。瀕死なのに彼女は気絶せずに、真っ直ぐにルネックスを見つめている。

「そうねッ! このワタシが地に這っている場合ではないわっ。別にルネックスに加勢するためとか考えてないけど、行くわよッ!」

「矛盾してるよ? さ、ツンデレしてないで加勢しに行くわよー、ウテルファイヴ、ゼロ、ヴァルテリア、ゼウス様。良いわね?」

 グロッセアがくすくすと笑う。額には汗が浮かんでいるのに、彼女は何ともないというような表情で全員に手を差し伸べていく。
 できることはひとつではない。だけど、これをしたらあれができない。それを覆していくのが英雄というもの。ベアトリアも分からないわけではない。

 それでも、張り合っていたグロッセアができたことを自分が出来なかったことに恥じた。テーラはどうか、瀕死なのに頑張って立ち上がろうとしては力が抜けて地に這ったまま。なのに、自分はどうして暖かさに身を預けようなどと思ってしまったのか。
 ベアトリアの瞳が爛々と輝いた。立つ。フラフラとして体がしびれているが、そんなのは関係ない。体全ての魔力を英雄ならではの天才的な運用の仕方で形成していく。

 手を前に突き出す。剣のシルエットが浮かび上がった。彼女は詠唱をする。ひとつ言葉を紡ぐたび体を突き刺す激痛が流れ込んだ。
 魔力を消費するたび、魂が削れていく感覚がした。たとえ死ぬことになったとしても、ベアトリアは詠唱を紡ぎ続ける。
 アデルの妨害を遮ったのはウテルファイヴだった。全ての雲は彼の物。全ての気体は彼が司る。白魔導士は―――覚醒した。

 ベアトリアの剣がさらに光を増していく。覚醒の光に当てられたそれが更なる威力を増していく。金の剣の取っ手に淡く緑に光る宝石が埋め込まれた。
 これは期待。これは想い。これは―――神級鍛冶師になった彼女の魂の形。

「受け取りなさいルネックス! ―――これは、あなたのためにっ」

 最後の言葉は紡げなかった。自分はルネックスを本当に好きになっていたのだろうか。しかし何かの気持ちを述べる前に、命は終結を迎えた。
 ベアトリアは力なく膝をつき、倒れた。その瞳に輝きはなく、あるのは虚無だった。一目でルネックスは彼女が死んだことが分かった。

 何かを言おうとするが、もう何も言うことは無い。彼女が初めて素直になり、彼女は初めて知らなかった感情を知ったのだから。
 その顔は満足そうだった。ならば、とルネックスはその剣を拾った。
 どくん、と心臓が脈打つ。その光る宝石に触れれば、世界を揺るがす強烈な思いが流れ込んでくる。それは力となって、竜となり剣の周りを渦巻いた。

 テーラがにやりと笑った。どくどくと血を流しながらもそれは少なくなっていく。負けていられるかという思いで止めているのではない。
 かつてなかった思いが欲しいから、上がっていく。そのヒントは今見つけたんだ。ならば、地に這っている暇などないんだ。

「乙女の気持ちを受けられたかいルネックス? 鈍感で随分悩んでたよ……この子達。まあベアトリアは一目惚れだからそんな深い感情なかったと思うけど」

「テーラ……さん……?」

 ゆらりとテーラが立ち上がる。流れていた血は塞がり、その服には一滴たりとも血は付いていない。全員の前で、彼女は劇的な変化を見せる。
 黒い髪がポニーテールとなり、白いコートは軍服になり、片目には顔半分を覆う眼帯が付けられており、身の回りには拳銃や砲弾やら歯車やらが散乱していた。

 にやりと彼女は笑う。三日月のように割けた気味の悪い笑みが世界を震わせる。テーラが傍にあった砲台を手に取ると、目に見えないスピードでアデルに放った。

『っ……』

 咄嗟にアデルはその弾を消滅させるが、流れ弾が彼女の頬を掠めていく。これはただの宣戦布告。戦力が縮まったというただの報告。
 これ以上の攻撃だってできるのだ。ゼウスは戦慄した。これは覚醒ではないことに気付いた。彼女は知ったのだ。この世界の強くなる条理を。
 その条件を満たして、彼女は這い上がったのだ。―――光の原点として。

 闇の軍服は輝き、アデルの純粋なフリルの可愛いドレスがひらひらと揺らめく。明らかに光と闇が逆転した服装。
 しかしお互いの思いは決定的に違った。ルネックスはごくりとつばを飲む。

「安心してよ……この世界の条理は誰にも言わないから。それに、君の方がボクより知ってるんでしょ? 未だ追いつけない事実が情けないよ。楽しませてほしいんでしょ、お望み通りってことだよ」

『光の原点になりましたのね。光とは統一されない無限生命体……わたくしはそう認識しておりましたが、それほど純粋な想いを持っているとは思えない服装をしておりますのね……楽しそうですわ。わたくしを満足させてくださいまし』

 ピンクのツインテールが揺れた。彼女の手に抱えられた人形の口が裂け、そこからテーラのよく知る機関銃が生まれた。
 何故そんな物を持っている。そんなことは聞かなくとも今のテーラにはわかっている。歯車軸の世界列は簡単なレベルで生まれたものではない。

 闇の原点と光の原点。所詮は最初から自意識を持つ者と今光を見つけたばかりの者。いつ揺らいでもおかしくはない。
 ルネックスは額から一筋、汗が流れることに気が付いた。気圧されている。見たこともない二つの殺気の混じり合いに、足が下がりそうになる。
 剣が強烈に光った。目を突き刺してくる光が、逃げてはいけないことを伝える。

「ベアトリアさん……。……シェリア、フェンラリア、フレアル、カレン。聖神達と戦っていてほしい。何かされると困るからね。時間稼ぎ程度でも構わない。でも君達なら、倒せると信じてる」

「もっちろん! 私はルネックスを守る強靭な盾―――自称なんだけどね、あっはは。一番いい持ちどころはシェリアに奪われちゃったし。でも影の守護者って結構凄いよね。昔みた英雄譚にさ……そんな女の子がいたんだぁ……」

 額に手を当てて笑顔を浮かべたフレアルの表情は、どこかはかなげだった。彼女が何を経験したのかは分からないが、何かがあったのだろう。
 カレンとフェンラリアはゆっくりと歩む。次元神槍クロノスを握ったシェリア。これはベアトリアが非常事態に使って欲しいと予備に作ったものだ。
 しかしその護衛向けの威力が高いクロノスだが、攻撃的なアタッカータイプである大地剣ガイアと共に使ったらどうだろうか。

 ヴァルテリアはにぃ、と笑った。神雷霆ゼウスはオールで何でもできるタイプの武器だ。なので、全体の強さは平衡になっている。
 ゼロが姿を消した。ヴァルテリアが雲と同化する。グロッセアが自分の存在の空気を消す。アデルがにこりと笑った。

『準備はできましたの? さあ、行いましょうか。忘れないで欲しいんです、わたくしは面白そうだからやっていますのよ。命乞いはいつでも受け付けますわ。わたくしは無情ではありませんの。分かりましたこと?』

「それって命乞いした後に殺すってフラグなんだと思うけど? まあいいか、殺させないし。行こうよルネックス。迷ってる暇はない」

「……はい! 冥王アデルは任せました! ……行くよ―――っ!」

 ルネックスがひびを入れられた神雷霆を構えた。横ではテーラが返事の代わりに神速で自分の武器をアデルの周りにセットしている。
 アデルは動かない。グロッセアとヴァルテリア、ゼロに固定されているからだ。大地が揺らめいた。ヴァルテリアに操られている。
 次元の光が歪み、アデルの視界もが歪んだ。グロッセアが次元の闇を操っているのだ。シエルの目が途端に爛々と輝いた。

 ぼこぼこと盛り上がった大地を、足だけ大きくして踏みつぶしてクレーターを起こし、ゼロの光の固定を闇でつぶす。
 それと同時にアデルは目を閉じ、闇の力で全てを感じ取ることで視界を開けさせる。その時にはテーラが全ての武器を起動させていた。

 あちこちを走り回り、歯車を投げて爆弾のスイッチを入れて様々な銃を連射し、向かってくる攻撃は歯車で防いだ。
 手をかざすと砲台が生まれて、周りに置いてあった砲台と共に魔弾球が飛び出る。アデルの肩を掠めて、わき腹を掠めて、太ももを大きくえぐった。

 それから、大きくえぐられた太ももだけにゼロが闇の力で回復できないように天使の輝きを植え付け、シエルが何かしようとしたときにグロッセアが彼の視界を塞ぐ。
 アデルが手を掲げると、次元の扉が開き、そこから青い髪の毛をやわらかくなびかせた優しそうな青年が現れた。
 シエルの方向を見ると、彼は居ない。それが一瞬の隙となった。青年もといシエルは剣を巧みに操りそこにあった砲台を全て破壊する。
 ひとつひとつの動作のたびに世界が振動して視界が揺れる。その中でもまったく気にしていないというように攻撃を続けていく。

『……っ……ずいぶんと成長しましたわね。彼は擬人化したシエルですわ。シエル・スノーリアですの』

『こうすると人間の姿でも話せるし、とても便利だよ。まあ、人の体を借りているだけだから声も表情も全く違ってきちゃうんだけどね』

 そうだ。あの闇に深く響く声と比べればスノーリアシエルの声はずいぶんと平和なものだ。太ももからどくどくと流れるのは真っ黒な血だ。
 それはシエルにとって意味のないものだが、同時に流れ出す少量の魔力は意味のないものではないだろう。戦いの続く間、ずっと流れ出し続けるのだろうから。

『言霊――わたくしの言葉の思い通りになさい』

 血は流れるが、その詠唱で魔力の流出は瞬く間に小さくなる。しかし天使の力は完全に封じる事が出来ず、絶えずではないが一定の時間を過ぎれば魔力が少し流れ出している。
 スノーリアは「ふん」と鼻で笑うと。その水色の瞳に狂気を彩らせた。それでも、今の彼の顔では不気味に笑みを浮かべることはできない。

 所詮これは『スノーリア』の誰かの体であり、『シエル』の体ではないのだから。ちなみに言霊スキルはルネックスも使えるものだ。
 聖神も一度しか見たことのないスキルである。アデルはくすりと笑うと、ウテルファイヴが姿を現し、グロッセアの空気が濃くなる。
 ゼロの体がはじけ飛び、テーラの足が貫かれていた。闇の力が膨れ上がれば膨れ上がるほど、彼女は強くなる。
 人間界で祈る力が強ければ強くなるほど、彼女の能力は上がっていく。

『さあ、よろしくて? わたくしの太ももを貫いただけで何かできると思えたら間違いでしてよ。もう一度胸から貫いてやりますわ。ああ、それからゼロ。貴方はもう復活不可能ですの。わたくしはもう―――躊躇しませんのよ?』

 心底から可笑しそうに彼女は笑った。あまりにも簡単に原初の力を、体を殺した女の子、冥界の王アデルは鈴を鳴らすような声で、ひとつ言葉を述べた。

『―――前言撤回。誰一人として、逃がしはしませんのよ』

 どうしてアデルがこんな決断をしたのか―――それは彼女にしか分からなかった。

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