僕のブレスレットの中が最強だったのですが
ごじゅうきゅうかいめ 悲劇を盾にするな④
―――私の味方は最初から、いなかった。そう言われてしまったのだ、きっぱりと。
それは、神界の中でということを意味していた。しかしディステシアのこと以外を考えたことのない聖神が誤解をするには容易かった。
リリスアルファレットの言葉足らずとも言えよう。しかしこのような状況で自分より格下である反乱者に言葉を選ぶ方がおかしいのだ。
少なくとも、神界はそう判断していた。
聖神はディステシアを未だ信じていた。今の言葉で、フランビィーレの言葉で、ゆっくりと剥がれ落ちていくけれど。
それでも小さな光は未だ輝いている。手の届かない処だけど、確かに見える。
「どんな処罰も受けるわ。だから、ディステシアに会わせてくれる?」
「はぁ。自分がどんな場所にいるかすら分かっていないのですか? どうして自分が反乱を起こしたというのにわがままが通ると思えるんですか。ディステシアは貴方と違って、優秀なんです。貴方に会う暇などあるはずがないじゃないですか」
格下に見られている。もはや、どんな景色も色あせて見える聖神には、それしか分からなかった。そしてディステシアと別格に置かれたこと。
もうどうあがいても追いつくことなどできなくなってしまったこと。
―――そして、その場面は自分自身が積み上げて作ってきてしまったということを。
「ぁ」
間違っていることを知る。意味のないことをしていることを知る。空白の時間を歩んでいるだけなのだと知った。
それでも、何もしなくたってディステシアにはもう追いつかないだろう。張られたレッテルははがれない、口に出てしまったものは戻らない。
そして何より、行動は神だって揉み消せはしない。聖神が何か反応をする前に、立ったリリスアルファレットが歯車を発動させる。
「……なので、貴方は此処で排除させていただきます。ちなみに私ですが、死ぬ覚悟は全くありません。命の危険を感じたら、自分を冥界の下に封印します。ですのでこの時代が終わっても貴方の事は忘れません」
「わ、忘れてくれた方が私にとっては嬉しいよ。私も死ぬつもりなんてさらさらないから。私は望んで―――この世界を破壊するッ!」
最初はそんなつもりなどなかった。ただディステシアを取り戻そうとしたかっただけだった。でも、知ってしまったのだ。
闇が光を喰らうことの楽しさを。じわじわと追い詰めていく面白さを。昔の自分を逆再生しているようで、今の自分を嘲笑しているようで。
闇を作って来た邪神も魔王もきっとそうだったのだろうか、そうやって自分を満たしてきたのだろうか。悪い人ではなかったのだろうか。
どちらにせよ、聖神に残された選択はもう無限の破壊しかないのだった。
「オクタヴィア・グローネアという名は知っているな?」
「知らないとでも思うの? オクタヴィアを知らない者なんていない……皇女にして全ての魔術を極めた大導師でしょ?」
「そうなのです。私、オクタヴィアはここにて貴方を殺すことを誓うです。これ以上、暴れさせるわけにはいかないです」
「彼女は私を超えました、創造神です。果たして貴方に追いつく相手でしょうか?」
無限の成長を与えられた人間達の中でも、最強の成長を果たした超越者の名こそオクタヴィア・グローネア。彼女の人生は完璧だった。
どうして? どうして彼女は完璧なのに、自分は此処まで落ちぶれたの? 疑問以外何も湧き上がってこなかった。
歯車を手にしながらくすくすと笑うリリスアルファレットと、紫の髪を揺らしながら煌めく王冠を杖に変えたオクタヴィア。
そして、圧倒的存在感を放つゼウスとその後ろに控えるテーラ。
「舞台はそろった。さぁ行きなさい皆よ―――鉄槌を放ちなさい!」
創造神の一人の誰かが声を出した。それを境に、聖神対神界全体の戦いが繰り広げられた。
その中でも万能とも言えるリリスアルファレットの能力が群を抜いていた。
後ろに控えるセバスチャンとテーラ。このころのセバスチャンは冷静沈着を学び、テーラ一人に仕えることを誓っている。
テーラは拳を強く握りながら血の舞う情景を見つめる。この時はまだ倒した神が塵とかえるシステムはなかったのだ。
17歳の少女に対して見せていいものではないが、こういうことも分かっておかなければ全てを超越することなどできない。
無限の知識、無限の力、それを持ってこそ全てを超えていけるのだから。
「―――ねぇ、ゼウス様。知ってましたよね? 見えていましたよね。分かっていましたよね、こうなることを。どうして変えようとしないのですか。神の力は所詮使われないのですか、貴方は、高みで見ているだけなのですかっ」
「変えられないものは変えられない。運命には変えて良いモノとそうでないモノがある。起承転結、起承までは変えてもよかろう、転結を変えてはならない。それが未来の歴史の礎になるのだから」
「ふぅん。私は英雄になるために生まれてきた、超越者なんですよ。私の視点から言いましょう、役立たずです、貴方達は。どうしてもっているのに使おうとしないのです? どうしてそんな小さなことを恐れるのですか?」
少女の目に恐れはない。あるのは爛々と光る思いの光。怒りではなく、哀れみ。罰するならば罰しろ。だが、意見だけは聞いてくれ。
そう。本当の英雄になりえる少女は、もしかしたら彼女だけかもしれない。テーラは今までの神の秩序を切り捨てた。
彼女の任務は世界の巡回。彼女はこの世界を変えるために存在するのだから、意見するうえで問題はない。
「運命だとか何だとか、そんなのは虚勢でしょう? 虚飾でしょう? どうして決められた道を歩むんですか。私――ボクは、そんなの認めない」
散り散りと飛ばされていく神たち。その中には、テーラが仲良くしていた人たちもいた。テーラの全てを分かち合う親友もいた。
心からテーラを好きでいてくれる、片思いをしてくれた人もいた。そんな彼に片思いをしている儚い少女もいた。
全てが散った。誰が引き起こした、そんな答えは何処にもない。誰が悪いとか、そんな次元の問題ではなかった。
だが少女ははっきりと分かっていた、元凶が何なのか。―――そう、運命。
「どうしてそんなものに、従っているんだと聞いているんだ……」
白い吐息に、銀色の糸を引いて舞う髪に、美しく輝く救世主の杖に、もう色は無い。彼女の蒼い瞳が黒く染まり、闇が全ての世界を染めた。
最終覚醒、と。
人類の域を、神の域をとび越えた人が理性を保ちながらも人間の魂では到底受け持つことのできない量の力を受けとめた人間が持つ称号。
―――そしてそれを支えたのは、テーラの称号『全てを超える者』だった。彼女はこの世界では生まれつきだった。
だが彼女は転生者。どうしてこの称号があるのか、はっきりとわかっている。
「称号持ちの神以外ほぼいなくなっちゃったね。ねぇ、もしあの時ディステシアを此処に呼んでいればどうなったんだろう? もっと優しく声をかけていればどうだったんだろう。精霊管理神に補佐を付けたらどうだっただろう。回避する方法は、どれだけだってあったはずだよ」
「……」
「自分が死ねないからって、ボクらを好きなように弄ぶんだね、神様って」
分かっていた。分かっていないわけではなかったのだ。このままでいいのか深く考えていたのはゼウスだけだ、この世界でも。
テーラもそれを分かっていたからこそ、冷たく冷淡な言葉はかけなかった。テーラにとって真に冷たい言葉は、氷よりも固く冷酷だ。
セバスチャンは全てを見守っている。湧き出る感情も、切り裂かれる友人を守りたいと思う気持ちも、その心をもってして抑えつける。
ふわり、と少女らしい笑顔を浮かべるテーラの言葉は皮肉らしかった。
「……間違ってはいないと思う。そうだな―――下界に下りただと!? テーラ、セバスチャン、来い! 運命を変えてやる!」
「うん。ありがとうゼウス様。英雄になるつもりはないけど、下界に干渉されたら困るよ……行こうセバスチャン!」
「了解した」
世界の全てを背負った少女とは思えない純粋な笑みを浮かべて手を差し伸べたテーラにセバスチャンは力強く返した。
全てを託して、全てを信じた。17歳にして世界の重圧を背負った大賢者テーラは本当に偉大な存在だ。彼女に出来ないことは無い。
そして誰が何といおうと―――彼女の選択こそが正しいのだから。
セバスチャンも依存をしている。聖神と似ている存在だ。しかし決定的に違うのは、気持ちの弱さと信頼の強さの問題だ。
しっかりと結ばれた契約と、不安定な友達関係と言う名の、だ。
下界への結界は目で見ることのできない絶対区域。神力を使ってみる事が出来れば神として認定されるという試練もあるくらいに。
しかし、天才と言う名の才覚で探ると、テーラは容易く潜り抜ける。
「うーん、相変わらずこの区域を突破してくるのは難しいね。ゼウス様は簡単にできる、よねー……はー、強くならなきゃなぁ」
「そこまで背負わなくてもいいと思うぞ、あくまで俺の考えだがな」
「背負いたくて背負ってるんじゃないもん! ボク、やることとか全部もう終わらせちゃったんだ。新しいことに挑戦してみたいなって思って。何かないかなぁって考えてた」
聖神から全世界を襲撃されているというのに、こののんきぶりだ。三千世界を回れるテーラにとって、アルティディアは重要とは言えない。
それに、テーラもかつて元の世界に帰りたいと思っていた異世界人なのだ。ちなみにこの世界を破壊されてもやろうと思えば修復だってできる。
だが、失った【人間】はもう戻らない。丁度聖神が使っているような禁術でも使わなければ。世界を騒がせた大悪党たちを次々に復活させては下界を乱す聖神を上界から見下ろしながら、テーラは長々とため息を吐いた。
「確かめ方恐ろしすぎ……友人に裏切られたくらいでいちいち聖神と同じ行動起こしてたら、この世界もう終わるよ?」
「まあそうだな。俺ならお前に裏切られたとしたら同じ行動をとると思うが。……さすがに、あれだけの暴走はしないと思う」
「えぇっ!? でも嬉しいなぁ、少なくとも大事に思われてるってのは伝わる!」
テーラは過酷な人生を17年続けてきた。上流階級の人間と言うわけではなかったが、彼女は一応元貴族なのだ。このキーワードだけを聞けば、人々は様々な《堕ちる》パターンをいくつも思い浮かべるだろう。
まあ、テーラは落ちることなく英雄としての道を歩めたのだが、多くの英雄の卵はこういうところでおちてしまうのだという。
裏切られた数も常人より多い彼女は、大切に思われることも褒められることにも慣れていない。彼女はセバスチャンに出会った時、全く表情がなかった。淡々と人生を生きて、英雄としての仕事をこなしていただけだった。
ここまでテーラの表情を戻せた事実は、彼にとって誇らしい事のひとつだ。
「あ、ついたよ。おー、結構暴れてるね。って、テルグさん殺されそうになってる。セバスチャンレッツゴー! いってら」
「分かった。テーラも頑張れ」
「うぃっす! じゃ、行くよゼウス様っ。ん? 行かないの?」
「……聖神が来た。視線はまっすぐにこちらを向いている―――」
テーラが15歳の時から世話になった商人の男テルグが聖神の召喚した大悪党三人に攻撃されて殺されそうになっている。
一応テルグはテーラに護身術も習っているので、何とか死んでいないというような感じだ。セバスチャンが駆けつけたときには、彼の右腕は無くなっていた。
一方、テーラとゼウスは目の前でくすくすと笑う聖神を見つめていた。ゼウスは警戒しているが、テーラはそうでもないらしい。
「君が噂の聖神さん? 名前は知らないからごめんね。どうして人間界を襲うのかよくわかんないんだけど、ボクを納得させてくれない?」
「……いうことは、ない」
いきなりの戦闘開始だ。光のスピードで突っ込んできた聖神の魔術を軽く手を振るうだけで消し飛ばしたテーラは眉をひそめた。
「さいってー、乙女に何すんの? ……って、一度言ってみたかったんだぁ!」
―――何か違う、とゼウスは思ったが、一応戦闘開始ということにした。
それは、神界の中でということを意味していた。しかしディステシアのこと以外を考えたことのない聖神が誤解をするには容易かった。
リリスアルファレットの言葉足らずとも言えよう。しかしこのような状況で自分より格下である反乱者に言葉を選ぶ方がおかしいのだ。
少なくとも、神界はそう判断していた。
聖神はディステシアを未だ信じていた。今の言葉で、フランビィーレの言葉で、ゆっくりと剥がれ落ちていくけれど。
それでも小さな光は未だ輝いている。手の届かない処だけど、確かに見える。
「どんな処罰も受けるわ。だから、ディステシアに会わせてくれる?」
「はぁ。自分がどんな場所にいるかすら分かっていないのですか? どうして自分が反乱を起こしたというのにわがままが通ると思えるんですか。ディステシアは貴方と違って、優秀なんです。貴方に会う暇などあるはずがないじゃないですか」
格下に見られている。もはや、どんな景色も色あせて見える聖神には、それしか分からなかった。そしてディステシアと別格に置かれたこと。
もうどうあがいても追いつくことなどできなくなってしまったこと。
―――そして、その場面は自分自身が積み上げて作ってきてしまったということを。
「ぁ」
間違っていることを知る。意味のないことをしていることを知る。空白の時間を歩んでいるだけなのだと知った。
それでも、何もしなくたってディステシアにはもう追いつかないだろう。張られたレッテルははがれない、口に出てしまったものは戻らない。
そして何より、行動は神だって揉み消せはしない。聖神が何か反応をする前に、立ったリリスアルファレットが歯車を発動させる。
「……なので、貴方は此処で排除させていただきます。ちなみに私ですが、死ぬ覚悟は全くありません。命の危険を感じたら、自分を冥界の下に封印します。ですのでこの時代が終わっても貴方の事は忘れません」
「わ、忘れてくれた方が私にとっては嬉しいよ。私も死ぬつもりなんてさらさらないから。私は望んで―――この世界を破壊するッ!」
最初はそんなつもりなどなかった。ただディステシアを取り戻そうとしたかっただけだった。でも、知ってしまったのだ。
闇が光を喰らうことの楽しさを。じわじわと追い詰めていく面白さを。昔の自分を逆再生しているようで、今の自分を嘲笑しているようで。
闇を作って来た邪神も魔王もきっとそうだったのだろうか、そうやって自分を満たしてきたのだろうか。悪い人ではなかったのだろうか。
どちらにせよ、聖神に残された選択はもう無限の破壊しかないのだった。
「オクタヴィア・グローネアという名は知っているな?」
「知らないとでも思うの? オクタヴィアを知らない者なんていない……皇女にして全ての魔術を極めた大導師でしょ?」
「そうなのです。私、オクタヴィアはここにて貴方を殺すことを誓うです。これ以上、暴れさせるわけにはいかないです」
「彼女は私を超えました、創造神です。果たして貴方に追いつく相手でしょうか?」
無限の成長を与えられた人間達の中でも、最強の成長を果たした超越者の名こそオクタヴィア・グローネア。彼女の人生は完璧だった。
どうして? どうして彼女は完璧なのに、自分は此処まで落ちぶれたの? 疑問以外何も湧き上がってこなかった。
歯車を手にしながらくすくすと笑うリリスアルファレットと、紫の髪を揺らしながら煌めく王冠を杖に変えたオクタヴィア。
そして、圧倒的存在感を放つゼウスとその後ろに控えるテーラ。
「舞台はそろった。さぁ行きなさい皆よ―――鉄槌を放ちなさい!」
創造神の一人の誰かが声を出した。それを境に、聖神対神界全体の戦いが繰り広げられた。
その中でも万能とも言えるリリスアルファレットの能力が群を抜いていた。
後ろに控えるセバスチャンとテーラ。このころのセバスチャンは冷静沈着を学び、テーラ一人に仕えることを誓っている。
テーラは拳を強く握りながら血の舞う情景を見つめる。この時はまだ倒した神が塵とかえるシステムはなかったのだ。
17歳の少女に対して見せていいものではないが、こういうことも分かっておかなければ全てを超越することなどできない。
無限の知識、無限の力、それを持ってこそ全てを超えていけるのだから。
「―――ねぇ、ゼウス様。知ってましたよね? 見えていましたよね。分かっていましたよね、こうなることを。どうして変えようとしないのですか。神の力は所詮使われないのですか、貴方は、高みで見ているだけなのですかっ」
「変えられないものは変えられない。運命には変えて良いモノとそうでないモノがある。起承転結、起承までは変えてもよかろう、転結を変えてはならない。それが未来の歴史の礎になるのだから」
「ふぅん。私は英雄になるために生まれてきた、超越者なんですよ。私の視点から言いましょう、役立たずです、貴方達は。どうしてもっているのに使おうとしないのです? どうしてそんな小さなことを恐れるのですか?」
少女の目に恐れはない。あるのは爛々と光る思いの光。怒りではなく、哀れみ。罰するならば罰しろ。だが、意見だけは聞いてくれ。
そう。本当の英雄になりえる少女は、もしかしたら彼女だけかもしれない。テーラは今までの神の秩序を切り捨てた。
彼女の任務は世界の巡回。彼女はこの世界を変えるために存在するのだから、意見するうえで問題はない。
「運命だとか何だとか、そんなのは虚勢でしょう? 虚飾でしょう? どうして決められた道を歩むんですか。私――ボクは、そんなの認めない」
散り散りと飛ばされていく神たち。その中には、テーラが仲良くしていた人たちもいた。テーラの全てを分かち合う親友もいた。
心からテーラを好きでいてくれる、片思いをしてくれた人もいた。そんな彼に片思いをしている儚い少女もいた。
全てが散った。誰が引き起こした、そんな答えは何処にもない。誰が悪いとか、そんな次元の問題ではなかった。
だが少女ははっきりと分かっていた、元凶が何なのか。―――そう、運命。
「どうしてそんなものに、従っているんだと聞いているんだ……」
白い吐息に、銀色の糸を引いて舞う髪に、美しく輝く救世主の杖に、もう色は無い。彼女の蒼い瞳が黒く染まり、闇が全ての世界を染めた。
最終覚醒、と。
人類の域を、神の域をとび越えた人が理性を保ちながらも人間の魂では到底受け持つことのできない量の力を受けとめた人間が持つ称号。
―――そしてそれを支えたのは、テーラの称号『全てを超える者』だった。彼女はこの世界では生まれつきだった。
だが彼女は転生者。どうしてこの称号があるのか、はっきりとわかっている。
「称号持ちの神以外ほぼいなくなっちゃったね。ねぇ、もしあの時ディステシアを此処に呼んでいればどうなったんだろう? もっと優しく声をかけていればどうだったんだろう。精霊管理神に補佐を付けたらどうだっただろう。回避する方法は、どれだけだってあったはずだよ」
「……」
「自分が死ねないからって、ボクらを好きなように弄ぶんだね、神様って」
分かっていた。分かっていないわけではなかったのだ。このままでいいのか深く考えていたのはゼウスだけだ、この世界でも。
テーラもそれを分かっていたからこそ、冷たく冷淡な言葉はかけなかった。テーラにとって真に冷たい言葉は、氷よりも固く冷酷だ。
セバスチャンは全てを見守っている。湧き出る感情も、切り裂かれる友人を守りたいと思う気持ちも、その心をもってして抑えつける。
ふわり、と少女らしい笑顔を浮かべるテーラの言葉は皮肉らしかった。
「……間違ってはいないと思う。そうだな―――下界に下りただと!? テーラ、セバスチャン、来い! 運命を変えてやる!」
「うん。ありがとうゼウス様。英雄になるつもりはないけど、下界に干渉されたら困るよ……行こうセバスチャン!」
「了解した」
世界の全てを背負った少女とは思えない純粋な笑みを浮かべて手を差し伸べたテーラにセバスチャンは力強く返した。
全てを託して、全てを信じた。17歳にして世界の重圧を背負った大賢者テーラは本当に偉大な存在だ。彼女に出来ないことは無い。
そして誰が何といおうと―――彼女の選択こそが正しいのだから。
セバスチャンも依存をしている。聖神と似ている存在だ。しかし決定的に違うのは、気持ちの弱さと信頼の強さの問題だ。
しっかりと結ばれた契約と、不安定な友達関係と言う名の、だ。
下界への結界は目で見ることのできない絶対区域。神力を使ってみる事が出来れば神として認定されるという試練もあるくらいに。
しかし、天才と言う名の才覚で探ると、テーラは容易く潜り抜ける。
「うーん、相変わらずこの区域を突破してくるのは難しいね。ゼウス様は簡単にできる、よねー……はー、強くならなきゃなぁ」
「そこまで背負わなくてもいいと思うぞ、あくまで俺の考えだがな」
「背負いたくて背負ってるんじゃないもん! ボク、やることとか全部もう終わらせちゃったんだ。新しいことに挑戦してみたいなって思って。何かないかなぁって考えてた」
聖神から全世界を襲撃されているというのに、こののんきぶりだ。三千世界を回れるテーラにとって、アルティディアは重要とは言えない。
それに、テーラもかつて元の世界に帰りたいと思っていた異世界人なのだ。ちなみにこの世界を破壊されてもやろうと思えば修復だってできる。
だが、失った【人間】はもう戻らない。丁度聖神が使っているような禁術でも使わなければ。世界を騒がせた大悪党たちを次々に復活させては下界を乱す聖神を上界から見下ろしながら、テーラは長々とため息を吐いた。
「確かめ方恐ろしすぎ……友人に裏切られたくらいでいちいち聖神と同じ行動起こしてたら、この世界もう終わるよ?」
「まあそうだな。俺ならお前に裏切られたとしたら同じ行動をとると思うが。……さすがに、あれだけの暴走はしないと思う」
「えぇっ!? でも嬉しいなぁ、少なくとも大事に思われてるってのは伝わる!」
テーラは過酷な人生を17年続けてきた。上流階級の人間と言うわけではなかったが、彼女は一応元貴族なのだ。このキーワードだけを聞けば、人々は様々な《堕ちる》パターンをいくつも思い浮かべるだろう。
まあ、テーラは落ちることなく英雄としての道を歩めたのだが、多くの英雄の卵はこういうところでおちてしまうのだという。
裏切られた数も常人より多い彼女は、大切に思われることも褒められることにも慣れていない。彼女はセバスチャンに出会った時、全く表情がなかった。淡々と人生を生きて、英雄としての仕事をこなしていただけだった。
ここまでテーラの表情を戻せた事実は、彼にとって誇らしい事のひとつだ。
「あ、ついたよ。おー、結構暴れてるね。って、テルグさん殺されそうになってる。セバスチャンレッツゴー! いってら」
「分かった。テーラも頑張れ」
「うぃっす! じゃ、行くよゼウス様っ。ん? 行かないの?」
「……聖神が来た。視線はまっすぐにこちらを向いている―――」
テーラが15歳の時から世話になった商人の男テルグが聖神の召喚した大悪党三人に攻撃されて殺されそうになっている。
一応テルグはテーラに護身術も習っているので、何とか死んでいないというような感じだ。セバスチャンが駆けつけたときには、彼の右腕は無くなっていた。
一方、テーラとゼウスは目の前でくすくすと笑う聖神を見つめていた。ゼウスは警戒しているが、テーラはそうでもないらしい。
「君が噂の聖神さん? 名前は知らないからごめんね。どうして人間界を襲うのかよくわかんないんだけど、ボクを納得させてくれない?」
「……いうことは、ない」
いきなりの戦闘開始だ。光のスピードで突っ込んできた聖神の魔術を軽く手を振るうだけで消し飛ばしたテーラは眉をひそめた。
「さいってー、乙女に何すんの? ……って、一度言ってみたかったんだぁ!」
―――何か違う、とゼウスは思ったが、一応戦闘開始ということにした。
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