僕のブレスレットの中が最強だったのですが

なぁ~やん♡

ごじゅうろっかいめ 悲劇の舞台だね?①

 太陽が家をてらし、丁度いい風がゆさゆさと草を揺らす。小さな村でも小さな村なりの喧騒があり、幸せな村だといえただろう。
 家と家の狭間で、汚れた白いフードを着た少女が声を立てながら泣いていた。長い間涙を流し、そのまぶたは赤く腫れている。
 美しい銀髪も、今や泥にまみれてその輝きを失っている。

「うぅ……ひぐっ……うえぇえぇえ―――」

「……君、どうしたんだ? なぜこんなところで泣いているんだ? どこか痛いところでもあるのなら言ってくれ、魔術に自信はあるんだ」

 そんな彼女に、太陽が照らすかのように美麗な赤毛を腰まで揺らした少女が手を差し伸べた。見た感じ、少女と年齢もさほど変わらない。
 なのに、魔術に自信がある、と。つまりは治癒魔術が出来るということなのだろう。銀髪の少女は赤毛の少女を見る。
 神童だと、最近よく話題になっている村長の娘ディステシアか。そんな天才がどうして自分に声をかけるのか、少女は全く分からなかった。

「うぅっ、ひっぐ……」

「むう。困ったな。君、とりあえず私の家に来ないか? 安心しろ、父さんも母さんも出かけているんだ。そこを不安に思うのなら大丈夫だぞ」

「どーしてぇ……どーして私に構うの? 私、いじめられてる、嫌われてる……なのに、貴方は天才なのに、どうして……」

 嗚咽を上げながら少女はディステシアを見上げる。ショートパンツとシャツに、弓を担いで腰には剣を装備している身軽な服装。
 それに対を成してフード付きのジャケットのような服を着た少女は、直感的に自分と彼女は釣り合わないということを知っていた。
 少女には父からも母からも十分に愛を与えられず、そのまま十二歳となった。目の前で困惑の表情を浮かべる少女も十二歳だ。

「そんなことを問われてもなぁ。私はいじめに加担したことは無いし、やったこともない。だから、そんなことに構う必要もないと思うんだ。私は君を助けたい。……君の、名前は?」

「シルフィリア……」

「そうか。私はディステシア・プロミネイト、よろしく」

 苗字が与えられるのは貴族のみ。こんな小さな街でも、村長は子爵の役目を持つ貴族ではあった。勿論、それはディステシアのおかげで成り立っている。
 ―――これは、伝説の大賢者が誕生する5000年前に起こった出来事の話。
 ―――これは、いつか混沌の闇をもたらす少女の始まりのおとぎ話。

 ―――これは、どの文献にも記されない、誰も知らない小さなエピソード。

 十二歳の少女シルフィリアにとって、同じ年齢でも自分を助けてくれた光ディステシアは、まさしく勇者そのものだった。

「……うん! よろしく!」

「あぁ、シルフィリア。やっぱり君は笑っていた方が可愛いぞ? いじめなどに屈するな。君はいつか天才になれる、私が保証しよう!」

「本当に? 私はディステシアに追いつけるの?」

「当たり前だ! 私の話に嘘はない。神童の匂いを感じる!」

 鮮やかに笑ったディステシア。嬉しさにはにかんだシルフィリア。そしてこれが―――いつかの世界、悲劇を引き起こすことになるとは。


 それから、剣に長けることが分かったシルフィリアにディステシアは腰にいつもつけている剣を誕生日に渡し、シルフィリアは自分でためた小さな貯金で一番安い、中指から肘程に長さのロッドを買った。
 何故ならディステシアは魔術に長けていたからだ。二人そろって天才少女と詠われた彼女らは、間違いなく幸せな人生を歩んでいた。

 ―――それだけなら、良かったかもしれない。

 父も母もいなくなり、孤児となったシルフィリアにディステシアはまたも救いの手を差し伸べ、プロミネイト家の養子とした。
 ディステシアの妹となったシルフィリアは、自分の苗字を口ずさんで微笑む。

「なぁシルフィリア、精霊って……知ってるか?」

「えーっと、私は剣に長けてるっていうから、魔術の事はそんなに知らないけど、聞いたことならあるよ。私たちを守ってくれてるんだよね?」

「あぁ。私は、人間の壁を突破して精霊管理神になりたい。神より一段低い神でありながらも、人間の一番近くに居られる神……」

 草原に腰かけ、星を見上げるディステシアの目は確かに輝いていた。シルフィリアはそんなディステシアに置いて行かれまいと声を上げた。

「なら、なら、私も一緒になっていい? ディステシアと一緒に居たいの!」

「ああ。勿論だ! そう言ってくれてうれしいよ、シルフィリア」

 ディステシアは確実にシルフィリアよりも何段も上だ。シルフィリアの剣でディステシアの魔術はまだ切れない。
 村長の魔術はもう切れるが、ディステシアの魔術は半分ほどしかきれず、いつもすれすれで避けて危ないラインをくぐることになる。
 こんなところでディステシアに置いて行かれるわけにはいかないのだ。

 仮にもシルフィリアはディステシアに依存していて、同時に信頼する仲間でもあって、ディステシア以外に彼女の友人もいなかった。
 此処で別れるか。付いて行く。絶対に別れない。自分にとってもう仲間も光もその先に居る神も彼女しかいないのだから。
 崇められる神も、各地で称えられる神童も、彼女に比例する者は何ひとつない。

「なら明日からの訓練はハードにするぞ! 先程文献でも見ただろうけど、私は世界の巡回ってのをしたいんだ。かっこいいなぁって。世界ってのは元から生まれては朽ち果てるものらしいんだ……そんなことはさせたくない」

「なら私も……! 私も、私にこんな素敵な物語をくれた世界を終わらせたりなんかしたくないよ。だから、一緒に行こう」

 手を差し伸べたシルフィリア。手を受け取ったディステシア。こんな小さなことが、こんな世間に無理だといわれる夢が、悲劇の発端だったとは。
 未だ空いたままの精霊管理神の玉座が、一瞬だけ主を求めるかのように煌めいた。

 そしてそれから五年後。約束を決めたときには十三歳であったため十八歳となり、強さも彼女らに匹敵する者ももういなくなった。
 宮廷魔術師の長だって、王様だって、大魔術師だって、何百年も生きて来た者達も十八歳の前にあっさりと破れた。
 英雄になるために生まれてきたディステシアの後ろで努力をして這い上がるシルフィリア。素晴らしい―――物語であったはずなのに。

 人智を超えた彼らは、ある日神になりうる人間をスカウトしていく神に出会った。めったに出現しない彼に人間界はどよめく。
 ディステシアとシルフィリアが神界に登っていくのを、見ていることしかできなかった。

『貴様らは……どの神を望む?』

 全能神ゼウスの前で二人は跪く。普段なら全能神が出てくる場面ではないが、彼が面白がって出てきただけだ。
 圧倒的な存在感に、しかし最強の二人は怯えることなどなかった。

 ちなみに当時はテーラは存在しないので、ゼウスの性別はまだ男のままだ。

「「精霊管理神です」」

 二人は口を揃える。全能神を前に全く怯まない二人を見て、神々は驚く。本来、彼らにとって精霊管理神とは一人しか存在することができない。
 ここまでなのなら、と思わなくもないが掟は掟。ゼウスも彼ら二人にその座を与えようと思ったが、それでは最上級神の威厳がない。

 人間よりずっと上の存在こそ神なのだから、人間のわがままを許すわけにもいかない。これまで散々人間界を下に見ていたことは自分たちが一番わかっている。
 だからこそゼウスは、なるべく二人を傷つけない方法を選ぶことにした。

『神の時間は悠久だ……見習い神として認めよう。精霊管理神は一人しかなる事が出来ぬ。50年貴様らの生活を見守り、精霊管理神に合う者を一人選ぶことにする。その一人に何かあれば、もう一人がその座に即座につけられることを約束しよう』

 掟を破らず、出来る限り彼女らの心も傷つけない方法はそれしかなかった。神を前にして純粋な心を持つ少女達よ。
 神を前にして怯えも利害を結ぼうとも考えない女子おなご達よ。
 どうか、わがままな神を許してくれ。第三代全能神ゼウスは神の行動を見直したかったが、長らく続いたそれを防ぐことは不可能に近い。
 そのようなこともあって彼は、そうすることしかできなかったのだ。

「そうなんですか……私はいいけどどうする、ディステシア?」

「そうだな、精霊管理神になりたいのは本当だが、どちらかが候補から外れてしまえば……両方悲しむのではないか?」

「私は問題ないよ! ディステシアが私を超えていっても、今度は私が超えていくもの。絶対精霊管理神になりたいわけじゃないし、大丈夫だよ」

「そ、そうか? ならば……了承致します」

 純粋な心で微笑む銀髪の少女。少女に感謝の言葉を述べながら了承した赤毛の少女。ゼウスはそれを見ていて気持ちがよかった。
 少なくとも、人が考える美しい神とはかけ離れた真っ黒なこの世界とは、違って。
 どちらも神にふさわしく、どちらが精霊管理神になってもゼウスにとっては構わなかった。だが、神として彼女らの違いは良く見えた。

 それから三十年ほどゆったりと、ゼウス自身の手で、眼で観察していけば、よくわかる違い。立っていけるかどうかの違い。
 神として、人間の範疇を超える絶対なる存在になれるかどうかの違い。
 ―――彼女はその器を持たなかった。彼女は、絶対なる存在とはなれないだろう。


『ディステシア殿。これより、貴様を精霊管理神として任命しよう。人間の範疇を超える絶対なる存在よ、活躍してくれるな?』


 ―――選ばれたのは、ディステシアだった。
 シルフィリアはあまりにもディステシアに依存しすぎていて、表面からは分からなくても一人で立つ絶対なる力は持たなかった。
 誰かに寄りかかり、頼り、人間らしい性格は神にはいらなかった。

 その反面、ディステシアはしっかりしていて、思いやりも持っている。無数にいる精霊たちを支える存在として問題はないだろう。
 しかし、シルフィリアの実力は恐らくディステシア以上のものだ。何故なら、50年、シルフィリアは魔術だけに手を入れてきたからだ。
 依存対象であるディステシアへの思いが、彼女の進化を引き起こした。しかしその進化の理由はあまりにも黒く―――。

『シルフィリア殿もよく頑張ったな。貴様はこれより聖神の職を与えよう。精霊管理神よりはずっと高い職だが、貴様は強い。……できるな?』

「っは、はい、もちろんです!」

「わ、たしが、精霊管理神か……ははっもちろんです! やり遂げます!」

 シルフィリアは自分がきっと選ばれないだろうなと分かっていた。その時は大人しく身を引こうとそのために強くなった。
 ゆっくりと強くなるディステシアに対して、寝る暇も惜しいというようにシルフィリアは自信を高めた。神は寝る必要がないが、神になりたての、しかも見習いである彼らにそれをいきなりやらせるのはいささか酷だ。
 なのでディステシアは今までの生活を続けたが、シルフィリアは違った。その努力あってか、シルフィリアは聖神の座をつかんだ。
 超えた。超えたんだ。身分上だけだけど、ようやくあのディステシアを超えたんだ。

『神界の下界である精霊界からここへ来るのは魔力を大量に消費するので避けた方が良い。貴様らはなりたてだ、命を落とす場合もある。だが、神界から精霊界へ行くことは可能だ。これからも仕事を全うしてくれ―――』

「「はい!!」」



 ―――そしてそれから、また50年が経つ。神界の50年とは人間界の900年ほどの時間。未来の英雄テーラ・ヒュプスが誕生した。
 そして、彼らの破滅への一歩への歯車が、またひとつ動いたのだった。

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